消された絵師と残された少年

ましゅまろ

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墨の密書

版元の死

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玄斎――父・松庵の師であり、今も北町奉行所に出入りする数少ない“絵師の生き残り”。
 千尋と真魚は、神田から歩いて程近い湯島のはずれにある、玄斎の隠居所を訪れた。

 しかし、戸を叩いても返事はなかった。
 扉は、少しだけ開いていた。

「……嫌な予感がする」

 真魚が小声で呟き、千尋をかばうようにして中へ入る。
 部屋は、静まり返っていた。床には、乾きかけた墨がこぼれた跡。筆が数本、折れて散らばっていた。

 そして――

「……嘘……だろ」

 奥の寝間で、玄斎が息絶えていた。

 顔は穏やかだった。争った様子はない。
 だが、机の上には一枚の絵が残されていた。

 「これは……」

 真魚が目を凝らす。

 それは、写楽風の肖像画。
 だがその顔は、仮面のように白く塗り潰されていた。
 そして、その横に細筆で書かれていた、たった一行の言葉。

「我が死は、口封じなり。されど“証”は燃えぬ」

 千尋の手が震える。

「……白面の政、またやったんだ……!」

 真魚は、そっと玄斎の目元を布で覆い、黙って一礼した。

「玄斎先生は、最後まで“筆”で抵抗したんだ。……証はまだある。燃やされていない」

 そのとき、戸の外で誰かの足音がした。

 真魚はすぐに気づき、千尋を壁の陰に引き寄せる。

 軒先を横切ったのは、一人の影――
 顔は見えなかったが、白い襟に、墨のような汚れがついていた。

 「あれは……紅屋の番頭、藤吉……?」

 「でも藤吉さん、紅屋で襲撃に遭って――」

 「……生きてた。でも、あの様子は……おかしい。まさか」

 千尋の胸に、冷たい疑念が走った。

 紅屋が裏切られたのか、それとも最初から仕組まれていたのか。

 父の死に、紅屋の襲撃に、そして玄斎の死。
 その全てが、次第に一つの“線”で結ばれつつあった。

 ――そしてその線の先には、“証”がある。

 燃えぬ証。
 消された者たちの“声”。
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