維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第19章 信念と疑念

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会津屋敷の一間を借りて、近藤と茨木達の話し合いは続いていた。

「茨木君達の旧君を慮る気持ちは十分理解した。

しかし、直参取立となっても、新選組として尊王攘夷の志を遂げることに何の変わりはない。」

「近藤局長。私は天子様のため、日本国のためこれまで努めを果たして参りました。

旧君を捨て、浪人の身として新選組での役目を努めてきたにもかかわらず、

ここで直参の身となってしまえば、私は旧君に申し訳もなく…。

どうぞ、脱退を認めていただけないでしょうか。」

二人のやり取りを見守っていた土方は、隣に座る近藤を横目に見た。

近藤の顔はいつになく苦渋に満ちた顔であった。

大きく静かに息を吸うと、土方は淡々と話し始めた。

「脱退は許さぬ。

これは伊東殿とも取り決めた約定である。

それとも、己の師に自ら約定を破れとでも言いたいのか。」

憎まれ役は俺の仕事だ、と土方は改めて己を奮い立たせる。

彼らの脱退を認めれば、今後も会津公の所に隊士が押し寄せ会津に迷惑を掛けるだけではなく、

新選組そのものも崩壊してしまう。

彼らの言い分を通すわけにはいかなかった。

「め、滅相もありませぬ。」

「ならば、今回のことは不問にする故、新選組に戻る。

それ以外に道はない。」

茨木は押し黙ったまま、視線を床に落とした。

そして、覚悟が決まったのか、まっすぐと土方を見つめ、口を開いた。

「…かしこまりました。

皆で隊に戻る支度をします故、お時間をいただけないでしょうか。

それから…。」

隣に座る近藤の顔が安堵の表情に変わるのが顔を見なくとも伝わってくる。

「まだ何かあるのか。」

「此度の脱退の騒ぎは、私と佐野、中村、冨川の4名で起こしたものです。

残りの6名の者は、何をかわからず、私に付いてきただけの者。

まだ年端も行かぬ者もおります故、どうか彼らを放免していただきたく…。」

後ろに控える六名は茨木の懇願に狼狽えた。

「お前たちは、二度と新選組にも伊東先生の元にも近づいてはならぬ。

己が新選組隊士であったことを口外してはならん。

…行け。」

茨木は振り向きざまに厳しい口調で言い放つと、六名は動揺を抑えきれぬままではあったが、


それ以上は何も言わず部屋を去っていった。

「君たちにはこれまでも変わらず、働きに期待する。」

「局長、身に余る光栄でございます。」

茨木は手をついて深く頭を下げ、他の3名とともに話し合いの場を後にした。



張り詰めていた緊張がようやく解け、土方は大きくため息をついた。

「まったく、世話の焼ける。」

「また、憎まれ役を押し付けてしまったな。」

「それが俺の仕事だ。」

「かっこつけやがって。」

近藤は昔のように、土方の肩を小突いた。

珍しく笑顔を浮かべる土方の目に、中庭に生えている大きな黒松が映った。

土方家の庭に生える立派な黒松を思い出した。


出稽古に来るたびに近藤は黒松を褒めたたえ、いつかこの黒松に負けぬ立派な武士になってやると話した。

「かっちゃん、おめでとう。」

「ありがとう、トシ。」



二人の短い会話の中には言葉以上の意味がこめられていた。

尾形は、籠を呼んでまいりますと立ち上がり、二人のいる部屋から退いた。

なんだか、二人の邪魔をしてはならぬ気がしたからだ。



まぶしいほどに太陽の差し込む廊下を歩いていると、わずかに障子が開けられた部屋があった。

少しの隙間から部屋を覗き、尾形は言葉を失った。



「い、茨木…。」

障子を開け放つと、そこには腹に刀を突き立て絶命した四人の男の姿があった。

苦悶の表情を浮かべる者。

泣きはらした目を大きく開けて絶命した者。

茨木の顔は、澄み切ったように平生な表情を浮かべていた。



尾形は、近藤と土方のいる部屋に舞い戻り、事の次第を伝えた。

先ほどまでの安堵の表情は消え去り、4人の無残な姿に近藤は涙をこぼした。

「尾形、山崎。遺体を籠に運べ。吉村は、部屋の片付けを頼む。」




3人は慣れた手つきで、土方の指示をこなしていく。

「こうなったのは、俺のせいだ。」

四人を前に立ち上がれない近藤の肩を抱いて、土方は会津屋敷を後にした。






それから数日後。

伊東の元に茨木達の死がもたらされたのは、皮肉にも土方からの手紙であった。

「茨木君や佐野君達は、脱退を認められず、詰め腹を切らされたようだ。」

佐野は、篠原とともに横浜で外国人居留地の警備をしていた折からの同志だった。

伊東の傍に控える篠原は膝の上に置いたこぶしを震わせ、声を殺して泣いた。

「人は弱い、か。」

珍しく怒りを露わにしていた齋藤に投げかけられた言葉を反芻しながら、土方からの手紙を握りしめた。

「弱かったのは、私自身かもしれんな。」

茨木達が救いを求めてきたとき、自分自身に土方や近藤と対峙する勇気があれば。


姑息な手を使わず、彼らと正面から向き合っていれば。



「…許せ。」



伊東の頬に伝う涙は、部屋から差し込む月の光に照らされ輝いていた。

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