就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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彼らの正体

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「なっ…!?」

 全員分の飲み物を購入し、武ノ内さんと事務所に戻る。そこで見た光景に絶句した。

「く、蜘蛛クモ!」

 あまりに驚き過ぎて語彙力ごいりょくが吹っ飛んでしまった。パニックになりながら指をさす。

「何か忘れてると思ったらクッキーか! 持ってきてくれたんだ。ありがとう!!」

 小さな蜘蛛が数体集まり、可愛くラッピングされた小袋を背に乗せて運ぶ。
 早見さんは満面の笑みでクッキーを受け取った。いそいそ小袋を開くと、室内に紅茶の茶葉の良い香りが広がる。

「店長もどうぞ! ここのクッキー、風味豊かで美味しいんですよ」
「ありがとう。じゃあ一枚頂こうかな」

 店長も平然とそれを受け取り、普通に食べた。クッキーのサクッとした音が響き、緑茶とは違う華やかな香りにうっとりする。
 …って違う! ほのぼのしている場合じゃない!

 クッキーが気に入ったのか、二つに分かれた三毛猫の尻尾しっぽが立ち上がり、左右にぷるぷると小刻みに揺れた。
 店長の頭上にはふさふさの猫耳まで付いていて、人間の耳は見当たらない。
 やけにリアルな毛質で、時折人の声に反応してピクッと動く。まるで本物の猫耳みたい。

「ああ、ご苦労様。二人で持ってきたら重くないでしょ?」
「じゃなくて、それ」

 どうして猫耳と尻尾があるの?
 そう聞きたいのに、いざ本人に尋ねるとなると気まずい。

「飲み物買うだけでどんだけ時間かかってるんですかぁ? 本当にとろいな」
「あ~! 新人イビリはこの茉夏さんが許しませんよ」
「はぁ? 何を……んむっ!?」

 ここに芸術家がいたらインスピレーションが閃くに違いない、気だるげな美少年フェイス。
 そんな倉地さんの口を塞ぐように、早見さんは問答無用でクッキーを押し込んだ。

「ごほっ、ごほっ……いきなり押し込む奴がいるか! 口ん中の水分持っていかれる。おいっ! ボサッとすんじゃねぇ!!」
「あっ、はい!」

 苦しげにむせる倉地さんに緑茶を差し出す。素早くそれを開封するとゴクゴク飲み干す。
 口元を手の甲で拭う動作は少年っぽいんだな、としみじみ眺めてしまった。

「仲良くしろとは言いませんけど、新人イビリは駄目ですよ。怖がって辞めちゃったらどうするんですか!」
「ビビるとしたらあんたの有無を言わさないところと、蜘蛛の方だろ」

 倉地さんはジト目で早見さんを睨む。
 事情はよく分からないけど、倉地さんもこの異様な状況に疑問を持っていないらしい。

 最後のとりでとばかりにふるふる震えながら武ノ内さんを見上げる。
 武ノ内さんは瞬時に顔を逸らし、頑なに目を合わせない時点で淡い期待は脆くも崩れ去った。

「一体何なんですか!?」

 私の絶叫に和やかな事務所内が静まり返る。

「どうして叔父さんに猫耳と尻尾があるの!? この蜘蛛は何です? そもそも、どうして誰もツッコまないんですか!?」

 矢継ぎ早に疑問をぶつけ、荒い呼吸を繰り返す。
 公私混同しないように「店長」と呼ぶように言われていたのに。早速言いつけを破ってしまった。

「……えっ!?」

 そこからの流れはコントを見ているようだった。

 数秒の間を置き、驚いて椅子から立ち上がる早見さん。辛辣な倉地さんでさえ、間の抜けた顔でぽかーんとしていた。
 ニ人はまず私を見て、次に店長、再び私の順に顔を向ける。最後に驚愕の声が『えっ!?』と綺麗にハモる。

 一人落ち着いている店長は従業員達を愉快そうに眺め、涼しげな微笑を浮かべた。

「ようこそ、あやかし・・・・専門の衣装店へ」

 ニコッと微笑む胡散臭い笑顔に、私の体から血の気が引いていく。

「ててて、店長! 何を考えているんですか!?」
「早い内に知れて良かったんじゃない?」
「正気ですか!? この人でなし……じゃなかった。この猫でなし!!」

 早見さんはあわあわと店長を責めた後、沈痛な表情で私を見る。

「おっさんって身内相手でもそんな感じなんだな」
「さすがに笑えない」

 倉地さんは呆れ、武ノ内さんは渋い表情で眉間を揉む。

 こんな状況だと言うのに。店長は普通に水のペットボトルを飲み始める。自由過ぎる振る舞いに沸々と怒りが沸き上がってきた。
 つかつかと店長の元に近寄ると水のペットボトルを取り上げる。

「ちゃんと説明して! 叔父さんは化け猫なの!?」
「僕は猫又。見てのとおり、あやかしだよ。疲れたりストレスが溜まると、僕達は人の姿を保っていられなくなる」

 何となく聞いた事ある。長く生きた猫が妖怪になったんだっけ。

「お母さんは知ってるの?」
「知ってるよ。祐一さんが知ってるのかは知らないけど」

 祐一さんと言うのは私の父親の事である。
 立ち尽くす私からヒョイっとペットボトルを取り上げ、そっと蓋を閉めた。

「姉さんが黙っていたのは君達家族の問題で、僕がわざわざ言う事でも無いでしょ」

 どうして怒ってるの? とでも言いたげな表情にイラッとする。

「あああっ、俺は河童です! 黙っていてごめんね?」

 店長と違って至極申し訳無さそうに謝る武ノ内さん。
 失礼ながら武ノ内さんの頭頂部を凝視するも、どこもハゲていない。年相応のふさふさとした青年の髪である。

「あやかしって言っても人間社会で暮らしているわけだから。さすがにこの年でハゲないよ」

 苦笑いをする武ノ内さんにあたるのも違う気がして、私は無言で早見さんを見つめた。
 彼女はこの室内で誰よりも顔色が悪く、追い詰められているように見える。

「……私は土蜘蛛の一族です」
「土蜘蛛?」

 猫又や河童は何となく聞いた覚えがあるけど、土蜘蛛は初めて聞いた。
 訝しげに首を傾げると、早見さんは怯えたように後ずさる。

「蜘蛛のあやかしです……ああっ、でも! 私は変化しません。人間のままです。食べ物だって普通の人間と同じですし」
「さっきの蜘蛛は?」
「私は一族の中でも血が濃くて、いわゆる女王蜂やアリのように、蜘蛛達が私に尽くしてくれるんです」

 意思の疎通が図れるのは勿論のこと。
 どうしたら早見さんが快適に過ごせるか、蜘蛛が考えて自主的に動くのだとか。

 最後に残った美少年に視線を向けると、素っ気ない声で「ノーコメント」と返ってきた。
 この場で説明する気は無いようだけど、その反応は人外の者だと認めたも同然。

「つまり、人間は私だけって事?」
「そうなるねぇ」

 店長の呑気のんきな呟きに、私の中でプツンッと何かが切れる音がした。

「身内が困ってる姿を見て楽しむんじゃない! このド変態眼鏡っ!!」

 ブライダルのお店には無縁の、私の怒声が響き渡る。
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