つよくてもろい君たちへ

そうな

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第一部

お風呂(3)

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side:英人

 半透明の磨りガラスになった浴室の扉。そこへ向かうとシャワーの音がする。
 外からシャワーの音を聞く機会というのはあまりないものだが、心なしか大きいなぁとおもった。それだけ雨に濡れたときに寒かったということだろうかと思ってちらりと磨りガラスに目をやった。
 やはりボトルを落としたとかかな、と思って一度戻ろうとしたところでその違和感に目を戻した。

「…おい、どうした?」

 扉越しの声はシャワーの音に負けているのか返事はない。アキの体が前かがみになっているように見える。
 もしかしたら、中で気分が悪くなってる…?ゾッとして扉に手をかけた。
 
 シャワー中の体を見られるというのはこの歳だと同性でも少し気恥ずかしいものだが、この際そんなこと言ってられないだろう。心の中でアキに謝罪と弁明をしながらゆっくりと開けると、シャワーのしぶきが足元にかかる。
「うわっ冷た」
 思わずこぼれた言葉に我ながら驚く。
 え?冷たい?

 パッと目をやるとアキは俺に気づいていないように見える。だが意識はあるようでシャワーのノズルへと手を伸ばしている。端から見ればただの入浴なのに、その膝丈にあるシャワーのコックへと視線を動かすと、それはやはり冷水に温度がセットされていてサッと血の気が引いた。

 冷水を頭からかぶってる?

 この勢いでずっと?

 思わず固まっていると、アキはおもむろに手をシャワーコックへと伸ばした。さらにシャワーの勢いを強めようとするアキの手を慌てて捕まえた。
「バカ!何やってんだ」
 濡れることなどかまっていられない。シャワーの勢いを弱めてアキの手からシャワーを奪う。アキの目はなにも写していないように見えた。
 
 唇が紫色だ。
 もし、自分が気づかなかったらあとどれだけの時間こうしていたのだろうかと思って肝が冷える。シャワーをお湯に戻して、アキの体にかけてやる。するとそのあたたかさに少しずつ体から力が抜けていくのが見て取れた。


「まだ…およぐ」

 ようやく開かれた口から小さな声が漏れ出た。
「およぎたい…」
 今度は顔を歪めた。水滴のせいでの勘違いでなければアキは泣いていた。ボロボロと子供のように。
「どこを泳ぐの?」
「およぐ…」
「泳ぐのが好き?」
 なるたけ優しい声でそう尋ねる。
「空が見える…」
「へぇ、何色の空?」
「あおくて、きらきら」
「いいねぇ、キラキラか」
「おにいちゃん、みたい」
 最後の言葉は小さく響いた。それから、また体に力が入る。ああ、やはり今の彼はかなり不安定だ。
 それきりなにも言わなくなったアキに、無理にこちらも話しかけずにゆっくりとお湯をかけてやる。
 触れた時は人間と思えないくらいに冷たかった体が、数分かけてゆっくりと温度を取り戻す。
 体を拭いて着替えを手渡してやると、アキは静かに着替え始めた。
  従順になったアキを盗み見しながら、俺はどうしたものかと考えあぐねていた。
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