森蘭丸 ~天下人に愛された美少年~

ましゅまろ

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第24章:本能寺、暁に燃ゆ

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天正十年六月二日、未明。

まだ夜が明けきらぬ時刻。
本能寺の外壁を囲むように、火の手が上がった。

「敵襲――!!」

兵の叫びと同時に、銃声が響いた。

本堂に火矢が打ち込まれ、
安らぎに包まれていた香の空間が、崩れ落ちていく。

**

「殿──! 起きてください!」

蘭丸が信長を揺さぶると、
信長はゆっくりと瞳を開けた。

「……来たか」

「はい。……光秀の軍です」

信長はすぐに身を起こし、
小姓が持ち込んだ槍を手にした。

「ふん……“あの男”が、ようやく炎を選んだか」

蘭丸は鎧を着る信長に、手を添えながら言った。

「殿……どうか、お一人で向かわないでください」

「余は、逃げぬ」

「ならば、私も共に」

信長は蘭丸の首を引き寄せ、額をぶつけた。

「蘭──おぬしだけは、死ぬな。
 この香を、余の名の代わりに残せ」

「……それはできません」

「命令だ」

「それでも、殿の香を纏った私が、生きて誰かの傍にあるなど……耐えられません」

信長の目が細くなる。

「……生意気なことを言う」

蘭丸は泣き笑いのような表情で頷いた。

「……殿の命令は絶対です。
 けれど……それ以上に、私は“殿の終わりを愛したい”のです」

信長は、蘭丸の背に腕を回し、
耳元で静かに囁いた。

「ならば来い。
 最後まで、余の“香”として燃え尽きろ」

「はい。殿の影として、火の中に咲いてまいります」



堂の中に火が回り始める中、
信長と蘭丸は背中合わせに立った。

周囲からは銃声、破裂音、怒号、炎の音。

だがその中心で、ふたりは静かだった。

「蘭。香は、最後まで香か?」

「はい。香は、灰になっても香ります。
 殿がいる限り、私は香り続けます」



最後の瞬間。
信長は、刀を構えたまま、
火の向こうで迫る敵を睨んだ。

蘭丸は、香炉を胸に抱き、
燃える床を踏みしめて傍に立った。

「──我が夢、ここに燃ゆ。
 されど、おぬしの香は──きっと、どこかに残る」

その言葉を最後に、信長は突撃する炎の中へ消えた。

蘭丸もまた、信長の背を追い、
香と共に──その焔の中へ、静かに身を投じた。



本能寺は、焼け落ちた。

だがその朝、
京の風の中には、確かに香が残っていた。

それは、恋と忠義が燃えた香。
主に捧げられた花の、最期の匂いだった。
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