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第17章: 秘められし香、重ねた鼓動
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その夜、安土城は深い静寂に包まれていた。
宴の準備はほぼ整い、明日は家康を迎える前日の最終調整。
全てが張り詰めた糸のような一日だった。
蘭丸が自室で香を焚いていると、襖が静かに開いた。
「……蘭」
「……殿。まだお休みでは」
「眠れぬ」
その言葉とともに、信長は襖を閉めた。
火灯しひとつの明かりの下、ふたりの影が重なる。
信長はゆっくりと近づき、蘭丸の肩に手を置いた。
「余は、誰にも触れられたくはない。だが──おぬしの香だけは、纏いたくなる」
「……私もまた、殿の中でしか、息ができぬようでございます」
信長は蘭丸の頬に指を這わせる。
その指先は、剣を握るのと同じ強さで、しかし花をなぞるように繊細だった。
「顔を見せよ」
そう囁かれ、蘭丸は視線を上げた。
目と目が重なる。
その瞬間、唇が触れた。
最初は、ただ確かめるように。
だが次第に、信長の手が後頭部を捉え、逃がさぬように深く、強く。
蘭丸の息が漏れる。
「……ん……っ」
唇が離れた瞬間、糸のような吐息がふたりの間を繋ぐ。
信長はそっと、蘭丸の首筋に口づけた。
薄く張った肌に、息がかかるたび、蘭丸の体が小さく震える。
「おぬしの香が、余の中に満ちていく」
「それは……殿の香に、染めていただいているからです」
着物の襟が少しだけ乱れる。
指先がその中へと滑り込み、鼓動を感じる場所へと触れていく。
肌と肌が触れ合う。
だが、押し倒すことはない。
ただ、交わるように抱きしめ合い、息を重ねるだけ。
「蘭。今宵は、何も考えず、余の中にいよ」
「……はい。何も、考えたくありません。
ただ……殿のために、香りたいのです。
この身ごと、燃える香となって」
⸻
夜は深く、風もなく、
ただふたりの息遣いだけが、障子の向こうに溶けていった。
誰にも知られぬ夜。
それは、愛でも、欲でも、忠義でもなく──
“ふたりの魂”が重なった、秘められし刻だった。
宴の準備はほぼ整い、明日は家康を迎える前日の最終調整。
全てが張り詰めた糸のような一日だった。
蘭丸が自室で香を焚いていると、襖が静かに開いた。
「……蘭」
「……殿。まだお休みでは」
「眠れぬ」
その言葉とともに、信長は襖を閉めた。
火灯しひとつの明かりの下、ふたりの影が重なる。
信長はゆっくりと近づき、蘭丸の肩に手を置いた。
「余は、誰にも触れられたくはない。だが──おぬしの香だけは、纏いたくなる」
「……私もまた、殿の中でしか、息ができぬようでございます」
信長は蘭丸の頬に指を這わせる。
その指先は、剣を握るのと同じ強さで、しかし花をなぞるように繊細だった。
「顔を見せよ」
そう囁かれ、蘭丸は視線を上げた。
目と目が重なる。
その瞬間、唇が触れた。
最初は、ただ確かめるように。
だが次第に、信長の手が後頭部を捉え、逃がさぬように深く、強く。
蘭丸の息が漏れる。
「……ん……っ」
唇が離れた瞬間、糸のような吐息がふたりの間を繋ぐ。
信長はそっと、蘭丸の首筋に口づけた。
薄く張った肌に、息がかかるたび、蘭丸の体が小さく震える。
「おぬしの香が、余の中に満ちていく」
「それは……殿の香に、染めていただいているからです」
着物の襟が少しだけ乱れる。
指先がその中へと滑り込み、鼓動を感じる場所へと触れていく。
肌と肌が触れ合う。
だが、押し倒すことはない。
ただ、交わるように抱きしめ合い、息を重ねるだけ。
「蘭。今宵は、何も考えず、余の中にいよ」
「……はい。何も、考えたくありません。
ただ……殿のために、香りたいのです。
この身ごと、燃える香となって」
⸻
夜は深く、風もなく、
ただふたりの息遣いだけが、障子の向こうに溶けていった。
誰にも知られぬ夜。
それは、愛でも、欲でも、忠義でもなく──
“ふたりの魂”が重なった、秘められし刻だった。
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