10 / 25
第10章:金の間、影を射す
しおりを挟む
天正七年(1579年)──安土。
湖の水面が鏡のように輝き、安土山にそびえ立つ巨城の姿を映していた。
ついに──信長の夢が形となった。安土城の完成である。
天守は五層、外壁には金箔と群青、最上階には仏教と儒教を象徴する装飾。
それはまさに、戦国の世に君臨する“現人神(あらひとがみ)”の城であった。
この日、城の披露として諸侯や公家、寺社の使節が招かれ、**「金の間」**と呼ばれる広間で儀が執り行われることとなる。
信長は、すべての者の目の前で、一人の少年をその傍らに侍らせた。
──森蘭丸。
⸻
「……このような場に、私が出てもよろしいのでしょうか」
式の朝、装束を整えながら蘭丸は尋ねた。
信長は、鏡の前で髷を整えながら答えた。
「余が“在れ”と命じれば、そなたは在る。それ以上でも、それ以下でもない」
「……御意」
蘭丸は、薄絹の直垂に金糸の帯を締めた。
白粉など塗らぬのに、その肌は陽を跳ね返すほど白く、目元はあまりに凛としていた。
その姿は、少年というより──**“信長が作り上げた作品”**のように美しかった。
⸻
金の間。
蒔絵の柱、金の屏風、香木の香り、そして玉座。
集う者たちが緊張と敬意をもって沈黙する中、
玉座の右隣に立つ蘭丸の姿に、すべての視線が吸い寄せられた。
「まるで、信長公の影が形を持ったようだ……」
「童子か、それとも仙か……」
公家たちは和歌を紡ぎ、武将たちは視線をそらした。
だが、信長はただ平然と、盃を蘭丸に渡し、
「そなたが注げ」と命じた。
蘭丸はひざまずき、盃に酒を注ぐ。
その手は一切の迷いなく、所作はまるで舞のようだった。
その瞬間──
蘭丸が、ただの小姓でなく、「織田信長の傍にある花」として、公然と天下に知られた。
⸻
式の後。
夜の金の間に二人だけが残された。
「……まるで、殿が“私”をこの世に置いたように感じました」
「違うか?」
信長は、蘭丸の頬に手を添えた。
「そなたは我が造った城の中で、もっとも美しい“間”だ。
石垣よりも、天守よりも、この余にとって、そなたこそが“安土”だ」
蘭丸は静かに目を閉じた。
「……ならば私は、この城が崩れるその日まで、
この身をここに置き、殿の夢の礎となりましょう」
信長は何も言わず、額に唇を寄せた。
それは、もはや主従の契りではなかった。
誰にも言葉にできぬ、二人だけの“愛”のかたちだった。
⸻
その夜、湖に映る天守の灯が、静かに揺れた。
花は影に咲き、影は光を宿し、
やがて──そのすべてが燃える日が近づいていた。
湖の水面が鏡のように輝き、安土山にそびえ立つ巨城の姿を映していた。
ついに──信長の夢が形となった。安土城の完成である。
天守は五層、外壁には金箔と群青、最上階には仏教と儒教を象徴する装飾。
それはまさに、戦国の世に君臨する“現人神(あらひとがみ)”の城であった。
この日、城の披露として諸侯や公家、寺社の使節が招かれ、**「金の間」**と呼ばれる広間で儀が執り行われることとなる。
信長は、すべての者の目の前で、一人の少年をその傍らに侍らせた。
──森蘭丸。
⸻
「……このような場に、私が出てもよろしいのでしょうか」
式の朝、装束を整えながら蘭丸は尋ねた。
信長は、鏡の前で髷を整えながら答えた。
「余が“在れ”と命じれば、そなたは在る。それ以上でも、それ以下でもない」
「……御意」
蘭丸は、薄絹の直垂に金糸の帯を締めた。
白粉など塗らぬのに、その肌は陽を跳ね返すほど白く、目元はあまりに凛としていた。
その姿は、少年というより──**“信長が作り上げた作品”**のように美しかった。
⸻
金の間。
蒔絵の柱、金の屏風、香木の香り、そして玉座。
集う者たちが緊張と敬意をもって沈黙する中、
玉座の右隣に立つ蘭丸の姿に、すべての視線が吸い寄せられた。
「まるで、信長公の影が形を持ったようだ……」
「童子か、それとも仙か……」
公家たちは和歌を紡ぎ、武将たちは視線をそらした。
だが、信長はただ平然と、盃を蘭丸に渡し、
「そなたが注げ」と命じた。
蘭丸はひざまずき、盃に酒を注ぐ。
その手は一切の迷いなく、所作はまるで舞のようだった。
その瞬間──
蘭丸が、ただの小姓でなく、「織田信長の傍にある花」として、公然と天下に知られた。
⸻
式の後。
夜の金の間に二人だけが残された。
「……まるで、殿が“私”をこの世に置いたように感じました」
「違うか?」
信長は、蘭丸の頬に手を添えた。
「そなたは我が造った城の中で、もっとも美しい“間”だ。
石垣よりも、天守よりも、この余にとって、そなたこそが“安土”だ」
蘭丸は静かに目を閉じた。
「……ならば私は、この城が崩れるその日まで、
この身をここに置き、殿の夢の礎となりましょう」
信長は何も言わず、額に唇を寄せた。
それは、もはや主従の契りではなかった。
誰にも言葉にできぬ、二人だけの“愛”のかたちだった。
⸻
その夜、湖に映る天守の灯が、静かに揺れた。
花は影に咲き、影は光を宿し、
やがて──そのすべてが燃える日が近づいていた。
4
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる