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おにいちゃんって呼んでもいい?
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土曜日、正午少し前。
駅前のカフェの前で、蒼は落ち着かない様子で立っていた。
スマホの画面を見るたびに時間は進み、あと数分で待ち合わせの時刻になる。
(なんか……緊張してるな、俺)
自分で誘っておいて、なんだこの動揺は。
思い出すのは、まだ小さかったはるの笑顔。
公園のベンチ、リビングのソファ、帰り道に繋いだ小さな手。
あの頃とは違う。
だけど――心が追いついていない。
「……おにいちゃん」
ふいに、後ろから声をかけられた。
振り返ると、はるが立っていた。
シンプルな白シャツに淡いベージュのスプリングコート。
いつもより少し背筋が伸びていて、どこか“大人”に見えた。
「ごめん、待った?」
「いや、ちょうど今来たとこ。……その服、似合ってるな」
「ほんと? ちゃんと“デート用”に選んできたんだ」
はるは冗談めかして笑ったが、その目はどこか真剣だった。
「……行こうか」
ふたり並んで歩き出す。
土曜の昼の商店街は人が多く、カフェや古着屋の前を歩くたび、肩が何度も触れ合った。
「こうして並んで歩くの、いつぶりだろうね」
はるがぽつりとつぶやく。
「……たぶん、小学生の時以来だな」
「うん。そのときは、ぼくが勝手に手をつないでた」
「そうだったっけ?」
「忘れたふり、してない?」
「……してたかも」
ふたりは、顔を見合わせて、同時に笑った。
⸻
カフェで注文したランチプレートを半分ほど食べ終えた頃、
はるがふと、口を開いた。
「……ねえ、“蒼くん”って、もう呼ばない方がいい?」
蒼はフォークを止めて、少し驚いたように顔を上げる。
「ん? なんで?」
「なんとなく、“よそよそしい”感じがして。
昔みたいに、“おにいちゃん”って呼ぶ方が……今のぼくには、しっくりくるんだよね」
蒼はほんの一瞬、表情を緩めてから、ゆるく笑った。
「……そうか。俺はどっちでも嬉しいけど、“おにいちゃん”のほうが、お前らしいな」
「でしょ?」
はるは嬉しそうに笑って、ストローの先で氷をくるりと回した。
「でも、そう呼ぶと……なんか気持ちが、少しだけ“子ども”に戻る感じもして、不思議」
「それは俺もだよ」
“おにいちゃん”――
たったそれだけの言葉が、ふたりの間に流れる空気を、8年前の優しさで満たしていく。
⸻
食後、駅の反対側にある河川敷をふたりで歩いた。
風は少し冷たかったけれど、空は高く、春の陽射しが静かにふたりを照らしていた。
「……ねえ、おにいちゃん」
「ん?」
「ぼく、焦ってないよ」
「……何が?」
「付き合ってください、って。
それを言いに来たけど、それだけじゃない。
こうやって、一緒に過ごせることのほうが、ずっと大事だから」
蒼は、何も言えなかった。
ふたりの足音だけが、川沿いの小道に響いていた。
「急がなくてもいい。
でも、ちゃんと振り向いてくれるなら、いつまでも待ってる」
そう言って笑ったはるは、
8年前のあの小さな男の子のままで、でも確かに“今”を生きていた。
駅前のカフェの前で、蒼は落ち着かない様子で立っていた。
スマホの画面を見るたびに時間は進み、あと数分で待ち合わせの時刻になる。
(なんか……緊張してるな、俺)
自分で誘っておいて、なんだこの動揺は。
思い出すのは、まだ小さかったはるの笑顔。
公園のベンチ、リビングのソファ、帰り道に繋いだ小さな手。
あの頃とは違う。
だけど――心が追いついていない。
「……おにいちゃん」
ふいに、後ろから声をかけられた。
振り返ると、はるが立っていた。
シンプルな白シャツに淡いベージュのスプリングコート。
いつもより少し背筋が伸びていて、どこか“大人”に見えた。
「ごめん、待った?」
「いや、ちょうど今来たとこ。……その服、似合ってるな」
「ほんと? ちゃんと“デート用”に選んできたんだ」
はるは冗談めかして笑ったが、その目はどこか真剣だった。
「……行こうか」
ふたり並んで歩き出す。
土曜の昼の商店街は人が多く、カフェや古着屋の前を歩くたび、肩が何度も触れ合った。
「こうして並んで歩くの、いつぶりだろうね」
はるがぽつりとつぶやく。
「……たぶん、小学生の時以来だな」
「うん。そのときは、ぼくが勝手に手をつないでた」
「そうだったっけ?」
「忘れたふり、してない?」
「……してたかも」
ふたりは、顔を見合わせて、同時に笑った。
⸻
カフェで注文したランチプレートを半分ほど食べ終えた頃、
はるがふと、口を開いた。
「……ねえ、“蒼くん”って、もう呼ばない方がいい?」
蒼はフォークを止めて、少し驚いたように顔を上げる。
「ん? なんで?」
「なんとなく、“よそよそしい”感じがして。
昔みたいに、“おにいちゃん”って呼ぶ方が……今のぼくには、しっくりくるんだよね」
蒼はほんの一瞬、表情を緩めてから、ゆるく笑った。
「……そうか。俺はどっちでも嬉しいけど、“おにいちゃん”のほうが、お前らしいな」
「でしょ?」
はるは嬉しそうに笑って、ストローの先で氷をくるりと回した。
「でも、そう呼ぶと……なんか気持ちが、少しだけ“子ども”に戻る感じもして、不思議」
「それは俺もだよ」
“おにいちゃん”――
たったそれだけの言葉が、ふたりの間に流れる空気を、8年前の優しさで満たしていく。
⸻
食後、駅の反対側にある河川敷をふたりで歩いた。
風は少し冷たかったけれど、空は高く、春の陽射しが静かにふたりを照らしていた。
「……ねえ、おにいちゃん」
「ん?」
「ぼく、焦ってないよ」
「……何が?」
「付き合ってください、って。
それを言いに来たけど、それだけじゃない。
こうやって、一緒に過ごせることのほうが、ずっと大事だから」
蒼は、何も言えなかった。
ふたりの足音だけが、川沿いの小道に響いていた。
「急がなくてもいい。
でも、ちゃんと振り向いてくれるなら、いつまでも待ってる」
そう言って笑ったはるは、
8年前のあの小さな男の子のままで、でも確かに“今”を生きていた。
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