森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

文字の大きさ
16 / 25

第16章: 接待の花、微笑む刃

しおりを挟む
天正十年三月。
信長は、かつてない規模で“客”を迎えようとしていた。

その名は──徳川家康。

長年の盟友にして、今や東国最大の力を誇る男。
その家康を安土に招き、「天下人のもてなし」を見せつけることは、
諸国に対する威信の誇示であり、平和統治の象徴でもあった。

「蘭。おぬしに任せる。すべての準備を、余の名で動かせ」

その言葉に、蘭丸は深く頭を下げた。

「……御意。殿のお傍に咲く花、香と彩りをもってお迎えいたします」



蘭丸は朝から晩まで、使者・調度・献立・舞の演目・香の選定に追われた。

だが、疲れの色は微塵も見せなかった。

信長の名を背負って動くこと、
それこそが、蘭丸にとっての誇りだったから。

その手は細く、白く、
けれど筆を取り、扇をさばくたびに、誰もが目を奪われた。

「……まるで、動く芸術品ですな」

そう呟いたのは、堺から招かれた香道師範。
その言葉に、利休でさえ静かに頷いた。

「花は、ただ咲くだけでは香らぬ。
 蘭丸殿は、“香るように咲いておられる”」



だが、準備のさなか。
蘭丸はある違和感を感じていた。

使者の一人が、書状の文面を口頭で語った際、
微かに言葉を誤ったのだ。

「……“安土の繁栄の終焉に”……あっ、失礼。“繁栄の栄”でございます」

たった一音。
けれど、蘭丸の耳は、確かにそれを聞き逃さなかった。

──終焉?
──なぜ、そんな言葉が今、使者の口から漏れる?

その使者の出自を探れば、そこには、ある男の名があった。

──明智光秀。



夜。
信長の書院にて、蘭丸は報告を終え、香を焚いていた。

「……殿。この接待の裏で、何かが蠢いております」

信長は、静かに湯を啜りながら答えた。

「“表の花”が咲けば、“裏の刃”が揺れる。それは常だ」

「けれど、その刃が、殿に向くものであれば──」

「……ならば、折れぬように刃の先に花を結べ」

信長は、蘭丸の手を取り、掌を重ねた。

「この手で、香を焚き、礼を整え、客を迎えよ。
 そなたの微笑みが、この城の“盾”となる」

蘭丸は、その言葉に深く頷いた。

「……この身が盾となるならば、喜んで。
 殿が笑うなら、私の命も、香の一筋として散らして構いませぬ」

信長は、軽く額に口付けた。

「余の前で、二度と“命を捨てる”などとは言うな」

「……では、生きて守り抜きます。殿の夢も、この安土も」



やがて、徳川家康の到着が目前に迫る。

安土城の石垣の上に立った蘭丸は、夜風の中でふと目を細めた。

──刃は、確かに笑っている。
──その笑みに、花の香で応えることができるかどうか。

“愛された影”としてではない。
“夢を護る者”として──蘭丸は、静かに風を読むのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...