消された絵師と残された少年

ましゅまろ

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墨の遺言

「消された絵師」の噂

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「“消された絵師”のこと、聞いたことあるかい?」

 お菊の言葉に、千尋は小さく頷いた。

「父さんが書き残してたんです。『あの絵師のように、消される』って……でも、本当にそんな人がいたんですか?」

 お菊は少しの間、口を閉ざし、茶を一口啜ってから語り始めた。

「昔ね、名もない絵師がいたそうだよ。腕は抜群だった。誰よりも人の“裏”を描くのがうまかったって。遊郭の裏側、町人の貧しさ、役人の汚職――そういう“見せちゃいけない江戸”を、絵にしたそうさ」

 千尋は息を呑んだ。

「でも……それを見たある御役人が、烈火のごとく怒ったらしい。その絵師は、“見たものを描いた”だけなのに。で、どうなったと思う?」

 お菊の声がひときわ静かになる。

「絵も、名も、作品もすべて焼かれた。生きていたかも分からない。“消された”のさ。……それ以来、絵師たちは、その名を口に出さず、“消された絵師”とだけ呼ぶようになった」

 千尋はその話を聞きながら、父の遺作を思い出していた。塗り潰された男。見せるなと言われた絵。何かを“告発”するような構図。

「父さんは……その人と、同じものを描こうとしたんだ」

 お菊が小さく頷いた。

「そうかもしれないね。あたしは絵のことは分からないけど、あんたの父さん、最後の方はずっと、恐い顔して筆握ってた。あれは、“何か”を描いてた目だった」

 千尋は拳を握りしめた。
 父が恐れていたのは病ではない。絵だった。絵が暴く何かだった。

「僕、父さんが何を描いたのか、確かめたい。全部、知りたいんです」

 その瞳に、年齢に似合わぬ光が宿っていた。

 この日から――千尋の“探求”が始まった。
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