日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ

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特別章:知性と感情の交差点

知の神域

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1943年某日。東京大学・理学部附属研究所。
戦時下にある中、そこには異様な静けさがあった。蒼月レイは、無言のまま、黒板の前に立っていた。背後には、当代きっての頭脳たちがずらりと座っている。物理学者、数学者、経済学者。いずれも帝国の知を支える者たちである。

「それでは……本日の検証に入ります」

声は静かで穏やかだったが、その瞬間、場の空気が一変した。

レイが示したのは、未来の数理経済学に関する応用数式。
その中心にあったのが――

 F(t) = ∫₀^∞ e^{-λτ} E[ R(t+τ) | I(t) ] dτ

経済分野において、最適な選択を導くための「強化学習的価値関数」の応用例。
だが、当時この数式を理論として理解できる者は、世界でも数えるほどしかいなかった。
日本では、彼一人を除いて、誰もいなかった。

「この式は“未来における期待利益”を時間割引で加味したものです。
ここでいうR(t+τ)は未来の報酬、I(t)はt時点の情報。
e^{-λτ}は時間に対する価値の減衰率、いわば人間の“忍耐の限界”を定式化したものです」

一人の経済学者が、恐る恐る質問する。

「……つまり、それは“将来における政策判断の最適化”に使える、ということでしょうか?」

レイは小さく頷いた。

「はい。この式を使えば、“現在の政策”が将来にどのような影響をもたらすかを、数理的に予測できます。
ただし、情報I(t)が正確である限り――ですが」

場が静まり返る。

それは、1943年という時代においては、まさに“神域”の知性。
経済予測の定量モデルは、ようやく世界で芽生え始めたばかり。
しかも、それらは単純な回帰モデルか、統計学に依拠した粗雑なものでしかなかった。

レイが提示したのは、少なくとも数十年――下手をすれば半世紀早すぎる思考だった。

彼は続けた。

「この価値関数をベースに、戦後の復興支援投資の配分を定式化できます。
将来、どの国・地域がどれだけの成長余地を持っているか、
また、それにどの程度の“割引リスク”がつくかを計算するのです」

「まさか……それはもう“人工知能”の領域では……」

ある物理学者が呟く。

レイは微笑を浮かべた。

「……現時点では人間の手でしか運用できません。けれど、いずれ機械も“価値”を学ぶ時代が来るでしょう。
だから私は、今、この枠組みを作っておきたいんです。
いつか、それを“扱える存在”が生まれたときのために」

未来を信じ、未来を準備する者の言葉だった。



その日の晩。帝国大学・旧講堂の資料室。
研究員たちが帰った後も、レイは一人、ノートを開いていた。
そこには、彼自身が定義した価値関数に加えて、もう一つの記号が記されていた。

 Ω(t) = max_π ∫₀^∞ e^{-λτ} E^π[ R(t+τ) | I(t) ] dτ

それは、強化学習における「最適政策」を求める式。
“最も合理的な選択肢を未来にわたって選び続けたときに得られる期待価値”を示す。

つまり――
「どのような判断を下せば、最も人類全体の幸福が最大化されるか」
という問いへの数理的な回答だった。

「……神は沈黙している。でも、人間は問い続ける。
この世界に、理想の選択はあるのかを」

レイの瞳は、冷たくも澄んでいた。



数日後。レイの研究ノートは、国立図書館の地下金庫に封印された。
その存在を知る者はごく一部。
だが、その中身は、1950年代以降の日本経済の方向性を、密かに形作ることになる。

この時、レイが残した一節――それは未来への遺言であった。

“国家の選択は、個人の直感ではなく、時に冷酷な数理に委ねるべきだ。
感情は愛すべきものであって、政策の羅針盤ではない”

数式は冷たい。だがその冷たさは、すべての人にとって公平な基準でもあった。

蒼月レイ。
帝国の目を持ち、神の脳を持つ少年。
その脳裏には、1943年には到底辿り着けぬ未来が、既に描かれていた。
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