時の雫

AYANA0722

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時の雫

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今、あなたは恋をしていますか?
 私は遠い昔、大好きな人がいました。その人の笑顔がキラキラ輝いて・・・。私は今でも忘れられない・・・。
 誰かは未練だと言うけれど・・・。未練も恋になるのかな・・・。
 遠い記憶の彼・・・。あなたは今幸せですか?


「当機はまもなくデンパザール空港に到着します。」
 飛行機の中からアナウンスが流れると、私はうとうとしていた瞳をぱっと開けた。
「優花!もう着くって!」
 隣に座っていた親友の都子は嬉しそうに言った。
「あっという間だったね・・・。」
「あぁ・・・楽しみ。わくわくするね。」
 都子はニコニコとお化粧を直しながら言った。
「・・・まぁね・・。」

 一年に一度の長期休暇を利用して、何故バリ島を目指しているかというと、それにはちょっとした訳があった。
 そう・・・それはこの旅行に行く一ヶ月前・・・。都子と一緒に行った良く当たると言う占い屋さんでの出来事だった。

「あなたには忘れられない人がいますね。」
 少し薄暗い店内で、占い師さんは私の瞳を見つめて言った。
「えっ?」
 その言葉に私よりも先に都子が驚いた表情を見せた事を今でも覚えている。
「あなたはそこから時が止まってしまっています。」
 占い師さんは真剣な眼差しで言った。
「・・・。」
「南西に行きなさい。そうすれば、新しい未来が開かれるでしょう。」
 占い師さんはそう言うと、静かに視線を落とした。

「ねぇ!忘れられない人って・・・まさか隆平?」
 場所を移して、お気に入りのレストランに入ると、すぐに都子は私の事を責めるように言った。
「・・・。」
 私はずっと隠してきた事を見透かされて、何とも恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
「やっぱり・・・。」
「・・・だって・・・。」
「ねぇ・・・分かっている?あれからもう七年も経つんだよ?」
「・・・。」
「隆平が今、どこで何をしているかは分からないけど、もう結婚しているかもしれない。」
「・・・そんな事分かっている。」
「・・・はぁ・・・優花は可愛くて性格もいいのに、隆平と別れて以来ずっと彼氏がいないから不思議に思っていたら・・・。そういう事だったのか・・・。」
 都子はワインを飲みながら、呆れたように言った。
「ごめん・・・ずっと黙っていて・・・。」
 私は、何となく謝った。
「・・・いいよ。でもさ、私達ももうアラサーだよ?いい加減新しい恋でもしないと結婚出来なくなっちゃうよ?」
 都子は心配そうに言った。
「・・・うん。」
「そうだ!」
「えっ?」
「今度の長期休暇!南西の方へ旅行に行こうよ。」
「・・・旅行?」
「そう。さっきの占い師さんも言っていたじゃん。南西に新しい出会いがあるって!」
 都子は嬉しそうに言った。
「・・・新しい出会い・・・。」
「ねっ?まぁ・・・出会いがなくても、ただのんびり羽を休めに行こうよ。私ね、バリ島に行ってみたい。」
 都子は嬉しそうにワインを飲み干しながら言った。
「バリ島・・・。」
「はい。決定。休みとっておいてね。」
 都子は半ば強引に、休みの予定を決まると、満足そうに今度はスパゲティーに手を伸ばした。
 
 という事で、今回・・・占い師さん言われた事がきっかけでバリ島に行く事になったのだけど・・・。
 都子に押し切られるように決まったこの旅行・・・。
 一体どんな出会いがあると言うのだろう・・・。

「着いた~・・・。」
 飛行機が無事にデンパザール空港に到着すると都子は大きく伸びをした。
「何か・・・匂いが違う・・・。」
 私は空港の中で香るお香の匂いに嗅覚を預けた。
「本当だ・・・。」
「何だかやすらぐね・・・。」
 都子は思いっきりその匂いを吸い込むと、また笑顔になった。
 初めて訪れる異国の土地・・・。その雰囲気はやっぱり日本とは全然違う・・・。

「わぁ・・・まだ明るい。」
 空港の外を出ると、生ぬるい風が私達の頬を掠めた。
 まるで、田舎の夏みたい・・・。少し、もあっとした空気が何だか懐かしかった。
「気持ちいいね・・・。」
「最高だね。」
 着いて数分・・・私達はすぐにバリ島の事が大好きになった。
 この空気の感じが・・・どことなく懐かしく・・・そして人々も皆笑顔だった。

 私達は迎えの車に乗り込むと、すぐに今日泊まるホテルへと移動した。
 車は日本と同じ左車線。それなのに、見える景色はまるで違う・・・。
 昔テレビで見た事がある、バイクの行列が道を走り、ヘルメットも被らずに子供達を何人も乗せているバイクもあった。
「すごいね・・・。」
「外国って感じ・・・。」
 私達はその物珍しい景色を、車の中からずっと眺めていた。
 これがこの国に住んでいる人たちの日常なんだ・・・。
 私は日本とは全然違う気持ちで世界を見ていた。
 
日本にいる時は、同じような毎日に、時々思考が自動操作になっている時がある。感動も薄れて、時間を大切にしていなくて・・・。
 でもこういう場所にくると、感覚が研ぎ澄まされて、まるで「今」をちゃんと生きているような気がする。
 この世界には「今」しか存在しないのに、日本にいる時は、いつも過去や未来の事で悩んでいる・・・。

「あっ・・・着いたよ。」
 都子は嬉しそうに言うと、ホテルを指差した。
「綺麗なホテル・・・。」
 私は手配を全部任せていたので、初めて見るホテルに胸が高鳴った。
「綺麗でしょ?ちょっと奮発しちゃった。」
 都子は可愛くそう言うと、私も笑顔になった。

「じゃあ・・・お疲れ様~!」
 一旦部屋に行って、着替えを済ませた私達は近所の屋台で晩御飯を食べる事にした。
「うまぁ~・・・。」
「美味しい~・・・。」
 冷たく冷えたビールが喉を通ると、その美味しさについつい声が出てしまう。
「いやぁ・・・最高だね。」
 都子は嬉しそうに言った。
「本当・・・。」
 私はビールを片手に周りを眺めながら言った。
 日本でいうフードコートみたいなものが外にあって、人々はその辺のテーブルを囲み楽しそうにビールや焼き鳥みたいなものを食べていた。どの人もニコニコと楽しそうで、ただここにいるだけで、気持ちが明るくなっていくような気がした。

「何食べる?」
 都子は辺りを見渡しながら言った。
「私は・・・ミーゴレン!」
「じゃあ、私はナシゴレンにしようかな。」
 私達は定番のインドネシア料理をチョイスすると、ビール片手に、すぐ近くの店まで足を運んだ。

「美味しそう~・・・。」
 注文してすぐに出てきたその料理は、まるで日本の焼きそばとチャーハンみたいだった。
「匂いも最高。」
「じゃあ、頂こうか。」
「うん。」
 私達は手を合わせて「頂きます」をして、その料理を口に運んだ。
「・・・何これ!!」
「超~美味しい!!」
 私達は初めて食べるインドネシア料理に感動すると、二人とも笑顔になった。
 これは日本人の舌にも合う。それに、ちょっとピリ辛な所もお酒に合う。
「美味しいね~・・・。」
「幸せ~・・・。」
 私達はその美味しい料理に夢中になっていた。
 食べ物が美味しい国と言えば、イタリアやフランス・・・それに日本が思いつくけど・・・。インドネシアもそれに負けないくらい本当に美味しい料理だった。それに値段も格安。
「料理が美味しいって最高だね。」
 都子は嬉しそうに言った。
「間違いない。」
 私達は、ざわざわと人に囲まれながら、外の風を感じて最高の時間を過ごしていた。
 その時・・・。
 占い師さんの言っていた事の意味が分かるような出来事が起きた。

「・・・えっ・・・ちょっと・・・」
 バリ島では聞きなれない、日本語が微かに耳に入ってきた。
「えっ?」
 私はその声の方を振りむくと、現実とは思えない偶然が起こった。
「丸山!それに吉田・・・?」
「・・・えっ?」
 私は自分の目に映った景色があまりにも鮮明で・・・これ以上の声が出なくなってしまった。
「隆平!?」
 都子は目をまん丸くしたまま彼を見つめた。
「うぉ~こんな偶然ある?」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、派手なアロハシャツを揺らしながらこちらにやってきた。
「・・・ちょっと・・・優花!」
 口が空いたままの私に、都子が焦り気味に言った。
「・・・これって・・・。」
 私は突然の出来事に頭が真っ白になった。彼を忘れて、新しい出会いを求めてやってきたバリ島で・・・。まさか彼に出会ってしまうなんて・・・。こんな事って・・・。

「うぉ~・・・めっちゃ久しぶりやん。」
 隆平はニコニコと私の隣の席に腰掛けると、嬉しそうに笑った。
 ・・・ダメだ・・・。私はその笑顔を見た瞬間に、体の方向を変えて、彼に背を向けた。
「・・・丸山?」
「・・いやっ・・・ちょっと・・・。」
 私は頭が真っ白のまま、そっとビールを口に含んだ。普通に・・・普通にしなきゃダメなのに・・・。
「何?旅行?」
 都子は隆平に普通に話しかけた。
「・・・おう。そうやねん。こっちに友達がおって、ちょっと遊びにきてん。」
「・・・一人?」
「そうやねん。でも、あっちに友達おるで。」
 隆平はそう言うと、遠くの席のバリ人を指差した。
「へぇ・・・。」
「何?お前らも旅行?」
「そう・・・。休みを利用して・・・。」
 都子は私の代わりに会話を交わしてくれていた。
「丸山は?今何してん?」
 隆平は、視線を逸らしていた私の顔を見つめた。
「・・えっと私は・・・。」
 私はあまりの緊張で、普通の会話さえ出来なくなっていた。周りから見たら完全に変な人・・・。
「・・・うん?」
 私は隆平の優しい表情に、胸を押さえながら、一瞬息を呑んで、彼の方へと体を向けた。
「・・・うん。今はネイリスト・・・。」
「おう。そやったか・・・。夢叶ってんな。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「あっ・・・。」
 私は隆平の言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
 そう・・・まだ私達は付き合っていた頃・・・。私はネイリストになりたくて、専門学校に通っていたっけ・・・。それを覚えていてくれたんだね・・・。
「りゅ・・・隆平は?」
 私は普通を装いながら、ビールを口に運んだ。
「あっ・・・俺?俺は、今建築家。」
「あっ・・・そっか・・・あの頃なりたいって言っていたもんね。」
 私は隆平の夢が叶った事が素直に嬉しかった。
「吉田は?」
「私はOLだよ。」
「そうなんや。」
「・・・友達大丈夫?」
 私は遠くに見える友達が少し気にかかった。
「あぁ・・・そうやな。今日はあいつと約束しているから、戻るわ。」
「うん。」
「そや・・・明日って何してる?」
「・・・特には・・・。」
 私はドキドキしながら次の言葉を待った。
「じゃあ、バリ島案内したるよ。俺、何度も来てるから。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「・・・いいの?」
「おう。明日は特に予定もなかったから。」
「・・・じゃあ、お願いしようか?」
 都子は私を見つめて言った。
「うん。」
「OK。したら、明日ホテルまで迎え行くわ。十時にロビーで。」
「分かった・・・。」
「寝坊すんなよ~。」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、ニコニコと友達の元へと帰って行った。

「ちょっと!!」
 隆平が見えなくなると、都子が興奮気味に私の事を見た。
「・・・ねぇ?」
 私は少し呆れた顔で都子を見つめた。
「なにこれ?何で?今になって・・・。」
「本当だよね・・・。」
「でっ?」
「えっ?」
「・・・やっぱりドキドキした?」
 都子は優しい顔で言った。
「・・・うん。」
「そっか・・・。でもさ、こんな所で再会出来るなんて奇跡だよね・・・。」
「うん。」
「占い師さんが言っていた、新しい事が始まるって・・・この事だったのかな・・・。」
 都子は考えたように言った。
「・・・でも。」
「えっ?」
「・・・まだ何も分からないよ・・・。」
 私は突然の出来事に急に弱気になってしまった。
「・・・どうして?」
「だって・・・私が思い描いていた隆平と・・・今の隆平は絶対に違う・・・。それに彼女がいるかもしれないし・・・結婚しているかもしれないし・・・。」
 私はそっとビールに口をつけながら言った。
「・・・優花~・・・。」
「・・・まぁ・・・こうして一人でバリに来ているって事は結婚していないかもしれないけど・・・。」
「そうだよ。」
「・・・会ったら何だか・・・気持ちが混乱しちゃって・・・。」
「そっか・・・。」
「まぁ・・・明日も会える事になったしね。」
「そうだよ~・・・。でもさ、占い師さんの言っていた事当たったね。」
「えっ?」
「だって、こうしてもう一度再会してしまったからには、もう時間は動き出したって事でしょ?」
「・・・うん。」
「どんな風になるとしても、きっと優花にはプラスだと思うから・・・。」
「うん・・・。」
 私は都子の優しい言葉を聞きながら、ビールを飲み干した。
 こんな奇跡みたいな偶然・・・起こるんだ。私は、もう見えなくなってしまった隆平の方向を見つめながらぼんやりとそんな事を思った。
 もう一度再会出来た時・・・。嬉しくて、嬉しくて涙が出てくるものだと思っていた。
 でもそんな感動よりも・・・時間が動き出してしまった事への不安。その時はそっち方が強く感じてしまった。だって・・・再会してしまったら・・・。もう一度傷つく事になってしまうかもしれないから・・・。
 


「おはよう。」
「おはよう。」
 キラキラ輝く太陽と、青々と茂る緑に包まれたロビーで私達は、隆平に手を振った。
「おっ・・・今日の格好可愛いやん。」
 隆平は、私達のカラフルなワンピースを見ると嬉しそうに微笑んだ。
 そう・・・昔から良く褒めてくれる人だったよね。
「隆平も活かしいてる。」
 都子は隆平のアロハシャツとカラフルな短パンを褒めると、隆平はまた嬉しそうに微笑んだ。
「ほな、行くで~。」
 隆平はそう言うと、嬉しそうにホテルの外へと向かって歩き出した。

「今日はどこに行くの?」
 私は隆平の隣を歩きながら質問した。
「バリにきたらやっぱりビーチやろ。」
 隆平はサングラスをかけてニカっと笑った。
「ビーチ・・・。」
「隆平、私達の水着姿が見たいだけでしょ。」
 都子はからかうように言った。
「ばれた?」
 隆平はサングラスをそっと上に上げると、いたずらな顔を私達に見せた。
「もう~・・・しょうがないなぁ・・・。」
 都子は呆れたように笑うと、空気が一気に和んで私達は笑いあった。
「ほな、タクシー乗るで。」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、タクシーを簡単に停めて乗り込んだ。

「わぁ・・・。」
 バリ島で一番の繁華街。クタからタクシーで三十分。私達はビーチが綺麗で有名だと言うヌサドゥアに到着した。
「綺麗な海~・・・。」
 私達はタクシーから降りるとすぐにキラキラと輝く海へ向かって歩き出した。
「・・・こんな綺麗な海見た事ない・・・。」
 私は、目の前に映る景色が夢見たいだと思った。
 キラキラ輝く穏やかな海・・・。日本の海とはまた違う青々として美しい海だった。

「ええやろ?」
 隆平はサングラス越しに自慢げに言った。
「すごくいい。」
「最高。」
 私と都子は口々に賞賛の言葉を口にした。
 
なんて素敵な場所なのだろう・・・。私はサラサラと吹く風を感じるとそっと瞳を閉じた。
 日本での・・・あっという間に過ぎゆく日々がどこにもなくて・・・。
 今ここにいるという事だけが全てだった。海があって・・・風に吹かれて・・・隣には大好きな人達がいて・・・。もう何もいらない。ただここにいられるだけで幸せ・・・。それに隆平との事も・・・きっとなるようになるよね・・・。今は今を楽しもう・・・。せっかくバリ島に来たのだし・・・。私はふんわりと微笑みながらそんな事を思っていた。

「よし・・・じゃあ、マリンスポーツでもやるか!」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、私達を案内してくれた。

「ハロー」
 隆平はビーチでブラブラしていたバリ人に声を掛けると、マリンスポーツの交渉を始めた。
「・・・隆平すごいね。」
 英語を流暢に扱う隆平を見て、都子が耳打ちをした。
「ねっ・・・海外がきっと好きなんだね。」
 私はそんな隆平を見て、また少しだけ切ない気持ちになった。
 私の知らない隆平・・・。勝手に思い続けていた七年間・・・。隆平はちゃんと前に向かって進んでいたんだね・・・。

「マリンスポーツめっちゃ安くしてもろた。」
 隆平は勝ち誇った顔で戻ってきた。
「本当?」
「おう。」
「やった!」
「じゃあ、水着に着替えてきてもらおうかな。」
 隆平はわざとふざけて言った。
「馬鹿・・・。」
 都子はまた呆れたように笑うと、私達はバリ人の案内で更衣室へと入って行った。

「じゃーん!」
 私達は着替えが終わると、都子は嬉しそうに隆平に水着姿を披露していた。
「おっ・・めっちゃええやん。」
「でしょ?」
 都子は買ったばかりだという水着を褒められた事が嬉しくて、ニコニコと嬉しそうだった。
 それに比べて私は・・・。好きな人の前で見せる水着姿はあまりにも恥ずかしくて、派手な柄とは逆に一人もじもじしていた。

「ほな、まずはバナナボートや!」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、私達はバナナの形をした浮き輪に跨った。
「これ・・・初めて・・・。」
 私はドキドキした心臓を抱えたまま、目の前のロープをぎゅっと掴んだ。

「アーユーレディー?」
「OK!」
 私達は運転手のバリ人のOKのサインを出すと、ボートはゆっくりと走り出した。
「うわぁ・・・。」
 ボートのスピードはだんだんと速くなって行き、小さい波を超えるごとに、ドキドキと心臓の音も早くなった。
「キャッー」
「ギャッー」
 バリ人の雑な運転が逆に楽しくて、私達は心地よい海風に吹かれながら、大絶叫を繰り返した。

「超~楽しかった。」
 最後に海に落とされるというオチもきっちり終えて私達はビショビショのまま砂浜へと上がった。
「最高だね~。」
「もっとしたい!」
 私と都子は生き生きとそう言うと、隆平は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、フライフィッシュやる?」
「フライフィッシュ?」
 私達は聞きなれない言葉に首を傾げた。
「ほらっ・・・あれ・・・」
 隆平はそんな私達に空を指差して見せた。
「えっ?」
 そこには、空高く舞い飛ぶ、大きい四角い形の浮き輪があった。
 そしてその浮き輪には人がしっかりと捕まって大空を仰いでいた。

「これ?」
 私と都子はあまりの衝撃に隆平を凄い顔で見た。
「そう。ふふふ・・・そんな顔で見んなや。」
「面白そうだけど・・・。」
 都子は、もう一度空を眺めて言った。
「やってみようぜ。俺も初めてなんや。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「まじかぁ・・・。」
 私はドキドキした心臓を抱えたまま、もう一度空を見た。
 命綱もないし・・・手を離してしまったら最後・・・。でもせっかくバリにきたんだし・・・。
「よしっ・・・やろう!」
 私は意を決してそう言うと、隆平は私の有志に拍手をくれた。
「わかった・・・。私も女だ。」
 都子もそう言うと、私達は、もう一度バリ人の元を訪ねた。


「いやぁ・・・最高に楽しかったね。」
 私達はヌサドゥアを満喫すると、雨が降りそうな空を眺めながら、タクシーへと乗り込んだ。
 あの後、恐怖のフライフィッシュで絶叫を上げ、その後ジェットスキーで絶叫して、最後はもう一度フライフィッシュをして・・・。
 こんなにも声を上げたのは久しぶり・・・。それにこんなにドキドキしたのも・・・。
「怖かったけど、超楽しかった。」
「ねっ。超ドキドキした。」
「いやぁ・・・俺も楽しかったわ。」
 隆平も嬉しそうに言った。
 とても楽しかった海での遊び。隆平がいたからこんなにも楽しめたのだと思う。
「ありがとうね。」
 私は隆平を見つめて、お礼を言うと、隆平は嬉しそうに私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

「今日はありがとう。」
 タクシーがクタに着くと、隆平は一人、友達と約束しているというレストランの前でタクシーを降りた。
 そしてクタの町には、ポツリポツリと雨が降り始めてきた。
「おう!そうや。明後日の夜って空いている?」
「えっ?」
 私は新しい約束に胸が躍るのを感じた。
「最後の夜やろ?明後日なら予定もないから、皆で飲み行こうや。」
「隆平・・・。」
「美味しい店連れて行ってやるよ。」
 隆平は得意気にそう言うと、笑顔で手を振って歩き出してしまった。

「明後日だって・・・。」
 私はタクシーの中にやにやと都子に言った。
「優花・・・。分かりやす過ぎ・・・。」
 明らかなに嬉しそうな私に呆れたように都子は言った。
「だって・・・。」
 私は、もう一度座り直すと、そっと走り出したタクシーの外を見つめた。

 会えた事が嬉しくて・・・一緒に遊べた事はもっと嬉しくて・・・。今までこんな気持ちになったのはやっぱり隆平だけ・・・。七年ぶりに再会しても・・・この気持ちに変わりはなかった。
 私・・・やっぱり隆平の事が好きだ・・・。
 私は雨粒でキラキラと輝くクタの町を見つめながらそんな事を感じていた。


「ごめんね~・・・。」
「いいよ。」
「優花だけでも行っておいでよ。」
 都子は申し訳なさそうに言った。
 あれから、買物をしたり、寺院に行ったりと私達二人はバリ島を満喫した。しかし、隆平と約束した最後の夜、急に都子がお腹をこわしてしまったのだ。
「・・・たぶん氷かな・・・。」
 都子はお腹を抱えて言った。
「・・・外国の生水は危ないって言うしね。」
「せっかくの最後の夜なのに・・・。」
 都子は苦しそうに言った。
「・・・うん。」
「でも、ゆっくり寝れば多分治るからさ。」
 都子は申し訳なさそうに言った。
「私、そばにいるよ?」
「いやっ・・・いいよ。ちょっと旅疲れもあると思うから、少し一人で休むよ。」
 都子はベッドに横になりながら言った。
「・・・そっか。」
「ほらっ・・・隆平が迎えに来る時間だよ?」
 都子は時計を指差して言った。
「・・・でも・・・。」
「いいから。行っておいで。最後の夜なんだから。」
「・・・分かった。」
 私は渋々返事をすると、都子は安心したように、布団を首まで掛けた。
「楽しんできてね。」
「うん。」
 私は複雑な気持ちを抱えたまま、隆平の待つロビーへと歩みを進めた。
 三人で最後の夜を楽しめると思っていたから少し残念・・・。それに二人っきりだなんて・・・。どうしよう・・・。
 
「おっす。」
 ロビーに着くと隆平は嬉しそうに私に手を振った。
「・・・うん。」
「あれ?都子は?」
 隆平は不思議そうな顔をした。
「うん・・・。何かお水に当たっちゃったみたいで・・・。」
 私は申し訳なさそうに言った。
「ありゃりゃ・・・。」
「・・・どうする?」
「えっ?」
「二人になっちゃったけど・・・。」
 私は隆平の反応を覗いながら質問した。
「うん。まぁ・・・でもせっかくだから。」
 隆平は少し考えた後に、優しい笑顔に戻ってそう言ってくれた。
「うん。」
「ほらっ行こうや。」
「うん!」
 私は隆平の笑顔に胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
 病気の都子を残して、自分だけ楽しむなんて少し悪い気がするけど・・・。それでも神様がくれたせっかくの時間・・・。楽しむ事が一番だよね?

「じゃあ、とりあえず、飯でも行くか。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「うん。」
 ホテルの外に出ると、生温かい風が私達を包み込んだ。
「何食べたい?」
「う~ん・・・じゃあ、インドネシア料理!」
 私は笑顔で答えた。
「よし!じゃあ、地元の奴らが行きつけの美味しい店連れてってやるわ。」
「うん!」
 私は頼もしい隆平の言葉に嬉しくなった。夢みたいな夜・・・。隆平とこうやってクタの町を歩いているなんて・・・。

「ここだよ。」
 クタの大きい通りから一本入った薄暗い路地にそのお店はあった。
「わぁ・・・。」
 そこには、地元の人がざわざわと美味しそうにインドネシア料理を楽しそうに食べている姿があった。
「こんな店あったんだ・・・。」
 私は、初めて見るその光景に胸がわくわくした。
 今までは観光客向けのレストランにしか出会わなかったから・・・。こういうお店もいいかもしれない。
「ここの売りは何と言っても安さ。それに美味しさやで。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「良く来るの?」
「おう!」
 隆平はそう言いながら、プラスチックの汚れた椅子に腰掛けると、嬉しそうにメニュー表を見始めた。
「リュヘイ!」
「オウ~!」
 店主が隆平の近づいてくると、嬉しそうにハグをしていた。
「アリガトゴザイマス。」
「また来ちゃった。」
 隆平は照れながら店主にそう言うと、店主も嬉しそうに笑った。
「じゃあ、とりあえずビール二つとサテ。」
「OK」
 店主はそう言うと、嬉しそうに厨房へと戻って行った。
「もう常連さんなんだね。」
 私は嬉しそうに言った。
「そうやな。バリの友達とは、ほとんどここに来るからな~。」
「楽しそうだね。」
「めっちゃ楽しいで。あいつら、いつも陽気で楽しそうだから。」
 隆平は誇らしげに言った。
「そっか。」
「何か、あいつら見ていると、幸せはお金じゃないんやってつくづく思うわ。」
「・・・うん。」
「ほらっ・・・見ての通り、皆お金に関してはそない豊じゃあらへんやろ?」
「うん。」
「でも、バリの人達って、のんびりした時間の中、いつも楽しそうやんな。」
 隆平はニコニコと嬉しそうに言った。
「分かる・・・。」
「だから、この土地に惹かれてるんやと思うわ。」
「うん。」
 私は隆平がとてもバリ島やバリ人の事が好きなことは伝わってきて胸が熱くなった。
 やっぱり愛情深いこの人が・・・私は好きだな・・・。
「ビールオマタセ」
 店主はニコニコと嬉しそうに隆平にビールとサテを届けてくれた。
「トゥリマカシー(ありがとう)」
 隆平は笑顔で店主にそう告げると、店主は嬉しそうにウィンクした。
「何かいいね。」
 私はその幸せそうな光景にこっちまで幸せな気持ちになるのを感じていた。
「せやろ?人類みな兄弟なんて言葉があったけど、ほんまそうやと思うわ。」
「うん。」
「じゃあ、乾杯しよか?」
「そうだね。」
 私達は日本と変わらない大ジョッキを片手に持つと、冷えたグラスを高らかに鳴らした。
「カンパーイ!」
「カンパーイ!」
 二人ともすぐにジョッキに口をつけると、一日中歩きまわって疲れた体に黄金色のビールが染み込んで行くようだった。
「うまーい・・・。」
「いやぁ・・・たまらんなぁ・・・。」
 私達は顔を見合わせて笑った。
 夏の夜飲むビールって何でこんなにも美味しいのだろう・・・。
 それにバリ島のビールって飲み易くてとても美味しい。
「ほらっ・・・サテ食べた?食ってみ?店によっても味はちゃうんやけど、ここのサテけっこううまいよ。」
 隆平はそう言うと、そっと私のお皿にサテを取り分けてくれた。
「ありがとう。」
「おう。」
 私は早速隆平が取り分けてくれたサテを口にした。
「んっ・・・?美味しい!」
 私は初めて食べる、焼き鳥に似たその食べ物に感動した。
「せやろ?」
 隆平はニコニコと嬉しそうに私の顔を見ていた。
「いっぱい食べや。」
 隆平は嬉しそうにそう言うと、そっとサテをまたお皿に乗せてくれた。

「あぁ・・・美味しかった~・・・。」
 地元のお店で、色々な料理をちょっとずつ食べた私達は大満足で店を後にした。
「これからどうする?」
 私はわくわくした気持ちで隆平に問いかけた。
「そうやな・・・。まだ飲み足りひんから、バーでも行く?」
 隆平はニコニコと嬉しそうに言った。
「いいね~。」
 私は隆平の提案に乗った。

「すごーい・・・。」
 隆平は連れてきてくれたのは、キラキラ輝く夜の海が一望出来るバーだった。
「ここの店見つけた時はさすがの俺もめっちゃはしゃいだわ。」
「うん。分かる・・・。」
 私は辺りを見渡しながら、こんな素敵な場所がある事に感動した。
 ホテルの屋上にあるそのバーはアジアンテイストたっぷりのインテリアにプールまでキラキラと輝いていた。
 サラサラと心地よい風が私達の頬を掠めると、その風さえも愛おしく感じた。
「いい場所だね。」
「せやろ?」
「ありがとう。」
「おう。じゃあ、飲むか。優花は?何飲む?」
「何飲もうかなぁ・・・。」
 私はバリ島にしては少し高い、お酒のメニュー表に目を通した。
「俺は、ジントニック」
「じゃあ、私はマリブコーク。」
 メニューが決まると、私達は店員さんを呼んですぐに注文した。

「カンパーイ」
「カンパーイ」
 私達は、二回目の乾杯を交わすと、すぐにカクテルを口へと運んだ。
「うん。美味しい。」
「うまいね~。」
 私達は二人とも笑顔になると、心地よい風がまた頬を撫でていった。
「・・・優花って昔からマリブコーク好きやったよな?」
「えっ?」
「ほらっ・・・俺んち酒飲む言うたら、必ずマリブのリキュール持ってきていたやん。」
 隆平は嬉しそうに言った。
「覚えていてくれたんだ・・・。」
 私は、急な昔話に胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
「・・・覚えているよ。あれから何年やったけ・・・?」
「七年・・・。」
「そっか・・・そんなに経つんか・・・。」
 隆平は少し淋しそうに言った。
「・・・楽しかったよね。」
 私は息を呑んで言った。
「せやな・・・。まだ若かったし、色々あったな・・・。」
「私にとっては最高の日々だった。」
「うん。」
「・・・私ね、あれから彼氏も出来なくて・・・。」
「そうなん?」
「うん・・・。」
 私はさりげなく、自分の気持ちを隆平に伝えた。
 あなた以上の人がいないって事なんだよ・・・?
「そう言えば、なんで別れてしまったんだっけ?」
 隆平は気がつかないふりをして言った。
「・・・あの時は・・・。」
 私はあまり思い出したくない過去を思い出して言った。
「・・・私が専門学校、忙しくなりすぎて会えなくなっちゃって・・・。」
「あぁ・・・そうやったな・・・。」
 隆平も思い出したかのように言った。
 そう・・・あの時、夢に向かってベクトルを向け過ぎて恋がおろそかになってしまった。二つとも大事に出来たはずなのに・・・私はこの事を何度も後悔した。
「でも、もういい思い出やな・・・。」
 隆平はジントニックを呑みながらしんみりと言った。
「思い出か・・・。」
 私は隆平の言葉に胸が痛むのを感じた。そうだよね・・・。今でも思い続けているのは私だけだよね・・・。
「・・・今、彼女はいるの?」
 私は勇気を出して、隆平に質問した。
「・・・うん。」
 少しの沈黙の後、隆平は小さく頷いた。
「・・・そっか・・・そうなんだ。」
 私は、隆平の言葉にハンマーで頭を叩かれた思いだった。
 彼女の存在があるかもしれないと分かっていたものの・・・。やっぱりショックだ。
「付き合って、四年かな?」
「そんなに・・・。」
 私は私と別れた後、ちゃんと恋愛をして、愛を育んできた隆平に大きく距離を感じた。再会できて浮かれていたけど・・・神様がいい加減あきらめろと言っているみたいだった。それくらいに、重く悲しい瞬間だった。
「・・・でも。」
「でも?」
 私は隆平の言葉に涙を隠して耳を傾けた。
「今、ちょっと状況が良くなくて・・・。」
 隆平は淋しそうに言った。
「どうして?」
「うん。彼女も俺とタメやから、結婚を急かされていて・・・。」
「結婚・・・。」
「でも、なんでやろ・・・。気分が乗らんくて・・・。」
「・・・。」
「彼女の事、好きやねんけど、結婚ってなると気持ちがずっしりと重くなってしまうんや。」
「・・・そっか。」
「不安なんかな・・・?結婚って人によってはイメージ悪いやん?」
「・・・うん。」
「何か・・・うん。きっと不安なんやと思う。」
「隆平・・・。」
「男らしくないよな・・・。」
「そんな事・・・。」
「優花はどう思う?結婚した方がええと思う?」
「えっ?」
「いや・・・ちょっと人の意見も聞いてみたくて。」
「私は・・・。」
 私は出来る事なら、結婚なんてしてほしくないよ・・・。
 でも・・・。
「隆平には幸せになってほしい・・・。」
「えっ?」
「・・・明るくて、いつも優しい隆平の彼女なら、きっといい子だと思うの。そんな素敵な二人が結婚して幸せになれないはずがない。だから隆平なら、きっと良い家庭を築けると思う。」
 私は息も吸わずに話し続けた。
「正直、私にとって隆平は今でも特別な存在。きっと元彼以上の・・・。再会してとても嬉しかった。思い出の中じゃない隆平に出会う事が出来て・・・。でもね、今の隆平を素敵だと思ったのは、きっとその彼女の存在があったからだと思うよ?」
「・・・。」
「彼女がいつも隆平を支えてくれているから・・・。」
 私は自分で言葉を発しながら、何を言っているんだろうと思った。
 彼女の事を悪く言う事だって出来たはずなのに・・・。
「分かった。」
「えっ?」
「俺、幸せになるわ。」
「隆平・・・。」
「優花に言われて気付いたわ。そうやんな。いつも俺の事大切にしてくれるあいつの存在のおかげで今も俺は笑っていられるねん。」
「・・・うん。」
「ありがとうな。・・・なんか・・・うん。ふっきれたわ。」
 隆平はそう言うと、もう一杯ジントニックをお代わりした。
 そして私は・・・目の裏に涙をぐっとこらえて大好きなマリブコークを呑みほした。

「ほな、楽しかったわ。」
「うん。私も。」
「日本に帰っても、お互い頑張ろうな。」
 隆平は優しい笑顔でそう言うと、そっと私の手を握った。
「・・・うん。」
 私は涙を隠したまま必死で笑顔を作ると、その懐かしい手をそっと離した。
「ほな!また!」
「ありがとう~!」
 私たちはホテルの前で別れると、隆平は人がざわめく大通りの方へと歩き出した。
 そして私は向きを変え、そっとバリ島の空を見上げた。
 キラキラ輝く星・・・。日本じゃ見られないほどの無数の星・・・。
 でも今の私には涙で滲んで、その輝きさえも悲しみでしかなかった。
 もう一度出会えたのは・・・いつまでも彼を思い続ける可哀想な私に・・・神様が教えてくれる為だったんだ・・・。
 もういい加減・・・前を向かなきゃダメだよって・・・。
 でも・・・こんなにも辛いんだね・・・。苦しいんだね・・・。
 今・・・どれほどに隆平を想っていたから・・・思い知らされる・・・。
 でももう・・・遅いよね・・・。
 こんなにも好きだったんだ・・・。こんなにも想っていたんだ・・・。
 結婚なんてやめた方がいいよ・・・。そんな言葉を言っていたら・・・未来は変わっていたのかな・・・。でもね・・・。やっぱり私は隆平が大好きだから・・・。隆平には幸せになってほしい・・・。例えその相手が私じゃなくても・・・。



「そっか・・・。」
 私は泣き顔のまま、さっきの出来事をすべて都子に報告した。
「でも・・・これで良かったんだよね?」
 泣き腫らした目のまま私は都子に問いかけた。
「・・・うん。良かったと思う。」
「・・・。」
「優花は頑張ったよ。でも二人はとても波長が似ていたから、もう一度くっついて欲しいと思っちゃったけどなぁ・・・。」
「・・・もう遅いよ。」
「・・・でもさ?」
「うん?」
「再会出来て良かったじゃん。再会出来て、もう一度恋をして、優花はちゃんと「今」に戻って来る事が出来たんだよ?」
「うん・・・。」
「もう過去に戻る事はない。これでちゃんと前に進めるよ。」
「都子・・・。」
「大丈夫。好きな人の幸せを願える優花だもん。絶対に幸せになれる。」
「・・・うん。」
 私は都子の言葉にまた涙がこみ上げてくるのを感じた。
 そうだよね・・・。失恋してしまったけれど、時間は動かす事が出来た・・・。それだけでもここに来る事が出来て良かったんだ。
「じゃあ、今日は飲むよ!」
「えっ?お腹は?」
「嘘に決まっているじゃん。」
 都子は嬉しそうにそう言うと、元気そうに立ち上がった。
「なんだぁ・・・。」
 私は元気そうな都子を見て、ほっとしながらも、都子の肩をちょっとだけぱしっと叩いた。
「・・・ありがとう。」
「・・・いいよ。」
 
悲しい気持ちでいっぱいだけど・・・。何故だろう・・・。少しだけ自分の事を好きになれたようにも思う。
 それに、彼と再会できた事もとても嬉しかったけど・・・。それ以上にこのインドネシアという国に触れ合えた事・・・。それに都子との距離が縮んだ事を嬉しく思った。
 いつかこの島に恩返し出来るような人になりたい。
 そしていつか、私も結婚出来る日が来るのなら・・・この島で結婚出来たらいいな。
 
キラキラ輝く夏の夜・・・。私は大切な恋を失ってしまったけれど、それ以上に成長できた。
 その事が、私の人生をまた大きく変えてくれる事を・・・今の私はまだ知らなかった・・・。





「エピローグ」

「お疲れさまでした。」
 私は冷たい北風が吹雪く中、そっとコートのボタンを閉めた。
 あれから季節は移り変わり、すっかり真冬へと移り変わっていた。
 結婚すると言っていた隆平からは何の音沙汰もなく、私は一人移り行く季節を眺めていた。
 けれどあの頃と違うのは、少しだけ恋愛に前向きになったという事。合コンにも前よりも積極的に参加をし、友達にも何人か紹介してもらった。
 けれど、恋愛感情に発展する人はまだ現れてこない。
 でも・・・そうだね。そのうちまた人を好きになれる。そんな予感がするの・・・。


「優花!」
 私は歩道橋の上で、聞きなれた声に呼び止められた。
 それはまるで奇跡が起きたあの夜みたいに・・・。
「えっ・・・?・・・隆平?」
 私はその声に振り向くと、少し照れくさそうに笑う隆平がそこにはいた。
「・・・なんで?」
 私はその姿を見た瞬間、驚きのあまり息を飲んだ。
「やっと会えた・・・。」
 隆平は安心したようにそう言うと、小さい花束を抱えたままそっと私に近づいてきた。
「・・・どう言う事?」
 私は現状が把握できないまま隆平の事を見つめていた。
「俺さ・・・あれから彼女と別れちゃって。」
 隆平は申し訳なさそうに言った。
「・・・なんで?」
「優花言ったやん?幸せになってほしいって・・・。」
「・・・。」
「俺なりに考えたんだよね。俺の幸せ。」
「・・・うん。」
「彼女の事は大切だし、好きやったけど、結婚は出来ひんかった。」
「・・・。」
「それが俺の選択。」
「・・・。」
「それから、色々考えて・・・。したら不思議やな・・・。バリ島でのお前の笑顔がいつも浮かんできたんや。」
「・・・。」
「優花とおる時、俺、幸せやった・・・。」
「隆平・・・。」
「それに、あの言葉・・・優花が言うてくれたあの言葉で俺はもう一度お前の事好きになってしもうたんや・・・。」
「あの言葉って・・・?」
「俺に幸せになってほしいって・・・。」
「・・・。」
「俺、お前の気持ちに気づいとった・・・。それなのに、自分の事よりも俺の幸せを願う優花を見たら・・・。」
「・・・。」
「あかんかった・・・。もうあの瞬間に心が奪われてしまった。」
「隆平・・・。」
「別れて・・・出会って・・・色々あったけど、俺、もう一度優花と一緒にいたい。」
 隆平は真剣な眼差しで私を見つめた。
「・・・。」
「俺とずっと一緒に居て下さい。」
 隆平はそう言うと、頭を下げて小さい花束を私に捧げた。
「・・・今・・・。」
「えっ・・・?」
「今更・・・ずるいよ・・・。」
 私は溢れ出す涙を、手で拭いながら言った。
「・・・。」
「ずっと好きだったのは私の方・・・。ずっと隆平の事が忘れられなかった・・・。」
「うん。」
「もう前を向けるって・・・そう思ったのに・・・。」
 私は涙をボロボロ流しながら、隆平の元へと駆け寄った。
「これ・・・夢じゃないよね?」
 私は隆平の花束を受け取ると、彼の胸に飛び込んだ。
「・・・大事にする・・・。」
 隆平は優しい声でそう言うと、ぎゅっと私の事を抱きしめてくれた。
「・・・隆平・・・。」
 私は夢を見ているのかな・・・?こんなにも長い間想い続けた人と両思いになれるなんて・・・。そんな奇跡が・・・私の身に起きるなんて・・・。
「・・・やっと繋がれた・・・。」
「えっ?」
「本当は最後の夜・・・俺、ずっとお前の事抱きしめたかった。」
「隆平・・・。」
「でも、お前、俺に幸せになってほしいとか言うから・・・。」
「だって・・・。」
「まぁ・・・そこに惚れてしもうたんやけど。」
 隆平は優しい声でそう言った。
 
北風が吹雪く、寒い冬の日・・・。私は晴れて大好きな人と両思いになる事が出来た。

いつかどこかで聞いた事がある・・・。本当の恋は、相手の幸せを願えた時に叶える事が出来るって・・・。
本当にそうなのかもしれないね・・・。でも今の私にはもうどっちでもいい・・・。この温もりにまた出会う事が出来たから・・・。ねぇ・・・隆平?あの日・・・もう一度出会う事が出来て良かったね・・・。私の止まってしまっていた時計を動かせるのはやっぱりあなたしかいなかったんだ・・・。

「ねぇ・・・隆平?」
 私はそっと彼の腰から手を離すと、彼を見上げた。
「うん?」
「今度は二人で幸せになろうね。」
 私は笑顔で彼に告げた。
「おう!」
 隆平も笑顔になると、私達は寒空の下、北風に包まれて・・・手を繋いで歩き出した。

                          
 終わり
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