ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

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青い鯉

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 我は鯉である。名前は、アオ。青い鯉だ。安直な名前だが、主が付けてくれた名前だ。主が我を呼んでくれる。すごく気に入っている。我が、まだ沼で泳いでいた時に、主に招か捕まえられて、主の家にあった池に住むことを決めた。
 池には、小さな・・・。小さな滝があり、我は暇な時に、滝登りに挑戦していた。我が、滝登りをすると主が喜んでくれたからだ。

「アオ!すごいね!アオが居れば僕たちは大丈夫だ!僕たちのことを見守っていてね!」

 主の笑顔が、我にとって最高のご褒美だ。沼に居た時には食べるのも苦労していたが、主のおかげで毎日しっかりと食事が摂れる。主が、池の側に立ったら誰よりも早く主に近づいて、我の存在をアピールするのを忘れない。我だけが”アオ”なのだ。

 ある日、主が小さな男の子を連れて我の所に来た。

「アオ。僕の息子だ。跡取りだ。アオ。僕の子供たちを頼む」

 我は、主から息子を託された。翌日から、小さな男の子が我に食事を持ってきてくれる。我は、息子にも感謝を伝える。

 我の世話係が息子に代わり、息子が出会った当時の主と同じになり、我の棲家が広くなった。我が登っている滝も高く広くなった。新しく、主になった息子が我に話しかける。

「本当に、アオは我家の守り神だな。父様が言っていた通りだ」

 当然だ。我は、主から”頼まれた”。新しい主となった者を守るのは、我の役目だ。

「アオ。僕の息子を紹介するね」

 主の息子を頼まれた。主が代替わりをしても、我は主との約束を守った。主の子供は、男児だけではない時には女児であった場合もあるが、我は”主の子どもたちを守る”という約定を守った。
 夜に我の所に来る主たちは、昼間と違って家人を連れずに一人で来ることが多い。そして、我に相談を持ちかける。
 我は、主たちの悩みや困りごとや愚痴を聞いて、解決方法を一緒に考える。初代の主に約束した”子供を頼む”を守るために・・・。

 悩み事を打ち明けてくれた主たちは数日後に我の所に来て解決したと笑ってくれる。

「アオのおかげだ!アオ。ありがとう」

 我は、優秀な鯉だ。
 主の悩み事を解決するのが、我に与えられた使命なのだ。

 滝登りは続けている。いずれ昇りきった姿を見せられるだろう。その時には、主たちに褒めてもらいたい。我のささやかな望みだ。

 ある日。朝に、主が現れなかった。主に託された息子が、我の前に来て泣き崩れた。
 息子の話では、主は”戦争”という最も愚かな行為に命令で連れ出されたようだ。我は、息子を慰めるために、滝登りを見せる。息子は、涙を流しながらだが笑ってくれた。大丈夫だ。我が主を守る。

 息子が主になり、日々が流れた。
 もうすぐ、二人の主が我の所に来る。我は、主を守った、主から託された約束息子を守った。

 二人の主が揃って我の前に来た。主は、片腕を失っている。それでも、命を繋げられたと喜んでいる。若い主に、我を託すことにしたようだ。古き主は、池がある場所ではない場所で静養すると教えられた。主は、我を見て笑った。我が守ったと気がついたのだろう。息子を、子孫を頼むと言われた。
 もちろん、我は主たちとの約束を守る。

 二人の主の前で、我は”滝登り”を見せた。
 この日は、古い主の”旅立ちの日”そして、新しき主が正式に誕生した。

「アオ!」「アオ?」

 二人の主は、我の”滝登り”をしっかりと見てくれた。
 滝の頂上付近まで登れるようにはなっている。まだ頂上に到達できない。

 我が、池に落ちる音を聞いて、二人の主は驚きの声をあげる。我も、まだまだだ。主に心配させてしまった。主に、素直に詫びる。

 新しい主は、食事を運んでくれる。
 家人も居るが、我への食事は、主の仕事と決まっている。昔からの約定だ。主が、来られないときには、主の伴侶か子供が、それらも難しいときには、家人が運んできてくれることも有るが、我は主から受け取る食事が好きなのだ。

 我は、主たちを守りながら生活している。
 主たちを数えるのを止めた。5代目までは数えていたが、主は主だ。数える必要など無い。我が守る存在なのだ。

 我は、これからも主たちを見守って、助けていく。我の子孫も、主の子どもたちを守っている。主の子どもたちは、我から巣立つときに、我の子孫を付けている。守るように言い聞かせてある。我たちは、主たちを守るために存在している。

 主が、我の前まで来た。
 深刻な表情をしている。また、何か問題が発生したのか?

 主は、我に詫びながら事情を説明してくれた。
 池を、屋敷を、手放すことに決めたようだ。我は、主が決めたことに従うと告げるだけに留めた。我の気持ちは決まっている、主の負担になりたくない。我は、主たちを守るために存在している。主は、我を守る必要はないのだ。

 その夜、主と我は語り合った。我は、主に主たちの話をした。主は、少しだけ寂しそうな表情で持っていたグラスに入った液体を口に運んでいる。主は、息子たちのことを第一に考えたいと我に謝り続けた。

 朝日が昇る前に、主は池の近くにある岩により掛かるようにして寝てしまった。体調を崩さなければいい。

 我は、最後の挑戦をすると決めた。

 主たちよ。見ていてくれ、今日こそ、今度こそ、我は”滝登り”を成功させる!

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”今宵、新たな龍神が産まれた”
”青龍。青き色をした鯉が登龍門をくぐった。見事な滝登りを見せた”

”新たな青龍の望みを叶えたいと思う。意義がある者は、申せ”

 中央に座る黄色い龍の発する言葉に誰も意義は唱えない。

”よろしい。新たな青龍の望みを叶える”

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 我は・・・。青き龍。名前は、主が呼んでいた”アオ”。

 我は、青龍となった。願い出た望みは、”主たちの下に・・・。そして、主たちに褒められたい”ただそれだけだ。

 我の願いは叶えられた。
 赤き優しい光が示す先に、主たちが我を呼んでいる。手を振っている。我を・・・。青龍となった我を・・・。

 我を”アオ”と呼んでくれる。

 空を舞い。我を待つ主の下に急いだ。
 主!我は、アオ。主を守護する者。我は、約定を守った。我は・・・。我は・・・。
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