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第2章:金箔の主、鬼を従える
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天正三年(1575年)──初夏の岐阜城。
城下には、戦に勝ち続ける織田軍の威名が響きわたり、信長はすでに「尾張のうつけ」ではなく、「天下布武の鬼将」として恐れられていた。
その日、森家の三男・成利は、兄・森長可の手引きで、織田信長の元へと導かれていた。
⸻
「おとなしく、礼儀を忘れるな。殿の御前では言葉一つが命運を分ける」
兄の長可は、城の廊下を歩きながらそう囁いた。
蘭丸──いや、この時点ではまだ「成利」は、緊張に包まれていた。
細い指先がわずかに震えている。だが、それを悟られぬよう背筋を伸ばす。
やがて辿り着いたのは、岐阜城の虎の間。
襖には金地に猛々しい虎が描かれており、その中央に、まばゆいばかりの存在が座していた。
織田信長──
黒地に金の陣羽織、凛とした目元に、どこか冷たさを宿す貌。
だが、その姿から感じるのはただの威圧ではなく、燃え盛る焔のような、抗えぬ吸引力であった。
成利は膝をつき、額を畳にすりつけた。
「森可成が末子、成利にございます。未熟な身ながら、お目通り叶い、光栄に存じます」
信長はその言葉に応じず、しばし少年をじっと見つめた。
沈黙が落ちる。
やがて、静かな声が場を満たした。
「顔を上げよ」
成利はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、信長の眼光が射抜くように彼の瞳を捉える。
「ほう……年の割に、落ち着きがあるな。目も澄んでおる」
信長は膝を立てて歩み寄ると、成利の前にしゃがみ、頬に指を添えた。
その手は冷たくも、妙に優しい。
「名は成利というのか。だが、その顔……まるで蘭の花のようだ」
成利が戸惑ったように頬を赤らめると、兄・長可が横から口を開いた。
「家中では、母がつけた名から、『蘭丸』と呼ばれております」
信長の唇が、わずかに綻んだ。
「蘭丸……良い名だ。今日より、余の小姓として傍に置く」
「……はっ」
成利──蘭丸は深く頭を垂れた。
信長は立ち上がると、背後に控える家臣に命じる。
「蘭丸を武具所に通わせよ。明日からは我が身辺に仕える。……教えることは多いぞ」
そして一言。
「まずは、余の夜着の仕舞い方からだ」
周囲の家臣たちがわずかにざわめいた。
その意味を、蘭丸はまだ知らなかった。
だが、この日から始まる日々が、彼の運命をどれほど変えるかは、彼の胸の内に、微かに芽生え始めていた。
「……殿の傍に。咲き続けてみせよう」
彼の心に、その想いが灯った瞬間だった。
城下には、戦に勝ち続ける織田軍の威名が響きわたり、信長はすでに「尾張のうつけ」ではなく、「天下布武の鬼将」として恐れられていた。
その日、森家の三男・成利は、兄・森長可の手引きで、織田信長の元へと導かれていた。
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「おとなしく、礼儀を忘れるな。殿の御前では言葉一つが命運を分ける」
兄の長可は、城の廊下を歩きながらそう囁いた。
蘭丸──いや、この時点ではまだ「成利」は、緊張に包まれていた。
細い指先がわずかに震えている。だが、それを悟られぬよう背筋を伸ばす。
やがて辿り着いたのは、岐阜城の虎の間。
襖には金地に猛々しい虎が描かれており、その中央に、まばゆいばかりの存在が座していた。
織田信長──
黒地に金の陣羽織、凛とした目元に、どこか冷たさを宿す貌。
だが、その姿から感じるのはただの威圧ではなく、燃え盛る焔のような、抗えぬ吸引力であった。
成利は膝をつき、額を畳にすりつけた。
「森可成が末子、成利にございます。未熟な身ながら、お目通り叶い、光栄に存じます」
信長はその言葉に応じず、しばし少年をじっと見つめた。
沈黙が落ちる。
やがて、静かな声が場を満たした。
「顔を上げよ」
成利はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、信長の眼光が射抜くように彼の瞳を捉える。
「ほう……年の割に、落ち着きがあるな。目も澄んでおる」
信長は膝を立てて歩み寄ると、成利の前にしゃがみ、頬に指を添えた。
その手は冷たくも、妙に優しい。
「名は成利というのか。だが、その顔……まるで蘭の花のようだ」
成利が戸惑ったように頬を赤らめると、兄・長可が横から口を開いた。
「家中では、母がつけた名から、『蘭丸』と呼ばれております」
信長の唇が、わずかに綻んだ。
「蘭丸……良い名だ。今日より、余の小姓として傍に置く」
「……はっ」
成利──蘭丸は深く頭を垂れた。
信長は立ち上がると、背後に控える家臣に命じる。
「蘭丸を武具所に通わせよ。明日からは我が身辺に仕える。……教えることは多いぞ」
そして一言。
「まずは、余の夜着の仕舞い方からだ」
周囲の家臣たちがわずかにざわめいた。
その意味を、蘭丸はまだ知らなかった。
だが、この日から始まる日々が、彼の運命をどれほど変えるかは、彼の胸の内に、微かに芽生え始めていた。
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彼の心に、その想いが灯った瞬間だった。
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