森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

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第10章:金の間、影を射す

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天正七年(1579年)──安土。

湖の水面が鏡のように輝き、安土山にそびえ立つ巨城の姿を映していた。
ついに──信長の夢が形となった。安土城の完成である。

天守は五層、外壁には金箔と群青、最上階には仏教と儒教を象徴する装飾。
それはまさに、戦国の世に君臨する“現人神(あらひとがみ)”の城であった。

この日、城の披露として諸侯や公家、寺社の使節が招かれ、**「金の間」**と呼ばれる広間で儀が執り行われることとなる。

信長は、すべての者の目の前で、一人の少年をその傍らに侍らせた。

──森蘭丸。



「……このような場に、私が出てもよろしいのでしょうか」

式の朝、装束を整えながら蘭丸は尋ねた。

信長は、鏡の前で髷を整えながら答えた。

「余が“在れ”と命じれば、そなたは在る。それ以上でも、それ以下でもない」

「……御意」

蘭丸は、薄絹の直垂に金糸の帯を締めた。
白粉など塗らぬのに、その肌は陽を跳ね返すほど白く、目元はあまりに凛としていた。

その姿は、少年というより──**“信長が作り上げた作品”**のように美しかった。



金の間。
蒔絵の柱、金の屏風、香木の香り、そして玉座。

集う者たちが緊張と敬意をもって沈黙する中、
玉座の右隣に立つ蘭丸の姿に、すべての視線が吸い寄せられた。

「まるで、信長公の影が形を持ったようだ……」
「童子か、それとも仙か……」

公家たちは和歌を紡ぎ、武将たちは視線をそらした。

だが、信長はただ平然と、盃を蘭丸に渡し、
「そなたが注げ」と命じた。

蘭丸はひざまずき、盃に酒を注ぐ。
その手は一切の迷いなく、所作はまるで舞のようだった。

その瞬間──
蘭丸が、ただの小姓でなく、「織田信長の傍にある花」として、公然と天下に知られた。



式の後。
夜の金の間に二人だけが残された。

「……まるで、殿が“私”をこの世に置いたように感じました」

「違うか?」

信長は、蘭丸の頬に手を添えた。

「そなたは我が造った城の中で、もっとも美しい“間”だ。
 石垣よりも、天守よりも、この余にとって、そなたこそが“安土”だ」

蘭丸は静かに目を閉じた。

「……ならば私は、この城が崩れるその日まで、
 この身をここに置き、殿の夢の礎となりましょう」

信長は何も言わず、額に唇を寄せた。

それは、もはや主従の契りではなかった。
誰にも言葉にできぬ、二人だけの“愛”のかたちだった。



その夜、湖に映る天守の灯が、静かに揺れた。

花は影に咲き、影は光を宿し、
やがて──そのすべてが燃える日が近づいていた。
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