森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

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第14章:香る茶室に、咲く影

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天正九年、初秋。
安土に、京から千利休が招かれた。

信長は“力による天下”の裏で、文化の頂点をも掴まんとし、
茶の湯という「静の極致」に心を向け始めていた。

その茶席に、彼は迷わず、森蘭丸を侍らせた。

「……蘭を招かずして、茶など成すものか」

信長の言葉に、利休は眉ひとつ動かさずに深く頷いた。

「花は、飾るためではなく、香るためにある──
 信長公の“香”が、蘭丸殿ならば、拝見いたしましょう」



茶室「如庵」。

炉の香、蒔絵の床、沈黙の張り詰めた空気。
その中で、蘭丸は白い直衣に淡紅の袴をまとい、ひときわ静かに座していた。

信長が自ら茶を点てる。
それを蘭丸が、何の作法の破綻もなく、受け取る。

その一連の流れが、まるでひとつの舞のようだった。

利休は、目を閉じて言った。

「……これこそ、主と影の在り方」

だが、信長はそれを遮るように、ぽつりと呟いた。

「いや。“影”ではない。──これは、“我が愛”だ」

その場にいたすべての者が、息を呑んだ。



茶会が終わったあと、信長は蘭丸の袖を取って、自らの書院へ連れて行った。

誰もいない静かな空間。
掛け軸には「夢」とだけ書かれていた。

「……蘭。なぜ、そなたはそこまで美しくあろうとする」

「殿の傍に咲く花として、目を汚すわけには参りません」

「違う」

信長は、静かに蘭丸の背後から抱きしめた。

「違う。
 そなたは、己の意志で咲いておる。
 ──我に“選ばれたい”のではなく、“咲きたい”のだな」

蘭丸の喉が震えた。

「……私は、殿に見られていることが、嬉しいのです。
 恐ろしいほど、嬉しいのです。
 殿が私を“ただの少年”ではなく、“己の花”として見てくださることが──」

信長は、額を蘭丸の肩に預けた。

「そなたが在るだけで、余の命は価値を持つ。
 政も、軍も、都も、余の心には入らぬ。
 ──そなたの香を吸うことが、余にとっての“天下”だ」

その言葉に、蘭丸は涙を堪えきれず、声を落とした。

「……殿。ならば、私は“天下”の香として、この身を捧げましょう。
 咲いて、香って、やがて燃えて、殿の名のもとに、散ります」

信長は、その言葉に口付けを落とした。

唇はただ、額に触れただけ。
けれど、それは誰よりも熱く、誰よりも深く、愛を告げた証だった。



その夜、如庵の庭には、
白い萩の花が一輪、月に照らされて揺れていた。

それは、誰にも摘まれず、誰にも触れられず、
ただ主のために香る──蘭丸という名の花だった。
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