森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

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第8章:安土に築くは、夢の礎

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天正四年、晩秋。
近江・安土。

信長は、琵琶湖のほとりにそびえる安土山に目をつけ、そこにかつてない規模の城郭を築こうとしていた。

それは単なる要塞ではなく、政庁であり、城下町であり、天下統一の象徴。
そして何より、「信長が信長であること」を刻むための城。

蘭丸はその視察に同行し、建設中の安土の地に足を踏み入れた。



「……ここが、殿のお望みの“夢の礎”ですか」

足元に広がる石畳、切り拓かれた地形、組み上げられ始めた土台。
それらを見ながら、蘭丸は目を細めた。

信長は、風を受けて立っていた。

「そうだ。ここに、“世を導く場所”を造る。城ではない。……天守に、空の果てを望ませるのだ」

蘭丸はその背中を見つめた。
戦場でも、城でも、どこにいても、主はただひとり“前”を見ていた。

「……殿。私は、どこを見ればよろしいでしょうか」

信長は振り返らず、言った。

「余を見よ。
 他の者が天を仰ぐとき、おぬしだけは、地に咲く花となれ。余を支える花となれ」



その夜、信長と蘭丸は仮の屋敷に泊まり、火鉢を囲んで座していた。
夜風が冷たく、火がはぜる音だけが空気を満たしている。

「……冷えますな」

そう呟いた蘭丸の声に、信長がふと顔を上げた。

「寒ければ、こちらへ来い」

その言葉に、蘭丸は戸惑いを見せつつも、そっと傍に膝を寄せた。
信長の袖が触れた瞬間、鼓動が跳ねた。

「殿……」

「おぬしは、余の命を賭ける戦の中で、唯一“触れてもよいもの”だ」

そう言って、信長は自らの膝に蘭丸を引き寄せた。
その手は冷たく、けれど、微かに震えていた。

蘭丸の頬が、主の胸に触れる。
その下で、信長の鼓動が確かにあった。

「……殿。私は“忠義”だけでは、もう足りませぬ。
 この胸の中で芽吹いたのは、ただの誓いではありません」

「分かっておる」

信長は、髪を梳くように指を通しながら言った。

「余が最期に見る景色は、おぬしであってほしい。
 それは主の願いではない。……人としての、唯一の望みだ」

蘭丸は、目を閉じた。

忠義も、使命も、役割も、今はすべて忘れていた。
ただこの夜、この体温、この指先のぬくもりだけが、すべてだった。

「……ならば、殿。私が消えるときも、最期は殿の腕の中で」

「約束だ」

信長は小さく、額に唇を触れさせた。

それは、誰にも知られぬ、天下人とその“影”との密やかな契りだった。



夜が明け、陽が昇る。

安土の石垣の上に立つ蘭丸の瞳には、遠く霞んだ京の街が映っていた。

──ここに、天下が集まる日が来る。
──その日、私は主の隣にいる。
──たとえ“花”であっても、“愛された花”として。

風が、花の香を運んだ。
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