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第3章 宴と留守番
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しおりを挟む障子をあけて部屋を出ると、京の冬にふさわしい冷やりとした風が薫を襲った。
しかし、酒で火照った身体にはどこか心地よい。
どこのお座敷も賑わっているのか、いろんな三味線の音があちこちから聞こえてくる。
薫は廊下の手すりに体を預け下の階を見下ろした。
ちょっと前の自分には信じられない光景が広がっている。
異文化という言葉では片づけられないほどの生活の違いに戸惑う毎日であったが、それも三か月も経てば当たり前になっていた。
私、なんでここに来たんだろう。
元の時代が懐かしい。
朝起きて仕事して帰ってきて寝る。
同じことの繰り返しの毎日だったけど、ちょっとした旅行や映画を見に行ったりするのが一番の楽しみだった。
人の死とは無縁の、穏やかな世界だった。
「寒くありませんか。」
肩に羽織が掛けられた。振り返ると、優しい表情の沖田が立っていた。
「沖田先生。」
「なんだか後姿が寂しそうだったから、思わず声をかけてしまいました。」
「昔のことを思い出していたんです。」
「土方さんの子供の頃?」
薫は首を横に振った。
「もっと昔のことです。」
「あなたは本当にかぐや姫のようですね。」
「え?」
「物語にあるでしょう。かぐや姫は時折月を見ては泣いていましたって。今の貴女のようだ。」
薫はハハハと声を上げて笑った。
「本当にかぐや姫ですね、これじゃ。」
さあ、と沖田は薫に手を差し出した。
「皆、待ってますよ。」
そうですね、と薫は答えると沖田の手を握り返した。
「私の帰る場所は、新選組ですから。」
そういって、薫は座敷に戻ることにした。
中に戻ると心配そうに見上げる仲間たちの姿があった。
もう大丈夫です、と笑顔で答えるとよっしゃ、飲みなおすぞと杯に酒を注ぐ。
それから、どれくらいの時間が経ったのか定かではない。
薫の周囲にいた男たちは潰れてしまい、大層ないびきをかいて寝転がっていた。
ここにいない男たちも大概は女を連れて別の部屋に引っ込んでしまっている。
酒を黙々と飲み続けているのは、薫と齋藤だけとなっていた。
二人の間に会話はない。隣の座敷から三味線の音が聞こえるだけだ。
「強いな。」
ようやく齋藤が話しかけた。
しかし、まるで独り言のように呟いたものだから薫が自分に話しかけているのだと気づくのに暫く時間がかかった。
「はい。自分でもこんなに飲んだのは初めてです。」
「面白いやつだ。」
齋藤も酔っているのか、日ごろは絶対に見せないような柔らかい表情を浮かべた。
齋藤さんも笑うんですね、と危うく言いそうになったが、寸でのところで口を結ぶ。
ずっと気になっていたんだが、と前置きをして齋藤は薫にこう尋ねた。
「何故あんたはここにいる。」
「ここしかないからです。」
「土方さんの実家に奉公していたんだろう。そこへ戻ればいい。」
「副長の実家にいたのは、幼い頃の副長が私を必要としていたからです。」
私は代役だったのだ。姿かたちが瓜二つだという、母親の。
今は、と先日の土方の顔が思い出された。
縋るような目に、怯えた表情。
初めて川で溺れている彼を助けたときと同じ顔だった。
彼は今も私を必要としているのかもしれない。
「俺からすれば、土方さんは今もあんたを必要としている。」
薫の心を投影するように齋藤は言った。
「どうでしょう。ここに来てからずっと怒られてばかりだし。
今日も宴に来る、来ないで喧嘩してしまいました。」
「あの人はあんたのことになると途端に心配性になる。」
齋藤は手酌で注いだ酒を一気に飲み干した。
「一人前だと認めてくれれば、上手くいくんでしょうか。」
「そんな寂しいこと、あの人に言ってやるなよ。」
再び齋藤は口元を緩めて笑った。
明日は槍でも降るかもしれない。
障子が静かに開いて渦中の人が現れた。
薫と齋藤の姿を認めると、はだけた襟元を正す。
「まだいたのか。」
「まだいては悪かったですか。」
齋藤が鼻で笑った。薫が怒りを含んだ視線を送ると目をそらされてしまった。
「明日に響くぞ。帰れ。」
「私は副長の小姓です。副長がこちらにいるなら私も残ります。」
「帰れと言ってる俺の命令が聞けないのか。」
膝に置いた拳を強く握った。
「い、嫌です!」
呆れたと言いたげに土方はため息をつくと、勝手にしろとだけ言い残してどこかへ行ってしまった。
再び齋藤と二人きりになった。
「東雲、そういうのを何ていうか知ってるか。」
「知りません。」
薫は手元にあった酒を煽った。
「嫉妬っていうんだよ。」
口の中にあった酒を思い切り噴き出したのは言うまでもない。
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