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似合うドレス
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「まずはロッカーに向かいましょう」
「はい!」
早見さんに連れられ、私達は店内を突き進む。
カウンターを通り過ぎて右側に進むと、まず飛び込んできたのは純白のウェディングドレス。
ラックに飾られ、照明に照らされたドレスはキラキラしていて、言葉に出来ない感動で胸がいっぱいになる。
ずっと憧れて止まない空間に、思わず感嘆の吐息が漏れる。
「この場にいるのが夢みたいです」
「その感動を、私達も花嫁さんに届けてあげようね」
「……はい」
ハレの日と呼ばれる特別な時にしか訪れる事のない贅沢な空間。
名残惜しくもロッカールームに向かう。
『スタッフルーム』と書かれた金のプレートが付いたドアをくぐる。
その先は幾つかの部屋に分かれていて、手前のモスグリーンのドアは男性従業員用の更衣室らしい。
「斜め向かいの黒いドアは事務所。出勤の手続きは着替え終わってからするように。
タイムカードを押したら、今日一日の来店予約を確認しましょう」
事務所にある青いファイルを開くと、一年後までのスケジュール表が用意されていた。
今日の予定を確認していたら、早見さんからじーっと視線が注がれる。
「普段、ネイルはする?」
「いえ。爪に栄養を与えるオイルは塗りますが、ネイルはあまりしません」
「それは良かった。長さもそれくらいなら問題ないけど、それ以上長い時は事務所で切ってね」
早見さんはファイルが置かれている棚の下、引き出しから爪切りを取り出す。
「ドレスを傷付けない為ですか?」
「正解! 繊細なレースやビーズの刺繍だけでなく、生地によっては傷みやすいものもあるから」
何かをメモしている時など、ボールペンのインクがドレスに付かないように注意すること。
早速メモ帳の一行目に注意点として記入する。
「除光液も用意してあるけど、うちは匂いに敏感な人が多いからなぁ。出勤時はネイル無しの方がいいかな」
「分かりました」
ん? とは思ったけど、あえてツッコむような事でも無いか。
「先に言っておきます。貸衣装店は繁忙期じゃなくても、土日は戦場と化します」
どうやら本気で言っているらしい。
言葉の意味はよく分からなかったけど、神妙な顔付きで頷いておいた。
「忙しくて手が回らない時は、最初の対応をお願いするかもしれないので」
カウンターの下にはオレンジ色のバインダーと、筆記用具を入れたケースがある。
「まず、この用紙に記入して貰います」
用紙にはお名前や住所の他、身長や足のサイズ、現在妊娠しているか否かに丸を付ける欄があった。
一つだけ分からない欄があり、私は首を傾げる。
「担当の者を呼んで参ります。こちらでお待ち頂けますか? ……って、伝えてくれればいいから」
いろいろ手順があるのかと思ったけど、それくらいなら私でも出来そうだ。
早見さんがゆっくり喋ってくれるので、聞き取りやすいのもある。
「衣装が置いてあるスペースは飲食禁止。水分補給はこちらのロビーでお願いします、ってのも必ず伝えてね!」
「分かりました」
忘れない内にメモして、小声で何度か復唱する。
「十時半……そろそろかな?」
早見さんの言葉の直後、一組のカップルの姿が見えた。
黒髪の穏やかそうな男性と、同じく黒髪をゆるく巻いた大人しそうな女性。
控えめながら、遠目にも幸せそうな空気感が伝わってくる。早見さんは柔らかな笑顔で迎え入れた。
「ご結婚、おめでとうございます」
早見さんに倣って慌てて私も頭を下げる。ゆっくり顔を上げると、おニ人のはにかむような照れ笑いがあった。
ほんわかして初々しい。
甘い綿菓子のような空気にあてられ、ガチガチに緊張していた私も少し落ち着いてくる。
「新郎の木守様と、新婦八百坂様ですね。試着に入る前に、こちらの用紙にご記入頂けますか?」
◆◆◆
「着てみたいドレスのイメージはございますか?」
新郎は店長が担当するらしく、早見さんはウェディングドレスのエリアへご案内する。
「着てみたいドレス、ですか?」
新婦の八百坂様は困ったようにドレスを見つめる。無理もない。
沢山種類があり過ぎて、何をどう選んだら良いのか分からないのだ。
「目に付いた物から試着される方もいますし、とりあえず新作を着たいという方もいらっしゃいます。
あとはドレスの形、装飾の華やかさで選ばれる方も多いですね」
「ドレスの形?」
どうもドレスは新作エリアの他、大まかな形で場所を分けているらしい。
早見さんは何着かドレスを選び、私も渡されたドレスを見やすい位置に掛けていく。
「まずはAライン。文字どおり、アルファベットのAの形をしています。ウエストの位置が高いので、足が長く見えるのが特徴です」
上半身はスッキリと見せて、ウエストから裾にかけて徐々に広がるデザインのもの。
シンプルながら、上品でクラシカルなデザインが多い。
「八百坂様は小柄でいらっしゃいますので、背を高く見せるAラインのドレスはお似合いになると思います。
ドレスのボリューム感をアップするパニエや、後ろに付いている長い裾のトレーンでも印象がガラッと変わりますよ」
私もある程度の知識はある。
それを分かりやすく説明出来るかは、また別の話。
「二番目のドレスはプリンセスライン。Aラインに比べて、ウエストからスカート部分にかけて膨らみがあります」
「ああ、確かに! こちらの方がふんわりしていますね」
「はい。こちらは、日本人の体型に合うドレスと言われております。王道の華やかなデザインや可愛らしいものが多く、人気のドレスですよ」
八百坂様はドレスの違いを真剣に聞き入り、私も説明の仕方を必死に頭に叩き込む。
「はい!」
早見さんに連れられ、私達は店内を突き進む。
カウンターを通り過ぎて右側に進むと、まず飛び込んできたのは純白のウェディングドレス。
ラックに飾られ、照明に照らされたドレスはキラキラしていて、言葉に出来ない感動で胸がいっぱいになる。
ずっと憧れて止まない空間に、思わず感嘆の吐息が漏れる。
「この場にいるのが夢みたいです」
「その感動を、私達も花嫁さんに届けてあげようね」
「……はい」
ハレの日と呼ばれる特別な時にしか訪れる事のない贅沢な空間。
名残惜しくもロッカールームに向かう。
『スタッフルーム』と書かれた金のプレートが付いたドアをくぐる。
その先は幾つかの部屋に分かれていて、手前のモスグリーンのドアは男性従業員用の更衣室らしい。
「斜め向かいの黒いドアは事務所。出勤の手続きは着替え終わってからするように。
タイムカードを押したら、今日一日の来店予約を確認しましょう」
事務所にある青いファイルを開くと、一年後までのスケジュール表が用意されていた。
今日の予定を確認していたら、早見さんからじーっと視線が注がれる。
「普段、ネイルはする?」
「いえ。爪に栄養を与えるオイルは塗りますが、ネイルはあまりしません」
「それは良かった。長さもそれくらいなら問題ないけど、それ以上長い時は事務所で切ってね」
早見さんはファイルが置かれている棚の下、引き出しから爪切りを取り出す。
「ドレスを傷付けない為ですか?」
「正解! 繊細なレースやビーズの刺繍だけでなく、生地によっては傷みやすいものもあるから」
何かをメモしている時など、ボールペンのインクがドレスに付かないように注意すること。
早速メモ帳の一行目に注意点として記入する。
「除光液も用意してあるけど、うちは匂いに敏感な人が多いからなぁ。出勤時はネイル無しの方がいいかな」
「分かりました」
ん? とは思ったけど、あえてツッコむような事でも無いか。
「先に言っておきます。貸衣装店は繁忙期じゃなくても、土日は戦場と化します」
どうやら本気で言っているらしい。
言葉の意味はよく分からなかったけど、神妙な顔付きで頷いておいた。
「忙しくて手が回らない時は、最初の対応をお願いするかもしれないので」
カウンターの下にはオレンジ色のバインダーと、筆記用具を入れたケースがある。
「まず、この用紙に記入して貰います」
用紙にはお名前や住所の他、身長や足のサイズ、現在妊娠しているか否かに丸を付ける欄があった。
一つだけ分からない欄があり、私は首を傾げる。
「担当の者を呼んで参ります。こちらでお待ち頂けますか? ……って、伝えてくれればいいから」
いろいろ手順があるのかと思ったけど、それくらいなら私でも出来そうだ。
早見さんがゆっくり喋ってくれるので、聞き取りやすいのもある。
「衣装が置いてあるスペースは飲食禁止。水分補給はこちらのロビーでお願いします、ってのも必ず伝えてね!」
「分かりました」
忘れない内にメモして、小声で何度か復唱する。
「十時半……そろそろかな?」
早見さんの言葉の直後、一組のカップルの姿が見えた。
黒髪の穏やかそうな男性と、同じく黒髪をゆるく巻いた大人しそうな女性。
控えめながら、遠目にも幸せそうな空気感が伝わってくる。早見さんは柔らかな笑顔で迎え入れた。
「ご結婚、おめでとうございます」
早見さんに倣って慌てて私も頭を下げる。ゆっくり顔を上げると、おニ人のはにかむような照れ笑いがあった。
ほんわかして初々しい。
甘い綿菓子のような空気にあてられ、ガチガチに緊張していた私も少し落ち着いてくる。
「新郎の木守様と、新婦八百坂様ですね。試着に入る前に、こちらの用紙にご記入頂けますか?」
◆◆◆
「着てみたいドレスのイメージはございますか?」
新郎は店長が担当するらしく、早見さんはウェディングドレスのエリアへご案内する。
「着てみたいドレス、ですか?」
新婦の八百坂様は困ったようにドレスを見つめる。無理もない。
沢山種類があり過ぎて、何をどう選んだら良いのか分からないのだ。
「目に付いた物から試着される方もいますし、とりあえず新作を着たいという方もいらっしゃいます。
あとはドレスの形、装飾の華やかさで選ばれる方も多いですね」
「ドレスの形?」
どうもドレスは新作エリアの他、大まかな形で場所を分けているらしい。
早見さんは何着かドレスを選び、私も渡されたドレスを見やすい位置に掛けていく。
「まずはAライン。文字どおり、アルファベットのAの形をしています。ウエストの位置が高いので、足が長く見えるのが特徴です」
上半身はスッキリと見せて、ウエストから裾にかけて徐々に広がるデザインのもの。
シンプルながら、上品でクラシカルなデザインが多い。
「八百坂様は小柄でいらっしゃいますので、背を高く見せるAラインのドレスはお似合いになると思います。
ドレスのボリューム感をアップするパニエや、後ろに付いている長い裾のトレーンでも印象がガラッと変わりますよ」
私もある程度の知識はある。
それを分かりやすく説明出来るかは、また別の話。
「二番目のドレスはプリンセスライン。Aラインに比べて、ウエストからスカート部分にかけて膨らみがあります」
「ああ、確かに! こちらの方がふんわりしていますね」
「はい。こちらは、日本人の体型に合うドレスと言われております。王道の華やかなデザインや可愛らしいものが多く、人気のドレスですよ」
八百坂様はドレスの違いを真剣に聞き入り、私も説明の仕方を必死に頭に叩き込む。
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