35 / 120
9.新しき律
母なる者たち
しおりを挟む
1942年(昭和17年)7月1日。
東京・赤坂にある旧華族会館。
その一室では、普段は上流階級の婦人たちが集う茶会が開かれるはずの時間に、
まったく異質な“会合”が始まろうとしていた。
出席者は、帝国婦人会、国防婦人会、救護看護団、女子青少年育成連盟の代表者たち。
そして、中央の長机に座るのは――十四歳の蒼月レイだった。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
レイの声は落ち着いていた。包帯の取れた左腕はまだ少し痺れが残るが、言葉に迷いはなかった。
「これからの日本は、兵士だけで成り立つものではありません。
僕は今、“未来を産む力”――つまり、女性たちの力にこそ希望を見ています」
年配の婦人たちは、一様に驚いた表情を浮かべた。
少年の口から出る言葉とは思えぬほど、堂々とし、明確な意志が込められていたからだ。
「皆さんがいなければ、この国の家族も、教育も、地域社会も成立しません。
僕は、皆さんの経験と知恵を、“国家戦略”の中に組み入れたいと考えています」
その言葉に、帝国婦人会の重鎮がゆっくりと口を開いた。
「つまり、あなたは“我々を利用する”と……?」
レイは、真っすぐその視線を受け止めた。
「利用ではありません。“信頼”です。
国家が女性の力を本気で信頼する――それは、今までの日本にはなかった姿です」
しばし沈黙が続き――
「……よろしいわ、蒼月閣下。あなたの言葉、試してみる価値はありそうね」
場が和んだ瞬間だった。
⸻
その数日後、外務省を通じてある計画が実行に移された。
名称は『大東亜文化連携プロジェクト』。
対象は、フィリピン、ビルマ、インドシナ、オランダ領東インド(現在のインドネシア)――
すなわち、日本の“軍政統治地域”に限定されるものの、
「文化」「医療」「教育」の三本柱で現地支援を強化し、
“占領ではなく共存”というイメージを内外に印象づけるための戦略だった。
その先頭に立ったのは、蒼月レイだった。
「我々は、これまで『皇軍の威光』で物事を進めてきました」
東京帝国大学の大講堂。レイは、各植民地担当官や軍司令部の幹部に語りかけた。
「ですが、力では心は動きません。“病院を建て、学校を開き、母語で教える”――
そうすることでしか、人々の信頼は得られません」
ある陸軍参謀が反論した。
「だが、それは甘い幻想ではないか? 支配とは、従わせることだ」
レイは静かに首を振った。
「違います。支配は、いずれ壊れます。“導くこと”だけが未来を創るのです」
⸻
そして、7月15日。
ジャワ島バンドン郊外に、日本が資金提供した初の“母子保健センター”が開所された。
現地の女性たちが笑顔で迎えたレイは、通訳を通さず、ゆっくりとインドネシア語で語りかけた。
「Selamat pagi. Saya datang bukan sebagai penjajah, tapi sebagai sahabat.(おはようございます。私は支配者として来たのではなく、友人として来ました)」
会場に、歓声が湧いた。
軍人たちはその様子を戸惑いながら見つめていたが――
現地の子どもたちがレイの手に花を渡す姿に、徐々にその目が和らいでいった。
⸻
同日夜。
レイは現地司令官の邸宅で、軍医長との会話に耳を傾けていた。
「レイ殿。……正直に言えば、最初はあなたを“理想だけの子ども”だと思っていました」
「よく言われます」
「だが……今日、私は変わった。あの母親たちの目を見たからです。
“敵の国の少年”ではなく、“未来をくれた存在”として見ていた」
「ありがとうございます。でも、これで満足はしません。
日本が目指すのは、“文化の帝国”ですから」
「文化の帝国……?」
「はい。血と鉄の時代ではなく、言葉と希望の時代を創る。
そのために、母たちの力が必要なんです」
⸻
東京。翌日。
レイが帰国したとき、既に帝国議会では新たな議案が提出されていた。
『女性育成予算案』『アジア婦人連携本部設置法案』――
それらはすべて、“母たち”と共に歩もうとする国家の意志だった。
そして、議場の傍聴席には――
白い着物姿の、かつての戦地看護婦たちが静かに座っていた。
その目に映るのは、若き“設計者”の背中。
十四歳の少年が創ろうとする未来の片隅に、彼女たちの“誇り”が確かに存在していた。
東京・赤坂にある旧華族会館。
その一室では、普段は上流階級の婦人たちが集う茶会が開かれるはずの時間に、
まったく異質な“会合”が始まろうとしていた。
出席者は、帝国婦人会、国防婦人会、救護看護団、女子青少年育成連盟の代表者たち。
そして、中央の長机に座るのは――十四歳の蒼月レイだった。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
レイの声は落ち着いていた。包帯の取れた左腕はまだ少し痺れが残るが、言葉に迷いはなかった。
「これからの日本は、兵士だけで成り立つものではありません。
僕は今、“未来を産む力”――つまり、女性たちの力にこそ希望を見ています」
年配の婦人たちは、一様に驚いた表情を浮かべた。
少年の口から出る言葉とは思えぬほど、堂々とし、明確な意志が込められていたからだ。
「皆さんがいなければ、この国の家族も、教育も、地域社会も成立しません。
僕は、皆さんの経験と知恵を、“国家戦略”の中に組み入れたいと考えています」
その言葉に、帝国婦人会の重鎮がゆっくりと口を開いた。
「つまり、あなたは“我々を利用する”と……?」
レイは、真っすぐその視線を受け止めた。
「利用ではありません。“信頼”です。
国家が女性の力を本気で信頼する――それは、今までの日本にはなかった姿です」
しばし沈黙が続き――
「……よろしいわ、蒼月閣下。あなたの言葉、試してみる価値はありそうね」
場が和んだ瞬間だった。
⸻
その数日後、外務省を通じてある計画が実行に移された。
名称は『大東亜文化連携プロジェクト』。
対象は、フィリピン、ビルマ、インドシナ、オランダ領東インド(現在のインドネシア)――
すなわち、日本の“軍政統治地域”に限定されるものの、
「文化」「医療」「教育」の三本柱で現地支援を強化し、
“占領ではなく共存”というイメージを内外に印象づけるための戦略だった。
その先頭に立ったのは、蒼月レイだった。
「我々は、これまで『皇軍の威光』で物事を進めてきました」
東京帝国大学の大講堂。レイは、各植民地担当官や軍司令部の幹部に語りかけた。
「ですが、力では心は動きません。“病院を建て、学校を開き、母語で教える”――
そうすることでしか、人々の信頼は得られません」
ある陸軍参謀が反論した。
「だが、それは甘い幻想ではないか? 支配とは、従わせることだ」
レイは静かに首を振った。
「違います。支配は、いずれ壊れます。“導くこと”だけが未来を創るのです」
⸻
そして、7月15日。
ジャワ島バンドン郊外に、日本が資金提供した初の“母子保健センター”が開所された。
現地の女性たちが笑顔で迎えたレイは、通訳を通さず、ゆっくりとインドネシア語で語りかけた。
「Selamat pagi. Saya datang bukan sebagai penjajah, tapi sebagai sahabat.(おはようございます。私は支配者として来たのではなく、友人として来ました)」
会場に、歓声が湧いた。
軍人たちはその様子を戸惑いながら見つめていたが――
現地の子どもたちがレイの手に花を渡す姿に、徐々にその目が和らいでいった。
⸻
同日夜。
レイは現地司令官の邸宅で、軍医長との会話に耳を傾けていた。
「レイ殿。……正直に言えば、最初はあなたを“理想だけの子ども”だと思っていました」
「よく言われます」
「だが……今日、私は変わった。あの母親たちの目を見たからです。
“敵の国の少年”ではなく、“未来をくれた存在”として見ていた」
「ありがとうございます。でも、これで満足はしません。
日本が目指すのは、“文化の帝国”ですから」
「文化の帝国……?」
「はい。血と鉄の時代ではなく、言葉と希望の時代を創る。
そのために、母たちの力が必要なんです」
⸻
東京。翌日。
レイが帰国したとき、既に帝国議会では新たな議案が提出されていた。
『女性育成予算案』『アジア婦人連携本部設置法案』――
それらはすべて、“母たち”と共に歩もうとする国家の意志だった。
そして、議場の傍聴席には――
白い着物姿の、かつての戦地看護婦たちが静かに座っていた。
その目に映るのは、若き“設計者”の背中。
十四歳の少年が創ろうとする未来の片隅に、彼女たちの“誇り”が確かに存在していた。
72
あなたにおすすめの小説
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~
蒼 飛雲
歴史・時代
ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。
その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。
そして、昭和一六年一二月八日。
日本は米英蘭に対して宣戦を布告。
未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。
多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年夏まで執筆
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる