消された絵師と残された少年

ましゅまろ

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墨の遺言

絵筆の少年

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江戸の空は、今日も煤けた灰色をしていた。

 木挽町の外れ、小さな長屋に住む少年・千尋は、擦り切れた筆を手に、畳の上で黙々と紙に向かっていた。墨の匂いは、父の残り香のように部屋に満ちている。父は数日前、静かに息を引き取った――病死と、役人は言った。

 しかし千尋の胸には、重い疑念が沈んでいた。

「……この構図、どこかで見た気がする」

 紙の上には、半ば描かれたままの風景画。父が最後まで手を加えていた一枚だ。左手の松は精緻に描かれているが、右端の人影だけはかすれている。まるで、誰かの姿を消すように、墨で塗り潰されたようだった。

 父の名は、絵師・松庵(しょうあん)。決して売れっ子ではなかったが、その筆致には定評があり、いくつかの版元と細く長く付き合っていた。しかし、父が病に倒れる直前、突然ある版元との縁を切った。それが“紅屋(べにや)”だった。

「父さん……何を描こうとしてたの?」

 少年の瞳は、塗り潰された墨の奥に、真実の影を探していた。

 ふと、天井裏から小さな物音がした。戸棚の隙間から、紙束がはらりと落ちる。千尋が手に取ると、それは父の筆跡で綴られた短い覚え書きだった。

――“この絵は、見られてはならぬ。あの絵師のように、消される。”

 震える手で紙を握りしめた千尋の胸に、ひとつの名が蘇った。

「……“消された絵師”」

 それは、江戸の浮世絵界で語られる都市伝説。
 幕府に睨まれ、絵と名を歴史から抹消された絵師の話――。

 物語は、ここから始まる。
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