就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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「和明さんがプロポーズしてくれて本当に嬉しかったんです。でも、自分に自信がなくて。
 ドレスを着たらより顔の地味さが際立つし、皆の前で注目を浴びる事を考えたら怖気づいてしまって」

 その気持ちは痛いほど分かる。
 自信なんて無いから崩れる度に少しずつ、少しずつ積み直してきたのに。
 またもや自信を失う出来事が起きて途方に暮れてしまう。そんな自分に嫌気が差す悪循環。

 何か言わなきゃと思うのに。何を言っても気休めにしかならない気がして。
 私はもどかしい思いを抱える。

「種族にちなんだ名前とはいえ、完全に名前負けしていますしね」
「勉強不足ですみません。実はまだ、どんなあやかしなのかピンときていなくて」

 私の言葉に姫和さんは困ったように笑う。理由は分からないけど、またやらかしたのは分かった。

 天照大神アマテラスオオカミの孫であるニニギノミコト。
 ニニギノミコトは美しい女神である木花咲耶姫コノハナサクヤヒメを好きになる。
 余談ながら、木花咲耶姫は絶世の美女らしく、桜の花の名の語源とも言われているらしい。

 木花咲耶姫には磐長姫イワナガヒメという姉がいて、話を聞いた父親は喜び、姉妹で一緒に嫁がせる事に。
 しかし、磐長姫は容姿が醜かったので帰されてしまう。

 実は木花咲耶姫は繁栄をもたらすが、花の命が短いように短命で限りがあるもの。一方、磐長姫は岩のように頑丈で長く栄える。
 二人揃ってこそ繁栄が永遠に続くものだった。
 その為、私達の命は限りあるものになり、寿命が出来たと言う事らしい。

(何それ!? 妹の事を好きな人の元に姉も嫁がせるって無茶苦茶すぎない?)

 想像しただけでげんなりする。
 図書館で調べた時もちょっと思ったけど。神話に登場する神様達って奔放と言うか、発想が自由過ぎない?
 ごめんなさいと謝るのも失礼で、地雷を踏み抜いた気まずさに無言で震える。

「母の一族は数十年に一度、磐長姫と木花咲耶姫が姉妹で生まれるのですが…何故だか今回は、コハクが弟として生まれたんです」

 寂しげに笑う姫和様に自分の姿が重なる。
 どうしたら良いか分からない。悩んだ末に、浮かんできた言葉をそのまま伝える事にした。

「Bertinaは光輝く気高さ、高潔さという意味です。そんな風に聞くと気後れしちゃうけど。私は少し勘違いしていたのかもしれないな、って」
「勘違い、ですか?」
「ドレスや白無垢は輝きや美しさを足してくれる、武器のようなものだと思っていたんですが…接客で見ている内に気付いたんです。
 衣装を身にまとう事で、その人が本来持つ魅力を引き出してくれるのかもしれないって」
「魅力…」

 そんなものがあるのはいかにも美人な、綺麗な人だけよ。どこか諦めたように笑う姫和様に、私は必死に自分を奮い立たせる。

「衣装を選ぶ時、新郎様は退屈そうにしている事が多いけど。衣装を着た花嫁さんを見ると、パッて反応が変わるんです!」

 つなたい説明に加えて、身振り手振りを交えて説明する。
 子供っぽい表現だと思ったけど。無理して着飾った言葉を使うよりずっといい。

 試着の段階ではヘアメイクをしない。簡単に髪をまとめて、試着用のアクセサリーを付けるだけ。
 その段階では肌を綺麗に見せるブライダルエステもしていないから、劇的に見た目が変わるわけでは無い。

 それでも衣装を着た花嫁さんを見ると瞬きもせず、軽く口を開けたまま立ち尽くす。
 それは白無垢でもドレスでも同じ。
 そこには年齢も種族も関係なく、驚きが限界に達するとそうなってしまうらしい。

 訴えかけている内に何かに気付いた気がした。
 それはまだ漠然としていて、ハッキリした形になっていないけど。胸の奥に巣食っていた何かが薄れ、霧が晴れていくような。

「姫和様の新郎様も、世界中に自慢出来るような相手が欲しいわけじゃなくて。姫和様が幸せそうに笑ってくれたら、それで良いんじゃないでしょうか?」
「私が?」
「本人が綺麗に見せたくて努力する分には良いと思うのですが、無理やり何かを足さなくても良いんじゃないかなって!」

 話している時は気付かなかったけど、ふと周囲から視線を感じる。
 セーラー服を着た女子高生は珍獣を見る目で通り過ぎ、三十代くらいの女性にはチラ見された。

 正面に顔を戻すと、戸惑うように瞬きを繰り返し、若干後ろに身を引く姫和様の姿がある。
 今の私の姿を見下ろすと身を乗り出し、姫和さんに迫っていた。

「……っ、申し訳ございません!」

 慌てて距離を離して乱れた髪を整える。
 青臭いセリフに加え、お客様を怖がらせてしまうなんて。恥の上塗りに全身が熱くなり、恥ずかしさで俯く事しか出来ない。

(おかしいな。学生時代はもっとちゃんとしていた気がするんだけど)

 社会人という新しいステージで、学生時代の知識などほとんど役に立たない。
 役に立った事があるとすれば敬語の使い方くらい。
 恥ずかしいやら情けないやらで意気消沈して、ため息をつきながら項垂うなだれる。
 
(終わった…今度こそ完全にクビだ)

 叔父さんのお店をクビになったら両親に何て話せばいいんだろう。親戚にもまた気を遣わせてしまう。
 雨を溜め込んだ灰色の雲のように、どんよりした空気の中で私は頭を抱えた。

「…すみません。今はちょっと気持ちの整理が出来ないので、衣装店に行くのは保留でも良いですか? 帰宅したらお店にも連絡を入れますので」
「それはもちろん! ゆっくり考えて下さい」

 もしかしたら、うちの衣装店ではなく違うお店に依頼するかもしれない。
 そう思ったけど、どの衣装店で借りるかはお客様が決めることだから。わざわざ私から言う必要は無い。

 姫和さんは力なく笑うと立ち上がり、背中を向けて立ち去る。
 俯いたままの姿勢は姫和さんの心情をよく表していて、自責の念に駆られた私は「あ~…」とソファーに崩れ落ちた。
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