就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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弱り目に祟り目

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「次は足のサイズを教えて頂けますか?」
「何でもいいけど早く終わらせてくれ」

 首周りを測り終え、ボタンを押してメジャーを巻き取る。
 測っている時は身を乗り出す形になるので、初めは思ったより近い距離に狼狽うろたえものだ。

 お仕事の都合で新郎新婦様とは来られず、新郎のお父様だけご来店された。
 何があったのか知らないけど、店を訪れた時から威圧的な物言いで怖い。いかにも不機嫌そうな目でジロッと見られるとすくみあがってしまう。

「26.5cm」
「ありがとうございます」

 ご来店して間もないのにもう貧乏揺すりをし始めた。

(午後からは新婦様の初接客。気合い入れて臨まないと)

 あれから一週間。早見さんからいろいろ教えて貰い、接客する上で必要な知識を頭に詰め込んだ。
 あの日から何度も頭をよぎる不安。考えるだけで気が重い。

 ふと、ある部分で視線の動きが止まる。
 空欄が無いか確認していく内にある事に気付き、サーッと血の気が引いた。

(どうしよう……測った数値を忘れちゃった)

 首周りをメジャーで測り、その数値からレンタルするシャツのサイズを選ぶのに。
 午後からの接客に気を取られ、直前に測った数値が頭から飛んでしまった。

 一般的に再び測り直すのは失礼にあたり、忘れない内に資料に記入すること。
 そう何度も念押しされていたのに。
 今までした事のないミスにパニックを起こし、頭が真っ白になっていく。

「…申し訳ございません。もう一度お測りしてもよろしいでしょうか?」
「またかよ。ったく、どんくさい店員だな」

 頭を下げて謝罪すると、渋々といった感じでもう一度測らせてくれた。お礼を告げ、今度は忘れない内に用紙に書き込む。
 焦燥感に駆られ、決意とは裏腹に気持ちばかりが急いていく。

(駄目だな私…もっとちゃんとしなきゃ)

 どんな精神状態でも予約時間はやってくるわけで。
 鏡を見ると不安そうな自分が映っていて、頬を摘んで無理やり口角を引き上げた。

「ご結婚おめでとうございます!」

 ご来店されたのは二十代後半の男女。
 新郎様は色白で、触るともちもちして気持ち良さそうなぽっちゃり体型。人の良さそうなニコニコした笑顔を浮かべている。

 新婦様は焦げ茶のセミロングの髪に眼鏡、くるみボタンのブラウスにミモレ丈のスカート。
 パッと見た印象で言うと控えめで、大人しそうな方だった。

 お顔を見た時に「あれっ?」と思ったけど。
 ふと浮かんだ疑問を解消するより、浮かない顔をしている事の方が気になった。

(新婦様、あんまり嬉しくなさそう?)

 衣装選びに来るお客様の中には事あるごとに義理のご両親が口出しして、新郎新婦がげんなりしている事がある。
 そうでなくともちょっとした事で口論になり、不機嫌さを引きずったままご来店される方も多い。

 気になったものの。まずはヒアリングシートを書き込んで貰い、早速ドレスを見る事にした。

「こちらは新作のドレス。隣はすっきりした印象のドレスとなっておりまして」

 緊張で声が震えたけど、習った手順どおりドレスを紹介する。
 しかし、どれだけ説明しても新婦様の気は晴れない。それどころか目を伏せたまま、ドレスを見ようともしない。

「あの、コハクさんのお姉さんですよね?」
「……えっ?」
「苗字が同じなので、もしやと思いまして」

 シートに書かれた名前は姫和ひわ・クラヴェロ。よく見るとコハクさんと同じく下まつ毛が長い。
 共通の人物について話す事で少しでも気を紛らわせる事が出来れば、と思ったんだけど。
 姫和様の表情は更に硬くなってしまう。

「私……ドレスなんて着たくありません」
「えっ? あ、でしたら白無垢や色打掛の和装もありますし、そちらをご覧になりますか?」

 動揺しつつも何とか別の案を出すと、姫和様はさめざめと泣き出してしまった。

「やっぱり……来なければ良かった」

 後頭部を殴られたような衝撃を受け、私は放心状態になった。慌てて一歩後ろに控えていた早見さんが間に入り、取りなしてくれたけど。
 姫和様は「着たくない」の一点張り。
 困った末に新郎様にも相談して、お二人は来店して十分でお帰りになった。

「申し訳ございません。私の接客が至らないばかりに、新婦様の気分を害してしまいました」

 良かれと思ってやった事が裏目に出てしまった。自分の不甲斐なさに嫌気が差す。てっきり怒られると思って萎縮していたのに。
 店長は特に気にした様子もなく、のんびりと椅子の上で長い足を組み替える。

「こうなる事は予想していたんだけど。まさか本当にそうなるとは」
「え…」
「その言い方はあんまりですよ! 側で見ていましたけど、特に失礼な振る舞いはしていません」
「ああ、ごめんごめん。実は、姫和さんの接客を蛍火に頼んだのはコハク君でね」
「クラヴェロさんが、私に?」

 解せない、と言うように眉を寄せる。
 自分の身内の挙式なら経験のある人や、馴染みの人に担当して欲しいと思うはずだ。
 そもそも、片想い中の早見さんに担当して貰えば話す機会も増えるのに。

「プロポーズ自体は喜んでいたものの、結婚式の話になると消極的でね。特に衣装やヘアメイクに関する話は口を閉ざしてしまい、美容部門のスタッフもお手上げ状態」
「確かに、全く乗り気じゃないご様子でしたね」

 いろんな感情がごちゃ混ぜの私と違って、早見さんはいつもと同じ口調で返す。
 経験値の差なのか、そこまで深刻に悩んでいないようだ。

「そこで新人の蛍火の方が気負わずに居られるかも、と考えたようだよ」

 それを聞いて目の前が真っ暗になる。せっかく訪れたチャンスを自分の手で潰してしまった。

「姫和さんがどうするかは分からないけど。担当を変える気は無いから、今はやるべき事に集中すること」
「……はい」

(どうしよう…どうしよう……)

 頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。頭の中が真っ白で立ち尽くすことしか出来ない

「店長。今日は送ってあげた方が良いんじゃないですか?」
「そうだね。その方がいいかもしれない」

 店長と早見さんが何か話している。目の前で交わされる二人の会話やBGMの音が遠い。
 何か話しかけられた気がするけど。今は周囲を見る余裕がなくて、あまりよく覚えていない。
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