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15話 大きな借り
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運動不足が祟り、少し走っただけで息が乱れる。
後ろを振り返ると、二人の姿は見えなくなっており、やっとのことで急ぐ足を緩めた。
「……」
暫くしても付いてきている気配はなく、ホッと胸を撫で下ろし、呼吸を整える。
「アイツら、ずっと付き纏ってくるつもりかよ……」
オレは頭を悩ませた。
あの二人に目をつけられた以上、心が休まる日なんてきっと来ない。
どうしたものかと悶々と考えあぐねていると、前方不注意で目の前に立つ人物に気づかず、ぶつかってしまう。
「ぅわッ!」
「ってぇのう……どこに目付けとんのじゃ、チビ」
その低く冷たい声のする方に目を向けると、明らかにカタギの人間ではない男が、目の前に立っていた。
「……ッ」
「あれっ?……この制服に髪と見た目……アニキ、コイツが多分例のガキっすよ」
アニキと呼ばれた男は、後ろに立つ下っ端のような男の言葉に反応し、再びこちらを見てニヤリと笑う。
「アンタか、ウチのモンにお灸据えたんは。おぼこい顔してようやるのぉ」
「な、なに……」
いったい誰の話をしているのか。明らかに勘違いしている二人に戸惑い、うろたえていると、聞いたことのある名前が飛んでくる。
「アンタんとこの先輩にアキラっておったろ。ソイツに頼まれたんだよ、戸祭ってガキ懲らしめろって」
その名前の人物は、確かに三年の先輩にいた一人で、昨日の生配信の時に動画を撮っていた人だった。
「オレは……何も……」
先輩は噂ではヤのつく人達との交流があると、同級生の間で囁かれていた。
あぁ、そっか。彼らが今日何もしてこなかったのは、オレをこの人たちに売ったからだったんだと、なぜかこの危機の中で冷静に頭が冴えた。
「まぁとりあえず車来てもらおうか、な?」
道路の脇にはスモークガラスが全面に貼られたバンが停まっていた。
これに乗ってしまえば、きっとただでは済まないだろう。
自分のことを他人のように感じられるほど、俯瞰に見るこの光景は、あまりに滑稽だった。
とても短い平穏が、幕を閉じる——。
「~~~ッッ」
車に乗せられた途端、後ろから目隠しをされ、両手足を縛られ、布のようなもので口を塞がれた。
そして車は走り出し、どこか知らない場所へと連れ去られる。
目と口と自由を奪われ、研ぎ澄まされた嗅覚が周囲の様子を感じ取る。
タバコの匂いに油汗が混ざったツンとした体臭、キツい香水の匂い。
他にも、普段関わることのない嫌な臭いが車内に漂う。
何もできない、見えないこの緊迫感に心臓が跳ね上がった。
「なんだあ?アキラはこんなモヤシにやられたんか?」
車が停止すると、カモメのような鳴き声が外から聞こえた。
どうやらどこかの港に着いたらしい。
「さあなぁ、でも痛い目を見せてくれって泣いてせがむからそうなんじゃねえの?」
先程の男とは別の声が聞こえる。
後部シートは取り外されており、床に抑えつけられているオレは暗闇の中で自分の不幸を呪った。
「そういえばコイツ、女装して中年オヤジのマラしゃぶったりしてたらしいぞ?」
「うっは、そんなら俺たちのもしゃぶらせるか。この顔なら男でも最後までイケるな」
「そうッスね、薬漬けにしてその手のコアな客に売り飛ばす前に、俺たちで味見しときましょう」
下衆な笑い声が交錯し、男のズボンのベルトがガチャガチャと乱雑に外される音が響く。
「おい、コイツの口の布外せ」
かさついた男の手が、オレの口を覆う布を取り外す。
そして乱暴に髪を掴まれ、強引に引かれる。
「ウッ!」
目隠しはされていても、今目の前にあるものはすぐに理解できた。
強烈な悪臭が鼻につき、吐き気を催す。
「だ、誰か……」
「叫んでも無駄だぞ?ここはだーれも来やしない特別な……」
アニキと呼ばれた男が言いかけた言葉を遮るように、車外からコンコンと窓を叩く音が聞こえる。
「クソッ、なんだ?サツか?でもここが見つかるなんて……」
「どれ……ん?ははっ、ただのガキが二人いるだけッスよ。シメときますか」
「あぁ……。いや、待て。その顔、どこかで……」
「ま、待て!この二人、お偉いさんとこの……!」
声を荒げて運転席の男に発車させるよう指示を出すが、一歩遅く外から蹴り上げられた鈍い音が響く。
『おい開けろー。白川組んとこの若衆風情が俺たちを敵に回すつもりかー?』
「や、やべぇバレてるっスよ!ここは穏便に済ませたほうが……」
「チッ、いいとこだったのによぉ……お前降りて話聞いてこいや」
「あ……ウス」
ドアロックの鍵を解錠した音と共に、勢いよくスライドドアが開かれる。
「おい、俺たちのモンに手出してんじゃねぇよ。親父に言いつけてお前らの飲食店全部しょっぴかせるぞ」
「そうだよー。全面的にバックアップしてやってるのに、逃げようなんていい度胸してるよね」
「そ、そんな……!逃げようなんて滅相も……今日は一体何の御用ですかね……?」
若衆の一人がゴマをするようにご機嫌をうかがう声音で話す。
すると外に立っていた人物がバンに乗り込んできた。
「だからそこに転がってる俺らのモンに手出すなつってんだろ。殺すぞ」
「へっ……え!?そ、そうだったんスか!?アニキ、そいつ手出したらマズイっスよ……」
「まさか、昨日アキラ達がボコられたのは……」
「そういうことだから、返してもらうね」
一人が拘束されたオレの身体を持ち上げ、バンから降りた。
もう一人は、また妙な真似をしたら次はないと釘を刺し、スライドドアを強引に閉める。
大の大人がすみませんでしたと大きな声で叫ぶと同時に、車はすぐに走り去った。
「はな、せっ!」
横抱きに抱えられた状態で、声だけで二人の正体が分かったオレは、縛られた手足を身じろぎさせる。
助かった、なんて思いたくはない。
どっちにしたって、地獄には変わりはないのだから。
また乱暴にされるかと思い、目隠しの下で目を瞑り覚悟を決めていたら、そのまま丁寧に降ろされた。
「……?」
縛られた手足のロープを解かれ、目隠しを外されると、太陽の光に目が眩む。
「っ、なん……」
「マツリちゃん、大丈夫?酷い目に遭ってない?」
背の高い市井が沈みかけた陽の光を遮り、心配そうに覗き込む。
その自然な振る舞いに、オレも思わず首を縦に振る。
「お前んとこの三年に、今後手出したら全員タダで済むと思うなって忠告しといたんだがな。詰めが甘かった」
俺たちも舐められたモンだと、溜息を吐き、眉間にしわを寄せる千紘。
オレはこの二人の言っている意味が分からなかった。
「なんで……」
さっきの事といい、どうしてこの二人はこんなにもオレに執着してくるのだろうか。
そんな疑問を抱くと、心を見透かしたように市井がオレの頭を撫でる。
「そんなの決まってるじゃん。じゃあ俺たち、まだすることあるから、気を付けて帰ってね」
また許可もなく市井が勝手に頬にキスをしてくる。
千紘は横目でそれを見て鼻を鳴らし、ポケットから壱万円札を三枚取り出した。
「ここから少し真っ直ぐ行けば大通りに出る。タクシー拾ってこれで帰れ。寄り道はするな。分かったな?」
「ちょっと心配だけど、大丈夫だよね?ばいばい、マツリちゃん」
二人はそう言うと、ポカンと立ち尽くしたオレに無理やり三万円を握らせ、どこかに行ってしまった。
昨日とはまるで別人のような態度に、オレはどうしようもなく居心地の悪さを感じる。
「なんなんだよ、アイツら……ってか、こんな大金!?」
数十秒とその場に棒立ちになっていたオレは、やっと我に返り、クシャリと握り締めた三枚の壱万円札に驚愕する。
しかし辺りを見ても、自分の知った土地ではなかったため、不可抗力ではあるが千紘の言葉に従い大通りに向かう。
タクシーを拾い、住んでいる土地を告げると、運転手は「そんな遠いところまで」と驚く。
どうやら隣町まで連れてこられてしまい、家に着くのに一時間以上かかった。
オレは大変な貸しを作ってしまったのではないかと不安を覚えつつも、あの二人の行動に理解が苦しかった。
後ろを振り返ると、二人の姿は見えなくなっており、やっとのことで急ぐ足を緩めた。
「……」
暫くしても付いてきている気配はなく、ホッと胸を撫で下ろし、呼吸を整える。
「アイツら、ずっと付き纏ってくるつもりかよ……」
オレは頭を悩ませた。
あの二人に目をつけられた以上、心が休まる日なんてきっと来ない。
どうしたものかと悶々と考えあぐねていると、前方不注意で目の前に立つ人物に気づかず、ぶつかってしまう。
「ぅわッ!」
「ってぇのう……どこに目付けとんのじゃ、チビ」
その低く冷たい声のする方に目を向けると、明らかにカタギの人間ではない男が、目の前に立っていた。
「……ッ」
「あれっ?……この制服に髪と見た目……アニキ、コイツが多分例のガキっすよ」
アニキと呼ばれた男は、後ろに立つ下っ端のような男の言葉に反応し、再びこちらを見てニヤリと笑う。
「アンタか、ウチのモンにお灸据えたんは。おぼこい顔してようやるのぉ」
「な、なに……」
いったい誰の話をしているのか。明らかに勘違いしている二人に戸惑い、うろたえていると、聞いたことのある名前が飛んでくる。
「アンタんとこの先輩にアキラっておったろ。ソイツに頼まれたんだよ、戸祭ってガキ懲らしめろって」
その名前の人物は、確かに三年の先輩にいた一人で、昨日の生配信の時に動画を撮っていた人だった。
「オレは……何も……」
先輩は噂ではヤのつく人達との交流があると、同級生の間で囁かれていた。
あぁ、そっか。彼らが今日何もしてこなかったのは、オレをこの人たちに売ったからだったんだと、なぜかこの危機の中で冷静に頭が冴えた。
「まぁとりあえず車来てもらおうか、な?」
道路の脇にはスモークガラスが全面に貼られたバンが停まっていた。
これに乗ってしまえば、きっとただでは済まないだろう。
自分のことを他人のように感じられるほど、俯瞰に見るこの光景は、あまりに滑稽だった。
とても短い平穏が、幕を閉じる——。
「~~~ッッ」
車に乗せられた途端、後ろから目隠しをされ、両手足を縛られ、布のようなもので口を塞がれた。
そして車は走り出し、どこか知らない場所へと連れ去られる。
目と口と自由を奪われ、研ぎ澄まされた嗅覚が周囲の様子を感じ取る。
タバコの匂いに油汗が混ざったツンとした体臭、キツい香水の匂い。
他にも、普段関わることのない嫌な臭いが車内に漂う。
何もできない、見えないこの緊迫感に心臓が跳ね上がった。
「なんだあ?アキラはこんなモヤシにやられたんか?」
車が停止すると、カモメのような鳴き声が外から聞こえた。
どうやらどこかの港に着いたらしい。
「さあなぁ、でも痛い目を見せてくれって泣いてせがむからそうなんじゃねえの?」
先程の男とは別の声が聞こえる。
後部シートは取り外されており、床に抑えつけられているオレは暗闇の中で自分の不幸を呪った。
「そういえばコイツ、女装して中年オヤジのマラしゃぶったりしてたらしいぞ?」
「うっは、そんなら俺たちのもしゃぶらせるか。この顔なら男でも最後までイケるな」
「そうッスね、薬漬けにしてその手のコアな客に売り飛ばす前に、俺たちで味見しときましょう」
下衆な笑い声が交錯し、男のズボンのベルトがガチャガチャと乱雑に外される音が響く。
「おい、コイツの口の布外せ」
かさついた男の手が、オレの口を覆う布を取り外す。
そして乱暴に髪を掴まれ、強引に引かれる。
「ウッ!」
目隠しはされていても、今目の前にあるものはすぐに理解できた。
強烈な悪臭が鼻につき、吐き気を催す。
「だ、誰か……」
「叫んでも無駄だぞ?ここはだーれも来やしない特別な……」
アニキと呼ばれた男が言いかけた言葉を遮るように、車外からコンコンと窓を叩く音が聞こえる。
「クソッ、なんだ?サツか?でもここが見つかるなんて……」
「どれ……ん?ははっ、ただのガキが二人いるだけッスよ。シメときますか」
「あぁ……。いや、待て。その顔、どこかで……」
「ま、待て!この二人、お偉いさんとこの……!」
声を荒げて運転席の男に発車させるよう指示を出すが、一歩遅く外から蹴り上げられた鈍い音が響く。
『おい開けろー。白川組んとこの若衆風情が俺たちを敵に回すつもりかー?』
「や、やべぇバレてるっスよ!ここは穏便に済ませたほうが……」
「チッ、いいとこだったのによぉ……お前降りて話聞いてこいや」
「あ……ウス」
ドアロックの鍵を解錠した音と共に、勢いよくスライドドアが開かれる。
「おい、俺たちのモンに手出してんじゃねぇよ。親父に言いつけてお前らの飲食店全部しょっぴかせるぞ」
「そうだよー。全面的にバックアップしてやってるのに、逃げようなんていい度胸してるよね」
「そ、そんな……!逃げようなんて滅相も……今日は一体何の御用ですかね……?」
若衆の一人がゴマをするようにご機嫌をうかがう声音で話す。
すると外に立っていた人物がバンに乗り込んできた。
「だからそこに転がってる俺らのモンに手出すなつってんだろ。殺すぞ」
「へっ……え!?そ、そうだったんスか!?アニキ、そいつ手出したらマズイっスよ……」
「まさか、昨日アキラ達がボコられたのは……」
「そういうことだから、返してもらうね」
一人が拘束されたオレの身体を持ち上げ、バンから降りた。
もう一人は、また妙な真似をしたら次はないと釘を刺し、スライドドアを強引に閉める。
大の大人がすみませんでしたと大きな声で叫ぶと同時に、車はすぐに走り去った。
「はな、せっ!」
横抱きに抱えられた状態で、声だけで二人の正体が分かったオレは、縛られた手足を身じろぎさせる。
助かった、なんて思いたくはない。
どっちにしたって、地獄には変わりはないのだから。
また乱暴にされるかと思い、目隠しの下で目を瞑り覚悟を決めていたら、そのまま丁寧に降ろされた。
「……?」
縛られた手足のロープを解かれ、目隠しを外されると、太陽の光に目が眩む。
「っ、なん……」
「マツリちゃん、大丈夫?酷い目に遭ってない?」
背の高い市井が沈みかけた陽の光を遮り、心配そうに覗き込む。
その自然な振る舞いに、オレも思わず首を縦に振る。
「お前んとこの三年に、今後手出したら全員タダで済むと思うなって忠告しといたんだがな。詰めが甘かった」
俺たちも舐められたモンだと、溜息を吐き、眉間にしわを寄せる千紘。
オレはこの二人の言っている意味が分からなかった。
「なんで……」
さっきの事といい、どうしてこの二人はこんなにもオレに執着してくるのだろうか。
そんな疑問を抱くと、心を見透かしたように市井がオレの頭を撫でる。
「そんなの決まってるじゃん。じゃあ俺たち、まだすることあるから、気を付けて帰ってね」
また許可もなく市井が勝手に頬にキスをしてくる。
千紘は横目でそれを見て鼻を鳴らし、ポケットから壱万円札を三枚取り出した。
「ここから少し真っ直ぐ行けば大通りに出る。タクシー拾ってこれで帰れ。寄り道はするな。分かったな?」
「ちょっと心配だけど、大丈夫だよね?ばいばい、マツリちゃん」
二人はそう言うと、ポカンと立ち尽くしたオレに無理やり三万円を握らせ、どこかに行ってしまった。
昨日とはまるで別人のような態度に、オレはどうしようもなく居心地の悪さを感じる。
「なんなんだよ、アイツら……ってか、こんな大金!?」
数十秒とその場に棒立ちになっていたオレは、やっと我に返り、クシャリと握り締めた三枚の壱万円札に驚愕する。
しかし辺りを見ても、自分の知った土地ではなかったため、不可抗力ではあるが千紘の言葉に従い大通りに向かう。
タクシーを拾い、住んでいる土地を告げると、運転手は「そんな遠いところまで」と驚く。
どうやら隣町まで連れてこられてしまい、家に着くのに一時間以上かかった。
オレは大変な貸しを作ってしまったのではないかと不安を覚えつつも、あの二人の行動に理解が苦しかった。
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