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急転直下
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「どうしよう。ドキドキし過ぎて眠れなかった」
見上げた空は透けるように青い。
並木道の葉は黄色から濃緑のグラデーションで、複雑な色の変化は生きる活力に溢れている。
スーッと息を吸い込むと、心なしか空気が甘く感じた。
(今日はドレスの新作発表会!)
興奮のあまりニヤけてしまい、スーツを着た茶髪の女性に奇異の目で見られてしまった。
このままでは変な人だと思われてしまう。
慌ててキリッとした表情を取り繕い、何事も無かったように横断歩道横の押しボタンを押す。
午前中は関係者向けの展示会。
他の衣装店に務める人や、ブライダル系の専門学生が見に来る。
「思ったより早く着いちゃったな」
スマホの画面を見ると予定時刻の二十三分前。まだ充分な時間がある。
チャペルの敷地内に入り、何となく周囲を見回していた時だった。
「その制服はBertinaのだよね?」
「えっ?」
突然男性から話しかけられ、私は声の方へ体を向けた。
駐車場から歩いてくる時は気付かなかったけど、距離が近付くにつれて「あ……」と小さな声がもれる。
ふさふさの黒髪を撫でつけた四十代くらいの男性。凛々しい眉に、小さいけれど二重幅のくっきりした目。
口元と顎に髭を生やし、ダンディな印象の中に野性味を感じさせる。
話しかけてきた人物が分かり、私は自分を奮い立たせるように拳を握る。
「僕は衣装店の社長をしていてね。Angelicaって聞いたことある?」
「はぁ…」
「ねぇ、どうしてここの衣装店を選んだの? ここのドレスってデザインは良いけど、店がこじんまりとしてて窮屈じゃない?」
反応に困り、苦笑を浮かべる。
しかし、眼前の男性は私の反応などお構いなし。矢継ぎ早に話を進める。
「衣装に関わる仕事がしたいの? なら、うちの店に来ない? 君みたいに若くてやる気のある子なら、いつでも大歓迎だよ」
「私は……今のお店に不満はありませんから」
年齢とやる気に何の関係があるんだ。
やんわりと話を終わらせようとしたのに、全く聞く耳を持たない。すっかり困り果て、愛想笑いに徹する事にした。
「実はさぁ~、うちで中途採用した人が入社してニヶ月で辞めちゃって」
「えっ…」
特に興味が湧いたわけでは無く、単純に驚いて声が出たんだけど。
それを興味をもった、と勘違いした社長は聞いてもない事をペラペラ話す。
「こっちは閑散期にいろいろ教えて、繁忙期に入ったらバリバリ働いて貰おうと思ってたのに。
こんなに休みが多いとは思いませんでした。これじゃあ生活出来ないので辞めます、って」
「…………」
「人手が足りてるところに雇ってんだから当たり前でしょ。どうせ雇うなら別の人を雇えば良かったよ。失敗したな~」
あんなに陽気に浮かれていたのが嘘みたい。
心の奥に冷たい風が吹き抜け、つま先に力を入れていないと足元から崩れ落ちそう。
口元が引きつり、「はは…」と乾いた笑みがもれる。
「まぁ、そんな訳で。うちは人員募集中だから、ここが嫌になったらいつでも面接受けにおいで」
名刺ケースから一枚取り出し、私に差し出した。緩慢な動きで受け取ると、社長は満足そうに笑う。
「それじゃ、また!」
最後まで自分のペースのまま、嵐のように去っていく。
一人残された私はグッと拳を握った。皮膚に爪が食い込むギュッて音がしたのに、不思議と痛みを感じない。
「そっか…中途採用の人、辞めちゃったんだ」
思わず呟いた言葉は震えていた。
応募してくる人なんて沢山いるだろうし、顔や名前を覚えていなくても仕方ない。
仕方ないけど。
まさか、内定取り消しした相手をスカウトするとは思わなかった。
雇う側からしてみれば、労働力になれば誰でもいいのだろう。
けれどその誰でもいい席の為に必死になって、沢山の人を心配させた自分が情けない。
視界がぼやけたと思ったら、あっという間に涙があふれる。とっさに鼻と口元を押さえ、私はチャペルの化粧室に駆け込んだ。
◆◆◆
「ビーズの縫い付け終わりました! 確認お願いします」
「お疲れ様。うん、綺麗に縫えてるね」
今日は初めてドレスにビーズを縫い付ける作業を教えて貰った。武ノ内さんがうんうんと頷き、私はニコッと笑い返す。
この作業は思ったより苦戦した。
まず、私はあまり手先が器用ではない。
家庭科の授業では片方の腕を出せないワンピースを作り、コースターを編めばグジャグジャした塊になり、周囲から毛虫と称された。
苦手な作業だけど、そんな事は言ってられない。
商品はどれも慎重に扱っている。それでも、擦れた拍子にビーズやスパンコールが取れる事があるらしい。
広範囲に渡るとクリーニング部門がやってくれるけど、小範囲だと自分達で手直しをする。
しかし、普通の布と比べてドレスは生地が厚い。
前後を一緒に縫ってしまうと着られなくなるので、針を貫通させる部分に神経を遣う。
おまけに小さなビーズを縫う場所をカタログと見比べながら縫うので、自然と集中して瞬きの回数が減る。
結果的に目の表面が乾いて痛い。さっきから何度も瞬きを繰り返している。
「他の仕事はありませんか!? 私、掃除でも何でもやります!」
衣装店に戻ってから三度目となるやり取り。
武ノ内さんはファイルを取り出し、予定表を確認すると苦笑いを浮かべた。
「うーん。今週は挙式の予約が少ないから、急ぎの仕事が無いんだよね」
「ですが…」
「今日の相沢さん、やけに張り切ってるけど。何かあった?」
「いえ! 私は新入社員なので、今の内に沢山覚えたいんです」
「何かして欲しい事があったら言うね?」
今の自分が暑苦しい事も、武ノ内さんを困らせている事も気付いている。
それでも何かしていないと不安に押し潰されてしまいそうで。体を動かしている間は心の痛みを忘れられる。
「そういう事なら、新婦様の接客をしてみるかい?」
どこか妖艶な空気をまとい、叔父さんがにこやかに笑った。
見上げた空は透けるように青い。
並木道の葉は黄色から濃緑のグラデーションで、複雑な色の変化は生きる活力に溢れている。
スーッと息を吸い込むと、心なしか空気が甘く感じた。
(今日はドレスの新作発表会!)
興奮のあまりニヤけてしまい、スーツを着た茶髪の女性に奇異の目で見られてしまった。
このままでは変な人だと思われてしまう。
慌ててキリッとした表情を取り繕い、何事も無かったように横断歩道横の押しボタンを押す。
午前中は関係者向けの展示会。
他の衣装店に務める人や、ブライダル系の専門学生が見に来る。
「思ったより早く着いちゃったな」
スマホの画面を見ると予定時刻の二十三分前。まだ充分な時間がある。
チャペルの敷地内に入り、何となく周囲を見回していた時だった。
「その制服はBertinaのだよね?」
「えっ?」
突然男性から話しかけられ、私は声の方へ体を向けた。
駐車場から歩いてくる時は気付かなかったけど、距離が近付くにつれて「あ……」と小さな声がもれる。
ふさふさの黒髪を撫でつけた四十代くらいの男性。凛々しい眉に、小さいけれど二重幅のくっきりした目。
口元と顎に髭を生やし、ダンディな印象の中に野性味を感じさせる。
話しかけてきた人物が分かり、私は自分を奮い立たせるように拳を握る。
「僕は衣装店の社長をしていてね。Angelicaって聞いたことある?」
「はぁ…」
「ねぇ、どうしてここの衣装店を選んだの? ここのドレスってデザインは良いけど、店がこじんまりとしてて窮屈じゃない?」
反応に困り、苦笑を浮かべる。
しかし、眼前の男性は私の反応などお構いなし。矢継ぎ早に話を進める。
「衣装に関わる仕事がしたいの? なら、うちの店に来ない? 君みたいに若くてやる気のある子なら、いつでも大歓迎だよ」
「私は……今のお店に不満はありませんから」
年齢とやる気に何の関係があるんだ。
やんわりと話を終わらせようとしたのに、全く聞く耳を持たない。すっかり困り果て、愛想笑いに徹する事にした。
「実はさぁ~、うちで中途採用した人が入社してニヶ月で辞めちゃって」
「えっ…」
特に興味が湧いたわけでは無く、単純に驚いて声が出たんだけど。
それを興味をもった、と勘違いした社長は聞いてもない事をペラペラ話す。
「こっちは閑散期にいろいろ教えて、繁忙期に入ったらバリバリ働いて貰おうと思ってたのに。
こんなに休みが多いとは思いませんでした。これじゃあ生活出来ないので辞めます、って」
「…………」
「人手が足りてるところに雇ってんだから当たり前でしょ。どうせ雇うなら別の人を雇えば良かったよ。失敗したな~」
あんなに陽気に浮かれていたのが嘘みたい。
心の奥に冷たい風が吹き抜け、つま先に力を入れていないと足元から崩れ落ちそう。
口元が引きつり、「はは…」と乾いた笑みがもれる。
「まぁ、そんな訳で。うちは人員募集中だから、ここが嫌になったらいつでも面接受けにおいで」
名刺ケースから一枚取り出し、私に差し出した。緩慢な動きで受け取ると、社長は満足そうに笑う。
「それじゃ、また!」
最後まで自分のペースのまま、嵐のように去っていく。
一人残された私はグッと拳を握った。皮膚に爪が食い込むギュッて音がしたのに、不思議と痛みを感じない。
「そっか…中途採用の人、辞めちゃったんだ」
思わず呟いた言葉は震えていた。
応募してくる人なんて沢山いるだろうし、顔や名前を覚えていなくても仕方ない。
仕方ないけど。
まさか、内定取り消しした相手をスカウトするとは思わなかった。
雇う側からしてみれば、労働力になれば誰でもいいのだろう。
けれどその誰でもいい席の為に必死になって、沢山の人を心配させた自分が情けない。
視界がぼやけたと思ったら、あっという間に涙があふれる。とっさに鼻と口元を押さえ、私はチャペルの化粧室に駆け込んだ。
◆◆◆
「ビーズの縫い付け終わりました! 確認お願いします」
「お疲れ様。うん、綺麗に縫えてるね」
今日は初めてドレスにビーズを縫い付ける作業を教えて貰った。武ノ内さんがうんうんと頷き、私はニコッと笑い返す。
この作業は思ったより苦戦した。
まず、私はあまり手先が器用ではない。
家庭科の授業では片方の腕を出せないワンピースを作り、コースターを編めばグジャグジャした塊になり、周囲から毛虫と称された。
苦手な作業だけど、そんな事は言ってられない。
商品はどれも慎重に扱っている。それでも、擦れた拍子にビーズやスパンコールが取れる事があるらしい。
広範囲に渡るとクリーニング部門がやってくれるけど、小範囲だと自分達で手直しをする。
しかし、普通の布と比べてドレスは生地が厚い。
前後を一緒に縫ってしまうと着られなくなるので、針を貫通させる部分に神経を遣う。
おまけに小さなビーズを縫う場所をカタログと見比べながら縫うので、自然と集中して瞬きの回数が減る。
結果的に目の表面が乾いて痛い。さっきから何度も瞬きを繰り返している。
「他の仕事はありませんか!? 私、掃除でも何でもやります!」
衣装店に戻ってから三度目となるやり取り。
武ノ内さんはファイルを取り出し、予定表を確認すると苦笑いを浮かべた。
「うーん。今週は挙式の予約が少ないから、急ぎの仕事が無いんだよね」
「ですが…」
「今日の相沢さん、やけに張り切ってるけど。何かあった?」
「いえ! 私は新入社員なので、今の内に沢山覚えたいんです」
「何かして欲しい事があったら言うね?」
今の自分が暑苦しい事も、武ノ内さんを困らせている事も気付いている。
それでも何かしていないと不安に押し潰されてしまいそうで。体を動かしている間は心の痛みを忘れられる。
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どこか妖艶な空気をまとい、叔父さんがにこやかに笑った。
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