紡がれた意思、閉ざされた思い

北きつね

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第八話 意思を継ぐもの

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「篠原さん。どうしましょうか?」
「あ?石川か、任せる。山本さんは?」
「キッチンでお茶作っています」
「そうか」

 篠原は、近くで作業をしていた、石川に状況を確認した。

「石川さん。このお茶使っていいのですよね?」
「ナベさんのお茶?いいと思うよ」
「本当ですか?すごく高い奴ですよ」
「いいよ。飲まないともったいないよね。それに、確か、ナベさんの地元のお茶だって言っていたよ」
「へぇ静岡なのですね。了解しました」

 あの日から、2ヶ月が経っていた。
 精神的な立ち直りはまだ出来ていないが、そんな事を真辺が望んでいないと思い。
 最後を看取った4人と篠原と、何故か山本貴子が来て、真辺家の片付けをしている。
 当初、警察は『駅で真辺が死んだ』と、聞かされて、白鳥に殺されたのだと思い、刑事までが集まって来たが、死因が『過労死だろう・・・』という事がわかると、病死で処理を始めた。
 変死扱いにはなったが、警察がその辺りを処理してくれた。
 もっと良かったのが、白鳥の事件があった為に、真辺の過労死がマスコミに殆ど取り上げられなかったことだ。

 真辺達がホームに入った時に、二つ隣の駅で発生した『人身事故』の影響が出ているといわれた。
 この人身事故は、白鳥が逃げられないと悟って電車に飛び込んだものだった。結局、白鳥の本当の動機は解らないままになってしまった。警察は、
 後日篠原にだけ事情をある程度話してくれた。その篠原が、石川たちを真辺が使っていた居酒屋に集めて話して聞かせた。

 白鳥は、1年前に自身の浮気から離婚していた。このときの慰謝料の支払いの為に、住んでいた家を売った。
 悪い奴らに付け込まれる様な生活になってしまって、薬にも手を出していたようだ。薬を買う金の為に、給料がなくなっていく。今度は、借金をしてギャンブルにも嵌った。ゴロゴロと転げ落ちるようになってしまってようだ。最初の頃は、協力会社からのリベートを取ってそれで生活をなんとかやっていたようだが、大きくなった借金や薬の頻度から、そんな物では賄いきれなくなっていったようだ。

 それで今回の件で、中間搾取を行う事を思いついた。真辺の会社に迷惑をかけている認識は持っていたようで、副社長に言って、普段よりも高い単価での仕事になっていた。しかし、この副社長がクズすぎた。白鳥からの仕事を自分の持っている会社を通して受けて、会社に正規料金よりも割り引いた額で受注させていた。浮いた金は白鳥に回すという名目で、その財布に手を突っ込んでいた。

 白鳥は、自分の命を差し出して、『被疑者死亡』で幕引きとなった。裏取り調査の為に、警察がSIerと会社に来て書類を押収していった。副社長は、業務上横領と特別背任で訴えられる事になった。合わせて、副社長から金を受け取った役員や社員も洗い出しが行われて、退職もしくは降格処分となった。酷い者は、横領で訴える事にもなった。

 残された者たちに取って、真辺の死因が『過労死』と断定された事が良かったのかもしれない。
 白鳥や副社長を恨む気持ちはあるが、直接の死因ではない。そのために、恨む気持ちはあるのだが、どこか他人事の様な気がしてしまっている。それに、片桐が殺された事。篠原が傷つけられたこと。直接の被害者が別に居るのに、自分たちがいつまでも真辺の事で、白鳥と副社長を恨んでいてもしょうがないという気持ちにさせていた。

 真辺が最後に手掛けた仕事はどうなったのかというと・・・。

 無事、9月末日に納品となった。システムとしては動作確認が取れて、施設の運営も行える状態になっている。SIerも約束を守って、サーバ群だけではなく他にも導入されていなかった端末軍も無事納入された。それだけではなく、山本たちが持ち込んだメンテナンス用の端末まで全部の端末を用意したのだ。
 前途多難な船出ではあるが、船は港を出る事ができた。

 真辺が育てた部下たちが上司の死を忘れるために、必死に働いた結果だ。そして、施設をまとめるドクター松本から、篠原を通して一つの打診があった。

 ドクター松本の施設は、ここだけではなく西日本-九州を中心に介護老人ホームを作っている。
 それらの施設でも、システムを導入しているのだが、システムが上手く動いていない現実がある。
 ドクター松本も施設側に全く問題が無いとは思っていない。リベートを要求したり、言っている事が二転三転したりして、SIerから苦情が来る事もあった。
 しかし、開発が間に合わなかったり、運営をシステムに合わせる必要が有ったりしている。
 そして大きな問題として、それらのシステムの整合性がなく本部の機能を持ったドクター松本の会社で行政への書類を作成したり、行政からの依頼を受けたりする時に、関わったシステム会社に相談しなければならなくなっていた。また、同じ業態の施設なのにシステムが違う為に、人員のやり取りが難しくなってしまっている。
 これらの事をどうにかしたいと大手SIerから人を出してもらって、人員を常駐させて改善を行っているのだが、未だに成果らしい物が出ていない。
 そこでドクター松本は、真辺の部隊が解体されるという話を聞いた時に、それなら希望者をドクター松本の会社で引き取れないかと打診をしてきた。

 篠原は、一本釣りをしなかったドクター松本に敬意を払って、真辺の部下たちを集めて、ドクター松本の話をした。
 
 一番渋ったのは、馬鹿な副社長を会社に呼び戻した張本人だ。真辺の前任者が居た頃から、『火消し部隊』に文句を言っていたのだが、いざ無くなると困るのは開発部である事が解っているのだ、火が付いた現場に放り込める便利な人員程度にしか思っていないのだが、直属の部下である開発部の部長たちから存続を願う声が多いことを受けて、反対の立場になっていた。

 社長としては、判断に迷っていた。『火消し部隊』は本来なら有ってはならない部署だが、実質的にないと困ってしまう。

 だが、『火消し部隊』は真辺以外にまとめられる人間がいないのも事実だ。
 部下たちは一部を除いて、真辺が育てた者たちだ。そして、殆どが会社の他の部署に居て、爪弾きにされた者たちなのだ。真辺は、人員の再生までも行っていたのだ。そんな真辺だから従っていたと公言する者たちを、真辺以外が率いる事ができるとは思えなかった。

 何度か打ち合わせを行った。社長とドクター松本と篠原と真辺の部下である石川、山本、井上、小林夫妻だ。
 大筋の話を決める前に、真辺の部下たち全員で話し合われた。
 酒を飲みながら、三日三晩・・・。自分たちを残して死んでしまった上司への悪口とそれをはるかに上回る敬愛の念を持って・・・。

 結論が、『株式会社マナベ』を立ち上げる事だ。ドクター松本が38%出資(会社から19%と個人で19%)する。社長が5%と篠原が6%出資する。
 残りの51%を元の部下たちが出資する事になった。原資は、機密費と会社からの退職金とSIerから支払われる迷惑料から出されていた。この時には、増えに増えた機密費は200万に届こうとしていた。
 足りない分は主任クラスが多めに出して帳尻を合わせた。

 そして、主な業務で『火消し』と銘打ったシステム会社が出来上がった。
 最初の業務は、出資者であるドクター松本の各施設への常駐及びシステム改善を行う事になった。ドクター松本も大雑把な性格なのか、弁護士を通して来た書類には25年契約と書かれていた。
 よほど、真辺たちの仕事が気に入ったのだろう。

 ドクター松本は経営には一切口を出さないことを明言した。曰く、『素人である自分が口を出して良い事はない』という事だ。ドクター松本は本業が問題なく稼働すればいいのだ。実際に、真辺が鍛えた部下たちは、ドクター松本が気にしていた、システムの無駄を数ヶ月で削ぎ落とした。
 半年でドクター松本の各施設から上がってくる情報をまとめるシステムを構築して、支払っていた人件費を1/3まで圧縮してみせた。
 コストカットには篠原が大いに活躍したのだが、それは別の話だ。

 会社の経営は、元部下たちの合議制で行われる事になった。
 実は、この合議制での経営は真辺が残した文章に書かれていた方法なのだ。

 本社登記やらなんやらで時間を使ってしまった。本社の所在地は、真辺の家が選ばれた。

 これにも理由があった。

 真辺が天涯孤独なのは皆知っていた。親戚筋にも連絡が付かない状態だったのだ。
 葬儀に関しても、最後を看取った4人と篠原と真辺の田舎から出てきた人物が主体となって行っていた。

 遺言を守る意味からでも、必須なことだと思っていた。

 立ち上がった会社は、少人数での船出となった。
 社長は、いろんな意見もあったが、真辺の遺産の中から一番価値のある物を受け継いだ。石川が就任する事になった。

 全員が出資者となるので、役職は特に考えない。好きに付ける事にした。この辺りは、真辺の悪癖が影響しているのは間違いない。篠原が何度か提案したのだが、石川も社長と名乗る事は殆どない。
 実働する人間は、全部で27名、ほとんどが、真辺の部下だった者だ。
 片桐の会社のメンバーも数名が合流する事になった。片桐の会社も、社長の死で解散する事になっていた。幸いな事に借金がない状況だったので、解散はスムーズに行われた、SIerも当初の約束通りの金額を支払った。残された社員に給与を支払う事もできた。この辺りは、SIerから派遣された弁護士が作業を行った。片桐の会社が持っていた、独自パッケージのシステムも、新会社が引き受ける事になった。売上の一部は、片桐の遺族や元部下たちに均等に支払われる事になった。所有権や改版権は、新会社が持つ事になった。

 部下も全員が合流する事はない。やはり、真辺の死だけではなく、事件にもなってしまった事から、心に深い傷を抱えた者もいた。そういう者たちも、新会社への出資だけはしてくれた。会社を退職する時に、会社からも普通よりも多めの退職金をもらう事になった。第二の人生を歩む事を選択した人間たちを石川たちは止めなかった。
 止めてはならないと思っていた。

 篠原も合流して、営業の面倒を見る事になったが、営業が必要になるのはだいぶ先のことだろう。
 営業としては、他に森と山本貴子が合流した。

 そして、真辺の死から49日法要が終わった。今日、会社の運営を開始する。

 そう、真辺の死を皆が見つめたあの時から・・・。
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