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井の中の蛙
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毎週火曜日はお店の定休日。
お母さんにも話を聞きたかったのに、私が起きる前にパートに出かけてしまった。
「休日って言っても何もすることがない」
友人達は大学に通っていて夕方以降じゃないと会えない。
彼氏もいない。
特にこれと言った趣味もなく、私はせっかくの休日を持て余している。
あの後、日曜・月曜と連勤が続き。
私もどう接したらいいか分からず、他の従業員もどう声をかけたらいいか分からない状態。
互いに当たり障りのない話をするに留まり、私に余裕が無いこともあり、いつも以上に疲れた。
「疲れたのはお互い様だけど」
こんがり焼けた食パンにバターを塗る。
熱々のパンの上ですっとバターが溶けていき、じわっと染み込む瞬間がたまらない。
いつもなら苺ジャムに手を伸ばすところだけど、今日は趣向を変えてみようかな。
キッチンから蜂蜜を取ってきて、それを食パンに塗っていく。たっぷり塗ると甘ったるくなるから、大さじ一杯未満で充分。
最後に少量の塩を摘んで振りかける。
今は家に一人だから。恥ずかしげもなくかぶりつくと、染み込んだバターと蜂蜜が口の中で合わさる。
「甘じょっぱくて美味し~!」
ホットケーキにかけても美味しいのだからパンでも美味しいはず。
以前、気まぐれに試したところ結構ハマった。
バターの塩味と蜂蜜の優しい甘さがマッチして、苺ジャムの酸味とはまた違った美味しさが広がる。
カロリーが気になるから頻繁にはやらないけど。たまに自分を甘やかす時に食べる。
もぐもぐと咀嚼を終え、私は物憂げに思い耽る。
「さすがにこのままはマズいよね。久々に行ってみようかな」
繁忙期に入ったら休日は寝て過ごす事になるかもしれない。どうせ暇なんだし、今の内に行っておいた方がいいだろう。
とりあえず、今日の過ごし方が決まった。
◆◆◆
思ったより沢山あるんだ。
言っても数冊程度だろう、と私は完全に高をくくっていた。
下調べもしないで訪れたので、検索でヒットした本を片っ端から持って来たら、テーブルの上に大量の本が積み上がる。
いろいろ考えた末に、私が彼らに対して畏怖の念を抱くのは『彼らについてよく知らないから』という結論に至った。
彼らの人間性は職場で見られるとして、ベースとなる『あやかし』部分をもっと知る必要がある。
そう考えて私は図書館を訪れた。
平日の午前中という事もあり、訪れる人は数人ぐらいしかいない。
(良かった。目次が妖怪ごとになっている!)
手始めに日本の妖怪が載った本を手に取る。
河童なんて大体どれも同じだと思っていたのに、意外とバリエーションが豊富だった。
全身が緑だったり、猿っぽい見た目をしていたり、鱗のようなものが付いたものもいるらしい。
頭頂部のお皿が乾いたり、割れたりすると力を失う。くちばしに亀のような甲羅、手足には水掻きがあるものがメジャーな存在のようだ。
鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名な物の怪の一つ。
幾つか見ていくと土木工事を手伝ったり、助けてくれた人間にお礼として魚を贈ったと言う伝承も多く伝わっているらしい。
水中に引きずり込む怖い妖怪かと思ったら、意外と義理堅い部分もあるんだ。
猫又も森に住む獣が変化したパターンと、人間に飼われていた猫が変化するパターンがある。
後者はむしろ穏やかで、人間に対して恩義や情を抱いている事が多い。
ただ、土蜘蛛に関しては“退治すべきもの”として描かれている事が多かった。
平家物語では源氏の家系の刀にまつわる物語に登場する。
病を患った源頼光に襲いかかろうとした蜘蛛は刀で斬られ、血の跡を追うと、そこには巨大な蜘蛛がいた。
また頼光を祀った塚は、かつて土蜘蛛が巣食っていた場所と言われている。
ある者が塚の側にある木を伐採しようとしたところ、謎の病気を患って亡くなった。
別の絵巻物でも、蜘蛛が人を襲って食べていたと思われる描写が多い。
あまり友好的な伝承は無い。だから早見さんは怯えていたんだ。
他のあやかしに比べて心温まる交流の物語が少ない。ざっくり言ってしまうと、人寄りじゃない生き物とされている。
万が一、蜘蛛と会話したり使役する場面をネットに晒されたら、早見さんが辛い思いをする事になる。
退治されて終わりの物語と違って、彼らの日常は現実として続いていく。
そうなったら正体を明かすのに慎重にもなるし、避けられたり、怖がられたらどうしようって不安にもなるよね。
「……悪い事しちゃったな」
早見さんはいつも朗らかに笑っていて、倉地さんがぼやいた時も庇ってくれた。
優しくて頼りになる先輩に甘えてばかりいる。
彼らはどう見ても人間にしか見えない。
見えないからこそ、人に似て異なる存在をどう受け止めたら良いのか分からない。
きっと私が知らないだけで、世の中にはもっと多くのあやかしが存在しているのだろう。
彼らを知る為に訪れたのに、知れば知るほど考えがまとまらない。
……そもそも『普通』って何?
いつしか思考は哲学的な領域に入り、私は人知れずため息をついた。
お母さんにも話を聞きたかったのに、私が起きる前にパートに出かけてしまった。
「休日って言っても何もすることがない」
友人達は大学に通っていて夕方以降じゃないと会えない。
彼氏もいない。
特にこれと言った趣味もなく、私はせっかくの休日を持て余している。
あの後、日曜・月曜と連勤が続き。
私もどう接したらいいか分からず、他の従業員もどう声をかけたらいいか分からない状態。
互いに当たり障りのない話をするに留まり、私に余裕が無いこともあり、いつも以上に疲れた。
「疲れたのはお互い様だけど」
こんがり焼けた食パンにバターを塗る。
熱々のパンの上ですっとバターが溶けていき、じわっと染み込む瞬間がたまらない。
いつもなら苺ジャムに手を伸ばすところだけど、今日は趣向を変えてみようかな。
キッチンから蜂蜜を取ってきて、それを食パンに塗っていく。たっぷり塗ると甘ったるくなるから、大さじ一杯未満で充分。
最後に少量の塩を摘んで振りかける。
今は家に一人だから。恥ずかしげもなくかぶりつくと、染み込んだバターと蜂蜜が口の中で合わさる。
「甘じょっぱくて美味し~!」
ホットケーキにかけても美味しいのだからパンでも美味しいはず。
以前、気まぐれに試したところ結構ハマった。
バターの塩味と蜂蜜の優しい甘さがマッチして、苺ジャムの酸味とはまた違った美味しさが広がる。
カロリーが気になるから頻繁にはやらないけど。たまに自分を甘やかす時に食べる。
もぐもぐと咀嚼を終え、私は物憂げに思い耽る。
「さすがにこのままはマズいよね。久々に行ってみようかな」
繁忙期に入ったら休日は寝て過ごす事になるかもしれない。どうせ暇なんだし、今の内に行っておいた方がいいだろう。
とりあえず、今日の過ごし方が決まった。
◆◆◆
思ったより沢山あるんだ。
言っても数冊程度だろう、と私は完全に高をくくっていた。
下調べもしないで訪れたので、検索でヒットした本を片っ端から持って来たら、テーブルの上に大量の本が積み上がる。
いろいろ考えた末に、私が彼らに対して畏怖の念を抱くのは『彼らについてよく知らないから』という結論に至った。
彼らの人間性は職場で見られるとして、ベースとなる『あやかし』部分をもっと知る必要がある。
そう考えて私は図書館を訪れた。
平日の午前中という事もあり、訪れる人は数人ぐらいしかいない。
(良かった。目次が妖怪ごとになっている!)
手始めに日本の妖怪が載った本を手に取る。
河童なんて大体どれも同じだと思っていたのに、意外とバリエーションが豊富だった。
全身が緑だったり、猿っぽい見た目をしていたり、鱗のようなものが付いたものもいるらしい。
頭頂部のお皿が乾いたり、割れたりすると力を失う。くちばしに亀のような甲羅、手足には水掻きがあるものがメジャーな存在のようだ。
鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名な物の怪の一つ。
幾つか見ていくと土木工事を手伝ったり、助けてくれた人間にお礼として魚を贈ったと言う伝承も多く伝わっているらしい。
水中に引きずり込む怖い妖怪かと思ったら、意外と義理堅い部分もあるんだ。
猫又も森に住む獣が変化したパターンと、人間に飼われていた猫が変化するパターンがある。
後者はむしろ穏やかで、人間に対して恩義や情を抱いている事が多い。
ただ、土蜘蛛に関しては“退治すべきもの”として描かれている事が多かった。
平家物語では源氏の家系の刀にまつわる物語に登場する。
病を患った源頼光に襲いかかろうとした蜘蛛は刀で斬られ、血の跡を追うと、そこには巨大な蜘蛛がいた。
また頼光を祀った塚は、かつて土蜘蛛が巣食っていた場所と言われている。
ある者が塚の側にある木を伐採しようとしたところ、謎の病気を患って亡くなった。
別の絵巻物でも、蜘蛛が人を襲って食べていたと思われる描写が多い。
あまり友好的な伝承は無い。だから早見さんは怯えていたんだ。
他のあやかしに比べて心温まる交流の物語が少ない。ざっくり言ってしまうと、人寄りじゃない生き物とされている。
万が一、蜘蛛と会話したり使役する場面をネットに晒されたら、早見さんが辛い思いをする事になる。
退治されて終わりの物語と違って、彼らの日常は現実として続いていく。
そうなったら正体を明かすのに慎重にもなるし、避けられたり、怖がられたらどうしようって不安にもなるよね。
「……悪い事しちゃったな」
早見さんはいつも朗らかに笑っていて、倉地さんがぼやいた時も庇ってくれた。
優しくて頼りになる先輩に甘えてばかりいる。
彼らはどう見ても人間にしか見えない。
見えないからこそ、人に似て異なる存在をどう受け止めたら良いのか分からない。
きっと私が知らないだけで、世の中にはもっと多くのあやかしが存在しているのだろう。
彼らを知る為に訪れたのに、知れば知るほど考えがまとまらない。
……そもそも『普通』って何?
いつしか思考は哲学的な領域に入り、私は人知れずため息をついた。
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