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第12章:忠義と恋の分かれ道
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天正八年、晩春。
安土の地に桜が舞う頃、蘭丸はひとつの問いに囚われていた。
──私は、殿を愛しているのか。
──それとも、ただ“忠義”に酔っているだけなのか。
主の傍にいることで、魂が満たされる。
声をかけられれば熱が走り、肌に触れられれば心が震える。
それを“忠義”と呼ぶには、あまりにも甘く、
“恋”と呼ぶには、あまりに深すぎた。
⸻
ある夜、信長は蘭丸を膝に抱き寄せ、ぽつりと漏らした。
「……我は、そなたを守れぬかもしれぬ」
「……どういう意味でございますか」
「余がこの世で最も信じていたものは、“力”だ。だが今は、
──おぬしだけを信じている。それは、誤りかもしれぬ」
その言葉が、蘭丸の心に深く突き刺さった。
信長は“信じる”ということを避けてきた。
天も仏も、家族すらも信じなかった男が──
いま、自分ひとりにすべてを預けようとしている。
「殿……それは、嬉しゅうございます。
ですが、それでは……私が、殿の“弱さ”になってしまいます」
「それでも構わぬ。……おぬしが余を壊すというなら、それはそれでよい」
それは、かつて誰にも言ったことのない“甘え”だった。
⸻
その翌日。
蘭丸は、密かに帰蝶のもとを訪ねた。
「……帰蝶様。私は、殿を“壊す存在”となってしまうのでしょうか」
帰蝶は、静かに茶を点てながら言った。
「愛とは、壊すものではないわ。
でもね、“主君に愛された臣下”は、常に試されるの」
「……試される、とは」
「もし、あなたの愛が本物なら、殿を守るために“あなた自身を壊す”覚悟があるかしら?」
その言葉に、蘭丸ははじめて、“忠義の中で恋が咲く”ことの痛みを知った。
⸻
夜、蘭丸は城の庭で、ひとり風に当たっていた。
その目に、信長が映る。
灯明を背に、床に胡坐をかいて、器に酒を注いでいる。
「……蘭、余の隣に来よ」
「……いえ。今宵は、こうして見ているだけで、十分にございます」
「なぜだ」
「近づけば……私の“忠義”が、壊れてしまう気がするのです」
信長は一瞬、笑った。
だが、その笑みは寂しげだった。
「壊せ。
──忠義も、理も、全て壊してみよ。
余は、そなたの“恋”が欲しいのだ」
その瞬間、蘭丸の目に涙が滲んだ。
主に“恋を乞われる”ことが、
これほどまでに、嬉しく、苦しいとは。
蘭丸は膝をつき、信長の胸に顔を埋めた。
「……ならば、全てを捧げます。
この命も、忠義も、恋も、すべて、殿にございます」
⸻
その夜、蘭丸は己を許した。
忠義の仮面を脱ぎ、恋という名の花を、胸に抱いた。
そしてその瞬間から、彼は知っていた。
──この恋は、必ず“死”の影を伴う。
──それでも、主の傍で咲き誇り、燃え尽きたい。
それが、忠義と恋の分かれ道。
森蘭丸が、自ら選んだ“愛”の道だった。
安土の地に桜が舞う頃、蘭丸はひとつの問いに囚われていた。
──私は、殿を愛しているのか。
──それとも、ただ“忠義”に酔っているだけなのか。
主の傍にいることで、魂が満たされる。
声をかけられれば熱が走り、肌に触れられれば心が震える。
それを“忠義”と呼ぶには、あまりにも甘く、
“恋”と呼ぶには、あまりに深すぎた。
⸻
ある夜、信長は蘭丸を膝に抱き寄せ、ぽつりと漏らした。
「……我は、そなたを守れぬかもしれぬ」
「……どういう意味でございますか」
「余がこの世で最も信じていたものは、“力”だ。だが今は、
──おぬしだけを信じている。それは、誤りかもしれぬ」
その言葉が、蘭丸の心に深く突き刺さった。
信長は“信じる”ということを避けてきた。
天も仏も、家族すらも信じなかった男が──
いま、自分ひとりにすべてを預けようとしている。
「殿……それは、嬉しゅうございます。
ですが、それでは……私が、殿の“弱さ”になってしまいます」
「それでも構わぬ。……おぬしが余を壊すというなら、それはそれでよい」
それは、かつて誰にも言ったことのない“甘え”だった。
⸻
その翌日。
蘭丸は、密かに帰蝶のもとを訪ねた。
「……帰蝶様。私は、殿を“壊す存在”となってしまうのでしょうか」
帰蝶は、静かに茶を点てながら言った。
「愛とは、壊すものではないわ。
でもね、“主君に愛された臣下”は、常に試されるの」
「……試される、とは」
「もし、あなたの愛が本物なら、殿を守るために“あなた自身を壊す”覚悟があるかしら?」
その言葉に、蘭丸ははじめて、“忠義の中で恋が咲く”ことの痛みを知った。
⸻
夜、蘭丸は城の庭で、ひとり風に当たっていた。
その目に、信長が映る。
灯明を背に、床に胡坐をかいて、器に酒を注いでいる。
「……蘭、余の隣に来よ」
「……いえ。今宵は、こうして見ているだけで、十分にございます」
「なぜだ」
「近づけば……私の“忠義”が、壊れてしまう気がするのです」
信長は一瞬、笑った。
だが、その笑みは寂しげだった。
「壊せ。
──忠義も、理も、全て壊してみよ。
余は、そなたの“恋”が欲しいのだ」
その瞬間、蘭丸の目に涙が滲んだ。
主に“恋を乞われる”ことが、
これほどまでに、嬉しく、苦しいとは。
蘭丸は膝をつき、信長の胸に顔を埋めた。
「……ならば、全てを捧げます。
この命も、忠義も、恋も、すべて、殿にございます」
⸻
その夜、蘭丸は己を許した。
忠義の仮面を脱ぎ、恋という名の花を、胸に抱いた。
そしてその瞬間から、彼は知っていた。
──この恋は、必ず“死”の影を伴う。
──それでも、主の傍で咲き誇り、燃え尽きたい。
それが、忠義と恋の分かれ道。
森蘭丸が、自ら選んだ“愛”の道だった。
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