「大人になったら付き合ってください」──8年後、本当に来た。

ましゅまろ

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はるの部屋

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土曜日の午前10時。
蒼は、紙袋を両手に抱えて、はるの住むマンションの前に立っていた。

エントランスのインターホンを押すと、すぐに応答があった。

「おにいちゃん? 上がってきて。302号室!」

エレベーターで3階まで上がり、廊下を進むと、少し開いたドアの向こうから、はるが顔を覗かせた。

「いらっしゃい!」

「おう。……お邪魔します」

部屋に足を踏み入れると、まだ生活の香りが薄い空間に、
カーテンのない大きな窓から朝の光が射し込んでいた。

「家具、まだほとんどないけど……なんか、これからって感じでしょ」

「うん。……悪くないな、この雰囲気」

蒼は笑って、床に直に腰を下ろす。

「これ、引っ越し祝い。ちょっとしたものだけど」

「え……なに?」

紙袋の中から出てきたのは、小さな観葉植物と、コルクボード。

「一人暮らしって、最初って妙に静かだろ。
植物あるとちょっと落ち着くし、これで思い出でも飾れば部屋っぽくなるかなって」

「……ありがとう」

はるはそっと受け取りながら、声を震わせた。

「そういうところ……ほんと、昔と変わらないよね。
やさしいとこ」

「そうか?」

「うん」

はるは床に並んで座ると、ふうっと息を吐いた。

「今日は、家具屋まわって、カーテンと照明と……あと机と椅子もほしくて」

「買い物フルコースだな」

「でも、全部一緒に選べるって、すごく嬉しいんだよ。
……“誰かと住むわけじゃない部屋”に、蒼くんの好みが少し混ざるって、なんか特別な感じ」

蒼はその言葉に少しだけ言葉を失った。

“誰かと住むわけじゃない”。
だけど――はるの中では、すでに“未来”の一歩が、静かに始まっていた。



昼前にふたりで部屋を出て、駅近くのショッピングモールへ向かった。

店内ではるは、真剣な表情でカーテンを眺めていた。

「ねえ、おにいちゃん。
これと、これ。どっちが落ち着くと思う?」

蒼は並べられたベージュ系とグレー系の布を見比べる。

「うーん……こっちかな。昼間の光が入りやすいし」

「……じゃあ、それにする」

「即決かよ」

「だって、蒼くんが“いい”って言ったから」

はるはそう言って、無邪気に笑った。

何度も繰り返される、ささやかな選択。
でもそのたびに、“ふたりの時間”は静かに深まっていった。



買い物が終わるころには、もう夕方が近かった。
荷物を抱えて部屋に戻ると、ふたりはそのまま床に寝転んだ。

「疲れた……けど、楽しかった」

「なかなか濃い1日だったな」

はるは天井を見つめながら、ぽつりと言った。

「ねえ、おにいちゃん。
この部屋に、こうしてふたりで帰ってくるの……
すごく、すごく幸せだったよ」

蒼は何も言わずに、天井を見上げたまま目を閉じた。

(いけないことじゃ、ないよな。
でも、もしこの気持ちが“恋”なら――)

名前のない想いが、胸の奥でゆっくりとふくらんでいく。
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