森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

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第18章: 夢の座、影の誓い

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天正十年三月末、安土。
徳川家康がついに城に入った。

信長は、安土随一の間をあてがい、調度・接待・献上物のすべてを蘭丸に託した。

それは「接待役」としての任ではない。
家康の目に、「蘭丸という存在」を通して**“織田の美と力”**を刻み込むためだった。



家康を迎える夜。
蘭丸は白の直衣に、金糸で織られた薄紫の袴をまとって、信長の前に姿を現した。

「……よく似合っておる」

信長は、低く笑った。

「まるで、絹をまとった刀だな。
 美しく、柔らかく、だが一歩間違えれば相手を裂く──
 そう思わせる姿は、見せ物にはもってこいだ」

蘭丸は、恥ずかしげに目を伏せる。

「……私は殿の刃。斬れと言われれば、喜んで心ごと裂きます」

「ほう。では、今宵の宴で誰の心を裂く? 家康か? 光秀か? それとも──余の心か」

信長は、そのまま蘭丸の顎を指で持ち上げた。

「よいか、蘭。
 そなたは今宵、“我の欲”の象徴だ。
 その身のすべてで、“織田信長に従うことは快楽だ”と示してこい」

「……っ、はい。
 私の命も、香も、視線も、すべて殿の悦びとなるように振る舞います」

「言葉では足りぬ」

信長は、ぐいと蘭丸の髪を引いた。
痛みが走る。だが、蘭丸は目を細め、唇を震わせた。

「……あぁ……殿……」

「その声音、宴でも出せ。
 “殿の気に入られるとはこういうことだ”と、天下に教えてやれ」



その夜の宴で、家康は驚いたように蘭丸を見た。
他の者が気圧されて何も言えぬ中、蘭丸だけが、信長の傍に静かに座していた。

香をたき、扇をさばき、器を捧げる所作は、まさに舞のようだった。

家康が酔いの中でふと問いかけた。

「……貴殿は、主君に何を望む?」

蘭丸は、扇を閉じ、微笑んだ。

「ただ、“隣に在ること”です。
 寵を得るでも、褒美を賜るでもなく……
 “殿が視線を向けてくださる間だけ、生きていたい”」

その答えに、家康は何も言えなかった。

信長は笑みを浮かべ、杯を掲げた。

「──蘭。よくやった」



宴のあと、信長の寝所に戻った蘭丸は、襟を乱したままひざまずいた。

「……殿。私は……上手く振る舞えましたか」

信長は、その姿をしばらく見下ろしていた。

そして、帯に指をかけると、乱暴にそれを解いた。

「褒美をやる。
 今宵は、余のためだけに香れ。
 言葉も、羞恥も、すべて脱ぎ捨てろ」

蘭丸はその命に、声も出せぬまま頷いた。

主君に命令され、触れられ、香をまとわされるその瞬間に、
 蘭丸の忠義と恋は、完全に“悦び”として開花するのだった。
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