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人生初の○○○
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「私、何やってんだろう…」
駅近くのショッピングモールにて、背もたれの無い茶色のソファーに腰掛ける。
もう何度目かのため息と共に飲みかけの紙パックのジュースを置いた。
落ち込んでいるはずなのにこうして訪れてしまうのは、両親に合わせる顔が無いからかもしれない。
土日のショッピングモールは人で賑わい、元気な時に来ないと疲れるから。気だるげな空気が漂う平日の午後くらいで丁度いい。
それでも有線で流れるノリのいい洋楽や、雑貨屋が焚いているアロマディフューザーの華やかな香りは、地元の商店街には無い空気感だった。
「ぬるくなったジュースって微妙」
適当に目に付いたオレンジジュースを購入したものの、お店での出来事を考えるとため息しか出なくて。
ちびちびと飲んでいたらすっかり温まってしまった。
おまけにオフなのにスーツで出て来ちゃったし。本当にもう、何やってんだか。
初めてあやかしを見て、あやかしについて調べた時は怖いと思いつつも一歩踏み出せたのに。
今はどうやったら踏み出せるのか。どうやって立ち上がれば良いのか分からずにいる。
「…憂鬱過ぎて嫌なこと思い出しちゃったな」
自己PR・趣味・特技。ざっくりした事を聞いてくる割にやたら場所を取る大きな欄。
これを埋めなきゃいけない。当時、私は履歴書の前でフリーズした。
いや……あれは戦慄に近いかもしれない。
初めて会う人の前で求められる受け答えをする。
面接も苦手でよくやり直しさせられたけど、就活において最も困ったのが自己PRだった。
例えば英語や漢字検定一級取得とか、部長やってました、だと話は早い。
そうじゃなくとも三年間部活に打ち込んできたとか、ボランティア経験があればなお良し。
しかし、私は帰宅部な上にボランティアにも興味が無かった。
何故やらなかったのかと問われれば、どれもピンとこなかったとしか言いようがない。
友達に誘われ、短期のアルバイトをした事はあるけど。
履歴書においては大した加点にならず、学んだ事と言えばお金を稼ぐ事の大変さくらい。
取り柄と言えば体が丈夫で、中・高・専門学校と皆勤賞だった事。
どれだけ経っても空欄を埋める事が出来ず、先生に協力して貰い何とか埋めた。
「……ん?」
ぼんやりしながら通行人を眺めていると、ふと目の前を見知った顔が通り過ぎたような気がした。
他者の視線を避けるように俯きがちに歩く女性。猫背もそうだけど、あの容姿や服装には見覚えがある。
反射的に立ち上がったところで、私はピタッと動きを止める。
このご時世、いきなり名前で呼ぶのはどうなんだろうか。そんな場合じゃないのに一度気になると迷うもので。
「あ……あの、ちょっとそこの人っ!」
そうこうしている間に距離が離れ、焦って呼び止めるとかなりの声量になってしまった。
その人はビクッと肩を震わせて振り返ると、眼鏡の奥でゆっくり目を見開く。
「良ければ一緒にお茶しませんかぁっ!?」
必死過ぎて声が裏返る。
呼び止めたまでは良かったけど、呼び止める事に気を取られ、その後の展開を考えていなかった。
オロオロと視線が彷徨い、「ええっと」と次の言葉を探す。
「……分かりました」
「ですよね。すみって、いいんですか?」
こんな怪しい誘い、絶対断られると思ったのに。まさかお茶してくれるとは。
姫和さんは時折周囲を行き交う人をチラッと見るだけで帰る様子はない。
本当に話を聞いてくれるつもりなんだ。まさか、人生初のナンパに成功するとは。
しかし、十四時半という微妙な時間でパスタ専門店は無い。もちろん、ガッツリした定食屋も論外。
逆にカフェは今からの時間は混むだろうし、ガヤガヤしたフードコートでは気が散ってゆっくり話せない。
悩んだ末、エスカレーター近くの水色のソファーに座る事にした。
貸し衣装のお店ではクラシックが流れているので、近くの楽器店から聞こえるジャズのBGMは新鮮だった。
「あの……先日は失礼しました。せっかく時間を設けて下さったのに」
「いえっ、お気になさらず! 体調不良で当日キャンセルされる方もいますし」
「信じて貰えないかもしれませんが。Bertinaのドレスはどれも素敵で、サイトを眺めていると華やいだ気分になりました。
まるで自分がお姫様になったみたいで、すごくワクワクして」
それなら何故?
口には出さなかった疑問が伝わったらしく、姫和さんは太ももの上で拳を握る。
「今でこそ言われる事は無くなりましたが、小さい頃はよく周りの人から弟と比べられました。
昔のコハクは髪を伸ばしていたので、女の子と間違われる事が多くて。いつも容姿端麗なコハクばかり褒められて」
寂しそうに笑う姫和さん。その姿が今の打ちのめされた自分と重なり、キュッと胸が締め付けられた。
「誤解のないように言うと、私は家族の事が大好きです。もちろん弟の事も。
いつも私を気にかけて、どうしたら笑顔になれるかを考えてくれる優しい子なんです」
「素敵なご家族ですね」
そう伝えると、少しだけ誇らしげな笑顔が返ってくる。今の姫和さんはお姉ちゃんの顔をしていた。
「婚約者の和明さんは、私にはもったいなくらい良い人なんです。のんびりしたおおらかなところや、どーんと構えているところが素敵で。
お恥ずかしい話ですが、実は私の一目惚れでして」
大人しい姫和さんが饒舌に、いきいきと喋っている。それだけではない、頬を桜色に染め、もじもじと両手を頬に添える。
動くと左手の薬指の指輪が照らされ、ダイヤがキラッと輝いた。
「私、ぽっちゃり体型で澄んだ瞳の男性が好みなんです。初めて見た時からどストライクで、私の方から勇気を振り絞って告白しました」
聞いているこちらが赤面してむず痒くなる程の惚気っぷり。恋する乙女の変わりように密かに衝撃を受ける。
(本当にあの姫和さん? キャラ変わってない!?)
さすがに恥ずかしくなってきたのか、姫和さんは口元に手を添え、照れくさそうに視線を逸らす。
姫和さんは桜色を通り越して真っ赤になり始めた。
良い恋愛をしているんだなぁ。
初めて見せてくれた素顔に嬉しくなり、自然と私も笑みを浮かべていた。
駅近くのショッピングモールにて、背もたれの無い茶色のソファーに腰掛ける。
もう何度目かのため息と共に飲みかけの紙パックのジュースを置いた。
落ち込んでいるはずなのにこうして訪れてしまうのは、両親に合わせる顔が無いからかもしれない。
土日のショッピングモールは人で賑わい、元気な時に来ないと疲れるから。気だるげな空気が漂う平日の午後くらいで丁度いい。
それでも有線で流れるノリのいい洋楽や、雑貨屋が焚いているアロマディフューザーの華やかな香りは、地元の商店街には無い空気感だった。
「ぬるくなったジュースって微妙」
適当に目に付いたオレンジジュースを購入したものの、お店での出来事を考えるとため息しか出なくて。
ちびちびと飲んでいたらすっかり温まってしまった。
おまけにオフなのにスーツで出て来ちゃったし。本当にもう、何やってんだか。
初めてあやかしを見て、あやかしについて調べた時は怖いと思いつつも一歩踏み出せたのに。
今はどうやったら踏み出せるのか。どうやって立ち上がれば良いのか分からずにいる。
「…憂鬱過ぎて嫌なこと思い出しちゃったな」
自己PR・趣味・特技。ざっくりした事を聞いてくる割にやたら場所を取る大きな欄。
これを埋めなきゃいけない。当時、私は履歴書の前でフリーズした。
いや……あれは戦慄に近いかもしれない。
初めて会う人の前で求められる受け答えをする。
面接も苦手でよくやり直しさせられたけど、就活において最も困ったのが自己PRだった。
例えば英語や漢字検定一級取得とか、部長やってました、だと話は早い。
そうじゃなくとも三年間部活に打ち込んできたとか、ボランティア経験があればなお良し。
しかし、私は帰宅部な上にボランティアにも興味が無かった。
何故やらなかったのかと問われれば、どれもピンとこなかったとしか言いようがない。
友達に誘われ、短期のアルバイトをした事はあるけど。
履歴書においては大した加点にならず、学んだ事と言えばお金を稼ぐ事の大変さくらい。
取り柄と言えば体が丈夫で、中・高・専門学校と皆勤賞だった事。
どれだけ経っても空欄を埋める事が出来ず、先生に協力して貰い何とか埋めた。
「……ん?」
ぼんやりしながら通行人を眺めていると、ふと目の前を見知った顔が通り過ぎたような気がした。
他者の視線を避けるように俯きがちに歩く女性。猫背もそうだけど、あの容姿や服装には見覚えがある。
反射的に立ち上がったところで、私はピタッと動きを止める。
このご時世、いきなり名前で呼ぶのはどうなんだろうか。そんな場合じゃないのに一度気になると迷うもので。
「あ……あの、ちょっとそこの人っ!」
そうこうしている間に距離が離れ、焦って呼び止めるとかなりの声量になってしまった。
その人はビクッと肩を震わせて振り返ると、眼鏡の奥でゆっくり目を見開く。
「良ければ一緒にお茶しませんかぁっ!?」
必死過ぎて声が裏返る。
呼び止めたまでは良かったけど、呼び止める事に気を取られ、その後の展開を考えていなかった。
オロオロと視線が彷徨い、「ええっと」と次の言葉を探す。
「……分かりました」
「ですよね。すみって、いいんですか?」
こんな怪しい誘い、絶対断られると思ったのに。まさかお茶してくれるとは。
姫和さんは時折周囲を行き交う人をチラッと見るだけで帰る様子はない。
本当に話を聞いてくれるつもりなんだ。まさか、人生初のナンパに成功するとは。
しかし、十四時半という微妙な時間でパスタ専門店は無い。もちろん、ガッツリした定食屋も論外。
逆にカフェは今からの時間は混むだろうし、ガヤガヤしたフードコートでは気が散ってゆっくり話せない。
悩んだ末、エスカレーター近くの水色のソファーに座る事にした。
貸し衣装のお店ではクラシックが流れているので、近くの楽器店から聞こえるジャズのBGMは新鮮だった。
「あの……先日は失礼しました。せっかく時間を設けて下さったのに」
「いえっ、お気になさらず! 体調不良で当日キャンセルされる方もいますし」
「信じて貰えないかもしれませんが。Bertinaのドレスはどれも素敵で、サイトを眺めていると華やいだ気分になりました。
まるで自分がお姫様になったみたいで、すごくワクワクして」
それなら何故?
口には出さなかった疑問が伝わったらしく、姫和さんは太ももの上で拳を握る。
「今でこそ言われる事は無くなりましたが、小さい頃はよく周りの人から弟と比べられました。
昔のコハクは髪を伸ばしていたので、女の子と間違われる事が多くて。いつも容姿端麗なコハクばかり褒められて」
寂しそうに笑う姫和さん。その姿が今の打ちのめされた自分と重なり、キュッと胸が締め付けられた。
「誤解のないように言うと、私は家族の事が大好きです。もちろん弟の事も。
いつも私を気にかけて、どうしたら笑顔になれるかを考えてくれる優しい子なんです」
「素敵なご家族ですね」
そう伝えると、少しだけ誇らしげな笑顔が返ってくる。今の姫和さんはお姉ちゃんの顔をしていた。
「婚約者の和明さんは、私にはもったいなくらい良い人なんです。のんびりしたおおらかなところや、どーんと構えているところが素敵で。
お恥ずかしい話ですが、実は私の一目惚れでして」
大人しい姫和さんが饒舌に、いきいきと喋っている。それだけではない、頬を桜色に染め、もじもじと両手を頬に添える。
動くと左手の薬指の指輪が照らされ、ダイヤがキラッと輝いた。
「私、ぽっちゃり体型で澄んだ瞳の男性が好みなんです。初めて見た時からどストライクで、私の方から勇気を振り絞って告白しました」
聞いているこちらが赤面してむず痒くなる程の惚気っぷり。恋する乙女の変わりように密かに衝撃を受ける。
(本当にあの姫和さん? キャラ変わってない!?)
さすがに恥ずかしくなってきたのか、姫和さんは口元に手を添え、照れくさそうに視線を逸らす。
姫和さんは桜色を通り越して真っ赤になり始めた。
良い恋愛をしているんだなぁ。
初めて見せてくれた素顔に嬉しくなり、自然と私も笑みを浮かべていた。
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