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16話 不可解1
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あの日を境に、先輩達は学校でオレを見かけても顔色を悪くして、逃げるように立ち去る日々が続いた。
同じクラスの田中も、話しかけてもまるで空気のように返事をせず、蔑むような目を向け無視を決め込んでいる。
「まあ……そうなるよな……」
オレにとっては、先輩や普段つるんでいる同級生との繋がりは、特に惜しむこともなかった。
慣れないキャラを演じることもなく、気疲れする心労もなくなり、ただただ穏やかな日々を過ごせていた。
これもあの二人の仕業だと考えると、少し複雑な気分になる。
しかし、ネットに流された画像や動画のことを知っているクラスメイトたちは、影でコソコソと何かを話しては、決してオレに近づくことはなかった。
完全に孤立したオレは、それに臆することなく、今までの遅れを必死に取り戻すかのように、堂々と勉強に明け暮れた。
自分の身を守るのは、自分しかいない。
先日の二人の不可解な行動に疑念を持つこともあるが、それ以上に、今でもあの時のことを思い出すと、屈辱と苛立ちの方が勝ってしまう。
その熱量を糧に、勉強の合間は必死に筋トレも行った。
そして驚くほど穏やかな日々が三ヶ月も続いた。
しかしそれも、終わりを告げる。忘れかけていた頃、またオレのもとに、嵐がやってくる。
「やっほー、マツリちゃん。元気にしてた?髪型変えたんだね」
「何だその眼鏡は。マスクも……風邪引いてんのか?」
学校の帰り道、突然、前からあの二人が姿を現した。
「ッッ!」
声も出せず、身を硬直させたが、動かない足に喝を入れ、踵を返して逃げようとする。
「おいおい。まるでオバケでも見たかのような反応だな」
しかし、それは一歩遅く、呆気なく千紘の手に腕を掴まれてしまう。
「……ッ、はな、せっ!今更……何の用だよ……っ」
怖じ気付くことなく二人を睨みつけ、手を振り解こうと躍起になる。
「そんなに警戒しないでよ~。せっかく久々に会えたのにー」
「オレはお前らに会いたくなんかない!いったいどの面下げてオレの前に……っ、お前たちが何したか分かってんのか!?」
カッとなって、眼の前でニコニコと笑う市井に怒鳴りつけ、放せバカと続けて毒づいた。
「俺たちがお前の為にデジタルタトゥーが残らないよう動いてやったのに、随分な言い様だな」
「……え?」
「マツリちゃん、そこそこ有名なユー〇ーバーだったからね。画像や動画を消したり、変な気を起こそうとしてるオジサン達に忠告して回ってたら、こんなに時間かかっちゃった」
「……動画?」
先輩たちから散々撮られていたコスプレ画像や動画。
ネットに多量に流されていたため、アカウント自体は消しても、やはり一度ネットに上がってしまえば拡散は止められないものだった。
オレは途中からインターネットを見ることをやめ、できるだけ姿を変えようと髪型を短髪にし、暗く染めたり、マスクや眼鏡で隠れるように地味に過ごしていた。
それでも当初は、学校帰りに後を尾けられることが時々あり、遠回りをして振り切るように逃げていた。
しかしそれも最近になってぱったり途絶え、連中も飽きたか諦めたものだと思い、平和に過ごせていたと思っていた。
「お前がネット上では節操なく誰とでもヤりまくるビッチだと思われていたからな。キモい奴らが集ってくるのも無理はないわな」
「まあ、俺たちもその一人なんだけどね~」
うるせえな、と千紘は市井を睨みつける。
オレはその言葉が信じられず、スマホを鞄から取り出して自分のことをエゴサした。
すると、画像や動画は勿論、自分に特定するような名前すらヒットせず、まるで存在しなかったかのように何も残っていなかった。
「そんな……嘘だ」
「こういう時、親のコネがあると便利だよな。ということで、ビッチで淫乱ヤリモク少年のことは、俺たちしか知らないワケだが」
その言葉がカチンと頭にくる。
言い返そうと口を開くが、上手く言葉が見つからない。
口を開いて睨みつけるオレの顔を見て、先に声を上げたのは市井だった。
「かなり頑張ったから、それなりにご褒美欲しいよね」
市井がオレの肩に腕を回してくる。
傍から見れば、完全にチンピラに絡まれるカモだ。
「今日は……お金はそんなに……」
そう言えば、この人たちにお金を借りていたんだと、今更ながら顔を青くする。
「前も言ったけど、金じゃねえよ。分かるだろ」
「……」
分かりたくもない。
そもそも、なぜこの二人に目を付けられているのか、未だに理解できなかった。
たいして親しくもない相手に、なぜこれほどのお節介を焼くのか。
ヤリたいだけなら、前回のように力でねじ伏せれば、どうとでもなるはずなのに。
「ん?何か考えごと?」
「っ……」
それでもやはり、この二人の顔や容姿を見れば、まず相手に困ることはないだろう。
いったい何が目的なのか。ただの金持ちの道楽か、気まぐれなのか。わからない。
だからオレは、その答えを問いかけた。
「……何したら、良いんですか」
「とりあえずカラオケでも行く?」
「へ……?」
「ここから近い場所だと……やっぱあそこか」
「そうだね、そこにしよう」
市井が賛同する。
余りにも突拍子もない提案に唖然としていると、二人はこちらを見てフッと笑みを浮かべた。
「なんだ?エッチなことが良かったのか?」
「……なっ!違う!」
「アハハ。それも良いけど、最近受験のストレスも酷いんだよね。今日はパーッと歌いたい気分♪」
思わず怪訝な顔をしてしまう。
そんなこと、二人だけですればいいのに。
そもそも自分の必要性を全く感じなかった。
「それ、ぼ……オレ要らないですよね」
「絶対いるよ~!寧ろ必須!ほら、時間勿体ないから早く行こう」
「え、ちょ……待っ!」
二人はこちらの言い分も聞かず、半ば強制的に連れ回す。
早く目的地に行けば良いのに、無駄にウィンドウショッピングなどをして、結局カラオケに着いたのは言い出して二時間後だった。
店員に言われた部屋番号に入り、二人は荷物を下ろすと、カラオケルームのソファに座り込む。
オレは未だに身を警戒させ、その場に立ち尽くす。
「はーお腹空いた!ポテト頼んじゃお。てか何でそんなところ立ってるの?座りなよ」
市井がタッチパネルでポチポチと何かを注文する。
千紘は大きなテレビ画面に映し出されたPV映像やアーティストと司会のやり取りをぼんやり眺めていた。
やはりこの状況が理解できない。
別に友達でも何でもないのに、一体この二人は何を企んでいるのだろうか。
「そこに突っ立ってるなら、何か飲み物入れてこいよ。勿論、帰ったりしたら分かってるよな」
「……はい」
オレはひとときの間だけでも、この異様な空間から抜け出したかった。
フロント近くのドリンクバーに辿り着き、深く溜息を吐く。
金曜の夕方だからか、学生が多く、自分の通っている学校の生徒もちらほら見えた。
無論、話しかけることなどなく、お互い目が合っても遠くでヒソヒソと耳打ちされるだけだ。
「はぁ……帰りたい……」
また深く溜息を吐くと、後ろから何かが背中にぶつかる。
「ッ!?」
「何ボーッとしてんだよ。ほら」
後ろに立っていたのは千紘だった。
空のグラスを差し出し、「何か注げ」と続けて言う。
すると、心無しか周りがザワザワと騒いでいる気がした。
学生達はこちらをチラリと見て、黄色い声が聞こえてくる。
当の本人はグラスを持って水を入れては、オレに早くしろと急かすだけだった。
(そうだよな、傍から見ればこの人はイケメンだ……あんなことされなければ、僕だってきっと目で追ってしまう)
そんなことを考え、他人事のように棒立ちになっていると、千紘がこちらを見て、流れるようにマスクをずらしキスをしてきた。
「……はっ!?」
「その眼鏡、似合ってない。マスクも邪魔だし、外せよ」
千紘はフッと目を細めて笑い、その場を後にする。
去り際に「早くしろよ」とだけ言い残し、周りから悲鳴が聞こえても無視して部屋に戻っていった。
一方、そんな状況に一人置き去りにされ、気まずさと恥ずかしさで顔が真っ赤になったオレは、急いでグラスにコーラを注ぎ、その場から逃げるように千紘を追いかけた。
同じクラスの田中も、話しかけてもまるで空気のように返事をせず、蔑むような目を向け無視を決め込んでいる。
「まあ……そうなるよな……」
オレにとっては、先輩や普段つるんでいる同級生との繋がりは、特に惜しむこともなかった。
慣れないキャラを演じることもなく、気疲れする心労もなくなり、ただただ穏やかな日々を過ごせていた。
これもあの二人の仕業だと考えると、少し複雑な気分になる。
しかし、ネットに流された画像や動画のことを知っているクラスメイトたちは、影でコソコソと何かを話しては、決してオレに近づくことはなかった。
完全に孤立したオレは、それに臆することなく、今までの遅れを必死に取り戻すかのように、堂々と勉強に明け暮れた。
自分の身を守るのは、自分しかいない。
先日の二人の不可解な行動に疑念を持つこともあるが、それ以上に、今でもあの時のことを思い出すと、屈辱と苛立ちの方が勝ってしまう。
その熱量を糧に、勉強の合間は必死に筋トレも行った。
そして驚くほど穏やかな日々が三ヶ月も続いた。
しかしそれも、終わりを告げる。忘れかけていた頃、またオレのもとに、嵐がやってくる。
「やっほー、マツリちゃん。元気にしてた?髪型変えたんだね」
「何だその眼鏡は。マスクも……風邪引いてんのか?」
学校の帰り道、突然、前からあの二人が姿を現した。
「ッッ!」
声も出せず、身を硬直させたが、動かない足に喝を入れ、踵を返して逃げようとする。
「おいおい。まるでオバケでも見たかのような反応だな」
しかし、それは一歩遅く、呆気なく千紘の手に腕を掴まれてしまう。
「……ッ、はな、せっ!今更……何の用だよ……っ」
怖じ気付くことなく二人を睨みつけ、手を振り解こうと躍起になる。
「そんなに警戒しないでよ~。せっかく久々に会えたのにー」
「オレはお前らに会いたくなんかない!いったいどの面下げてオレの前に……っ、お前たちが何したか分かってんのか!?」
カッとなって、眼の前でニコニコと笑う市井に怒鳴りつけ、放せバカと続けて毒づいた。
「俺たちがお前の為にデジタルタトゥーが残らないよう動いてやったのに、随分な言い様だな」
「……え?」
「マツリちゃん、そこそこ有名なユー〇ーバーだったからね。画像や動画を消したり、変な気を起こそうとしてるオジサン達に忠告して回ってたら、こんなに時間かかっちゃった」
「……動画?」
先輩たちから散々撮られていたコスプレ画像や動画。
ネットに多量に流されていたため、アカウント自体は消しても、やはり一度ネットに上がってしまえば拡散は止められないものだった。
オレは途中からインターネットを見ることをやめ、できるだけ姿を変えようと髪型を短髪にし、暗く染めたり、マスクや眼鏡で隠れるように地味に過ごしていた。
それでも当初は、学校帰りに後を尾けられることが時々あり、遠回りをして振り切るように逃げていた。
しかしそれも最近になってぱったり途絶え、連中も飽きたか諦めたものだと思い、平和に過ごせていたと思っていた。
「お前がネット上では節操なく誰とでもヤりまくるビッチだと思われていたからな。キモい奴らが集ってくるのも無理はないわな」
「まあ、俺たちもその一人なんだけどね~」
うるせえな、と千紘は市井を睨みつける。
オレはその言葉が信じられず、スマホを鞄から取り出して自分のことをエゴサした。
すると、画像や動画は勿論、自分に特定するような名前すらヒットせず、まるで存在しなかったかのように何も残っていなかった。
「そんな……嘘だ」
「こういう時、親のコネがあると便利だよな。ということで、ビッチで淫乱ヤリモク少年のことは、俺たちしか知らないワケだが」
その言葉がカチンと頭にくる。
言い返そうと口を開くが、上手く言葉が見つからない。
口を開いて睨みつけるオレの顔を見て、先に声を上げたのは市井だった。
「かなり頑張ったから、それなりにご褒美欲しいよね」
市井がオレの肩に腕を回してくる。
傍から見れば、完全にチンピラに絡まれるカモだ。
「今日は……お金はそんなに……」
そう言えば、この人たちにお金を借りていたんだと、今更ながら顔を青くする。
「前も言ったけど、金じゃねえよ。分かるだろ」
「……」
分かりたくもない。
そもそも、なぜこの二人に目を付けられているのか、未だに理解できなかった。
たいして親しくもない相手に、なぜこれほどのお節介を焼くのか。
ヤリたいだけなら、前回のように力でねじ伏せれば、どうとでもなるはずなのに。
「ん?何か考えごと?」
「っ……」
それでもやはり、この二人の顔や容姿を見れば、まず相手に困ることはないだろう。
いったい何が目的なのか。ただの金持ちの道楽か、気まぐれなのか。わからない。
だからオレは、その答えを問いかけた。
「……何したら、良いんですか」
「とりあえずカラオケでも行く?」
「へ……?」
「ここから近い場所だと……やっぱあそこか」
「そうだね、そこにしよう」
市井が賛同する。
余りにも突拍子もない提案に唖然としていると、二人はこちらを見てフッと笑みを浮かべた。
「なんだ?エッチなことが良かったのか?」
「……なっ!違う!」
「アハハ。それも良いけど、最近受験のストレスも酷いんだよね。今日はパーッと歌いたい気分♪」
思わず怪訝な顔をしてしまう。
そんなこと、二人だけですればいいのに。
そもそも自分の必要性を全く感じなかった。
「それ、ぼ……オレ要らないですよね」
「絶対いるよ~!寧ろ必須!ほら、時間勿体ないから早く行こう」
「え、ちょ……待っ!」
二人はこちらの言い分も聞かず、半ば強制的に連れ回す。
早く目的地に行けば良いのに、無駄にウィンドウショッピングなどをして、結局カラオケに着いたのは言い出して二時間後だった。
店員に言われた部屋番号に入り、二人は荷物を下ろすと、カラオケルームのソファに座り込む。
オレは未だに身を警戒させ、その場に立ち尽くす。
「はーお腹空いた!ポテト頼んじゃお。てか何でそんなところ立ってるの?座りなよ」
市井がタッチパネルでポチポチと何かを注文する。
千紘は大きなテレビ画面に映し出されたPV映像やアーティストと司会のやり取りをぼんやり眺めていた。
やはりこの状況が理解できない。
別に友達でも何でもないのに、一体この二人は何を企んでいるのだろうか。
「そこに突っ立ってるなら、何か飲み物入れてこいよ。勿論、帰ったりしたら分かってるよな」
「……はい」
オレはひとときの間だけでも、この異様な空間から抜け出したかった。
フロント近くのドリンクバーに辿り着き、深く溜息を吐く。
金曜の夕方だからか、学生が多く、自分の通っている学校の生徒もちらほら見えた。
無論、話しかけることなどなく、お互い目が合っても遠くでヒソヒソと耳打ちされるだけだ。
「はぁ……帰りたい……」
また深く溜息を吐くと、後ろから何かが背中にぶつかる。
「ッ!?」
「何ボーッとしてんだよ。ほら」
後ろに立っていたのは千紘だった。
空のグラスを差し出し、「何か注げ」と続けて言う。
すると、心無しか周りがザワザワと騒いでいる気がした。
学生達はこちらをチラリと見て、黄色い声が聞こえてくる。
当の本人はグラスを持って水を入れては、オレに早くしろと急かすだけだった。
(そうだよな、傍から見ればこの人はイケメンだ……あんなことされなければ、僕だってきっと目で追ってしまう)
そんなことを考え、他人事のように棒立ちになっていると、千紘がこちらを見て、流れるようにマスクをずらしキスをしてきた。
「……はっ!?」
「その眼鏡、似合ってない。マスクも邪魔だし、外せよ」
千紘はフッと目を細めて笑い、その場を後にする。
去り際に「早くしろよ」とだけ言い残し、周りから悲鳴が聞こえても無視して部屋に戻っていった。
一方、そんな状況に一人置き去りにされ、気まずさと恥ずかしさで顔が真っ赤になったオレは、急いでグラスにコーラを注ぎ、その場から逃げるように千紘を追いかけた。
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