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第5章 To be, or not to be.
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しおりを挟む土方達は鴨川の東側、特に祇園の周辺を捜索することになっていた。
しかし、この日は祇園祭の宵々山に当たる日で、見物客で人がごった返している。
祇園会所を出発してから何軒も宿を当たったが、刀を差した人の姿は見受けられない。
八坂神社に通じる大通りに多くの山鉾と呼ばれる山車のようなものがあちらこちらに飾られている。
山鉾の上には神棚が備え付けられ、山鉾に乗った人達がかねや太鼓を打ち鳴らす。
夜が更けてもそれは止まず、むしろ大きくなる一方だった。
「薫、いいか。」
「はい。」
「絶対に俺の横を離れるな。わかったか。」
「はい!」
薫は土方の横にピタリとついて片時も離れなずにいた。
何軒目かの宿を訪ね終えると、一人の男が土方の前に立ちはだかった。
いつもなら暗く判別できない人の顔も今日は山鉾の明かりに照らされて、男の表情まで見ることができた。
男は監察方の浅野薫であった。
「申し上げます。近藤局長以下池田屋にて浪士と遭遇、速やかに向かわれたし!」
浅野の言葉を聞くや否や、土方は駆け出した。
ここから鴨川の西側、三条大橋を渡ってすぐの所に池田屋はある。
走れば十分とかかるまい。
薫は土方に後れを取るまいと必死で走った。
時には人ごみに阻まれそうになったが、
新選組である、と叫びながら走り人の群れを掻き分け走り続けた。
池田屋にたどり着くと、玄関先で剣を交え奮闘する永倉の姿があった。
「加勢いたす!」
斎藤は目も止まらぬ速さで敵を薙ぎ払う。
「可能な限り召し捕れ!」
「承知!」
彼らは阿吽の呼吸で相手と向き合い、戦っていた。
これが、彼らの日常だ。
一歩でも足を踏み入れれば、命の保証はない。
自分を守ってくれるのは、己の腕のみなのだ。
薫は深く息を吸うと、刀を抜いた。
土方と一緒に池田屋の中へ入った時には既にほとんどの戦闘は終結しており、
暗い部屋の中には幾人かの死体が転がっていた。
初めて見る死体に薫は目を覆いたくなったが、
これが現実なのだと受け止めねばならないと目を逸らさず土方の後に続いた。
池田屋内部はほとんど片がついて、土方隊には会津藩と共に残党狩りが命じられた。
木屋町通りに沿って、大通りから細い路地にわたり隅々まで調べられた。
長州藩邸の近くに差し掛かった頃、薫は不穏な人影を見つけた。
「何者だ。」
薫は思わず飛び出した。
土方の制止も聞かず、細い路地裏へ入っていく。
人が一人蹲っている。
薫は蹲っている男に剣先を向けた。
「何者だ。」
名前を言っているようだったが、弱っているのか声が聞こえない。
蹲っている男に近づいて、様子を伺う。
「…長州…藩士、吉田稔麿…。」
雲間から月が顔を出し、わずかに明るくなる。
吉田の腹に突き立てられた刀が月の光を照り返した。
「稔麿さん…!」
薫は思わずその名を呼んでしまった。
「その声は…、花里、か。」
残っている力を振り絞って、吉田は顔を上げた。
一瞬だけ、目が合ったような気がした。
しかし、吉田の目は既に力を失い、薫の姿を捉えてはいなかった。
腹部からは血が溢れ返っている。
もう長くは持たない。
「介錯を…頼む…。」
薫は、震える手で刀を握り立ち上がった。
刀を振り上げ、吉田の首に狙いを定める。
しかし、涙があふれかえり視界がぼやけてよく見えない。
吉田の首元に一閃刀が突き立てられ、ザシュッ、という鈍い音がする。
小さなうめき声を聞こえ、吉田は絶命した。
体中の力が抜けて薫は崩れ落ち、先ほどまで振り上げていた刀は音を立てて地面に転がる。
「立て。」
見上げれば、薫の横には土方が立っていた。
薫の前に土方の大きな手が差し出されている。
私に泣くことは許されない。
彼を死に導いたのは、私なのだから。
涙を乱暴に拭うと、薫は土方の手を取り立ち上がる。
路地裏を去る時、薫は後ろを振り返った。
そこには一人蹲る男の姿だけがあった。
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