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失われた原板
長屋の女中・お菊の証言
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その夜、千尋はろうそくの灯を頼りに、父の遺した道具箱を開いた。
筆、硯、絵具、紙、そして木版――しかし、何かが足りなかった。
「……あの絵の版木が、ない」
父は浮世絵師であると同時に、自ら彫りもこなす珍しい職人だった。版元に頼らずとも一部を自作するのは、極めて慎重で、秘密主義的な父らしい。
あの最後の絵を刷るための木版が存在しないのは、どう考えても不自然だ。
「どこかに隠したのか、それとも……誰かが持ち去った?」
千尋の脳裏に、お菊の言葉がよぎる。
「あんたの父さん、夜中に裃の男と……」
翌朝、千尋はもう一度、お菊を訪ねた。洗濯物を干していたお菊は、千尋の真剣な眼差しに気圧され、小さく溜息をついた。
「……実は、気になることがもう一つあるんだよ」
「何ですか?」
「三日前の夜さ。父さんが亡くなる前の晩ね……長屋の裏口から、何かを風呂敷に包んで持ち出してた。細長い板みたいだったよ。重そうにしてて……誰かに渡すつもりだったのかもねぇ」
「それって、絵の原板じゃ……」
「かもしれない。でもそのあと、その男と揉めてるような声も聞こえた。怒鳴り声とか、何かが倒れる音とか……でも、あたし怖くて覗けなかった」
千尋は奥歯を噛みしめた。父は、死ぬ前の夜に誰かに原板を託そうとし、何かに巻き込まれた。あるいは、その夜、絵の“秘密”が誰かの手に渡った――。
「その相手、どこへ向かったか分かりますか?」
「さぁねぇ……でも、あんたの父さん、死ぬ前の日にこんなことを言ってたよ。“あそこへ行けば、きっと気づいてくれる。あの人なら……”って。……どこかの誰かに期待してたようだったねぇ」
「“あの人”……」
千尋はすぐさま、父が最後まで付き合っていた版元――紅屋の名を思い出した。
しかし、父は紅屋との縁を突然切ったはずだった。そこに、何かある。
「行ってみる……紅屋へ」
千尋の探求は、父の死を越えて、江戸の裏へと進んでいく。
筆、硯、絵具、紙、そして木版――しかし、何かが足りなかった。
「……あの絵の版木が、ない」
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あの最後の絵を刷るための木版が存在しないのは、どう考えても不自然だ。
「どこかに隠したのか、それとも……誰かが持ち去った?」
千尋の脳裏に、お菊の言葉がよぎる。
「あんたの父さん、夜中に裃の男と……」
翌朝、千尋はもう一度、お菊を訪ねた。洗濯物を干していたお菊は、千尋の真剣な眼差しに気圧され、小さく溜息をついた。
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「それって、絵の原板じゃ……」
「かもしれない。でもそのあと、その男と揉めてるような声も聞こえた。怒鳴り声とか、何かが倒れる音とか……でも、あたし怖くて覗けなかった」
千尋は奥歯を噛みしめた。父は、死ぬ前の夜に誰かに原板を託そうとし、何かに巻き込まれた。あるいは、その夜、絵の“秘密”が誰かの手に渡った――。
「その相手、どこへ向かったか分かりますか?」
「さぁねぇ……でも、あんたの父さん、死ぬ前の日にこんなことを言ってたよ。“あそこへ行けば、きっと気づいてくれる。あの人なら……”って。……どこかの誰かに期待してたようだったねぇ」
「“あの人”……」
千尋はすぐさま、父が最後まで付き合っていた版元――紅屋の名を思い出した。
しかし、父は紅屋との縁を突然切ったはずだった。そこに、何かある。
「行ってみる……紅屋へ」
千尋の探求は、父の死を越えて、江戸の裏へと進んでいく。
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