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輝ける時の中で
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あれは確か、まだ君との未来を信じていた頃・・・。
何も怖いものなどなく、ただ楽しい時間を過ごしていた。
君が笑うと何となく私も幸せを感じて、笑顔になって・・・。
思い出になればなるほどに、綺麗に見えるのは一体どうしてだろうね。
ねぇ・・・今、私は自分自身に問いかけるの。
本当の心を知るために・・・。
「お疲れ様でした。」
私は夜の十時、会社を出ると、肩をポンポンと自分で叩いた。
今日も働いたなぁ・・・。私は星空の見えない東京の夜空を眺めた。キラキラ輝いているのは、いつだって、東京のビル群。もう十時なのに、皆まだ働いているのかな・・・。
私は東京の夜空を眺めながらぼんやりとそんな事を思った。
私の名前は、桐谷恵。今年で二十八歳になるデザイナーの卵だ。
私は大きく伸びをすると、その瞬間に携帯電話が鳴り響いた。
「・・・太一かな?」
私はすぐに彼氏の事を思い出すと、すぐに携帯電話を鞄の中から取り出した。
「もしもし?」
「あっ・・・恵?俺、太一。まだ仕事中?」
「今、ちょうど終わった所だよ。」
「あっ本当?ちょうどさ、本郷町で飲んでいたんだよね。一緒に帰らない?」
太一は酔っぱらった声で嬉しそうに言った。
「うん。いいよ。じゃあ駅で待っているね。」
「分かった。」
私達は約束を取り付けると、私は携帯電話を鞄にしまって駅を目指して歩き出した。
太一と出会ったのは、ちょうど三年前の春。私がまだデザイナーの駆け出しだった頃。太一は私の会社の担当営業者としてちょくちょく仕事場に顔を出すようになった。
材料や資材を運んでくる優しそうな太一は部署でも人気で、皆、太一が来るたびに、嬉しそうにしていた。
そんな太一から私を誘ってくれるようになり、今では付き合って二年。半年前から同棲も始めた。
いつも穏やかな太一は私よりの五つ年上。物腰が柔らかくて、人当たりもいい。
そして何よりもいつも私の事を大切にしてくれていた。
「お疲れ!」
駅の柱に寄りかかって太一を待っていると、嬉しそうな表情で太一が駆け寄ってきた。
「お疲れさま。」
私は太一を見つけると安心して、すぐに笑顔を作った。
「ごめんね?待たせた?」
「ううん。大丈夫だよ?」
私は優しい太一の言葉に嬉しさを感じながら、微笑んだ。
「じゃあ帰ろうか。」
「うん。」
私達は当たり前のように手を繋ぐと、強風が吹き抜ける地下鉄で電車を待った。
「今日は遅かったんだね。」
太一は心配そうに言った。
「そうなの。夏の新作の会議がなかなか終わらなくて、先輩達はまだ作業しているよ。」
「そっか・・・大変だね。」
「うん。でもね、やっぱり楽しいよ。自分で選んだ仕事だし。」
私は前を向いて言った。
「うん。」
太一もそんな私を安心した瞳で見つめていた。
デザイナーになりたい。その夢を描いたのはいつ頃だったのかな?
中学生に上がる頃にはもう、デザイナーになると決めていた気がする。
子供の頃からおしゃれをする事が大好きだった私は、いつだって、おしゃれする事に心馳せていた。
お誕生日のプレゼントにおねだりしたものもフリフリのワンピースだったし、クリスマスも可愛い靴をサンタさんにお願いした。
大好きな洋服を身にまとうだけで、一日中でも幸せな気持ちでいられた。
洋服一つで気持ちが変わることをよく知っていた私は、いつの頃からか、「人が幸せになる洋服を作りたい」という夢を描いていた。
「太一は会社の飲み会?」
電車に乗り込むと、私は太一に質問をした。
「そう。会社の事務の子が寿退社する事になったから送迎会。」
「そっかぁ・・・。」
「なんかさ、幸せそうだったよ。やっぱり結婚っていいよね。」
太一は嬉しそうに言った。
「・・・うん。」
私は小さく頷くと、それ以上何も言えなかった。
結婚か・・・。
私はその言葉に今、幸せを感じることが出来ない。
もちろん、まだデザイナーとして成功もしていないし、まだ仕事をしていたいという気持ちもあるけれど、それ以上に大きい理由があった。
そう・・・私の心には、忘れられない人がいたのだ・・・。
私は真っ暗な電車の窓から、外を眺めると、かつて、彼と話していた結婚話を思い出した。
「恵は、俺の嫁さんになってくれるんやろ?」
「えっ~・・・どうしようかな?」
私は彼の隣でふざけて言った。
「俺さ、恵とやったら絶対に幸せな家庭を作る自信あるねん。」
かつて大好きだった彼・・・裕ちゃんはベッドの天井を見つめながら言った。
「・・・でも、私も裕ちゃんとだったら、楽しい家庭を築いて行けそうかも。」
私も裕ちゃんとの未来を描いて、ニコニコと言った。
「子供は三人くらい欲しいよな。それでさ、笑いの絶えない家庭。俺、ほんまに憧れるわ。」
裕ちゃんもうっとりと未来を語ってくれた。
「いいよね。でもさ、やっぱりパパとママがラブラブなのに憧れるなぁ・・・。」
「分かるわ~・・・。子供そっちのけでな。両親が仲良しなのはいい事だよな。」
「裕ちゃんとそうなれたら、幸せだろうなぁ・・・。」
「ほんまやね。恵?俺とずっと一緒におってね。」
裕ちゃんはそう言うと、優しく微笑んでくれた。
裕ちゃんと付き合っていたのは、今から七年前・・・。まだ私が大阪でデザイナーの専門学校に通っている頃・・・。
友達の紹介で出会った裕ちゃんと私はすぐに意気投合して付き合い始めた。
それまでちゃんとした彼氏がいなかった私に色々な事を教えてくれた。初めてのデートも初めてのキスも、そして初めての・・・。
若い私達はお互いを求める気持ちを抑え切れることなど出来なくて・・・。いつも触れ合っては幸せを感じていた。
大好きだった裕ちゃん・・・裕ちゃんと過ごした日々は今でも胸の奥に焼き付いていて・・・たまに胸がキュンと苦しくなるの。
お互いに大好きだった二人・・・。私が東京の会社に就職した事で別れてしまった。
今では、たまに連絡を取り合うくらいだけど、裕ちゃんはいつでも優しくて、私は彼を完全に忘れることが出来ずにいた。
もちろん太一には内緒だし、過去の事だって分かってはいるのに・・・。
私は自分の中にある、見ないふりをしていた裕ちゃんへの思いをいつの間にかまた、思い出していた。
「恵?」
ぼっーとしていた私に太一が優しく声を掛けてくれた。
「えっ?」
「もう駅に着くよ?」
「あっ・・・うん。」
太一と居るのに、裕ちゃんの事を思い出すなんて・・・私は罪悪感を思うと、また胸がキュンと苦しくなった。
「でもさ、太一君の事も好きなんでしょ?」
親友の雅美にこの事を相談すると、雅美は呆れたように言った。
「うん。もちろん。好きじゃなかったら同棲なんて出来ないし・・・。」
私は俯きながら、怒られている子供のように言った。
「でもさ、それって太一君可哀想な気がする。」
「・・・うん。」
「もし、太一君にプロポーズされたらどうするの?」
雅美はワインを飲みながら、真剣な眼差しで言った。
「・・・うん。その時は・・・。」
私は、彼からのプロポーズを思うと、不思議と心が重くなった。
「・・・その時は?」
「その時に考えようかな?」
私は苦笑いしながらそう言うと、目の前のワインを飲み干した。
ずっと、ずっと逃げてきた。自分の心と向き合うこと。
だって、もしも本当の自分の気持ちが見えてしまったら、太一の事を傷つけてしまうかもしれない・・・。
私だって、「太一だけが好き!」って自信満々に言えたらどんなに素敵だろうと思う。でも心の中にある、消えてくれない彼と過ごした日々。
いつか、ちゃんと向き合わなくちゃいけない時がやってくるのかな・・・。
よく晴れた日曜日。私は太一と一緒に目が覚めるとベッドの中で笑いあった。
「おはよう!」
「おはよう!」
「今日はいい天気だね。」
太一は窓の外を眺めて嬉しそうに言った。
「そうだね。もう少しで夏だもんね。」
私は薄い布団をぎゅっと手で掴んで言った。
「今日はさ、海にでも行こうか。」
太一は嬉しそうに言った。
「海?」
「そう。だってさ、こんなに晴れているのに家にいるなんて勿体ないじゃん。」
「そうだね!」
「お弁当持ってさ、のんびり海辺を歩こうよ。」
太一は子供みたいにそう言うと、私の心も温かい何かで満たれていった。
初めて太一がデートに誘ってくれた日。私は人気者の太一が私を選んでくれた事に驚いた。
その時の私はまだ裕ちゃんの事を忘れられずにいたし、それ以上に仕事に没頭していたから、まさか自分が・・・?という気持ちでいっぱいだった。
けれど、人当たりのいい彼に興味はあったので、会社帰りに二人で飲みに行った。ちょうど夏の始まりで、夏の夜が大好きな私はわくわくした気持ちで太一との待ち合わせ場所に向かった。
久しぶりにデート用に洋服を買ってみたり、ネイルをしたりした。そんな夏の夜、私達はビールを飲みながら色々な話をした。営業マンなだけあって、太一の話はとても面白かったし、前向きだった。そして何よりも彼の誠実さと笑顔が私の心に残った。
それからは、あっという間にお互いに惹かれあい付き合い始めた。
太一と過ごした二年間。色々な事があったけれど、いつも私を大切にしてくれている彼を私も大切に思っていた。
けれど、私の心に唯一残っている、彼への罪悪感。そう・・・裕ちゃんへの思い。どうしたら手放すことを出来るのかな?
「きれーい!」
大船駅からモノレールに乗り換えて、江の島駅に着くと、そこにはキラキラと光り輝く海が広がっていた。
「うわぁ・・・最高だね!」
半そでにジーパンの太一にも私の横で歓喜の声を上げた。
「今日は暖かいし最高だね。」
私は背の高い太一の横顔を見つめながら言った。
「海の方へ行ってみようか?」
「うん!」
私達はキラキラと輝く海に向かって歩きだした。
風に乗って、磯の香りが私達の元へと届くとその懐かしい香りに幸せを感じた。
「海の匂いだ・・・。」
私は目をつぶって、大きく息を吸い込むと、体中に磯の匂いが広がった。
大好きな匂い・・・。爽やかで懐かしくて。
「俺もこの匂い大好き。」
太一も私と同じように目をつぶって、磯の香りを思いきり吸い込んでは嬉しそうに言った。
「海って見ているだけで心が満たされていくよね。」
海辺の階段に座ると、太一は海を愛おしそうに眺めながら言った。
「うん・・・。」
私も目の前の海を見つめながら、ぼんやりと言った。
「俺さ、将来は海辺の町に暮らしたいなぁ。」
太一はしみじみと言った。
「・・・うん。」
私は太一の語る未来の話に少し気まずさを感じながら返事をした。
「そんでさ、犬とか散歩させてさ。朝から海辺を歩くの。」
「・・・うん。」
「その時にさ、恵が隣に居てくれたら最高だろうなぁ・・・。」
太一は想像に思いを馳せてうっとりと言った。
「・・・うん。」
私は太一の言葉に何となく、胸が苦しくなるのを感じた。
こんなにも彼の事を好きなのに・・・未来の話になるとどうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう・・・。
私はそれ以上言葉を発せずに、ただ海だけを見つめた。
寄せては返す波・・・。その輝きは永遠に続くかのように光り輝いていた。
「江の島神社って、縁結びの神様なんだって。」
海岸でサンドイッチを食べた私達は、観光客でにぎわう江の島神社に行ってみることにした。
「そうなんだ。」
「それにね、金運もアップするんだって!」
太一は嬉しそうに言った。
「おぉ!それはすごい!お賽銭奮発しなきゃだね。」
私は冗談半分にそう言うと、優しい太一も笑ってくれた。
人の賑わう江の島神社に訪れると、そこには高貴な雰囲気が漂っている鳥居があった。
「うわぁ・・・。」
私はその鳥居を見た瞬間に、神聖な空気を感じた。
「綺麗だね。」
太一もその神社の不思議な霊気を感じているようだった。
「入ろうか?」
「うん。」
私達は手を繋いだまま、一礼してから鳥居をくぐると、階段を上り境内を目指して歩みを進めた。
いつだったかな・・・。裕ちゃんともこうして神社を参拝した事があった。京都で有名な縁結びスポット。二人で電車に乗って遊びに行った。
その時の私の願いは、
「二人の恋が永遠に続きますように。」
確かそんなお願いをしたように思う。
あの時の願いは・・・叶うことはなかったけれど、すごく楽しかった事だけは覚えている。
そして参拝の後に引いたおみくじは二人とも「大吉」だったよね。
私はせっかくの太一とのデート中のまたしても裕ちゃんの事を思い出してしまった。
胸がキュンと苦しくて・・・太一に申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「あっ・・・!あったよ!」
太一は向拝を指さすと、私は笑顔で頷いた。
「綺麗だね。」
私達は階段を上りきると、向拝の前に立った。
「じゃあ、お賽銭いれよう。」
私達は、お財布からお金を出すと、ぽんとお賽銭箱めがけてお金を投げ込んだ。
そしてパンパンと手を二回合わせて、目を閉じてお願い事をした。
(幸せになれますように・・・そして自分の本当の気持ちが分かりますように。)
私は目をつぶって真剣にお祈りをすると、大きく深呼吸をして前を見つめた。
「何をお願いしたの?」
「えっ?」
私は太一の質問に一瞬戸惑った。私の願いは・・・太一には言えない。
「俺はね、恵と結婚出来ますようにってお願いしたんだ。」
太一は優しい顔でストレートにそう言った。
「それって・・・。」
私は太一の言葉に戸惑いながらも太一の瞳を見つめた。
♪~♪~♪
しかし次のタイミングに、私の携帯が大きい音で鳴り出した。
「・・・いいよ。出て・・・。」
太一は少し残念そうにそう言うと、私は小さく頷いて携帯電話をバックから取り出した。
仕事の人からかな・・・。
しかし、その電話は会社の人からではなく・・・私は携帯電話の画面を見て、一瞬息が詰まりそうになった。
裕ちゃんからだ・・・。
私は久々の裕ちゃんからの連絡に、驚きながらも、太一から少し距離を取り、電話に出た。
「もしもし・・・。」
恐る恐る電話に出ると、そこには懐かしい裕ちゃんの声が響き渡った。
「あっ!恵?良かった!電話出てくれて。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、私は太一に聞かれないように小さい声を発した。
「どうしたの?」
「うん。俺さ、今日友達の結婚式の二次会に呼ばれてさ、東京にいんねんけど、もう二次会終わってもうて、新幹線の時間まで暇やから、お茶でもどうかなぁと思って。」
裕ちゃんは明るい声で言った。
「・・・新幹線って何時の?」
「うん。五時の新幹線やねん。」
「五時・・・。」
私は腕時計に目をやると、無情にも時計は三時を指していた。
今から電車で戻っても、四時半くらいになってしまう。
「・・・ごめんね。今日は江の島に来ていて・・・。」
私はせっかくの誘いを丁寧に断った。
「あっ・・・そうやったんや。まぁでもそうやんな。日曜やし。急にごめんな。」
裕ちゃんは少し残念そうに言った。
「・・・ううん。私こそごめんね。」
「何かさ、結婚式見ていたらさ、何や恵の事を思い出してしもうてな。まぁでも、そうやな。またの機会にしようか。」
「うん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉に嬉しさと、今江の島にいる事への悔しさが込み上げてきた。なんで今日・・・江の島に来てしまったのだろう・・・。
「また連絡するわ。」
裕ちゃんは明るくそう言うと、電話は切れてしまった。
「・・・はぁ・・・。」
私は携帯電話を耳から離すと、大きくため息をついた。
今日・・・東京にいれば裕ちゃんに会えたんだ。あぁ・・・太一には申し訳ないけれど、すごく残念だ・・・。
私は肩を落としながら、笑顔を作って、太一の元へと戻った。
「どうしたの?」
「・・・うん。仕事の事でちょっとね。」
私は嘘をつくと、小さく笑った。
「そっか・・・。」
太一は私の様子を心配そうに眺めながら、そっと空を見上げた。
「さっきの話の続きなんだけどさ・・・。」
太一は視線を私に戻すと、優しい顔で私を見つめた。
「続き・・・?」
私はさっきの話を思い出そうと頭を働かせた。さっきの話って・・・。
「・・・あっ!」
私は太一が私と結婚したいと言っていた事を思い出した。その話の続きって事・・・?
「俺さ・・・ちゃんと言うね。俺、恵の事が大好きです。俺と結婚して下さい。」
太一は丁寧にそう言うと、私に頭を下げた。
「太一・・・。」
私は太一の行動に、胸が苦しくなるのを感じた。・・・ついにされてしまった・・・プロポーズ。
「・・・考えさせて?」
「えっ?」
太一は驚きながら顔を上げると、悲しそうな瞳で私を見つめた。
「・・・きゅ・・・急な話で、ちょっと混乱していて・・・。仕事の事もあるし、ちょっと考えてみてもいいかな?」
私は必死にその場を取り繕うと、太一を傷つけないように言葉を選んだ。
「・・・恵。」
「ちゃんと・・・ちゃんとしたいからさ。」
私は太一から視線を逸らすと、痛む胸を抱えて、泣きそうになった。
太一・・・ごめんね・・・。今、私太一を不安にさせているよね・・・。
「分かった。」
「えっ?」
「結婚って一生の事だもんね。ゆっくり考えて。それでさ、きちんと気持ちの整理が出来たらさ、答え聞かせてよ。」
太一は優しい瞳でそう言うと、私はますます涙が溢れてきそうになった。なんて・・・優しい人・・・。
「・・・分かった。」
「うん。じゃあさ、この話は終わり!お茶でもしにいこう?」
「うん!」
私は太一の優しさに甘えると、その話は、一旦保留となった。
本当は・・・すぐに「いいよ。」って言えたらどんなに良かっただろう・・・。太一を不安にさせることもなく、二人の輝く未来を信じることを出来たなら・・・。
私の両親だって、太一みたいないい人と結婚したら絶対に喜んでくれる。頭では分かっているのに・・・。
私は海を見つめながら、不甲斐ない自分に罪悪感を抱えながら、歩き続けた。やっぱり避けては通れない。ついに決断の時がやってきてしまったのだ・・・。
「えっ?ついにプロポーズされたの?」
金曜日。親友の雅美とワインを飲みながら、先週のプロポーズを告白した。
「そう・・・。」
私はワインを飲みながら、小さくため息をついた。
「そっかぁ・・・前に話していたばっかりだったのにね・・・。」
「・・・うん。」
「その時は、その時考えるって言っていたけど、どうするの?」
雅美は心配そうに言った。
「うん。まだ全然分からなくてね・・・。実はその日裕ちゃんからも連絡が来たの。」
「えっ?そうなの?」
「・・・うん。ちょうど東京にいるから会えないか?って・・・。」
「うん。」
「その時は、江の島にいたから断ったんだけど・・・。」
「・・・東京にいたら?」
「・・・会いに行っていたと思う・・・。」
私は小さくなりながらそう言った。
「もう好きじゃん・・・。」
雅美は半分呆れながら言った。
「やっぱりそうなのかなぁ・・・。」
私は大きくため息とつきながら言った。
「裕ちゃんのどこが好きなの?」
雅美は不思議そうに言った。
「うん。何ていうのかな・・・。すごくね、明るいんだよね。関西人だから面白いし。裕ちゃんといると、ありのままでいられた。そして何よりもいつも私の事を笑わせてくれたの。」
私は裕ちゃんの事を思い出しながら言った。
「そっかぁ・・・。」
「昔ね、私が風邪で寝込んじゃった時、裕ちゃんはさ、お見舞いにお笑いのDVDをもって現れたんだよ?風邪は気の持ちようだから笑っておけば治るって。それで二人でDVD見てね。気づけば、自分が病気だって事忘れていたの。」
私は大阪時代の楽しい思い出にテンションが上がった。
「それにね、雨の日も裕ちゃんはとても前向きでね、いつもキラキラと楽しそうに生きていた。裕ちゃんといるとね、私まで楽しい気持ちになるんだよね。」
「恵・・・。」
「人としても大好きだったからさ・・・。」
私は苦笑いしながらワインを飲み干した。
そう・・・裕ちゃんと過ごした楽しかった日々・・・。
昨日の事のように覚えている。
居酒屋でこっそりキスした事も、突っ込みあった会話も、裕ちゃんの笑顔も・・・。
今でもこの胸に焼き付いている。
「・・・じゃあさ、会いに行ってみれば?」
雅美はワインを飲みながら冷静に言った。
「・・・えっ?」
私は雅美の提案に驚いた。会いに行く?裕ちゃんに?
「恵が裕ちゃんを好きな気持ちは分かるよ。だけど、恵は「今」の裕ちゃんを知らないわけでしょ?」
「・・・うん。」
「今の裕ちゃんに会ったらきっと何かが分かるんじゃないかな?」
「今の裕ちゃんに・・・。」
「恵の為にも太一君の為にも・・・。」
「・・・そうだね・・・。」
私は雅美の提案に一筋の光を見た気がした。
そうだ・・・。会いに行ってみればいいんだ。大阪は遠いとか、時間がないとか、言い訳しないで・・・裕ちゃんにきちんと会ってみよう。そしたら自分の本当の気持ちを知ることが出来るかもしれない。
「でもさ、恵?」
「・・・うん?」
「今の気持ちだよ?今の自分にとって、一番大切な人を見失わないでね。」
「雅美・・・。」
私は雅美が言いたいことが痛いほどに伝わってきた。
自分でも無意識の内に思い出は美化されて、キラキラと輝いて私を過去へと誘っていく。でもその瞬間に私はきっと今を生きていない。けれどそうじゃないよ?そうじゃなくて、思い出じゃなくて今の気持ちを大切にしてほしい・・・。それが雅美の思いだった。
裕ちゃんへの思いが・・・思い出を美化しただけの物なのか・・・。
それとも、自分の本心なのか・・・。今の裕ちゃんに会って、はっきりさせてこよう。きっと何かが変わるはずだから・・・。
「・・・えっ?大阪?」
翌日、私は太一に大坂に行く事をきちんと告げた。
正直、太一には何も言わずに行こうとも思った。
でも・・・いつも私に誠実でいてくれた太一だから・・・私も嘘をつきたくなかった。「・・・実はね、私、結婚に迷っている理由があって・・・。」
私は意を決して、太一に自分の思いをぶつけた。
「・・・理由?」
キラキラと午後の日差しが差し込む、私達の住むマンションにピリッとした空気が流れた。
「忘れられない人がいるの・・・。」
私は下を向きながら呟くように言った。
「・・・それって・・・。」
太一はすごく傷ついた顔で私の事を見た。
「だからね、大阪に行って、その人に会ってくる。そうじゃなきゃ、結婚も決めることが出来ない。」
私は自分の気持ちをしっかりと伝えると、太一を見つめた。
「・・・恵。」
「私ね、いい加減な気持ちで太一と付き合っていたわけじゃない。信じてもらえないかもしれないけど、太一の事、本当に好きだよ。でもね・・・自分勝手って分かっているけれど、自分の気持ちをはっきりさせたいの・・・。」
私は目の前のコーヒーカップを見つめながら、必死に言葉を発した。
私の伝えたい思いは・・・全部伝えた。
「・・・分かった。」
「・・・えっ?」
「恵の思うようにしていいよ?」
「・・・太一・・・。」
「俺さ、実は恵の気持ちに気付いていたんだ。あぁ・・・恵には忘れられない人がいるんだろうなぁって・・・。」
「太一・・・。」
「自分の気持ちに嘘ついてさ、俺と一緒に居ても幸せにはなれないもんね。大阪行って、きちんと自分の気持ちを見極めておいで?」
「・・・うん!」
私は太一の優しさに涙が出そうになると、何度も何度も頷いた。
怒られると思った・・・もう愛想を尽かされるかと思った。
こんな私のわがままを受け止めてくれるなんて・・・夢にも思わなかった。
でも・・・太一はどこまでも優しくて、いつでも私の幸せを大切にしてくれた。太一の思いにも答えられるように、ちゃんと自分の中の本心を探してくるよ。そして、もう自分に嘘はつかない。太一の言っていた通り、自分に嘘をついたって、誰も幸せにはなれないから・・・。
暖かい五月の風を感じながら、私は大きい決断をした。
大阪に行く・・・。そして裕ちゃんともう一度会う。
七年間、向き合うことのなかった自分の正直な気持ちを見つける為に・・・。
「じゃあ行ってきます。」
翌月の土曜日。私は一泊分の荷物を持って家を出た。
大阪に遊びに行くからと裕ちゃんに話すと裕ちゃんは嬉しそうに予定を空けおくねと言ってくれた。
そして、太一は、見送りは辛いからと朝早くに仕事に行ってしまった。
「ふぅ・・・。」
私は鞄を両手で持ちながら、新幹線が来るのをホームで待った。
六月の晴れ間。長く続いた雨のおかげで木々達はキラキラと輝いていた。
切符を買う時も、改札を通る時も・・・自分でも裕ちゃんに会いに大阪に行くなんて信じられなかった。大阪なんて行かなくても、自分の気持ちが分かればいいのに・・・。
何度もそんな風に思って、大阪行きを迷った・・・。
でも結局たどり着く。いつかは太一の思いに答えなければいけない。そう思うと、どうしても大阪に行って、裕ちゃんに会わなければいけないような気がした。
東京駅から二時間半・・・。たった二時間半の距離を、私は七年間ずっと避けていた。裕ちゃんと会って、自分の気持ちに気付くことが怖かったから・・・。
でも今日・・・勇気を出して私は自分と向き合う。
どんな答えが出てもいい・・・。もう自分を信じて進んでいくしかない。
私は心地よい風が吹き抜けるホームで前を見つめた。
今・・・ずっと見ないふりをしていた扉を開ける。新しい未来へと歩むために・・・。
「東京~東京~・・・。」
新幹線がやってくると、私はぎゅっと、目をつぶった。
この電車に乗ったら・・・裕ちゃんの住んでいる大阪に着く・・・そして私達のキラキラと輝く思い出がその辺に転がっているんだろう・・・。何気ない道も・・・何気ないコンビニも・・・パン屋さんもスーパーも・・・。
私は裕ちゃんと過ごした時間を思い出すと胸がキュンと苦しくなった。
でも・・・私は目を見開くと、強い気持ちで新幹線に乗り込んだ。自分自身で未来を切り開くために・・・。
「京都~・・・京都~・・・。」
裕ちゃんの事を思ったり、本を飲んだりしていると、新幹線は京都まで来てしまった。
私は読みかけの本を閉じると息を飲んで、手鏡と口紅をバックから取り出した。
もう少し・・・もう少しで・・・新大阪駅に着いてしまう・・・。
私はドキドキしながら、口紅を引き直した。裕ちゃんは新大阪駅で待っていてくれると言っていた。駅に着いたら、すぐに再会することになる・・・。
私は走り出した電車を感じながら、だんだんと緊張でお腹が痛くなってきた。
自分から会いに行くって決めたけど・・・。あぁ・・どうしよう・・・。緊張するよ。ドキドキ・・・ドキドキ・・・。
「新大阪~・・・新大阪~・・・。」
新幹線が新大阪駅に着くと、私は、ぎゅっと胸元をつかんで席を立った。
ついに来てしまった・・・。この瞬間が・・・。
私はバックを抱えたまま、ゆっくりと新幹線を降りると、大阪の地に足を着いた。
「・・・七年ぶりの大阪だ・・・。」
私は辺りをキョロキョロと見渡すと、薄暗いホームには旅行客らしき人達が楽しそうに歩いていた。
「よし・・・。」
私は新大阪駅の改札口の方向を定めると、気合を入れて歩き始めた。きっとそこにいるであろう・・・。裕ちゃんに会うために・・・。
「恵~!」
改札口の前に着くと、遠くの方から裕ちゃんの声が聞こえてきた。
「えっ?」
私は人ごみの中、よく目を凝らすと、懐かしい裕ちゃんの姿がそこにはあった。
「・・・裕ちゃんだ・・・。」
私は目の前の光景に驚いたまま、改札を通って裕ちゃんの元へと駆け寄った。
「久しぶり!」
裕ちゃんはあの時と変わらない笑顔で私に笑いかけた。
「ひっ・・・久しぶり!」
私はぎこちなくそう言うと、何だか裕ちゃんの顔を見ることが出来なかった。
「恵は変わらへんなぁ。」
裕ちゃんはくすくす笑いながら言った。
懐かしい笑顔・・・。私の胸はキュンと苦しくなった。
「裕ちゃんも・・・変わらないね?」
私は必死に言葉を発した。
「そう?俺、昨日エステ行ってきたのになぁ。ほらっ!男前やろ?」
裕ちゃんは相変わらず冗談を言うと、私の心もだんだんと解れていった。
「相変わらずだね。」
私はくすくすと笑いながら言った。
「まぁ・・・でも本間、また会えて嬉しいわ。今日は車できてん。」
「えっ?車買ったの?」
「当たり前やん。俺の事、いくつや思うてんねん。」
「そっかぁ・・・そうだよね。車の一つくらい持っている年かぁ・・・。」
私はまだ若かったあの頃を思い出してしみじみと言った。あの頃は、車もなくて、しょっちゅう電車でお出かけしていたけど・・・。そうだよね。裕ちゃんだってもう二十八歳だもんね。
「ほな、行こうか?」
「うん!」
私は裕ちゃんの後を着いて、新大阪の駅を歩き出した。
裕ちゃんは何も変わっていない。あの頃と何も・・・。
私はさっき裕ちゃんと交わした会話が嬉しくてついつい足元が軽くなった。緊張していたけど・・・良かった。裕ちゃんはやっぱり裕ちゃんだった。
「これやで。」
裕ちゃんは新大阪駅前の駐車場に着くと、自分の車へ直行した。
「うわぁ・・・。」
裕ちゃんが指さした車は、車に詳しくない私でも分かるような高級車だった。
「すごいね!」
私は興奮しながら裕ちゃんを見た。
「いやぁ・・・まぁ俺、車好きやからな。そのために頑張ってん。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、そっと助手席の扉を開けてくれた。
「・・・ありがとう。」
「おう!」
裕ちゃんの車の助手席・・・。私はドキドキしながらそこへ座った。
「やばいな・・・。」
私は裕ちゃんに聞こえないように小さい声で呟いた。
久しぶりの再会でそれだけでもドキドキしているのに、この近距離・・・。
「よし!じゃあ行こう!」
裕ちゃんはそっとハンドルを握ると、嬉しそうに言った。
青い空の下、冷たいクーラーがかかった車はそっと大阪の町を走り始めた。
「どこ行くの?」
私はドキドキしながらも裕ちゃんに問いかけた。
「うん。水族館なんてええかなぁと思って。今日暑いしな。」
裕ちゃんはニコニコと前を向きながら言った。
「水族館!」
私は裕ちゃんの提案にテンションが上がった。
「恵好きやったやろ?」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
私が水族館を好きだった事・・・まだ覚えていてくれたんだ。私はその言葉に胸がキュンと苦しくなった。
「しかし・・・。」
裕ちゃんは前を向きながら少し困ったように言った。
「・・・どうしたの?」
私はそんな裕ちゃんの様子に首を傾げた。
「この距離・・・緊張するわ。」
裕ちゃんは真面目な顔でそう言うと、私はそんな裕ちゃんの純粋さに笑えてきた。緊張していたのは私だけじゃなかったんだ・・・。そうだよね。久しぶりの再会だもん。当たり前だよね。
「私もさっき思った。」
私は素直に自分の思いを告白した。
「やっぱり?そうやんなぁ?俺らお互いの裸も知っているのに、何や緊張するよなぁ。」
裕ちゃんはふざけてそんな事を言うから、私は思わず裕ちゃんの肩を叩いた。
「バカ!」
「フフフッ・・・。」
裕ちゃんは嬉しそうに笑うと、不思議と緊張していた気持ちがほどけていった。
「そういえばさ、祐樹いたやん?俺の親友の。」
「あぁ!祐樹君!しょっちゅうデートに割り込んできていた。」
私は大阪時代に良く一緒に遊んでいた祐樹君を思い出した。
「あいつさぁ、一昨年結婚してさ、もう二児のパパだよ。」
「えっ?」
「奥さん妊娠中でね、秋に二人目生まれる予定なんだ。」
「あの祐樹君が・・・。」
「あいつしょっちゅう俺らのデートに混ざりこんでさ、三人で雑魚寝した事もあったよな。」
裕ちゃんは昔の事を懐かしそうに言った。
「懐かしい~・・・。」
私は若かかった無邪気な自分たちを思い出してしみじみと頷いた。
「楽しかったよなぁ。毎日一緒におってさ。はやりの食べもんとか出るとしょっちゅう二人で食べに行ったりして。」
「うん。」
「なんかさ、本間・・・最高やったなぁ。」
裕ちゃんは懐かしそうにそう言うと、私はそんな裕ちゃんの横顔を見つめていた。
そう・・・裕ちゃんと一緒にいた時間、全部が楽しかった。一緒に食べたお好み焼も、たこ焼きも、串カツもうどんも・・・。ノリで登った通天閣も、桜を見に行った大阪城も、コスプレして出かけたユニバーサルスタジオも・・・。
全部の思い出がキラキラと輝いて、今も私の胸を切なくさせる。
「着いたで!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、車を止めた。
「わぁ!懐かしい!」
私は車から降りると、裕ちゃんと何度か訪れた海遊館を見上げた。
「俺も久しぶりやわ。」
裕ちゃんは私の隣に立つと、懐かしそうに言った。
「本当・・・懐かしい・・・。」
私は昔、二人で訪れた思い出の地に胸がキュンと苦しくなった。この場所にも思い出がいっぱい・・・。
「行こうや。」
裕ちゃんは優しくそう言うと、そっと前を歩き出した。
「うん!」
私は裕ちゃんの後を追うように、歩き出した。
「うわぁ!」
ひんやりと冷たいクーラーがかかった館内には静かな静寂が広がっていた。
「あっ・・・。」
入ってすぐの大きい水槽には、色とりどりの魚が優雅に泳いでいた。
「綺麗やんね。」
水槽の前で立ち止まった私の隣にやってきた裕ちゃんが嬉しそうに言った。
「本当・・・綺麗・・・。」
私はその優雅に泳ぐ魚たちを見つめて、思わず自分も水の中にいるみたいな気持ちになった。
小さい魚も、大きい魚も・・・時間なんて関係ないみたいにゆらゆらとのんびり水の流れに身を任せていた。
「いいなぁ・・・。」
私は思わずそんな言葉を口にした。
「魚が羨ましいの?」
裕ちゃんは私の言葉にくすくすと笑いながらそう言った。
「うん。だって・・・本当はこうやって生きていけたらって思っちゃう。」
私は素直な思いで答えた。
ゆらゆらただ流れに身を任せて・・・何も考えないで、何か起きたらその時に考える。そんな生き方・・・。
いつの間にか、私は自分の人生を自分でコントロールしようとしていた。大好きな仕事を選んだことは後悔していないけれど、どこかで無理して自分を良く見せようとしていたのかもしれない。
「まぁ・・・分かるような気がするわ。」
さっきまで笑っていた裕ちゃんも何か思うような事があったのか、今度は真剣な眼差しでそう言った。
大人になるにつれて・・・どんどん自由じゃなくなっていく私達は・・・他人の意見に翻弄されて、いつの間に本当の自分を見失っていく。
結婚だって、本当にしたいと思った時にすればいいのにね・・・。なぜか私達は焦り、自分に嘘をついているような気がするよ・・・。
でも、私は今日、裕ちゃんに会いに来たことでそういう生き方をもうやめようと思っていた。
大切なのは、他人にどう思われるかじゃなくて・・・自分の気持ちに素直になる事だから・・・。
私はもう自分に素直になって、自分の人生を生きるの。その事で誰かを傷つけてしまっても、もうそれは仕方ない。だって・・・私達人間は完璧じゃないから。
私は裕ちゃんの横顔を見つめながら、強くそう思った。
「いやぁ!楽しかったね!」
水族館を出ると、裕ちゃんは大きく伸びをして言った。
「楽しかった!」
私も久しぶりの水族館に大満足にそう言った。
「やっぱりのんびり魚見んのんもええなぁ。」
「せやなぁ!」
私は裕ちゃんに合わせてわざと大阪弁で返事をした。
「大阪弁うつっとるがな!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、ニコニコ笑いながら空を見上げた。
「いい天気だね!」
私は裕ちゃんが空を見上げた瞬間にそう言った。
「ほんまやんなぁ!」
裕ちゃんは眩しそうに眼を細めてそう言うと、幸せそうに瞳を閉じた。
あぁ・・・やっぱり裕ちゃんはいいなぁ・・・。私はそんな自然体の裕ちゃんを見つめながらぼんやりと思っていた。
「夜は何食べたい?」
車を走らせながら裕ちゃんは、嬉しそうに言った。
「えっとね・・・あっ!あの、裕ちゃんの家の近くにあった串カツ屋さん!」
私はかつて常連だった、お店を思い出して言った。
「あぁ!串屋ね。ええよ。じゃあさ、一回車置いてきてもええ?」
裕ちゃんは真っ直ぐ前を向きながら言った。
「うん。裕ちゃんはまだあのアパートに住んでいるの?」
私はかつて、半同棲していたアパートを思い出して言った。
「うん。そうやで。でも夏には引っ越しする予定やねん。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「へぇ・・・。」
「恵は?今日どこに泊まるん?」
「うん。その辺のホテルに泊まろうかと思って。」
「まだ予約してないん?」
「そう。まぁ泊まれればどこでもいいかなぁと思って・・・。」
「じゃあさ、家に泊まれば?」
裕ちゃんはさらりと言った。
「・・・えっ?」
私は裕ちゃんの提案に度肝を抜かれた。
まさか裕ちゃん家に泊まるなんて・・・考えてもいなかったから。
「大丈夫。何もせえへんから。」
裕ちゃんは困った顔の私を安心させるかのように優しい口調で言った。
「・・・でも・・・。」
「ホテル代なんて勿体ないやん。それやったら、美味しいもの食べるためにお金取っときや。」
裕ちゃんは優しくそう言うと、私は、半分戸惑いながらも小さく頷いた。
懐かしい裕ちゃんのアパート・・・。あの頃は何の躊躇もせずに毎晩のように泊まっていたのにね・・・。
「よしっ・・・じゃあ決まりやんな。荷物置いたら串屋行って同窓会や!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、私はまたふざけた裕ちゃんを温かい目で見つめた。
同窓会って・・・なんだよ!
「うわぁ!懐かしい!」
裕ちゃんのアパートの前に着くと、私はあまりの懐かしさに声を上げた。
「せやろ?あれから七年やったっけ?」
裕ちゃんは車から降りると、大きく伸びをして言った。
「そう・・・。うわぁ・・・この辺は変わっていないね。」
私は裕ちゃん家の周辺を眺めると、胸がキュンと苦しくなった。
本当に懐かしい・・・。新大阪駅よりも海遊館よりも・・・ずっとずっと思い出が詰まっている裕ちゃんのアパート・・・。苦しいほどに・・・何も変わっていない。
「どうぞ?」
裕ちゃんは手慣れたように、部屋の扉を開けると私は息を飲んで裕ちゃんの部屋へと上がった。
「お邪魔します・・・。」
小さい声でそう呟くと、薄暗い裕ちゃんの部屋から懐かしい香りがした。
「うわぁ・・・。」
私は部屋へと一歩踏み込むと、全然変わっていないその部屋に息が詰まった。
そうだ・・・この部屋だ・・・。この部屋で私と裕ちゃんはたくさんの時間を過ごしたんだ。
記憶の中の裕ちゃんと・・・実際の裕ちゃんはもちろん違っていたけれど、思い出の中のこの部屋は、何一つ変わっていない。時が止まったみたいに・・・。
あぁ・・・どうしよう。私今・・・泣きそうだ・・・。
「・・・恵?」
裕ちゃんは立ちすくむ私を不思議そうに見つめた。
「あっ・・・ごめんね。何か、すごく懐かしくて・・・。」
私は涙を堪えて言った。
「・・・まぁそうやんなぁ・・・。」
裕ちゃんは、少しだけ気まずそうにそう言うと、下を向いた。
「・・・今なんか走馬灯のように色々な思い出が浮かんできて・・・。」
私は裕ちゃんの部屋に立ちつくすと、目を瞑って胸を抑えた。
大好きだった裕ちゃん。そう・・・あの頃もこうやって、二人でこの部屋に帰ってきたの。
喧嘩した夜も、お酒を飲んで仲良く帰ってきた夜も全部・・・。
私達はこの部屋で色々な時を過ごした。キスもしたし、愛し合った。
あぁ・・・だめだ・・・。この部屋には思い出が多すぎる。
自分が思っている以上に、裕ちゃんの部屋は私にとって特別な場所だったんだ。
「大丈夫?とりあえず、コーヒー入れるよ?」
裕ちゃんはそんな私の気持ちに気付く事もなく、早く部屋に入ってほしそうだった。
「あっ・・・うん。」
私は裕ちゃんの言葉にギリギリに反応すると、大きくため息をついて、部屋へと足を踏み入れた。
「はい。どうぞ。」
私はようやくソファーに座ってくつろぐと裕ちゃんが暖かいコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう。」
私は息を飲んでそう言うと、また部屋の中を見渡した。
「あの頃とあまり変わらないでしょ?」
裕ちゃんはコーヒーカップを持ちながら私の隣に腰かけた。
「うん。変わってなさすぎて・・・。」
私はあまり掃除の行届いてない部屋を見渡してコーヒーに口をつけた。
「あの頃はさ、よく恵に怒られていたよね。ちゃんと掃除しなよって。」
裕ちゃんは笑いながら言った。
「そうそう。一度さ、めちゃめちゃ部屋が綺麗な時があってさ、偉いね~って褒めたら、全部隣の部屋にゴミとか詰め込んでいてね。」
私はくすくすと笑いながら言った。
「そうやんなぁ。めっちゃ恵怒ってもうて。その日も串カツおごって許してもらったんだったなぁ。」
裕ちゃんは懐かしそうに言った。
「そう!裕ちゃんって本当に掃除できない人だったよね。」
「それで何度か喧嘩もしたよな。」
私達は笑いながら、昔話に花を咲かせた。
そうだよね。そんな事もあったよね。
私の記憶と・・・裕ちゃんの記憶が重なって・・・こうして一緒に話せる事がとても嬉しかった。
「でも、今でも串屋の事はすごく覚えている。本当に常連だったよね。」
私はコーヒーを飲みながら、串屋の事を思い出してしみじみと言った。
「そうやろ?俺はあそこが大阪一美味しい串カツややと思ってんねん。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「確かに美味しかったよね。」
私は懐かしい気持ちで言った。
「でも、俺が一番覚えているんは、恵がいつもソースを二回つけちゃっていた事。」
裕ちゃんはくすくす笑いながら嬉しそうに言った。
「・・・そんな事あったっけ?」
私は知らんふりをして言った。
「二度つけ禁止やぁ言うてんのに、いつも話に夢中になって、二度付けしてさ。二人で爆笑。」
裕ちゃんはくすくすと思い出し笑いしながら言った。
「だって~・・・。」
「今でも串屋に行くとたまに思い出すんよ。そんで一人で思い出し笑い。」
裕ちゃんは楽しそうに言った。
「店長は元気?」
私はかつて仲良くしてくれた店長を思い出して言った。
「うん。元気やで。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「今日私が行ったらびっくりするかな?あぁでもさすがに覚えていないかな?」
「いやっ?覚えているよ?たまに恵の話もするし。」
裕ちゃんはさらりと言った。
「えっ?」
「あっ・・・ほら、店長恵の事、気に入っていたからさ。」
裕ちゃんは慌ててそう言うと、コーヒーを飲み干した。
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉に胸がドキドキと高鳴った。裕ちゃん・・・私の話をたまにはしてくれていたんだね・・・。
私は裕ちゃんの言葉にまた胸がキュンと苦しくなった。
忘れているものだと思っていた。もうとっくの昔の事だって・・・。でも裕ちゃんも私との思い出をいくつも覚えていてくれて・・・。私はとても嬉しかった。
「ほな、串屋にでも行きますか?」
日が傾いてきた頃に、私達はお財布と携帯電話だけをもって、串屋に向かうことにした。
あの頃と同じように・・・。
「いらっしゃい!」
私達が暖簾をくぐると、懐かしい店長の声が店中に響き渡った。
「お疲れっす!」
先に裕ちゃんが店に入ると、私のその背中を追うように、店に入った。
「おう!裕介!・・・あれ?」
店長は裕ちゃんに挨拶をすると、後ろにくっついていた私を見つめた。
「お久しぶりです。」
私は照れた顔で店長に挨拶した。
「あっ・・・!あぁ恵ちゃん?」
「はい・・・。」
私は照れた顔でそう言うと、にこっと笑った。
「わぁ!久しぶりやんなぁ!」
店長は嬉しそうにそう言いながらも不思議そうな顔をした。
「えっ・・・二人は?」
店長は口をもごもごしながら、私達の関係性を知りたがった。
「あぁ!恵が久しぶりに大阪来たいゆうから、一緒に色々回ってんねん。」
裕ちゃんは的確な事を言うと、普通の顔をして席に着いた。
「何やぁ・・・俺はてっきり・・・。」
店長は少し残念そうにそう言った。
「えへへっ・・・」
私も店長に苦笑いして見せると、席に着いた。
「でもなぁ・・・裕介は恵ちゃんの話、しょちゅうすねんで?」
店長はおしぼりを手渡しながらニヤニヤとからかうように言った。
「・・・ちょっと・・・!」
「まだ恵ちゃんの事好きなんちゃうんかなぁ!」
店長はそんな言葉を言い残してカウンターの中へと戻って行ってしまった。
「・・・ほんま・・・店長は・・・。」
裕ちゃんは慌てた様子でそう言うと、何だか私達の間に気まずい空気が流れていった。
まだ恵ちゃんの事好きなんちゃうんかなぁ?・・・なんて冗談でも今の私には・・・。私はドキドキする胸を抑えて、下を向いた。冗談だよ・・・冗談だって、分かっているけど・・・。
でも・・・もしかしたら裕ちゃんも同じ気持ちでいてくれるなんて事・・・あるの?
私はそんな可能性を感じると、ますます胸が苦しくなった。
「お疲れ~!」
「乾杯!」
私達はビールで乾杯すると、さっきの気まずさも消えて、二人にいつもの雰囲気が戻ってきた。
「いただきます!」
私は揚げたての串カツを手に取ると、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「ソースは二度付け禁止やで!」
裕ちゃんはにやにやとからかうようにそう言うと、私は小さく頷いた。
「美味しい~!」
銀色のトレーに入ったソースに串カツを潜らせて一口食べると、その美味しさに思わず笑顔になった。
中身の豚肉も旨みがたっぷりだった。
「うまいやろ?」
裕ちゃんは私の笑顔を見ると嬉しそうに言った。
「うん!あっついけど・・・本当最高!」
私は口をもごもごさせながら、また裕ちゃんに笑顔を送った。
「じゃあ俺も。」
裕ちゃんは大好物のアスパラガスの串カツを頬張ると、嬉しそうに笑った。
「うまい!やっぱりアスパラやな!」
「裕ちゃんって昔からアスパラ大好きだったよね。」
「そういう恵はうずらの卵ばっかり食べてたやん。最高何個やったっけ?」
「・・・七個。」
「食べ過ぎやろ!」
裕ちゃんは嬉しそうに突っ込むと私達は笑いあった。
「でもさ、良く覚えているね。」
私は記憶力のいい裕ちゃんに関心しながら言った。
「まぁね・・・。まぁ恵は特別やったから。」
裕ちゃんは少し恥ずかしそうにそう言うと、ぐぃっとビールを飲み干した。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉にまた胸がドキドキと高鳴った。
今日はドキドキしてばっかりだ・・・。特別なんて言葉・・・ずるいよ・・・。
「・・・私達、何で離れちゃったんだろうね?」
私はずっと疑問に思っていた言葉を口にした。
「・・・そうやねんなぁ・・・。」
裕ちゃんは少し考え込むように言った。
「・・・こんなにも気が合うし、一緒にいて楽しいし、お互いにお互いの事大切にしていたのに・・・。」
私は当時の事を振り返って、何だか悔しい気持ちが込み上げてきた。
「でも、それでも俺は恵に夢を叶えてほしかったんやで?」
「えっ?」
「・・・俺さ、当時の事まだ覚えている。自分の気持ちも・・・ちゃんと・・・。」
「裕ちゃん・・・。」
「恵が東京に行くって聞いたとき、本間は泣いてん。大好きな恵と離れ離れになってしまうなんて、考えられなくて・・・。」
「・・・。」
「でもさ、やっぱり恵の夢、諦めさすような事出来なかった。恵が夢に向かって頑張っている姿好きやったし・・・。」
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんから聞いた初めての思いに胸が苦しくて涙が出そうになった。
だって・・・あの時私が見た裕ちゃんは、笑顔で頑張ってきいや!恵なら人を幸せにする洋服絶対に作れると思うっていつも励ましてくれていたから・・・。
「東京で頑張っているんやろ?」
裕ちゃんは優しい顔で言った。
「うん。ちゃんと頑張っているよ。まだ夢の途中だけど・・・そうだね。いつか自分がデザインした洋服で人を幸せにしたいって思いまだちゃんとある・・・。」
私は最近見失いかけていた、本来の夢を思い出すことが出来た。
「それなら良かったわ。俺も頑張って仕事しているよ。これでも自分の会社立ち上げてん。」
「えっ・・・?そうなの?」
「そうやねん。恵が東京に行って、俺もちゃんと夢叶えな、いつか恵に会う時に会われへんなぁと思ってさ。中古車販売の仕事やねん。」
「そっか・・・裕ちゃん、車好きだったもんね。」
「うん。まぁ最近は仕事も軌道に載ってさ。結構楽しいねん。」
裕ちゃんは嬉しそうな顔で言った。
「・・・うん。」
離れた後も・・・裕ちゃんの人生は続いていて・・・。ちゃんと自分のしたい事を実現して・・・。
「やっぱり裕ちゃんはすごいね。」
私は笑顔でそう言うと、裕ちゃんは照れながらビール越しに笑った。
「ご馳走様でした。」
「おおきに!」
串屋で美味しい串カツを堪能して・・・少しだけお互いの気持ちに触れ合って、私達は大満足に店を出た。
「美味しかったね。」
私達は夏の空気を感じながらほろ酔い気分で歩き始めた。
「コンビニ寄ってもええ?」
裕ちゃんは優しい顔でそう言うと、大通りに出る為に。小道を曲がった。
「うん・・・。」
私は裕ちゃんの背中を追いながら、空を見上げた。
あぁ・・・懐かしい。あの頃もこうやって、飲んだ後は必ずコンビニ寄ったよね。
「わぁ・・・。」
私達は大通りに出ると、私はその懐かしい光景に胸が痛んだ。
何も変わっていない。私はすぐ目の前に現れたコンビニを見つめた。
「俺、未だにこのコンビニ毎日きてんねん。」
裕ちゃんは誇らしげに言った。
「そういえばさ、このコンビニに面白い店員さんいたよね。」
「いたいた!ちょっとお姉っぽい奴でしょ?俺らいつもレジで笑い堪えていたよね。」
裕ちゃんはくすくすと笑いながら言った。
「まだいるの?」
「ううん。もういないねん。学生やったからなぁ・・・。やめてもうた時、俺結構さみしかったもん。」
「そうなんだぁ!会いたかったな。」
私はふざけてそう言うと、裕ちゃんも小さく笑ってくれた。
「でも、ほんま懐かしいわ。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、コンビニ入って行った。
「お邪魔します。」
私達はコンビニでビールとおつまみを買ってから裕ちゃんの家に戻った。酔っぱらっている事もあって、部屋に入る時、不思議と緊張はしなかった。
「俺さ、軽くつまみでも作るから恵はリビングでくつろいでいて?」
裕ちゃんはそう言うと、ビニール袋を持ったまま、台所へと直行した。
そういえば・・・。私はリビングのソファーに座るとふと太一の事を思い出して携帯電話を取り出した。
「メール一件」
メールだ・・・。私は裕ちゃんが台所でおつまみを作っている事を確認すると、そのメールをそっと開いた。
恵へ
朝は見送り出来なくてごめんな。今日、メールを送るかどうかすごく迷ったんだけど、やっぱり伝えたいことがあるのでメールします。
俺は出会った時から恵の事がとても好きでした。仕事に一生懸命な所も、素直な所も。でも一番好きなのはその笑顔です。恵が何もかも忘れて素直に笑っている顔を見ていると、俺まで幸せな気持ちになる。だから、どうか自分に嘘をつかないでほしい。今回恵が出した答えは間違っていないと思う。彼に会って、本当の気持ちを見つけてきて下さい。その答えがもしも俺にとって悲しい答えでも俺は恵が自分の気持ちに素直であればそれでいい。本当だよ。
男らしく、俺がお前を幸せにするからって言えたらいいんだけどね。幸せは自分の気持ちに素直になる事だって俺は信じているから。どうか自分の気持ちに素直になって下さい。
太一
太一・・・。私は太一のメールを読んで、涙がポロポロと零れ落ちてきた。
あぁ・・・なんて優しい人なんだろう・・・。いつだって、私の幸せを考えてくれていた。心から私を思ってくれているのが痛いほどに伝わってくる。そう・・・痛いほどに・・・。
「お待たせ~!」
裕ちゃんはおつまみ片手に笑顔で戻ってきた。
「・・・えっ?えっ・・・?恵?」
裕ちゃんはビールとおつまみを持ったまま慌てて私の顔を見た。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は泣き顔のまま振り返ると、あふれる涙がどんどんと込み上げてきた。
こんなつもりじゃなかったのに・・・。
「どうしたん?えっ・・・?何があったん?」
裕ちゃんは慌ててそう言うと、すぐにビールとおつまみをテーブルに置いて私の事を抱きしめた。
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの行動に驚きながらも、込み上げてくる思いにいっぱい、いっぱいだった。
「なんで泣いてるん?」
裕ちゃんは悲しそうにそう言うと、私もどんどんと胸が苦しくなってきた。
「・・・ごめん。こんなつもりじゃなかったのに・・・」
私は泣きながら必死に言葉を伝えると、ポロポロと涙を流し続けた。
太一も・・・裕ちゃんもみんな優しくて・・・自分だけが不甲斐なくて・・・。
私のわがままで振り回してしまっているのに・・・誰も私を責めたりしない・・・。
その優しさに・・・胸が苦しい・・・。でも・・・そう・・・私は気づいてしまったの・・・。自分の気持ちに。
だからこんなにも涙が溢れて止まらないんだ。
私が泣き続ける中、裕ちゃんはそれ以上何も言わずにそっと抱きしめ続けてくれた。私の涙が止まるまで・・・。
「はぁ・・・。」
私はやっと涙が止まると裕ちゃんの肩越しで大きいため息をついた。
「大丈夫?」
裕ちゃんは心配そうにそう言うと、私は大きく頷いた。
「そっか・・・良かった。」
裕ちゃんは私を抱きしめたままそう言うと、そっと私の体を離した。そして次の瞬間、私の肩をつかみそっと瞳を閉じた。
「・・・えっ?」
私は裕ちゃんの行動に、さっと体をよけた。今、裕ちゃん私にキス・・・しようとした・・・?
私は顔を横に向けたまま下を向いた。
「・・・恵・・・。」
裕ちゃんは私の行動に驚くと、悲しそうな声で私の名前を呼んだ。
「・・・ごめん。」
私はそんな裕ちゃんの顔を見ることが出来ないままそっと呟いた。
「・・・いやっ・・・俺の方こそ・・・。」
裕ちゃんも小さく呟くようにそう言うと、私の体からそっと手を離した。
私は下を向いたまま、ぎゅっと目をつぶった。
二人の間に流れていく気まずい空気。さっきまでの明るい雰囲気が嘘みたいに、とても重い空気だった。
「恵?俺さ・・・。」
裕ちゃんはそんな空気を壊すかのように、そっと足を投げ出して話し始めた。
「俺さ・・・今日、言おうか言わないかずっと迷っていたんやけど・・・。」
裕ちゃんは諦めたように、そう言うと、寂しそうな顔で私を見つめた。
「・・・うん。」
私は逸らしていた目をそっと裕ちゃんに向けると真剣な表情の裕ちゃんに胸が苦しくなった。
「俺・・・ずっと恵の事が好きやった。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
「恵と別れてさ、まぁ俺も男やし?色々な女の子と付き合ってみたんやけど、どうしても恵以上に思える子に出会えなくて・・・。」
「・・・うん。」
「未練たらしいとか思われんの嫌で、誰にも相談出来なくて、この思いはずっと胸の中に隠して思うと思ってたんや・・・。」
「・・・うん。」
私と一緒だ・・・。
「でもさ、今日恵がこっちに来てくれて、あぁ・・・やっぱり俺恵の事が好きやなぁって、思ったんよね・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「恵との掛け合いもデートもほんま楽しかった。」
「・・・うん。」
「でもさ、俺、やっぱり恵の事よう見てん。あぁ・・・何か事情があってこっちに来たんやろうなぁって・・・。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は切なさそうな顔の裕ちゃんに胸が苦しくて、また涙が込み上げてきた。
「話してくれへんかな?俺も、自分の気持ちにちゃんとケジメつけたい。」
「・・・うん。」
私は裕ちゃんの真剣な眼差しに、ちゃんと真実を話さなければ・・・と思った。例え、その事で裕ちゃんの事を傷つけてしまったとしても・・・。
「私ね・・・。」
私はぐっと裕ちゃんを見つめて、顔を上げた。
「私、今付き合っている人がいるの・・・。」
「・・・そうなんや・・・。」
「ごめんね。ちゃんと言わなくて・・・。」
「ううん。ええよ?」
「その人にね、プロポーズされたの。」
「うん・・・。」
「でもね、私も裕ちゃんと一緒で裕ちゃんの事ずっと忘れられずにいたの・・・。」
「うん・・・。」
「何かあるたびに裕ちゃんの事を思い出して、嬉しい気持ちになったり、懐かしい気持ちになったりしていた。」
「・・・うん。」
「心の片隅にずっと隠していた想い。この想いを抱えたまま彼と結婚するなんて・・・出来ないと思った・・・。」
「・・・うん。」
「だから、裕ちゃんに会いに行こうと思った。自分の本当の気持ちを知るために・・・。」
「・・・うん。」
「裕ちゃんと会えて嬉しかった。何も変わってなかった。あの頃に戻ったみたいだった・・・。」
「・・・。」
「・・・でも・・・。」
「・・・うん。」
「・・・思い出話ばっかりだった・・・。」
「・・・。」
「お互いにあまり今の事・・・話をするの遠慮していた気がする・・・。」
「・・・そうやんね・・・。」
「きっと裕ちゃんも今日、私に会って分かったってしまったと思うの・・・。」
私はぐっと涙を堪えて言った。
「・・・もう過去の事だったんだって・・・。」
「・・・恵。」
「大好きだった。その気持ちは変わらない。でもやっぱりもう思い出になってしまっていた。そこに命はなくて・・・。どんなにお互いに思っていても・・・もう戻れないんだって・・・。」
私は言葉の最後の方には涙が溢れ出してきてしまった。
そう・・・もう戻れないんだって・・・。今日、今の裕ちゃんに会って・・・私は気づいてしまった。
過去の思い出は、瞳を閉じればすぐに浮かんでくる。
楽しかった日々・・・。笑いあった日々・・・愛し合った日々・・・。
すぐそばにあると感じていた裕ちゃんの温もりは・・・。全然近くなんてなくて・・・。本当はもう手の届かないものだったんだ・・・。
だから私は、裕ちゃんがキスをしようとした時に出来なかった。
過去の記憶と・・・現実は違う・・・。今、私が一緒にいるべき人は・・・太一だった。
今日まで私を支えてくれた大切な人。私のわがままを見守ってくれた人。どんな時でも私の幸せを大切にしようとしてくれた人・・・。
もしも裕ちゃんが私にとって、結婚したいと思えるほどに大切な人だったら・・・。もうとっくに会いに行っていた・・・。 私は何だかんだ言い訳して、何もしなかったから・・・。何も知ることが出来なかった。
けれど今回裕ちゃんに会いに来て、私は初めて知ることが出来た。自分の気持ち・・・。
私が大切にしなければいけなかったのは、過去じゃない・・・。
今、目の前にいてくれる人・・・。
「・・・俺も・・・うすうす気づいとった。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
「俺ら、思い出を辿ってばっかりやったもんな・・・。」
「・・・。」
「思い出・・・。そうもう思い出になってしまっていたんやなぁ・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「俺、恵の事本間に好きやった。恵と過ごした時間。今でも忘れたくないほどに。」
「・・・うん。」
「でもさ、ほんま恵の言う通りや・・・。寂しいけど、もう戻られへんねんな・・・。」
裕ちゃんは悲しそうな瞳で笑った。
「・・・裕ちゃん。」
「どんなに過去が輝いて見えても・・・。」
「・・・。」
「俺・・・恵の事大好きやけど。恵との思い出にずっと浸っていたいけど・・・。」
「・・・うん。」
私は泣きながら裕ちゃんの言葉を聞いていた。痛いほどに分かる・・・。裕ちゃんの気持ち。
「忘れるわ・・・。」
裕ちゃんは優しい顔でそう言うと、私は涙ながらに頷いた。
「過去も大事かもしれんけど・・・そうやんなぁ・・・今だって同じくらい大切にせなあかんもんな・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「ちゃんと言ってくれてありがとう・・・。俺、これで前向ける気がする・・・。」
裕ちゃんは優しい顔で微笑むと、涙を堪えてもう一度笑った。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私はその表情を見た瞬間にまた胸が締め付けられたけど・・・。ぐっと気持ちを抑え込んだ。もうこれ以上彼を傷つけたくない。
せっかくお互いに、前を向くことが出来そうなのだから・・・。
「ふぁぁぁぁ・・・。」
裕ちゃんと色々な事を話した翌日。私は裕ちゃんが貸してくれたベッドで目が覚めた。爽やかで気持ちいい朝・・・。昨日の出来事なんて嘘みたいに明るい朝だった。
あれから私と裕ちゃんは別々にシャワーを浴びて別々の部屋で寝た。
「さて・・・。」
私がぼさぼさの頭のまま、裕ちゃんが寝ていたリビングに向かった。
「おはよう~・・・。」
私はソファーに向かって、そう言うと、何の返事もなかった。
「あれ・・・?」
私はソファーを覗き込むと、裕ちゃんの姿はなくて・・・。人の気配もしなかった。
「・・・トイレかな?」
私は辺りをキョロキョロと眺めると、テーブルの上に置かれたフルーツと白い紙が目に入った。
「・・・なにこれ?」
私はすぐにその紙を手に取ると、裕ちゃんからの置手紙という事がすぐに分かった。
私はざわざわする心を抱えたまま、裕ちゃんからの手紙を読んだ。
恵へ
おはよう。良く寝られた?昨日は久しぶりに恵に会えて楽しかったわ。
再会した時、変わってへんなぁなんて言ったけど、ほんまはすごく変わっている恵に驚きました。キラキラ輝いている姿に、あぁ・・・東京で夢に向かって頑張っているんやなぁ・・・って。そしてそれを支えてくれている人がきっとおるんやろうなぁって・・・。
俺、本間は中古車販売の店なんて経営してへんねん。車も友達に借りてん。
仕事は一応してるけど、一生続けたいと思えるほどのもんでもない。
でも、昨日恵に会って、本間にやりたい事に一生懸命打ち込んでみようと思えた。
一度の人生やもんね。俺、かっこいい大人になれるように頑張ってみる。
でも昨日話した気持ちに嘘はあらへん。俺は、恵の事が本当に大好きでした。
恵と出会えた事に感謝している。会いに来てくれて本当に嬉しかったわ。ありがとう。
今はまだ心の底から恵の結婚を祝えへんけど、ちゃんとおめでとうって言えるように、俺も新しい恋をして幸せになるから。恵もどうか幸せになって下さい。今までありがとう。 PS・朝ご飯代わりにグレープフルーツを置いて置きます。二日酔いにも効くから食べてや。 裕介」
私は裕ちゃんの手紙を読み終えると、息をするのも苦しいほどに・・・涙がどんどんと溺れ落ちてきた。あぁ
裕ちゃん・・・。裕ちゃん・・・。裕ちゃん・・・。
私は裕ちゃんの手紙を抱きしめたままその場で泣き崩れた。
優しかった裕ちゃんの笑顔が・・・今、苦しいほどに胸を締め付ける・・・。
今でも私を思ってくれていると言った裕ちゃん・・・。大好きだと言ってくれた裕ちゃん・・・。抱きしめてくれた優しい腕・・・。もう戻れないんやねって・・・言った寂しそうな目・・・。その全てが・・・。
こんなにも苦しい思いをするなら・・・会いになんて来なければ良かった・・・。
だって・・・今私・・・息をするのも苦しいよ・・・。
七年たってもちっとも変っていなかった裕ちゃんの優しさ・・・。傷つけてしまった。ごめんね・・・。ごめんね・・・。ごめんね・・・。
でも・・・運命はこんなにも、もう二人を別々に分けてしまったんだね・・・。別々の道を歩き出したあの日から・・・。
私は涙を拭うと、涙を堪えて、裕ちゃんが用意してくれたグレープフルーツを食べた。
酸っぱくて・・・苦くて・・・全然甘くなくて・・・。
ほろ苦い恋の味がした・・・。
裕ちゃんの為にも幸せになるんだ・・・。前だけ向いて・・・。しっかりこの足で地面を踏みしめて・・・。いつか素敵な思い出だったって思えるように・・・。
暖かい光に包まれて、私は沢山の涙を流しながら、自分の為にも裕ちゃんの為にも幸せになると決めた。
この涙はきっと・・・二人の輝く未来につながっている。
ただ、今はそう信じて・・・。
「はぁ・・・。」
私は新大阪駅に着くと、時刻表を見ながら大きいため息をついた。
次に新幹線が来るのは、三十分後か・・・。
あれから私は裕ちゃんに手紙を書いて、裕ちゃんの家を出た。なんてことないお礼の手紙だけと・・・時間がかかってしまった。
私は荷物を抱えたまま待合室に入ると、新幹線を待っている人で待合室は 賑わっていた。
昨日ここに来た時は、こんな結末が待っているとは思っていなかった・・・。
裕ちゃんの気持ちもまだ知らなくて、自分の気持ちにだって気づくことも出来ていなくて・・・。
私は一人ポツンと座ると、そっと瞳を閉じた。
裕ちゃんと過ごした日々は・・・無駄なんかじゃなかった。今私がこうしてここに居られるのは、すべて過去があったから・・・。大切な・・・大切な私の歩んできた道。・・・でももう振り返らない。自分で出した答えに・・・後悔する時がきたとしても・・・。後悔しない。
これで良かったんだ・・・。これで良かったんだ・・・。
そう・・・今日まで私を支えてくれた太一の為にも・・・。太一と一緒に幸せになるんだ・・・。
私は強くそう思うと、そっと瞳を開けた。そして携帯を取り出して、太一へとメールを送った。
「・・・よしっ・・・。」
私は太一にメールを送信すると、笑顔を作って、新幹線のホームへと向かった。
東京から二時間半・・・。私に沢山の幸せをくれた大阪の町・・・。
この場所にまた来ることが出来て良かった・・・。
さぁ・・・東京に戻ろう・・・。そして私はまた夢に向かって進んでいくんだ。自分の決めた道を・・・。大切な人と・・・。
「東京~・・・東京~・・・。」
「ふぅ・・・。」
私は大きい鞄を持ったまま、新幹線を降りると、ホームで一息ついた。
「戻ってきたんだ・・・。」
私は見慣れた東京の景色を眺めながらぼんやりと歩き出した。
「おーい!」
私が改札に向かって歩いていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「・・・えっ?」
私はその声に思わず振り返ると、そこには太一は立っていた。
「・・・太一・・・。」
私は太一の姿を見つけると、なぜか安心した気持ちが込み上げてきた。
「へへへ・・・迎えに着ちゃった・・・。」
太一はそう言いながら、入場券を恥ずかしそうに私に見せた。
「・・太一・・・。」
「・・・バック持つよ。」
「・・・ありがとう。」
私は太一にバックを託すと、二人で並んで歩き始めた。
「お茶でもしようか?」
私達は改札を抜けると、私は近くのカフェを指さした。
「そうだね。」
太一も私の提案に乗っかって、いつもと同じように一緒にお店に入った。
でも少しだけ・・・太一は不安そうな顔をしていた。
そう・・・私はまだ太一にきちんと気持ちを伝えていなかった。新幹線に乗る前に送ったメールも、今から帰ります。だけ・・・。
でも本当の気持ちは・・・ちゃんと太一の目を見て言いたいから・・・。
「・・・どうだった?大阪。」
二人分のコーヒーがテーブルに置かれると太一は平然を装って、私に問いかけた。
「・・・うん。」
私はコーヒーに口をつけながら、小さく頷いた。
「彼には会えたの?」
「うん。会えた。話も出来た。」
「・・・そっか・・・。」
「・・・あのね、私・・・。」
私は正直な気持ちを伝えようと、太一の目を見つめた。
すると、太一は迷子になった子供のような不安そうな目をしていた。
「・・・太一・・・。」
「・・・うん?」
「私ね・・・大阪に行って気づいたよ?誰が一番大切なのか・・・。」
私は今にも泣きそうな太一を見つめながら必死に言葉を発した。
「・・・うん。」
「私・・・私ね・・・太一の事が世界で一番大切だった。」
「・・・えっ?」
「・・・太一がくれた、メール・・・。私の心に深く響いたの・・・。こんなにも私の事、大切に思ってくれている人は太一しかいないって・・・。」
「・・・恵。」
「太一のそばにいるとね、暖かい気持ちになる。なのに、私はそれを当たり前の事のように思っていた・・・。」
「・・・。」
「今日だって、駅まで迎えに来てくれて・・・。」
「・・・うん。」
「失いたくないと思った。これからも一緒に同じ時間を過ごしていきたいと思ったの。」
「・・・恵・・・。」
太一はぐっと涙を堪えて私を見つめた。
「私・・・もう思い出に逃げたりしないから・・・。」
私は涙を目に貯めながら笑った。太一が好きだと言ってくれた笑顔で・・・。
「・・・俺・・・。」
「・・・えっ?」
「俺・・・正直不安だった・・・。恵がどんな答えを出すか・・・。」
「太一・・・。」
「本当は昨日の夜も眠れなかった。」
「・・・うん。」
「でもさ、信じていたんだ。恵の事。」
太一は優しい笑顔で笑った。
「・・・太一・・・。」
「もう一度言わせて?」
「・・・はい。」
「俺と結婚して下さい。」
「はい。」
私はすぐに返事をすると、二人で微笑みあった。
暖かい光が出しこんで・・・外は新緑でキラキラと光り輝いて・・・。
もう迷わない・・・。これからは太一と一緒に生きていく・・・。夢を追いかけながら・・・。
私達は手を取り合うと、暖かい眼差しで見つめあった。
まるで、世界には二人しかいないように・・・。
これでよかったんだ・・・。やっぱりこれで・・・。
私は一つも嘘のない自分の気持ちに幸せを感じると、そっと心の中で太一の言っていた言葉を思い出した。
「幸せは自分の気持ちに素直になる事だって俺は信じているから。」
本当だったね。本当にただそれだけでもうこんなにも幸せだもの・・・。
大切な事を教えてくれた太一・・・。本当にありがとう。これからも二人一緒に愛し合い、助け合い、学びあい・・・成長していこうね。
そして、裕ちゃん・・・。あなたにもう一度会うことが出来て良かった・・・。
今は切に・・・あなたの幸せを願います。
今日までありがとう・・・。
「裕ちゃんへ
私の方こそ、昨日は会ってくれてありがとう。裕ちゃんに会えたこと、本当に嬉しかった。私も素敵な大人になる。子供たちの輝ける見本になれるように・・・楽しく人生を生きていく。裕ちゃんを見ていて、そう思った。いつも明るくて楽しそうに生きている裕ちゃんと一緒に居られた事誇りに思います。どんなに離れていても、私はずっと裕ちゃんの幸せを願っています。
優しくしてくれてありがとう。笑わせてくれてありがとう。沢山抱きしめてくれてありがとう。そして何よりも私と出会ってくれてありがとう・・・。本当にありがとう。
PS・グレープフルーツ美味しかったよ。ご馳走様でした。 恵より」
終わり
何も怖いものなどなく、ただ楽しい時間を過ごしていた。
君が笑うと何となく私も幸せを感じて、笑顔になって・・・。
思い出になればなるほどに、綺麗に見えるのは一体どうしてだろうね。
ねぇ・・・今、私は自分自身に問いかけるの。
本当の心を知るために・・・。
「お疲れ様でした。」
私は夜の十時、会社を出ると、肩をポンポンと自分で叩いた。
今日も働いたなぁ・・・。私は星空の見えない東京の夜空を眺めた。キラキラ輝いているのは、いつだって、東京のビル群。もう十時なのに、皆まだ働いているのかな・・・。
私は東京の夜空を眺めながらぼんやりとそんな事を思った。
私の名前は、桐谷恵。今年で二十八歳になるデザイナーの卵だ。
私は大きく伸びをすると、その瞬間に携帯電話が鳴り響いた。
「・・・太一かな?」
私はすぐに彼氏の事を思い出すと、すぐに携帯電話を鞄の中から取り出した。
「もしもし?」
「あっ・・・恵?俺、太一。まだ仕事中?」
「今、ちょうど終わった所だよ。」
「あっ本当?ちょうどさ、本郷町で飲んでいたんだよね。一緒に帰らない?」
太一は酔っぱらった声で嬉しそうに言った。
「うん。いいよ。じゃあ駅で待っているね。」
「分かった。」
私達は約束を取り付けると、私は携帯電話を鞄にしまって駅を目指して歩き出した。
太一と出会ったのは、ちょうど三年前の春。私がまだデザイナーの駆け出しだった頃。太一は私の会社の担当営業者としてちょくちょく仕事場に顔を出すようになった。
材料や資材を運んでくる優しそうな太一は部署でも人気で、皆、太一が来るたびに、嬉しそうにしていた。
そんな太一から私を誘ってくれるようになり、今では付き合って二年。半年前から同棲も始めた。
いつも穏やかな太一は私よりの五つ年上。物腰が柔らかくて、人当たりもいい。
そして何よりもいつも私の事を大切にしてくれていた。
「お疲れ!」
駅の柱に寄りかかって太一を待っていると、嬉しそうな表情で太一が駆け寄ってきた。
「お疲れさま。」
私は太一を見つけると安心して、すぐに笑顔を作った。
「ごめんね?待たせた?」
「ううん。大丈夫だよ?」
私は優しい太一の言葉に嬉しさを感じながら、微笑んだ。
「じゃあ帰ろうか。」
「うん。」
私達は当たり前のように手を繋ぐと、強風が吹き抜ける地下鉄で電車を待った。
「今日は遅かったんだね。」
太一は心配そうに言った。
「そうなの。夏の新作の会議がなかなか終わらなくて、先輩達はまだ作業しているよ。」
「そっか・・・大変だね。」
「うん。でもね、やっぱり楽しいよ。自分で選んだ仕事だし。」
私は前を向いて言った。
「うん。」
太一もそんな私を安心した瞳で見つめていた。
デザイナーになりたい。その夢を描いたのはいつ頃だったのかな?
中学生に上がる頃にはもう、デザイナーになると決めていた気がする。
子供の頃からおしゃれをする事が大好きだった私は、いつだって、おしゃれする事に心馳せていた。
お誕生日のプレゼントにおねだりしたものもフリフリのワンピースだったし、クリスマスも可愛い靴をサンタさんにお願いした。
大好きな洋服を身にまとうだけで、一日中でも幸せな気持ちでいられた。
洋服一つで気持ちが変わることをよく知っていた私は、いつの頃からか、「人が幸せになる洋服を作りたい」という夢を描いていた。
「太一は会社の飲み会?」
電車に乗り込むと、私は太一に質問をした。
「そう。会社の事務の子が寿退社する事になったから送迎会。」
「そっかぁ・・・。」
「なんかさ、幸せそうだったよ。やっぱり結婚っていいよね。」
太一は嬉しそうに言った。
「・・・うん。」
私は小さく頷くと、それ以上何も言えなかった。
結婚か・・・。
私はその言葉に今、幸せを感じることが出来ない。
もちろん、まだデザイナーとして成功もしていないし、まだ仕事をしていたいという気持ちもあるけれど、それ以上に大きい理由があった。
そう・・・私の心には、忘れられない人がいたのだ・・・。
私は真っ暗な電車の窓から、外を眺めると、かつて、彼と話していた結婚話を思い出した。
「恵は、俺の嫁さんになってくれるんやろ?」
「えっ~・・・どうしようかな?」
私は彼の隣でふざけて言った。
「俺さ、恵とやったら絶対に幸せな家庭を作る自信あるねん。」
かつて大好きだった彼・・・裕ちゃんはベッドの天井を見つめながら言った。
「・・・でも、私も裕ちゃんとだったら、楽しい家庭を築いて行けそうかも。」
私も裕ちゃんとの未来を描いて、ニコニコと言った。
「子供は三人くらい欲しいよな。それでさ、笑いの絶えない家庭。俺、ほんまに憧れるわ。」
裕ちゃんもうっとりと未来を語ってくれた。
「いいよね。でもさ、やっぱりパパとママがラブラブなのに憧れるなぁ・・・。」
「分かるわ~・・・。子供そっちのけでな。両親が仲良しなのはいい事だよな。」
「裕ちゃんとそうなれたら、幸せだろうなぁ・・・。」
「ほんまやね。恵?俺とずっと一緒におってね。」
裕ちゃんはそう言うと、優しく微笑んでくれた。
裕ちゃんと付き合っていたのは、今から七年前・・・。まだ私が大阪でデザイナーの専門学校に通っている頃・・・。
友達の紹介で出会った裕ちゃんと私はすぐに意気投合して付き合い始めた。
それまでちゃんとした彼氏がいなかった私に色々な事を教えてくれた。初めてのデートも初めてのキスも、そして初めての・・・。
若い私達はお互いを求める気持ちを抑え切れることなど出来なくて・・・。いつも触れ合っては幸せを感じていた。
大好きだった裕ちゃん・・・裕ちゃんと過ごした日々は今でも胸の奥に焼き付いていて・・・たまに胸がキュンと苦しくなるの。
お互いに大好きだった二人・・・。私が東京の会社に就職した事で別れてしまった。
今では、たまに連絡を取り合うくらいだけど、裕ちゃんはいつでも優しくて、私は彼を完全に忘れることが出来ずにいた。
もちろん太一には内緒だし、過去の事だって分かってはいるのに・・・。
私は自分の中にある、見ないふりをしていた裕ちゃんへの思いをいつの間にかまた、思い出していた。
「恵?」
ぼっーとしていた私に太一が優しく声を掛けてくれた。
「えっ?」
「もう駅に着くよ?」
「あっ・・・うん。」
太一と居るのに、裕ちゃんの事を思い出すなんて・・・私は罪悪感を思うと、また胸がキュンと苦しくなった。
「でもさ、太一君の事も好きなんでしょ?」
親友の雅美にこの事を相談すると、雅美は呆れたように言った。
「うん。もちろん。好きじゃなかったら同棲なんて出来ないし・・・。」
私は俯きながら、怒られている子供のように言った。
「でもさ、それって太一君可哀想な気がする。」
「・・・うん。」
「もし、太一君にプロポーズされたらどうするの?」
雅美はワインを飲みながら、真剣な眼差しで言った。
「・・・うん。その時は・・・。」
私は、彼からのプロポーズを思うと、不思議と心が重くなった。
「・・・その時は?」
「その時に考えようかな?」
私は苦笑いしながらそう言うと、目の前のワインを飲み干した。
ずっと、ずっと逃げてきた。自分の心と向き合うこと。
だって、もしも本当の自分の気持ちが見えてしまったら、太一の事を傷つけてしまうかもしれない・・・。
私だって、「太一だけが好き!」って自信満々に言えたらどんなに素敵だろうと思う。でも心の中にある、消えてくれない彼と過ごした日々。
いつか、ちゃんと向き合わなくちゃいけない時がやってくるのかな・・・。
よく晴れた日曜日。私は太一と一緒に目が覚めるとベッドの中で笑いあった。
「おはよう!」
「おはよう!」
「今日はいい天気だね。」
太一は窓の外を眺めて嬉しそうに言った。
「そうだね。もう少しで夏だもんね。」
私は薄い布団をぎゅっと手で掴んで言った。
「今日はさ、海にでも行こうか。」
太一は嬉しそうに言った。
「海?」
「そう。だってさ、こんなに晴れているのに家にいるなんて勿体ないじゃん。」
「そうだね!」
「お弁当持ってさ、のんびり海辺を歩こうよ。」
太一は子供みたいにそう言うと、私の心も温かい何かで満たれていった。
初めて太一がデートに誘ってくれた日。私は人気者の太一が私を選んでくれた事に驚いた。
その時の私はまだ裕ちゃんの事を忘れられずにいたし、それ以上に仕事に没頭していたから、まさか自分が・・・?という気持ちでいっぱいだった。
けれど、人当たりのいい彼に興味はあったので、会社帰りに二人で飲みに行った。ちょうど夏の始まりで、夏の夜が大好きな私はわくわくした気持ちで太一との待ち合わせ場所に向かった。
久しぶりにデート用に洋服を買ってみたり、ネイルをしたりした。そんな夏の夜、私達はビールを飲みながら色々な話をした。営業マンなだけあって、太一の話はとても面白かったし、前向きだった。そして何よりも彼の誠実さと笑顔が私の心に残った。
それからは、あっという間にお互いに惹かれあい付き合い始めた。
太一と過ごした二年間。色々な事があったけれど、いつも私を大切にしてくれている彼を私も大切に思っていた。
けれど、私の心に唯一残っている、彼への罪悪感。そう・・・裕ちゃんへの思い。どうしたら手放すことを出来るのかな?
「きれーい!」
大船駅からモノレールに乗り換えて、江の島駅に着くと、そこにはキラキラと光り輝く海が広がっていた。
「うわぁ・・・最高だね!」
半そでにジーパンの太一にも私の横で歓喜の声を上げた。
「今日は暖かいし最高だね。」
私は背の高い太一の横顔を見つめながら言った。
「海の方へ行ってみようか?」
「うん!」
私達はキラキラと輝く海に向かって歩きだした。
風に乗って、磯の香りが私達の元へと届くとその懐かしい香りに幸せを感じた。
「海の匂いだ・・・。」
私は目をつぶって、大きく息を吸い込むと、体中に磯の匂いが広がった。
大好きな匂い・・・。爽やかで懐かしくて。
「俺もこの匂い大好き。」
太一も私と同じように目をつぶって、磯の香りを思いきり吸い込んでは嬉しそうに言った。
「海って見ているだけで心が満たされていくよね。」
海辺の階段に座ると、太一は海を愛おしそうに眺めながら言った。
「うん・・・。」
私も目の前の海を見つめながら、ぼんやりと言った。
「俺さ、将来は海辺の町に暮らしたいなぁ。」
太一はしみじみと言った。
「・・・うん。」
私は太一の語る未来の話に少し気まずさを感じながら返事をした。
「そんでさ、犬とか散歩させてさ。朝から海辺を歩くの。」
「・・・うん。」
「その時にさ、恵が隣に居てくれたら最高だろうなぁ・・・。」
太一は想像に思いを馳せてうっとりと言った。
「・・・うん。」
私は太一の言葉に何となく、胸が苦しくなるのを感じた。
こんなにも彼の事を好きなのに・・・未来の話になるとどうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう・・・。
私はそれ以上言葉を発せずに、ただ海だけを見つめた。
寄せては返す波・・・。その輝きは永遠に続くかのように光り輝いていた。
「江の島神社って、縁結びの神様なんだって。」
海岸でサンドイッチを食べた私達は、観光客でにぎわう江の島神社に行ってみることにした。
「そうなんだ。」
「それにね、金運もアップするんだって!」
太一は嬉しそうに言った。
「おぉ!それはすごい!お賽銭奮発しなきゃだね。」
私は冗談半分にそう言うと、優しい太一も笑ってくれた。
人の賑わう江の島神社に訪れると、そこには高貴な雰囲気が漂っている鳥居があった。
「うわぁ・・・。」
私はその鳥居を見た瞬間に、神聖な空気を感じた。
「綺麗だね。」
太一もその神社の不思議な霊気を感じているようだった。
「入ろうか?」
「うん。」
私達は手を繋いだまま、一礼してから鳥居をくぐると、階段を上り境内を目指して歩みを進めた。
いつだったかな・・・。裕ちゃんともこうして神社を参拝した事があった。京都で有名な縁結びスポット。二人で電車に乗って遊びに行った。
その時の私の願いは、
「二人の恋が永遠に続きますように。」
確かそんなお願いをしたように思う。
あの時の願いは・・・叶うことはなかったけれど、すごく楽しかった事だけは覚えている。
そして参拝の後に引いたおみくじは二人とも「大吉」だったよね。
私はせっかくの太一とのデート中のまたしても裕ちゃんの事を思い出してしまった。
胸がキュンと苦しくて・・・太一に申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「あっ・・・!あったよ!」
太一は向拝を指さすと、私は笑顔で頷いた。
「綺麗だね。」
私達は階段を上りきると、向拝の前に立った。
「じゃあ、お賽銭いれよう。」
私達は、お財布からお金を出すと、ぽんとお賽銭箱めがけてお金を投げ込んだ。
そしてパンパンと手を二回合わせて、目を閉じてお願い事をした。
(幸せになれますように・・・そして自分の本当の気持ちが分かりますように。)
私は目をつぶって真剣にお祈りをすると、大きく深呼吸をして前を見つめた。
「何をお願いしたの?」
「えっ?」
私は太一の質問に一瞬戸惑った。私の願いは・・・太一には言えない。
「俺はね、恵と結婚出来ますようにってお願いしたんだ。」
太一は優しい顔でストレートにそう言った。
「それって・・・。」
私は太一の言葉に戸惑いながらも太一の瞳を見つめた。
♪~♪~♪
しかし次のタイミングに、私の携帯が大きい音で鳴り出した。
「・・・いいよ。出て・・・。」
太一は少し残念そうにそう言うと、私は小さく頷いて携帯電話をバックから取り出した。
仕事の人からかな・・・。
しかし、その電話は会社の人からではなく・・・私は携帯電話の画面を見て、一瞬息が詰まりそうになった。
裕ちゃんからだ・・・。
私は久々の裕ちゃんからの連絡に、驚きながらも、太一から少し距離を取り、電話に出た。
「もしもし・・・。」
恐る恐る電話に出ると、そこには懐かしい裕ちゃんの声が響き渡った。
「あっ!恵?良かった!電話出てくれて。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、私は太一に聞かれないように小さい声を発した。
「どうしたの?」
「うん。俺さ、今日友達の結婚式の二次会に呼ばれてさ、東京にいんねんけど、もう二次会終わってもうて、新幹線の時間まで暇やから、お茶でもどうかなぁと思って。」
裕ちゃんは明るい声で言った。
「・・・新幹線って何時の?」
「うん。五時の新幹線やねん。」
「五時・・・。」
私は腕時計に目をやると、無情にも時計は三時を指していた。
今から電車で戻っても、四時半くらいになってしまう。
「・・・ごめんね。今日は江の島に来ていて・・・。」
私はせっかくの誘いを丁寧に断った。
「あっ・・・そうやったんや。まぁでもそうやんな。日曜やし。急にごめんな。」
裕ちゃんは少し残念そうに言った。
「・・・ううん。私こそごめんね。」
「何かさ、結婚式見ていたらさ、何や恵の事を思い出してしもうてな。まぁでも、そうやな。またの機会にしようか。」
「うん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉に嬉しさと、今江の島にいる事への悔しさが込み上げてきた。なんで今日・・・江の島に来てしまったのだろう・・・。
「また連絡するわ。」
裕ちゃんは明るくそう言うと、電話は切れてしまった。
「・・・はぁ・・・。」
私は携帯電話を耳から離すと、大きくため息をついた。
今日・・・東京にいれば裕ちゃんに会えたんだ。あぁ・・・太一には申し訳ないけれど、すごく残念だ・・・。
私は肩を落としながら、笑顔を作って、太一の元へと戻った。
「どうしたの?」
「・・・うん。仕事の事でちょっとね。」
私は嘘をつくと、小さく笑った。
「そっか・・・。」
太一は私の様子を心配そうに眺めながら、そっと空を見上げた。
「さっきの話の続きなんだけどさ・・・。」
太一は視線を私に戻すと、優しい顔で私を見つめた。
「続き・・・?」
私はさっきの話を思い出そうと頭を働かせた。さっきの話って・・・。
「・・・あっ!」
私は太一が私と結婚したいと言っていた事を思い出した。その話の続きって事・・・?
「俺さ・・・ちゃんと言うね。俺、恵の事が大好きです。俺と結婚して下さい。」
太一は丁寧にそう言うと、私に頭を下げた。
「太一・・・。」
私は太一の行動に、胸が苦しくなるのを感じた。・・・ついにされてしまった・・・プロポーズ。
「・・・考えさせて?」
「えっ?」
太一は驚きながら顔を上げると、悲しそうな瞳で私を見つめた。
「・・・きゅ・・・急な話で、ちょっと混乱していて・・・。仕事の事もあるし、ちょっと考えてみてもいいかな?」
私は必死にその場を取り繕うと、太一を傷つけないように言葉を選んだ。
「・・・恵。」
「ちゃんと・・・ちゃんとしたいからさ。」
私は太一から視線を逸らすと、痛む胸を抱えて、泣きそうになった。
太一・・・ごめんね・・・。今、私太一を不安にさせているよね・・・。
「分かった。」
「えっ?」
「結婚って一生の事だもんね。ゆっくり考えて。それでさ、きちんと気持ちの整理が出来たらさ、答え聞かせてよ。」
太一は優しい瞳でそう言うと、私はますます涙が溢れてきそうになった。なんて・・・優しい人・・・。
「・・・分かった。」
「うん。じゃあさ、この話は終わり!お茶でもしにいこう?」
「うん!」
私は太一の優しさに甘えると、その話は、一旦保留となった。
本当は・・・すぐに「いいよ。」って言えたらどんなに良かっただろう・・・。太一を不安にさせることもなく、二人の輝く未来を信じることを出来たなら・・・。
私の両親だって、太一みたいないい人と結婚したら絶対に喜んでくれる。頭では分かっているのに・・・。
私は海を見つめながら、不甲斐ない自分に罪悪感を抱えながら、歩き続けた。やっぱり避けては通れない。ついに決断の時がやってきてしまったのだ・・・。
「えっ?ついにプロポーズされたの?」
金曜日。親友の雅美とワインを飲みながら、先週のプロポーズを告白した。
「そう・・・。」
私はワインを飲みながら、小さくため息をついた。
「そっかぁ・・・前に話していたばっかりだったのにね・・・。」
「・・・うん。」
「その時は、その時考えるって言っていたけど、どうするの?」
雅美は心配そうに言った。
「うん。まだ全然分からなくてね・・・。実はその日裕ちゃんからも連絡が来たの。」
「えっ?そうなの?」
「・・・うん。ちょうど東京にいるから会えないか?って・・・。」
「うん。」
「その時は、江の島にいたから断ったんだけど・・・。」
「・・・東京にいたら?」
「・・・会いに行っていたと思う・・・。」
私は小さくなりながらそう言った。
「もう好きじゃん・・・。」
雅美は半分呆れながら言った。
「やっぱりそうなのかなぁ・・・。」
私は大きくため息とつきながら言った。
「裕ちゃんのどこが好きなの?」
雅美は不思議そうに言った。
「うん。何ていうのかな・・・。すごくね、明るいんだよね。関西人だから面白いし。裕ちゃんといると、ありのままでいられた。そして何よりもいつも私の事を笑わせてくれたの。」
私は裕ちゃんの事を思い出しながら言った。
「そっかぁ・・・。」
「昔ね、私が風邪で寝込んじゃった時、裕ちゃんはさ、お見舞いにお笑いのDVDをもって現れたんだよ?風邪は気の持ちようだから笑っておけば治るって。それで二人でDVD見てね。気づけば、自分が病気だって事忘れていたの。」
私は大阪時代の楽しい思い出にテンションが上がった。
「それにね、雨の日も裕ちゃんはとても前向きでね、いつもキラキラと楽しそうに生きていた。裕ちゃんといるとね、私まで楽しい気持ちになるんだよね。」
「恵・・・。」
「人としても大好きだったからさ・・・。」
私は苦笑いしながらワインを飲み干した。
そう・・・裕ちゃんと過ごした楽しかった日々・・・。
昨日の事のように覚えている。
居酒屋でこっそりキスした事も、突っ込みあった会話も、裕ちゃんの笑顔も・・・。
今でもこの胸に焼き付いている。
「・・・じゃあさ、会いに行ってみれば?」
雅美はワインを飲みながら冷静に言った。
「・・・えっ?」
私は雅美の提案に驚いた。会いに行く?裕ちゃんに?
「恵が裕ちゃんを好きな気持ちは分かるよ。だけど、恵は「今」の裕ちゃんを知らないわけでしょ?」
「・・・うん。」
「今の裕ちゃんに会ったらきっと何かが分かるんじゃないかな?」
「今の裕ちゃんに・・・。」
「恵の為にも太一君の為にも・・・。」
「・・・そうだね・・・。」
私は雅美の提案に一筋の光を見た気がした。
そうだ・・・。会いに行ってみればいいんだ。大阪は遠いとか、時間がないとか、言い訳しないで・・・裕ちゃんにきちんと会ってみよう。そしたら自分の本当の気持ちを知ることが出来るかもしれない。
「でもさ、恵?」
「・・・うん?」
「今の気持ちだよ?今の自分にとって、一番大切な人を見失わないでね。」
「雅美・・・。」
私は雅美が言いたいことが痛いほどに伝わってきた。
自分でも無意識の内に思い出は美化されて、キラキラと輝いて私を過去へと誘っていく。でもその瞬間に私はきっと今を生きていない。けれどそうじゃないよ?そうじゃなくて、思い出じゃなくて今の気持ちを大切にしてほしい・・・。それが雅美の思いだった。
裕ちゃんへの思いが・・・思い出を美化しただけの物なのか・・・。
それとも、自分の本心なのか・・・。今の裕ちゃんに会って、はっきりさせてこよう。きっと何かが変わるはずだから・・・。
「・・・えっ?大阪?」
翌日、私は太一に大坂に行く事をきちんと告げた。
正直、太一には何も言わずに行こうとも思った。
でも・・・いつも私に誠実でいてくれた太一だから・・・私も嘘をつきたくなかった。「・・・実はね、私、結婚に迷っている理由があって・・・。」
私は意を決して、太一に自分の思いをぶつけた。
「・・・理由?」
キラキラと午後の日差しが差し込む、私達の住むマンションにピリッとした空気が流れた。
「忘れられない人がいるの・・・。」
私は下を向きながら呟くように言った。
「・・・それって・・・。」
太一はすごく傷ついた顔で私の事を見た。
「だからね、大阪に行って、その人に会ってくる。そうじゃなきゃ、結婚も決めることが出来ない。」
私は自分の気持ちをしっかりと伝えると、太一を見つめた。
「・・・恵。」
「私ね、いい加減な気持ちで太一と付き合っていたわけじゃない。信じてもらえないかもしれないけど、太一の事、本当に好きだよ。でもね・・・自分勝手って分かっているけれど、自分の気持ちをはっきりさせたいの・・・。」
私は目の前のコーヒーカップを見つめながら、必死に言葉を発した。
私の伝えたい思いは・・・全部伝えた。
「・・・分かった。」
「・・・えっ?」
「恵の思うようにしていいよ?」
「・・・太一・・・。」
「俺さ、実は恵の気持ちに気付いていたんだ。あぁ・・・恵には忘れられない人がいるんだろうなぁって・・・。」
「太一・・・。」
「自分の気持ちに嘘ついてさ、俺と一緒に居ても幸せにはなれないもんね。大阪行って、きちんと自分の気持ちを見極めておいで?」
「・・・うん!」
私は太一の優しさに涙が出そうになると、何度も何度も頷いた。
怒られると思った・・・もう愛想を尽かされるかと思った。
こんな私のわがままを受け止めてくれるなんて・・・夢にも思わなかった。
でも・・・太一はどこまでも優しくて、いつでも私の幸せを大切にしてくれた。太一の思いにも答えられるように、ちゃんと自分の中の本心を探してくるよ。そして、もう自分に嘘はつかない。太一の言っていた通り、自分に嘘をついたって、誰も幸せにはなれないから・・・。
暖かい五月の風を感じながら、私は大きい決断をした。
大阪に行く・・・。そして裕ちゃんともう一度会う。
七年間、向き合うことのなかった自分の正直な気持ちを見つける為に・・・。
「じゃあ行ってきます。」
翌月の土曜日。私は一泊分の荷物を持って家を出た。
大阪に遊びに行くからと裕ちゃんに話すと裕ちゃんは嬉しそうに予定を空けおくねと言ってくれた。
そして、太一は、見送りは辛いからと朝早くに仕事に行ってしまった。
「ふぅ・・・。」
私は鞄を両手で持ちながら、新幹線が来るのをホームで待った。
六月の晴れ間。長く続いた雨のおかげで木々達はキラキラと輝いていた。
切符を買う時も、改札を通る時も・・・自分でも裕ちゃんに会いに大阪に行くなんて信じられなかった。大阪なんて行かなくても、自分の気持ちが分かればいいのに・・・。
何度もそんな風に思って、大阪行きを迷った・・・。
でも結局たどり着く。いつかは太一の思いに答えなければいけない。そう思うと、どうしても大阪に行って、裕ちゃんに会わなければいけないような気がした。
東京駅から二時間半・・・。たった二時間半の距離を、私は七年間ずっと避けていた。裕ちゃんと会って、自分の気持ちに気付くことが怖かったから・・・。
でも今日・・・勇気を出して私は自分と向き合う。
どんな答えが出てもいい・・・。もう自分を信じて進んでいくしかない。
私は心地よい風が吹き抜けるホームで前を見つめた。
今・・・ずっと見ないふりをしていた扉を開ける。新しい未来へと歩むために・・・。
「東京~東京~・・・。」
新幹線がやってくると、私はぎゅっと、目をつぶった。
この電車に乗ったら・・・裕ちゃんの住んでいる大阪に着く・・・そして私達のキラキラと輝く思い出がその辺に転がっているんだろう・・・。何気ない道も・・・何気ないコンビニも・・・パン屋さんもスーパーも・・・。
私は裕ちゃんと過ごした時間を思い出すと胸がキュンと苦しくなった。
でも・・・私は目を見開くと、強い気持ちで新幹線に乗り込んだ。自分自身で未来を切り開くために・・・。
「京都~・・・京都~・・・。」
裕ちゃんの事を思ったり、本を飲んだりしていると、新幹線は京都まで来てしまった。
私は読みかけの本を閉じると息を飲んで、手鏡と口紅をバックから取り出した。
もう少し・・・もう少しで・・・新大阪駅に着いてしまう・・・。
私はドキドキしながら、口紅を引き直した。裕ちゃんは新大阪駅で待っていてくれると言っていた。駅に着いたら、すぐに再会することになる・・・。
私は走り出した電車を感じながら、だんだんと緊張でお腹が痛くなってきた。
自分から会いに行くって決めたけど・・・。あぁ・・どうしよう・・・。緊張するよ。ドキドキ・・・ドキドキ・・・。
「新大阪~・・・新大阪~・・・。」
新幹線が新大阪駅に着くと、私は、ぎゅっと胸元をつかんで席を立った。
ついに来てしまった・・・。この瞬間が・・・。
私はバックを抱えたまま、ゆっくりと新幹線を降りると、大阪の地に足を着いた。
「・・・七年ぶりの大阪だ・・・。」
私は辺りをキョロキョロと見渡すと、薄暗いホームには旅行客らしき人達が楽しそうに歩いていた。
「よし・・・。」
私は新大阪駅の改札口の方向を定めると、気合を入れて歩き始めた。きっとそこにいるであろう・・・。裕ちゃんに会うために・・・。
「恵~!」
改札口の前に着くと、遠くの方から裕ちゃんの声が聞こえてきた。
「えっ?」
私は人ごみの中、よく目を凝らすと、懐かしい裕ちゃんの姿がそこにはあった。
「・・・裕ちゃんだ・・・。」
私は目の前の光景に驚いたまま、改札を通って裕ちゃんの元へと駆け寄った。
「久しぶり!」
裕ちゃんはあの時と変わらない笑顔で私に笑いかけた。
「ひっ・・・久しぶり!」
私はぎこちなくそう言うと、何だか裕ちゃんの顔を見ることが出来なかった。
「恵は変わらへんなぁ。」
裕ちゃんはくすくす笑いながら言った。
懐かしい笑顔・・・。私の胸はキュンと苦しくなった。
「裕ちゃんも・・・変わらないね?」
私は必死に言葉を発した。
「そう?俺、昨日エステ行ってきたのになぁ。ほらっ!男前やろ?」
裕ちゃんは相変わらず冗談を言うと、私の心もだんだんと解れていった。
「相変わらずだね。」
私はくすくすと笑いながら言った。
「まぁ・・・でも本間、また会えて嬉しいわ。今日は車できてん。」
「えっ?車買ったの?」
「当たり前やん。俺の事、いくつや思うてんねん。」
「そっかぁ・・・そうだよね。車の一つくらい持っている年かぁ・・・。」
私はまだ若かったあの頃を思い出してしみじみと言った。あの頃は、車もなくて、しょっちゅう電車でお出かけしていたけど・・・。そうだよね。裕ちゃんだってもう二十八歳だもんね。
「ほな、行こうか?」
「うん!」
私は裕ちゃんの後を着いて、新大阪の駅を歩き出した。
裕ちゃんは何も変わっていない。あの頃と何も・・・。
私はさっき裕ちゃんと交わした会話が嬉しくてついつい足元が軽くなった。緊張していたけど・・・良かった。裕ちゃんはやっぱり裕ちゃんだった。
「これやで。」
裕ちゃんは新大阪駅前の駐車場に着くと、自分の車へ直行した。
「うわぁ・・・。」
裕ちゃんが指さした車は、車に詳しくない私でも分かるような高級車だった。
「すごいね!」
私は興奮しながら裕ちゃんを見た。
「いやぁ・・・まぁ俺、車好きやからな。そのために頑張ってん。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、そっと助手席の扉を開けてくれた。
「・・・ありがとう。」
「おう!」
裕ちゃんの車の助手席・・・。私はドキドキしながらそこへ座った。
「やばいな・・・。」
私は裕ちゃんに聞こえないように小さい声で呟いた。
久しぶりの再会でそれだけでもドキドキしているのに、この近距離・・・。
「よし!じゃあ行こう!」
裕ちゃんはそっとハンドルを握ると、嬉しそうに言った。
青い空の下、冷たいクーラーがかかった車はそっと大阪の町を走り始めた。
「どこ行くの?」
私はドキドキしながらも裕ちゃんに問いかけた。
「うん。水族館なんてええかなぁと思って。今日暑いしな。」
裕ちゃんはニコニコと前を向きながら言った。
「水族館!」
私は裕ちゃんの提案にテンションが上がった。
「恵好きやったやろ?」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
私が水族館を好きだった事・・・まだ覚えていてくれたんだ。私はその言葉に胸がキュンと苦しくなった。
「しかし・・・。」
裕ちゃんは前を向きながら少し困ったように言った。
「・・・どうしたの?」
私はそんな裕ちゃんの様子に首を傾げた。
「この距離・・・緊張するわ。」
裕ちゃんは真面目な顔でそう言うと、私はそんな裕ちゃんの純粋さに笑えてきた。緊張していたのは私だけじゃなかったんだ・・・。そうだよね。久しぶりの再会だもん。当たり前だよね。
「私もさっき思った。」
私は素直に自分の思いを告白した。
「やっぱり?そうやんなぁ?俺らお互いの裸も知っているのに、何や緊張するよなぁ。」
裕ちゃんはふざけてそんな事を言うから、私は思わず裕ちゃんの肩を叩いた。
「バカ!」
「フフフッ・・・。」
裕ちゃんは嬉しそうに笑うと、不思議と緊張していた気持ちがほどけていった。
「そういえばさ、祐樹いたやん?俺の親友の。」
「あぁ!祐樹君!しょっちゅうデートに割り込んできていた。」
私は大阪時代に良く一緒に遊んでいた祐樹君を思い出した。
「あいつさぁ、一昨年結婚してさ、もう二児のパパだよ。」
「えっ?」
「奥さん妊娠中でね、秋に二人目生まれる予定なんだ。」
「あの祐樹君が・・・。」
「あいつしょっちゅう俺らのデートに混ざりこんでさ、三人で雑魚寝した事もあったよな。」
裕ちゃんは昔の事を懐かしそうに言った。
「懐かしい~・・・。」
私は若かかった無邪気な自分たちを思い出してしみじみと頷いた。
「楽しかったよなぁ。毎日一緒におってさ。はやりの食べもんとか出るとしょっちゅう二人で食べに行ったりして。」
「うん。」
「なんかさ、本間・・・最高やったなぁ。」
裕ちゃんは懐かしそうにそう言うと、私はそんな裕ちゃんの横顔を見つめていた。
そう・・・裕ちゃんと一緒にいた時間、全部が楽しかった。一緒に食べたお好み焼も、たこ焼きも、串カツもうどんも・・・。ノリで登った通天閣も、桜を見に行った大阪城も、コスプレして出かけたユニバーサルスタジオも・・・。
全部の思い出がキラキラと輝いて、今も私の胸を切なくさせる。
「着いたで!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、車を止めた。
「わぁ!懐かしい!」
私は車から降りると、裕ちゃんと何度か訪れた海遊館を見上げた。
「俺も久しぶりやわ。」
裕ちゃんは私の隣に立つと、懐かしそうに言った。
「本当・・・懐かしい・・・。」
私は昔、二人で訪れた思い出の地に胸がキュンと苦しくなった。この場所にも思い出がいっぱい・・・。
「行こうや。」
裕ちゃんは優しくそう言うと、そっと前を歩き出した。
「うん!」
私は裕ちゃんの後を追うように、歩き出した。
「うわぁ!」
ひんやりと冷たいクーラーがかかった館内には静かな静寂が広がっていた。
「あっ・・・。」
入ってすぐの大きい水槽には、色とりどりの魚が優雅に泳いでいた。
「綺麗やんね。」
水槽の前で立ち止まった私の隣にやってきた裕ちゃんが嬉しそうに言った。
「本当・・・綺麗・・・。」
私はその優雅に泳ぐ魚たちを見つめて、思わず自分も水の中にいるみたいな気持ちになった。
小さい魚も、大きい魚も・・・時間なんて関係ないみたいにゆらゆらとのんびり水の流れに身を任せていた。
「いいなぁ・・・。」
私は思わずそんな言葉を口にした。
「魚が羨ましいの?」
裕ちゃんは私の言葉にくすくすと笑いながらそう言った。
「うん。だって・・・本当はこうやって生きていけたらって思っちゃう。」
私は素直な思いで答えた。
ゆらゆらただ流れに身を任せて・・・何も考えないで、何か起きたらその時に考える。そんな生き方・・・。
いつの間にか、私は自分の人生を自分でコントロールしようとしていた。大好きな仕事を選んだことは後悔していないけれど、どこかで無理して自分を良く見せようとしていたのかもしれない。
「まぁ・・・分かるような気がするわ。」
さっきまで笑っていた裕ちゃんも何か思うような事があったのか、今度は真剣な眼差しでそう言った。
大人になるにつれて・・・どんどん自由じゃなくなっていく私達は・・・他人の意見に翻弄されて、いつの間に本当の自分を見失っていく。
結婚だって、本当にしたいと思った時にすればいいのにね・・・。なぜか私達は焦り、自分に嘘をついているような気がするよ・・・。
でも、私は今日、裕ちゃんに会いに来たことでそういう生き方をもうやめようと思っていた。
大切なのは、他人にどう思われるかじゃなくて・・・自分の気持ちに素直になる事だから・・・。
私はもう自分に素直になって、自分の人生を生きるの。その事で誰かを傷つけてしまっても、もうそれは仕方ない。だって・・・私達人間は完璧じゃないから。
私は裕ちゃんの横顔を見つめながら、強くそう思った。
「いやぁ!楽しかったね!」
水族館を出ると、裕ちゃんは大きく伸びをして言った。
「楽しかった!」
私も久しぶりの水族館に大満足にそう言った。
「やっぱりのんびり魚見んのんもええなぁ。」
「せやなぁ!」
私は裕ちゃんに合わせてわざと大阪弁で返事をした。
「大阪弁うつっとるがな!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、ニコニコ笑いながら空を見上げた。
「いい天気だね!」
私は裕ちゃんが空を見上げた瞬間にそう言った。
「ほんまやんなぁ!」
裕ちゃんは眩しそうに眼を細めてそう言うと、幸せそうに瞳を閉じた。
あぁ・・・やっぱり裕ちゃんはいいなぁ・・・。私はそんな自然体の裕ちゃんを見つめながらぼんやりと思っていた。
「夜は何食べたい?」
車を走らせながら裕ちゃんは、嬉しそうに言った。
「えっとね・・・あっ!あの、裕ちゃんの家の近くにあった串カツ屋さん!」
私はかつて常連だった、お店を思い出して言った。
「あぁ!串屋ね。ええよ。じゃあさ、一回車置いてきてもええ?」
裕ちゃんは真っ直ぐ前を向きながら言った。
「うん。裕ちゃんはまだあのアパートに住んでいるの?」
私はかつて、半同棲していたアパートを思い出して言った。
「うん。そうやで。でも夏には引っ越しする予定やねん。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「へぇ・・・。」
「恵は?今日どこに泊まるん?」
「うん。その辺のホテルに泊まろうかと思って。」
「まだ予約してないん?」
「そう。まぁ泊まれればどこでもいいかなぁと思って・・・。」
「じゃあさ、家に泊まれば?」
裕ちゃんはさらりと言った。
「・・・えっ?」
私は裕ちゃんの提案に度肝を抜かれた。
まさか裕ちゃん家に泊まるなんて・・・考えてもいなかったから。
「大丈夫。何もせえへんから。」
裕ちゃんは困った顔の私を安心させるかのように優しい口調で言った。
「・・・でも・・・。」
「ホテル代なんて勿体ないやん。それやったら、美味しいもの食べるためにお金取っときや。」
裕ちゃんは優しくそう言うと、私は、半分戸惑いながらも小さく頷いた。
懐かしい裕ちゃんのアパート・・・。あの頃は何の躊躇もせずに毎晩のように泊まっていたのにね・・・。
「よしっ・・・じゃあ決まりやんな。荷物置いたら串屋行って同窓会や!」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、私はまたふざけた裕ちゃんを温かい目で見つめた。
同窓会って・・・なんだよ!
「うわぁ!懐かしい!」
裕ちゃんのアパートの前に着くと、私はあまりの懐かしさに声を上げた。
「せやろ?あれから七年やったっけ?」
裕ちゃんは車から降りると、大きく伸びをして言った。
「そう・・・。うわぁ・・・この辺は変わっていないね。」
私は裕ちゃん家の周辺を眺めると、胸がキュンと苦しくなった。
本当に懐かしい・・・。新大阪駅よりも海遊館よりも・・・ずっとずっと思い出が詰まっている裕ちゃんのアパート・・・。苦しいほどに・・・何も変わっていない。
「どうぞ?」
裕ちゃんは手慣れたように、部屋の扉を開けると私は息を飲んで裕ちゃんの部屋へと上がった。
「お邪魔します・・・。」
小さい声でそう呟くと、薄暗い裕ちゃんの部屋から懐かしい香りがした。
「うわぁ・・・。」
私は部屋へと一歩踏み込むと、全然変わっていないその部屋に息が詰まった。
そうだ・・・この部屋だ・・・。この部屋で私と裕ちゃんはたくさんの時間を過ごしたんだ。
記憶の中の裕ちゃんと・・・実際の裕ちゃんはもちろん違っていたけれど、思い出の中のこの部屋は、何一つ変わっていない。時が止まったみたいに・・・。
あぁ・・・どうしよう。私今・・・泣きそうだ・・・。
「・・・恵?」
裕ちゃんは立ちすくむ私を不思議そうに見つめた。
「あっ・・・ごめんね。何か、すごく懐かしくて・・・。」
私は涙を堪えて言った。
「・・・まぁそうやんなぁ・・・。」
裕ちゃんは、少しだけ気まずそうにそう言うと、下を向いた。
「・・・今なんか走馬灯のように色々な思い出が浮かんできて・・・。」
私は裕ちゃんの部屋に立ちつくすと、目を瞑って胸を抑えた。
大好きだった裕ちゃん。そう・・・あの頃もこうやって、二人でこの部屋に帰ってきたの。
喧嘩した夜も、お酒を飲んで仲良く帰ってきた夜も全部・・・。
私達はこの部屋で色々な時を過ごした。キスもしたし、愛し合った。
あぁ・・・だめだ・・・。この部屋には思い出が多すぎる。
自分が思っている以上に、裕ちゃんの部屋は私にとって特別な場所だったんだ。
「大丈夫?とりあえず、コーヒー入れるよ?」
裕ちゃんはそんな私の気持ちに気付く事もなく、早く部屋に入ってほしそうだった。
「あっ・・・うん。」
私は裕ちゃんの言葉にギリギリに反応すると、大きくため息をついて、部屋へと足を踏み入れた。
「はい。どうぞ。」
私はようやくソファーに座ってくつろぐと裕ちゃんが暖かいコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう。」
私は息を飲んでそう言うと、また部屋の中を見渡した。
「あの頃とあまり変わらないでしょ?」
裕ちゃんはコーヒーカップを持ちながら私の隣に腰かけた。
「うん。変わってなさすぎて・・・。」
私はあまり掃除の行届いてない部屋を見渡してコーヒーに口をつけた。
「あの頃はさ、よく恵に怒られていたよね。ちゃんと掃除しなよって。」
裕ちゃんは笑いながら言った。
「そうそう。一度さ、めちゃめちゃ部屋が綺麗な時があってさ、偉いね~って褒めたら、全部隣の部屋にゴミとか詰め込んでいてね。」
私はくすくすと笑いながら言った。
「そうやんなぁ。めっちゃ恵怒ってもうて。その日も串カツおごって許してもらったんだったなぁ。」
裕ちゃんは懐かしそうに言った。
「そう!裕ちゃんって本当に掃除できない人だったよね。」
「それで何度か喧嘩もしたよな。」
私達は笑いながら、昔話に花を咲かせた。
そうだよね。そんな事もあったよね。
私の記憶と・・・裕ちゃんの記憶が重なって・・・こうして一緒に話せる事がとても嬉しかった。
「でも、今でも串屋の事はすごく覚えている。本当に常連だったよね。」
私はコーヒーを飲みながら、串屋の事を思い出してしみじみと言った。
「そうやろ?俺はあそこが大阪一美味しい串カツややと思ってんねん。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「確かに美味しかったよね。」
私は懐かしい気持ちで言った。
「でも、俺が一番覚えているんは、恵がいつもソースを二回つけちゃっていた事。」
裕ちゃんはくすくす笑いながら嬉しそうに言った。
「・・・そんな事あったっけ?」
私は知らんふりをして言った。
「二度つけ禁止やぁ言うてんのに、いつも話に夢中になって、二度付けしてさ。二人で爆笑。」
裕ちゃんはくすくすと思い出し笑いしながら言った。
「だって~・・・。」
「今でも串屋に行くとたまに思い出すんよ。そんで一人で思い出し笑い。」
裕ちゃんは楽しそうに言った。
「店長は元気?」
私はかつて仲良くしてくれた店長を思い出して言った。
「うん。元気やで。」
裕ちゃんは嬉しそうに言った。
「今日私が行ったらびっくりするかな?あぁでもさすがに覚えていないかな?」
「いやっ?覚えているよ?たまに恵の話もするし。」
裕ちゃんはさらりと言った。
「えっ?」
「あっ・・・ほら、店長恵の事、気に入っていたからさ。」
裕ちゃんは慌ててそう言うと、コーヒーを飲み干した。
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉に胸がドキドキと高鳴った。裕ちゃん・・・私の話をたまにはしてくれていたんだね・・・。
私は裕ちゃんの言葉にまた胸がキュンと苦しくなった。
忘れているものだと思っていた。もうとっくの昔の事だって・・・。でも裕ちゃんも私との思い出をいくつも覚えていてくれて・・・。私はとても嬉しかった。
「ほな、串屋にでも行きますか?」
日が傾いてきた頃に、私達はお財布と携帯電話だけをもって、串屋に向かうことにした。
あの頃と同じように・・・。
「いらっしゃい!」
私達が暖簾をくぐると、懐かしい店長の声が店中に響き渡った。
「お疲れっす!」
先に裕ちゃんが店に入ると、私のその背中を追うように、店に入った。
「おう!裕介!・・・あれ?」
店長は裕ちゃんに挨拶をすると、後ろにくっついていた私を見つめた。
「お久しぶりです。」
私は照れた顔で店長に挨拶した。
「あっ・・・!あぁ恵ちゃん?」
「はい・・・。」
私は照れた顔でそう言うと、にこっと笑った。
「わぁ!久しぶりやんなぁ!」
店長は嬉しそうにそう言いながらも不思議そうな顔をした。
「えっ・・・二人は?」
店長は口をもごもごしながら、私達の関係性を知りたがった。
「あぁ!恵が久しぶりに大阪来たいゆうから、一緒に色々回ってんねん。」
裕ちゃんは的確な事を言うと、普通の顔をして席に着いた。
「何やぁ・・・俺はてっきり・・・。」
店長は少し残念そうにそう言った。
「えへへっ・・・」
私も店長に苦笑いして見せると、席に着いた。
「でもなぁ・・・裕介は恵ちゃんの話、しょちゅうすねんで?」
店長はおしぼりを手渡しながらニヤニヤとからかうように言った。
「・・・ちょっと・・・!」
「まだ恵ちゃんの事好きなんちゃうんかなぁ!」
店長はそんな言葉を言い残してカウンターの中へと戻って行ってしまった。
「・・・ほんま・・・店長は・・・。」
裕ちゃんは慌てた様子でそう言うと、何だか私達の間に気まずい空気が流れていった。
まだ恵ちゃんの事好きなんちゃうんかなぁ?・・・なんて冗談でも今の私には・・・。私はドキドキする胸を抑えて、下を向いた。冗談だよ・・・冗談だって、分かっているけど・・・。
でも・・・もしかしたら裕ちゃんも同じ気持ちでいてくれるなんて事・・・あるの?
私はそんな可能性を感じると、ますます胸が苦しくなった。
「お疲れ~!」
「乾杯!」
私達はビールで乾杯すると、さっきの気まずさも消えて、二人にいつもの雰囲気が戻ってきた。
「いただきます!」
私は揚げたての串カツを手に取ると、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「ソースは二度付け禁止やで!」
裕ちゃんはにやにやとからかうようにそう言うと、私は小さく頷いた。
「美味しい~!」
銀色のトレーに入ったソースに串カツを潜らせて一口食べると、その美味しさに思わず笑顔になった。
中身の豚肉も旨みがたっぷりだった。
「うまいやろ?」
裕ちゃんは私の笑顔を見ると嬉しそうに言った。
「うん!あっついけど・・・本当最高!」
私は口をもごもごさせながら、また裕ちゃんに笑顔を送った。
「じゃあ俺も。」
裕ちゃんは大好物のアスパラガスの串カツを頬張ると、嬉しそうに笑った。
「うまい!やっぱりアスパラやな!」
「裕ちゃんって昔からアスパラ大好きだったよね。」
「そういう恵はうずらの卵ばっかり食べてたやん。最高何個やったっけ?」
「・・・七個。」
「食べ過ぎやろ!」
裕ちゃんは嬉しそうに突っ込むと私達は笑いあった。
「でもさ、良く覚えているね。」
私は記憶力のいい裕ちゃんに関心しながら言った。
「まぁね・・・。まぁ恵は特別やったから。」
裕ちゃんは少し恥ずかしそうにそう言うと、ぐぃっとビールを飲み干した。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの言葉にまた胸がドキドキと高鳴った。
今日はドキドキしてばっかりだ・・・。特別なんて言葉・・・ずるいよ・・・。
「・・・私達、何で離れちゃったんだろうね?」
私はずっと疑問に思っていた言葉を口にした。
「・・・そうやねんなぁ・・・。」
裕ちゃんは少し考え込むように言った。
「・・・こんなにも気が合うし、一緒にいて楽しいし、お互いにお互いの事大切にしていたのに・・・。」
私は当時の事を振り返って、何だか悔しい気持ちが込み上げてきた。
「でも、それでも俺は恵に夢を叶えてほしかったんやで?」
「えっ?」
「・・・俺さ、当時の事まだ覚えている。自分の気持ちも・・・ちゃんと・・・。」
「裕ちゃん・・・。」
「恵が東京に行くって聞いたとき、本間は泣いてん。大好きな恵と離れ離れになってしまうなんて、考えられなくて・・・。」
「・・・。」
「でもさ、やっぱり恵の夢、諦めさすような事出来なかった。恵が夢に向かって頑張っている姿好きやったし・・・。」
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんから聞いた初めての思いに胸が苦しくて涙が出そうになった。
だって・・・あの時私が見た裕ちゃんは、笑顔で頑張ってきいや!恵なら人を幸せにする洋服絶対に作れると思うっていつも励ましてくれていたから・・・。
「東京で頑張っているんやろ?」
裕ちゃんは優しい顔で言った。
「うん。ちゃんと頑張っているよ。まだ夢の途中だけど・・・そうだね。いつか自分がデザインした洋服で人を幸せにしたいって思いまだちゃんとある・・・。」
私は最近見失いかけていた、本来の夢を思い出すことが出来た。
「それなら良かったわ。俺も頑張って仕事しているよ。これでも自分の会社立ち上げてん。」
「えっ・・・?そうなの?」
「そうやねん。恵が東京に行って、俺もちゃんと夢叶えな、いつか恵に会う時に会われへんなぁと思ってさ。中古車販売の仕事やねん。」
「そっか・・・裕ちゃん、車好きだったもんね。」
「うん。まぁ最近は仕事も軌道に載ってさ。結構楽しいねん。」
裕ちゃんは嬉しそうな顔で言った。
「・・・うん。」
離れた後も・・・裕ちゃんの人生は続いていて・・・。ちゃんと自分のしたい事を実現して・・・。
「やっぱり裕ちゃんはすごいね。」
私は笑顔でそう言うと、裕ちゃんは照れながらビール越しに笑った。
「ご馳走様でした。」
「おおきに!」
串屋で美味しい串カツを堪能して・・・少しだけお互いの気持ちに触れ合って、私達は大満足に店を出た。
「美味しかったね。」
私達は夏の空気を感じながらほろ酔い気分で歩き始めた。
「コンビニ寄ってもええ?」
裕ちゃんは優しい顔でそう言うと、大通りに出る為に。小道を曲がった。
「うん・・・。」
私は裕ちゃんの背中を追いながら、空を見上げた。
あぁ・・・懐かしい。あの頃もこうやって、飲んだ後は必ずコンビニ寄ったよね。
「わぁ・・・。」
私達は大通りに出ると、私はその懐かしい光景に胸が痛んだ。
何も変わっていない。私はすぐ目の前に現れたコンビニを見つめた。
「俺、未だにこのコンビニ毎日きてんねん。」
裕ちゃんは誇らしげに言った。
「そういえばさ、このコンビニに面白い店員さんいたよね。」
「いたいた!ちょっとお姉っぽい奴でしょ?俺らいつもレジで笑い堪えていたよね。」
裕ちゃんはくすくすと笑いながら言った。
「まだいるの?」
「ううん。もういないねん。学生やったからなぁ・・・。やめてもうた時、俺結構さみしかったもん。」
「そうなんだぁ!会いたかったな。」
私はふざけてそう言うと、裕ちゃんも小さく笑ってくれた。
「でも、ほんま懐かしいわ。」
裕ちゃんは嬉しそうにそう言うと、コンビニ入って行った。
「お邪魔します。」
私達はコンビニでビールとおつまみを買ってから裕ちゃんの家に戻った。酔っぱらっている事もあって、部屋に入る時、不思議と緊張はしなかった。
「俺さ、軽くつまみでも作るから恵はリビングでくつろいでいて?」
裕ちゃんはそう言うと、ビニール袋を持ったまま、台所へと直行した。
そういえば・・・。私はリビングのソファーに座るとふと太一の事を思い出して携帯電話を取り出した。
「メール一件」
メールだ・・・。私は裕ちゃんが台所でおつまみを作っている事を確認すると、そのメールをそっと開いた。
恵へ
朝は見送り出来なくてごめんな。今日、メールを送るかどうかすごく迷ったんだけど、やっぱり伝えたいことがあるのでメールします。
俺は出会った時から恵の事がとても好きでした。仕事に一生懸命な所も、素直な所も。でも一番好きなのはその笑顔です。恵が何もかも忘れて素直に笑っている顔を見ていると、俺まで幸せな気持ちになる。だから、どうか自分に嘘をつかないでほしい。今回恵が出した答えは間違っていないと思う。彼に会って、本当の気持ちを見つけてきて下さい。その答えがもしも俺にとって悲しい答えでも俺は恵が自分の気持ちに素直であればそれでいい。本当だよ。
男らしく、俺がお前を幸せにするからって言えたらいいんだけどね。幸せは自分の気持ちに素直になる事だって俺は信じているから。どうか自分の気持ちに素直になって下さい。
太一
太一・・・。私は太一のメールを読んで、涙がポロポロと零れ落ちてきた。
あぁ・・・なんて優しい人なんだろう・・・。いつだって、私の幸せを考えてくれていた。心から私を思ってくれているのが痛いほどに伝わってくる。そう・・・痛いほどに・・・。
「お待たせ~!」
裕ちゃんはおつまみ片手に笑顔で戻ってきた。
「・・・えっ?えっ・・・?恵?」
裕ちゃんはビールとおつまみを持ったまま慌てて私の顔を見た。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は泣き顔のまま振り返ると、あふれる涙がどんどんと込み上げてきた。
こんなつもりじゃなかったのに・・・。
「どうしたん?えっ・・・?何があったん?」
裕ちゃんは慌ててそう言うと、すぐにビールとおつまみをテーブルに置いて私の事を抱きしめた。
「裕ちゃん・・・。」
私は裕ちゃんの行動に驚きながらも、込み上げてくる思いにいっぱい、いっぱいだった。
「なんで泣いてるん?」
裕ちゃんは悲しそうにそう言うと、私もどんどんと胸が苦しくなってきた。
「・・・ごめん。こんなつもりじゃなかったのに・・・」
私は泣きながら必死に言葉を伝えると、ポロポロと涙を流し続けた。
太一も・・・裕ちゃんもみんな優しくて・・・自分だけが不甲斐なくて・・・。
私のわがままで振り回してしまっているのに・・・誰も私を責めたりしない・・・。
その優しさに・・・胸が苦しい・・・。でも・・・そう・・・私は気づいてしまったの・・・。自分の気持ちに。
だからこんなにも涙が溢れて止まらないんだ。
私が泣き続ける中、裕ちゃんはそれ以上何も言わずにそっと抱きしめ続けてくれた。私の涙が止まるまで・・・。
「はぁ・・・。」
私はやっと涙が止まると裕ちゃんの肩越しで大きいため息をついた。
「大丈夫?」
裕ちゃんは心配そうにそう言うと、私は大きく頷いた。
「そっか・・・良かった。」
裕ちゃんは私を抱きしめたままそう言うと、そっと私の体を離した。そして次の瞬間、私の肩をつかみそっと瞳を閉じた。
「・・・えっ?」
私は裕ちゃんの行動に、さっと体をよけた。今、裕ちゃん私にキス・・・しようとした・・・?
私は顔を横に向けたまま下を向いた。
「・・・恵・・・。」
裕ちゃんは私の行動に驚くと、悲しそうな声で私の名前を呼んだ。
「・・・ごめん。」
私はそんな裕ちゃんの顔を見ることが出来ないままそっと呟いた。
「・・・いやっ・・・俺の方こそ・・・。」
裕ちゃんも小さく呟くようにそう言うと、私の体からそっと手を離した。
私は下を向いたまま、ぎゅっと目をつぶった。
二人の間に流れていく気まずい空気。さっきまでの明るい雰囲気が嘘みたいに、とても重い空気だった。
「恵?俺さ・・・。」
裕ちゃんはそんな空気を壊すかのように、そっと足を投げ出して話し始めた。
「俺さ・・・今日、言おうか言わないかずっと迷っていたんやけど・・・。」
裕ちゃんは諦めたように、そう言うと、寂しそうな顔で私を見つめた。
「・・・うん。」
私は逸らしていた目をそっと裕ちゃんに向けると真剣な表情の裕ちゃんに胸が苦しくなった。
「俺・・・ずっと恵の事が好きやった。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
「恵と別れてさ、まぁ俺も男やし?色々な女の子と付き合ってみたんやけど、どうしても恵以上に思える子に出会えなくて・・・。」
「・・・うん。」
「未練たらしいとか思われんの嫌で、誰にも相談出来なくて、この思いはずっと胸の中に隠して思うと思ってたんや・・・。」
「・・・うん。」
私と一緒だ・・・。
「でもさ、今日恵がこっちに来てくれて、あぁ・・・やっぱり俺恵の事が好きやなぁって、思ったんよね・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「恵との掛け合いもデートもほんま楽しかった。」
「・・・うん。」
「でもさ、俺、やっぱり恵の事よう見てん。あぁ・・・何か事情があってこっちに来たんやろうなぁって・・・。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
私は切なさそうな顔の裕ちゃんに胸が苦しくて、また涙が込み上げてきた。
「話してくれへんかな?俺も、自分の気持ちにちゃんとケジメつけたい。」
「・・・うん。」
私は裕ちゃんの真剣な眼差しに、ちゃんと真実を話さなければ・・・と思った。例え、その事で裕ちゃんの事を傷つけてしまったとしても・・・。
「私ね・・・。」
私はぐっと裕ちゃんを見つめて、顔を上げた。
「私、今付き合っている人がいるの・・・。」
「・・・そうなんや・・・。」
「ごめんね。ちゃんと言わなくて・・・。」
「ううん。ええよ?」
「その人にね、プロポーズされたの。」
「うん・・・。」
「でもね、私も裕ちゃんと一緒で裕ちゃんの事ずっと忘れられずにいたの・・・。」
「うん・・・。」
「何かあるたびに裕ちゃんの事を思い出して、嬉しい気持ちになったり、懐かしい気持ちになったりしていた。」
「・・・うん。」
「心の片隅にずっと隠していた想い。この想いを抱えたまま彼と結婚するなんて・・・出来ないと思った・・・。」
「・・・うん。」
「だから、裕ちゃんに会いに行こうと思った。自分の本当の気持ちを知るために・・・。」
「・・・うん。」
「裕ちゃんと会えて嬉しかった。何も変わってなかった。あの頃に戻ったみたいだった・・・。」
「・・・。」
「・・・でも・・・。」
「・・・うん。」
「・・・思い出話ばっかりだった・・・。」
「・・・。」
「お互いにあまり今の事・・・話をするの遠慮していた気がする・・・。」
「・・・そうやんね・・・。」
「きっと裕ちゃんも今日、私に会って分かったってしまったと思うの・・・。」
私はぐっと涙を堪えて言った。
「・・・もう過去の事だったんだって・・・。」
「・・・恵。」
「大好きだった。その気持ちは変わらない。でもやっぱりもう思い出になってしまっていた。そこに命はなくて・・・。どんなにお互いに思っていても・・・もう戻れないんだって・・・。」
私は言葉の最後の方には涙が溢れ出してきてしまった。
そう・・・もう戻れないんだって・・・。今日、今の裕ちゃんに会って・・・私は気づいてしまった。
過去の思い出は、瞳を閉じればすぐに浮かんでくる。
楽しかった日々・・・。笑いあった日々・・・愛し合った日々・・・。
すぐそばにあると感じていた裕ちゃんの温もりは・・・。全然近くなんてなくて・・・。本当はもう手の届かないものだったんだ・・・。
だから私は、裕ちゃんがキスをしようとした時に出来なかった。
過去の記憶と・・・現実は違う・・・。今、私が一緒にいるべき人は・・・太一だった。
今日まで私を支えてくれた大切な人。私のわがままを見守ってくれた人。どんな時でも私の幸せを大切にしようとしてくれた人・・・。
もしも裕ちゃんが私にとって、結婚したいと思えるほどに大切な人だったら・・・。もうとっくに会いに行っていた・・・。 私は何だかんだ言い訳して、何もしなかったから・・・。何も知ることが出来なかった。
けれど今回裕ちゃんに会いに来て、私は初めて知ることが出来た。自分の気持ち・・・。
私が大切にしなければいけなかったのは、過去じゃない・・・。
今、目の前にいてくれる人・・・。
「・・・俺も・・・うすうす気づいとった。」
「・・・裕ちゃん・・・。」
「俺ら、思い出を辿ってばっかりやったもんな・・・。」
「・・・。」
「思い出・・・。そうもう思い出になってしまっていたんやなぁ・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「俺、恵の事本間に好きやった。恵と過ごした時間。今でも忘れたくないほどに。」
「・・・うん。」
「でもさ、ほんま恵の言う通りや・・・。寂しいけど、もう戻られへんねんな・・・。」
裕ちゃんは悲しそうな瞳で笑った。
「・・・裕ちゃん。」
「どんなに過去が輝いて見えても・・・。」
「・・・。」
「俺・・・恵の事大好きやけど。恵との思い出にずっと浸っていたいけど・・・。」
「・・・うん。」
私は泣きながら裕ちゃんの言葉を聞いていた。痛いほどに分かる・・・。裕ちゃんの気持ち。
「忘れるわ・・・。」
裕ちゃんは優しい顔でそう言うと、私は涙ながらに頷いた。
「過去も大事かもしれんけど・・・そうやんなぁ・・・今だって同じくらい大切にせなあかんもんな・・・。」
「・・・裕ちゃん。」
「ちゃんと言ってくれてありがとう・・・。俺、これで前向ける気がする・・・。」
裕ちゃんは優しい顔で微笑むと、涙を堪えてもう一度笑った。
「・・・裕ちゃん・・・。」
私はその表情を見た瞬間にまた胸が締め付けられたけど・・・。ぐっと気持ちを抑え込んだ。もうこれ以上彼を傷つけたくない。
せっかくお互いに、前を向くことが出来そうなのだから・・・。
「ふぁぁぁぁ・・・。」
裕ちゃんと色々な事を話した翌日。私は裕ちゃんが貸してくれたベッドで目が覚めた。爽やかで気持ちいい朝・・・。昨日の出来事なんて嘘みたいに明るい朝だった。
あれから私と裕ちゃんは別々にシャワーを浴びて別々の部屋で寝た。
「さて・・・。」
私がぼさぼさの頭のまま、裕ちゃんが寝ていたリビングに向かった。
「おはよう~・・・。」
私はソファーに向かって、そう言うと、何の返事もなかった。
「あれ・・・?」
私はソファーを覗き込むと、裕ちゃんの姿はなくて・・・。人の気配もしなかった。
「・・・トイレかな?」
私は辺りをキョロキョロと眺めると、テーブルの上に置かれたフルーツと白い紙が目に入った。
「・・・なにこれ?」
私はすぐにその紙を手に取ると、裕ちゃんからの置手紙という事がすぐに分かった。
私はざわざわする心を抱えたまま、裕ちゃんからの手紙を読んだ。
恵へ
おはよう。良く寝られた?昨日は久しぶりに恵に会えて楽しかったわ。
再会した時、変わってへんなぁなんて言ったけど、ほんまはすごく変わっている恵に驚きました。キラキラ輝いている姿に、あぁ・・・東京で夢に向かって頑張っているんやなぁ・・・って。そしてそれを支えてくれている人がきっとおるんやろうなぁって・・・。
俺、本間は中古車販売の店なんて経営してへんねん。車も友達に借りてん。
仕事は一応してるけど、一生続けたいと思えるほどのもんでもない。
でも、昨日恵に会って、本間にやりたい事に一生懸命打ち込んでみようと思えた。
一度の人生やもんね。俺、かっこいい大人になれるように頑張ってみる。
でも昨日話した気持ちに嘘はあらへん。俺は、恵の事が本当に大好きでした。
恵と出会えた事に感謝している。会いに来てくれて本当に嬉しかったわ。ありがとう。
今はまだ心の底から恵の結婚を祝えへんけど、ちゃんとおめでとうって言えるように、俺も新しい恋をして幸せになるから。恵もどうか幸せになって下さい。今までありがとう。 PS・朝ご飯代わりにグレープフルーツを置いて置きます。二日酔いにも効くから食べてや。 裕介」
私は裕ちゃんの手紙を読み終えると、息をするのも苦しいほどに・・・涙がどんどんと溺れ落ちてきた。あぁ
裕ちゃん・・・。裕ちゃん・・・。裕ちゃん・・・。
私は裕ちゃんの手紙を抱きしめたままその場で泣き崩れた。
優しかった裕ちゃんの笑顔が・・・今、苦しいほどに胸を締め付ける・・・。
今でも私を思ってくれていると言った裕ちゃん・・・。大好きだと言ってくれた裕ちゃん・・・。抱きしめてくれた優しい腕・・・。もう戻れないんやねって・・・言った寂しそうな目・・・。その全てが・・・。
こんなにも苦しい思いをするなら・・・会いになんて来なければ良かった・・・。
だって・・・今私・・・息をするのも苦しいよ・・・。
七年たってもちっとも変っていなかった裕ちゃんの優しさ・・・。傷つけてしまった。ごめんね・・・。ごめんね・・・。ごめんね・・・。
でも・・・運命はこんなにも、もう二人を別々に分けてしまったんだね・・・。別々の道を歩き出したあの日から・・・。
私は涙を拭うと、涙を堪えて、裕ちゃんが用意してくれたグレープフルーツを食べた。
酸っぱくて・・・苦くて・・・全然甘くなくて・・・。
ほろ苦い恋の味がした・・・。
裕ちゃんの為にも幸せになるんだ・・・。前だけ向いて・・・。しっかりこの足で地面を踏みしめて・・・。いつか素敵な思い出だったって思えるように・・・。
暖かい光に包まれて、私は沢山の涙を流しながら、自分の為にも裕ちゃんの為にも幸せになると決めた。
この涙はきっと・・・二人の輝く未来につながっている。
ただ、今はそう信じて・・・。
「はぁ・・・。」
私は新大阪駅に着くと、時刻表を見ながら大きいため息をついた。
次に新幹線が来るのは、三十分後か・・・。
あれから私は裕ちゃんに手紙を書いて、裕ちゃんの家を出た。なんてことないお礼の手紙だけと・・・時間がかかってしまった。
私は荷物を抱えたまま待合室に入ると、新幹線を待っている人で待合室は 賑わっていた。
昨日ここに来た時は、こんな結末が待っているとは思っていなかった・・・。
裕ちゃんの気持ちもまだ知らなくて、自分の気持ちにだって気づくことも出来ていなくて・・・。
私は一人ポツンと座ると、そっと瞳を閉じた。
裕ちゃんと過ごした日々は・・・無駄なんかじゃなかった。今私がこうしてここに居られるのは、すべて過去があったから・・・。大切な・・・大切な私の歩んできた道。・・・でももう振り返らない。自分で出した答えに・・・後悔する時がきたとしても・・・。後悔しない。
これで良かったんだ・・・。これで良かったんだ・・・。
そう・・・今日まで私を支えてくれた太一の為にも・・・。太一と一緒に幸せになるんだ・・・。
私は強くそう思うと、そっと瞳を開けた。そして携帯を取り出して、太一へとメールを送った。
「・・・よしっ・・・。」
私は太一にメールを送信すると、笑顔を作って、新幹線のホームへと向かった。
東京から二時間半・・・。私に沢山の幸せをくれた大阪の町・・・。
この場所にまた来ることが出来て良かった・・・。
さぁ・・・東京に戻ろう・・・。そして私はまた夢に向かって進んでいくんだ。自分の決めた道を・・・。大切な人と・・・。
「東京~・・・東京~・・・。」
「ふぅ・・・。」
私は大きい鞄を持ったまま、新幹線を降りると、ホームで一息ついた。
「戻ってきたんだ・・・。」
私は見慣れた東京の景色を眺めながらぼんやりと歩き出した。
「おーい!」
私が改札に向かって歩いていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「・・・えっ?」
私はその声に思わず振り返ると、そこには太一は立っていた。
「・・・太一・・・。」
私は太一の姿を見つけると、なぜか安心した気持ちが込み上げてきた。
「へへへ・・・迎えに着ちゃった・・・。」
太一はそう言いながら、入場券を恥ずかしそうに私に見せた。
「・・太一・・・。」
「・・・バック持つよ。」
「・・・ありがとう。」
私は太一にバックを託すと、二人で並んで歩き始めた。
「お茶でもしようか?」
私達は改札を抜けると、私は近くのカフェを指さした。
「そうだね。」
太一も私の提案に乗っかって、いつもと同じように一緒にお店に入った。
でも少しだけ・・・太一は不安そうな顔をしていた。
そう・・・私はまだ太一にきちんと気持ちを伝えていなかった。新幹線に乗る前に送ったメールも、今から帰ります。だけ・・・。
でも本当の気持ちは・・・ちゃんと太一の目を見て言いたいから・・・。
「・・・どうだった?大阪。」
二人分のコーヒーがテーブルに置かれると太一は平然を装って、私に問いかけた。
「・・・うん。」
私はコーヒーに口をつけながら、小さく頷いた。
「彼には会えたの?」
「うん。会えた。話も出来た。」
「・・・そっか・・・。」
「・・・あのね、私・・・。」
私は正直な気持ちを伝えようと、太一の目を見つめた。
すると、太一は迷子になった子供のような不安そうな目をしていた。
「・・・太一・・・。」
「・・・うん?」
「私ね・・・大阪に行って気づいたよ?誰が一番大切なのか・・・。」
私は今にも泣きそうな太一を見つめながら必死に言葉を発した。
「・・・うん。」
「私・・・私ね・・・太一の事が世界で一番大切だった。」
「・・・えっ?」
「・・・太一がくれた、メール・・・。私の心に深く響いたの・・・。こんなにも私の事、大切に思ってくれている人は太一しかいないって・・・。」
「・・・恵。」
「太一のそばにいるとね、暖かい気持ちになる。なのに、私はそれを当たり前の事のように思っていた・・・。」
「・・・。」
「今日だって、駅まで迎えに来てくれて・・・。」
「・・・うん。」
「失いたくないと思った。これからも一緒に同じ時間を過ごしていきたいと思ったの。」
「・・・恵・・・。」
太一はぐっと涙を堪えて私を見つめた。
「私・・・もう思い出に逃げたりしないから・・・。」
私は涙を目に貯めながら笑った。太一が好きだと言ってくれた笑顔で・・・。
「・・・俺・・・。」
「・・・えっ?」
「俺・・・正直不安だった・・・。恵がどんな答えを出すか・・・。」
「太一・・・。」
「本当は昨日の夜も眠れなかった。」
「・・・うん。」
「でもさ、信じていたんだ。恵の事。」
太一は優しい笑顔で笑った。
「・・・太一・・・。」
「もう一度言わせて?」
「・・・はい。」
「俺と結婚して下さい。」
「はい。」
私はすぐに返事をすると、二人で微笑みあった。
暖かい光が出しこんで・・・外は新緑でキラキラと光り輝いて・・・。
もう迷わない・・・。これからは太一と一緒に生きていく・・・。夢を追いかけながら・・・。
私達は手を取り合うと、暖かい眼差しで見つめあった。
まるで、世界には二人しかいないように・・・。
これでよかったんだ・・・。やっぱりこれで・・・。
私は一つも嘘のない自分の気持ちに幸せを感じると、そっと心の中で太一の言っていた言葉を思い出した。
「幸せは自分の気持ちに素直になる事だって俺は信じているから。」
本当だったね。本当にただそれだけでもうこんなにも幸せだもの・・・。
大切な事を教えてくれた太一・・・。本当にありがとう。これからも二人一緒に愛し合い、助け合い、学びあい・・・成長していこうね。
そして、裕ちゃん・・・。あなたにもう一度会うことが出来て良かった・・・。
今は切に・・・あなたの幸せを願います。
今日までありがとう・・・。
「裕ちゃんへ
私の方こそ、昨日は会ってくれてありがとう。裕ちゃんに会えたこと、本当に嬉しかった。私も素敵な大人になる。子供たちの輝ける見本になれるように・・・楽しく人生を生きていく。裕ちゃんを見ていて、そう思った。いつも明るくて楽しそうに生きている裕ちゃんと一緒に居られた事誇りに思います。どんなに離れていても、私はずっと裕ちゃんの幸せを願っています。
優しくしてくれてありがとう。笑わせてくれてありがとう。沢山抱きしめてくれてありがとう。そして何よりも私と出会ってくれてありがとう・・・。本当にありがとう。
PS・グレープフルーツ美味しかったよ。ご馳走様でした。 恵より」
終わり
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