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第15章: 天下香る、風の前触れ
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天正十年、正月。
安土の冬は静かで、そして異様に温かかった。
「まるで、春が先走ってしまったようですな」
蘭丸がそう呟くと、信長は湯を啜りながら、目を細めた。
「……風はいつも、変わる前に匂いを運ぶ。
この匂いを感じられる者だけが、“変化”に先んじるのだ」
「では、殿は……何を感じておいでですか?」
「“満ちる兆し”だ。
我がここまで打ち築いたものが、いよいよ“形”になる」
それはまるで、夢が現実に落ちる直前のような、
甘やかで、同時にどこか不穏な響きを孕んでいた。
⸻
その日、安土には年始の挨拶に諸将や商人、公家たちが次々と訪れていた。
蘭丸は応接に立ち、使者たちの進退を捌きながら、
ふと、ある違和感に気づいた。
──挨拶の言葉が、どれも“完成”を語っている。
「安土にて、すでに“天下人”の風格を拝見いたしました」
「信長公の治世に、これ以上のものは望みませぬ」
「これより先、もはや戦は不要にございましょう」
褒め言葉でありながら、それはまるで──**“終わり”を前提とした賞賛**に聞こえた。
「……おかしい」
蘭丸は、手帳に一つずつ言葉を書き留めながら、胸の奥でざらついた何かを感じていた。
信長が目指す“天下布武”は、まだ完成していないはずだ。
四国も、九州も、まだ炎の中にある。
それなのに、周囲がまるで“頂点を祝う”ような空気を纏い始めている。
それは、まるで──誰かが「終わりの合図」を待っているかのようだった。
⸻
その夜、信長は珍しく、蘭丸を枕元に呼んだ。
「そなたは、“余が死ぬとすれば”どう思う?」
「……縁起でもございません」
「いや、答えてみよ」
蘭丸は迷わず言った。
「殿が倒れる時は、私もすぐ傍におります。
ですから……死ぬときも、生きるときも、“おひとりではありません”」
信長は、その言葉に目を伏せ、静かに笑った。
「……ならば安心だ。
この夢の続きに、そなたがいてくれるなら……それで、余は恐れぬ」
蘭丸は、微かに震えながら、主の手を握った。
それでも、胸の奥の不安は消えなかった。
風の向きが、確かに変わってきていた。
夢が“完成”に近づくとき、
それは同時に“終わり”が足音を忍ばせる瞬間でもある。
そして蘭丸は、本能的に感じていた。
──この夢の終わりは、“誰かの意思”で仕組まれている。
安土の冬は静かで、そして異様に温かかった。
「まるで、春が先走ってしまったようですな」
蘭丸がそう呟くと、信長は湯を啜りながら、目を細めた。
「……風はいつも、変わる前に匂いを運ぶ。
この匂いを感じられる者だけが、“変化”に先んじるのだ」
「では、殿は……何を感じておいでですか?」
「“満ちる兆し”だ。
我がここまで打ち築いたものが、いよいよ“形”になる」
それはまるで、夢が現実に落ちる直前のような、
甘やかで、同時にどこか不穏な響きを孕んでいた。
⸻
その日、安土には年始の挨拶に諸将や商人、公家たちが次々と訪れていた。
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「これより先、もはや戦は不要にございましょう」
褒め言葉でありながら、それはまるで──**“終わり”を前提とした賞賛**に聞こえた。
「……おかしい」
蘭丸は、手帳に一つずつ言葉を書き留めながら、胸の奥でざらついた何かを感じていた。
信長が目指す“天下布武”は、まだ完成していないはずだ。
四国も、九州も、まだ炎の中にある。
それなのに、周囲がまるで“頂点を祝う”ような空気を纏い始めている。
それは、まるで──誰かが「終わりの合図」を待っているかのようだった。
⸻
その夜、信長は珍しく、蘭丸を枕元に呼んだ。
「そなたは、“余が死ぬとすれば”どう思う?」
「……縁起でもございません」
「いや、答えてみよ」
蘭丸は迷わず言った。
「殿が倒れる時は、私もすぐ傍におります。
ですから……死ぬときも、生きるときも、“おひとりではありません”」
信長は、その言葉に目を伏せ、静かに笑った。
「……ならば安心だ。
この夢の続きに、そなたがいてくれるなら……それで、余は恐れぬ」
蘭丸は、微かに震えながら、主の手を握った。
それでも、胸の奥の不安は消えなかった。
風の向きが、確かに変わってきていた。
夢が“完成”に近づくとき、
それは同時に“終わり”が足音を忍ばせる瞬間でもある。
そして蘭丸は、本能的に感じていた。
──この夢の終わりは、“誰かの意思”で仕組まれている。
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