維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第19章 信念と疑念

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茨木達が会津屋敷にいるという知らせは、昼食を終えたあたりには土方の耳に入っていた。

「まさか、会津屋敷へ逃げ込むとは。」

黒羽二重の羽織に袖を通しながら、土方は呟いた。

「茨木さん達は、どうなるんでしょうか。」

「会津公まで巻き込んでしまったら、益々脱退を認めることはできまい。」

その先を尋ねることは、薫にはできなかった。

新選組の直属の上司である会津公が内輪揉めでどちらかに肩入れすることはない。

恐らく、近藤の指示に従えと諭すことになる。

脱走までして脱退を企てた彼らがはいそうですか、と指示に従うはずもなく。

従ったとして、副長が茨木達を無罪放免で役目につけさせるとは思えない。

そうなれば、茨木達の選ぶ道はただ一つ。



「では、行ってくる。」

身なりを整えた土方は薫から大刀を受けとると、近藤、山崎、吉村、尾形とともに会津屋敷へ向かった。



屯所は脱走した十名の行く末に関するうわさで俄かにざわついていた。

それでも、一介の賄い方に過ぎない薫にできることはただ人数分の夕食を作ることだけだ。

十名が皆無事に帰ってくると信じて。

しかし、十名の器が彼らの腹を満たすことはなかった。



日も落ちて夕餉の片付けを終えたころ、近藤達を乗せた馬が帰ってきた。

「お帰りなさいませ。」

玄関先で近藤を待ち受けていた薫は、近藤や土方の羽織を預かる。

「薫君か。助かるよ。」

どんなときでも部下への労いを忘れない近藤の顔は疲れ切っていた。

茨木達との議論は平行線をたどり、一日では決着がつかなかったのだろう。

「ご夕食はお部屋に準備しております。」

「ありがとう。いただくとするよ。」



近藤と土方は自室に、尾形達監察方の面々にはいつも朝食を食べる大広間に食事を用意した。

既に他の女中たちは帰してしまっているので、全ての用意を一人で担わなければならない。

「我々のことは良いですから、局長と副長のお世話に。」

尾形は薫からしゃもじを取り上げると、米櫃から飯をよそう。

「副長からは一人にしてくれ、と言われまして。」

局長も言葉にはしなかったが、他人を寄せ付けない雰囲気で薫は局長の部屋に立ち入ることが憚られた。

「話し合いの落としどころが見つからない。」

薫の予想は的中した。

「埒が明かへんさかい、一旦戻れ言うても、茨木達は新選組に戻らんの一点張りや。」

「それで、近藤先生もあんなにお疲れのご様子なんですね。」

「会津公も茨木達を気遣って、切腹赦免の書状かて与えてんねんで。」

まあ、伊東を信じきれへんかったあいつらの負けやな。」

「負け?」

「あいつらは伊東が残した密偵や。

事情を理解した上での役目やったやろうに、直参取立に狼狽えて密偵に徹することができひんかった。」

「伊東先生も今、我々と事を構えるのは得策ではない。

故に、自分の所に押し寄せた茨木達を門前払いし、会津公に押し付けた。」

「会津公からしたら迷惑な話ですね。」


「彼らが会津公を頼った時点で、波風立てず離脱することは不可能だろう。

全員の詰め腹は避けられても、首謀者たる茨木の死は免れまい。」

「なんだか、誰も幸せにならない話ですね。」

「明日もこの話をせなならんと思うと気が重うてしゃあないわ。」

三人はそれぞれに深いため息をついた。
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