歴戦の勇者

北きつね

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初級

今は1時間の睡眠を・・・


 私は、病院での激務を乗り越えて、会社に送還された。
 別に問題が有ったわけではない。もともとその予定だったのだ。事務所でパッケージ開発だけを行えばよかったはずだった。

 怒号も聞こえない。誰かの呻き声も聞こえない。
 怨嗟の声や呪いの言葉も聞こえない。そんな一般的で健やかな気持ちで作業を行っていた。

 私が会社に提案して作成したアプリケーションが納入された。
 売上なんて気にしていなかったのだが、会社に貢献できたのは単純に嬉しかった。
 4ヶ月間の時間を使って作ったアプリケーションが一本とはいえ売れたのだ。

 納入先にも出向いて、話を聞いて細かい部分のカスタマイズを行った。通常の業務として受ける事になった。
 今までの業務に比べると雲泥の差がある内容だった。1週間程度でできる事を、1ヶ月かかると申請して通ってしまったのだ。細かい修正を含めて、2週間もあれば終わる改修作業に2ヶ月間の猶予が与えられた。

 会社には率直に意見している。
 この部署の営業が優秀だったのだ。その営業は、1ヶ月間の余裕があるから、なにか違うアプリケーションを作る事ができないかと打診され、納品したアプリケーションの補助機能となるツールの提案をした。
 別途作って、一緒に売り込もうという話になった。

 倉庫管理を行うスタンドアローンで動作するアプリケーションだった。
 顧客がやりたい事が全部できて、安価なソフトとして白羽の矢が立ったのだ。もともと、スタンドアローンで動いていたアプリケーションのデータベースを集約したホスト的な役割を行うサブツールを作ったのだ。
 イメージが湧きにくいとは思うので割愛するが、特定の本部を作らなくて、自分の所が本部として成り立つアプリケーションになったのだ。

 これが、顧客に刺さった。金払いもいい。納期に関しても寛容。使う立場での改善要求も納得できる事が多い。システム的な指摘を行えば納得するまで話をしなければならないが、納得してくれる。
 客として考えると最高の顧客だ。

 システムの導入も終わった。
 これで、私の出番は終わったと思っていた。

 そんな日々の生活が一本の電話で打ち破られた。

 最初はいい話の様に思われた。

 予兆は確かにあった。
 納品後にすぐにアプリケーションを担当していた営業が移動になった。残ったのは、学歴がご立派な営業だった。
 この部署の営業は優秀でなくても大丈夫と会社側が判断したのかも知れない。移動になった営業は引き継ぎもしっかりすませ客にも挨拶回りをした。納品した会社には、営業ではなく私に直接連絡するようにお願いしていた。
 新しく来た優秀な営業頭はいいかも知れないが影響を考えない愚か者は、必死に営業活動を行っていた。
 何件かのトラブルを出したあとでおとなしくなった・・・かのように思われた。

 電話は、最高の顧客からだった。
 優秀な営業から連絡が来て、”パッケージの販売許可を求めてきたけど、問題は無いと返事したけど、改修したら教えてほしい”ということだった。私が開発したアプリケーションは最高の顧客からの資金が入っているので、販売は単独ではしないという契約になっていた。
 優秀な営業は、私に断ることなく最高の顧客と交渉を行ったようだ。
 会社の・・・。私の事を自由にしてくれている社長派ではなく毛嫌いしている副社長や専務派の人間に許可をとっていたようなのです。

 ここまでは別に大きな問題はなかった。
 勝手にしろという気分が強かった。

 優秀な営業が、専務派に話を付けに行った事を考えればよかった。甘く見ていた。優秀な営業は、”空気感”が読めるのか権力闘争を上手く乗り切る嗅覚でも持っていた。嗅覚をフルに活かした大学時代を過ごして居たようで、出身大学の学閥を上手く利用して、とある研究所にアプリケーションを売りつける事に成功したのです。

 大学主導のシステム仕事をした事がある人ならこの辺りで察する事ができると思います。
 ”酷い”の一言です。内容は、涙が出てきそうなので割愛します。

 そんな精神を削られた上に金にもならない業務はすべて拒否した。権利も何もいらないから、自分たちで勝手にしてくれと放り投げる事になった。もちろん政治的な駆け引きはしっかりした根回しもしっかりした。

 問題は片付いて良かった・・・。と、思っていた。

 優秀な営業と大学側の担当者が、私を訪ねてきました。

 応接室に通して、私が下座に腰を降ろします。これは、想定の範囲内ですが、優秀な営業は正面の”上座の位置”に座ったのです。頭の中に蛆が湧いているのかと本気で思った瞬間でした。

 大学側の担当者は、何も言わないで優秀な営業の横に座ります。
 おかしな図式なのは誰の目にも明らかなのに優秀な営業は話を始めます。私に大学側に協力しろという説得を始めるのです。

 大学側の担当者からも戸惑いの色が見えます。
 私の横に優秀な営業が座っているのなら、席を外させて担当者とだけ話をする事ができるのでしょうが、場を仕切っているのは、優秀な営業なのです。
 その優秀な営業は自分の行いが間違っているは一切思っていません。自己の正義は、会社の正義だと思っているようです。そこには、私の最低限守られるべき権利は含まれていません。

 大学に納入したアプリケーションは初期試験に合格して、全国展開をする事が決定したという事です。
 最初からその予定だったので問題はありません。大学が主体となって売るだけの事です。大学が導入するわけではない事も最初から聞いています。アプリケーションの”命名権”を大学側に売ったと考えてくれればわかりやすいかと思います。
 この時点で私が作ったアプリケーションとは別物になるという契約を交わしています。
 ソースコードも渡しています。大学が改変して売っても問題ない事にしています。3者間契約を結んでいます。私が今後かかわらない事も大学側と優秀な営業からの申し出で追加しています。

 何が言いたいかというと、私はアプリケーションから切り離されたたのです。アプリケーションを大学側がどうしようと勝手にしてくれという事になったのです。

 しかし、優秀な営業の考えは違っていました。
 私が大学や優秀な営業の為に、自分のアプリケーションではない物を売るために協力するのが当たり前だと思っていたのです。

 もちろん拒絶した。
 しかし,優秀な営業は権力を上手く使う方法を心得ていた。
 大学側を動かして専務派を動かした。

 そして、次の週には、私の前に専務と営業のトップと優秀な営業と大学側の担当者と責任者が並んでいる。
 私の横には誰も座っていない。

 最初に言っておく必要がある。
 私は一つの問題を起こしていない。納期も全部守った。契約通りの働きをした。最初、多少はアプリケーションに責任を感じて、契約を巻く時に私が関与できる余地を残しておいた。それを潰したのは、大学側と優秀な営業です。

 専務たちにネチネチ嫌味を言われる事3時間。私が折れる以外にこの話を終了させる方法は見つかりません。

 どうせ、条件なんて付けても契約書さえ守らない様な人たちが守るわけがないと思っていますが、条件を提示します。専務たちがどの様な人種なのかよくわかっています。俗物が一番嫌うのは、自分が理解出来ない事を条件として言ってくる連中なのです。
 だから、条件は彼らが理解できない事を含めて上げていきます。

 まずは、当然の権利として、給与の全額保証と経費の清算を約束させます。
 諸手当も約束させます。残業代や出張手当などがあります。これらをしておかないと、なんだかんだと文句を言ってくる未来が見えてくるからです。
 ここからが条件の本番です。
・今後、私には優秀な営業にかかわらない事
・私の肩書を、システムエンジニアからプログラマにする事
・移動時に自分の車を使う事を許可する事(諸経費は会社負担)
・明確な契約違反なので、私への報酬を大学側としても職員と同等の支払いを行う事
・明確な契約違反なので、優秀な営業からの謝罪文を要求する。
・明確な契約違反なので、今回の件に関わった人物の洗い出しと全員の氏名を公表し再発防止案を提示する事
・明確な契約違反なので、この場に居る私を除く全員の処罰を希望する(大学側の担当者を含む)。

 一気に提示した。
 その場で文章を作成して専務たちに渡した。
 少なくてもこの中から5つは実行してくれなければ私は指一本たりとも動かさない。

 会社は、翌日最後の項目にある大学側の担当者の処罰以外すべてを受諾すると言ってきた。

 私が大学にお願いされた事は、営業サポートだった。
 言葉にすればそれだけなのだが話はそんな簡単な事ではない。大学側と言っているが、別の大手民間企業が絡んでいる案件だった。その大手民間会社が各都道府県の県庁所在地や政令指定都市にパイプを持ち行政としてアプリケーションの導入を行わないかと提案して動いている最中だった。

 一度行われた大都市でのプレゼンテーションには、時勢が影響してかかなり多くの参加者が来たようだ。
 その場で、アプリケーションのデモを見せて導入の為の費用やメリットの説明を行ったようだ。

 問題になったのは、参加者からの質問にデモを担当した者たち(大学関係者)が答えられなかった事だ。当然だ。単純なアプリケーションでも、裏側では複雑な処理をしている場合もあるし、改変に関しては即答できる物でなない。
 それだけではなく、技術的な事や導入時に考えられる問題点など答えられるはずがない。

 初めてのプレゼンテーションは、人を集めるという側面では成功したが、アプリケーションを売り込むという面では完全に失敗に終わったのだ。
 これを重く見た民間企業は一時的にプレゼンテーションの停止を提案してきた。
 大学側は、開発者をアサインする事で対応が可能になると考えた。
 最初は、大学内の人間での対応を考えていたようだが、適任者を探す事も育成する事もできなかった。次のプレゼンテーションまでの時間が短い事で大学は優秀な営業に話をした。
 優秀な営業は社員1人を動かすだけなら簡単にできるだろうと安請け合いをする。断られると思っていなかった大学の担当者はメンツを潰されたと、優秀な営業に文句をいうが契約を調べてできない事が確認されてしまった。そうなると情に訴えるか圧力をかけるかを選ぶ事になってしまった。

 私はそんなわけで、北は北海道、南は沖縄まですべての地域を1人で回る事になってしまった。

 これが殺人的なスケジュールで組み込まれていた大手民間企業がやり手なのかわからないが、連日デモの予定が組まれる。
 車での移動だと知った担当者達は無理目な予定を平気で組み込んできた。

 デモする場所も時間帯もバラバラで参加者も多いときには200名を越えている。少ないときには、3人の場合もあった。

 デモする場所も、公民館の様な所から事務所の片隅だった場合もある。
 持っていく荷物も最初は自分の着替えや仕事道具だけだったのだが、プレゼンテーションで使う資料を運んだり、プロジェクターを運んだり、デモが動かないと問題になるからとデモ用の機材一式を運ぶようになっていた。
 着替えも、最初は4-5泊したら家に帰れば良いと思っていたのだが、デモを土日にやってほしいという要望が入ってきた。

 そうなると帰る事ができなくなる。部屋が恋しいと思えるような生活でなかったので気にはしていないのだが、スーツや着替えだけが困ってしまった。
 吊るしのスーツを現地で買って、よく使っていたクリーニング店に電話して郵送してからクリーニングをお願いする様になる。下着も現地で買う事になって使い捨て状態にする。現地調達できる物は現地調達する様な生活になっている。

 ホテルからホテルに移動する。
 犯罪者と同じ様な生活をしていた。これだけなら良かった。本当に良かったのだ。

 この移動生活も、デモして質問に答えて帰るだけなら苦痛でもなんでもない。
 問題は、行く先々で歓迎会が行われる事だ。

 デモが組み込まれるのが、昼過ぎなら良かった。そのまま、次のデモがあるからと言って移動を行えば避けられた。
 しかし、デモが夕方になるとホテルに泊まる事になる。そうなると、夕方からは時間ができる事になってしまう。わざわざ東京から来ている事を知っているし、全国行脚を行っているのも知っている現地の心が優しい人たちは、そんな哀れな私の為に食事会を開いてくれるのだ。
 寝かしてくれたほうが嬉しいのだが、そうは考えない親切心から食事会の後には軽く飲みましょうということになる。隣に女性が座る店や正面に座るような店に連れて行ってくれる。

 次の日の予定を聞いてきてくれる人はまだ良心的だ。
 自分が歓迎されて嬉しいと思っている人は、他人も”そう”に違いないと思いこむ傾向があるようで、私にも同じ様な事をしてくれる。

 そのために、寝不足になりながら次の現場でデモを行う事になる。

 複数で移動しているのなら歓迎会に順番で出る事で対処はできるのですが、移動ひとりで行っている。
 私が疲れているのだろうと思って開かれる歓迎会を疲労がピークだからと言って断る事はできない。それも、親切心100%なのだ。
 デモに参加してくれた人たちも居るので断りにくい環境にどんどんなっていく。

 そして、徐々に疲労は溜まっていく。
 ホテルにチェックインして、倒れ込む様に寝ることが多くなる。

 そんな時に覚えたのは、”疲労がピークを越えた先にはねなくても大丈夫という世界が待っている”しかし、その時間は長続きしない。ホテルへのチェックインも覚えていない状態で部屋に入ってドアに寄りかかって死んだようになっていた事が有った。
 ホテルから警察に通報される事があってから、過剰な接待は控えてもらえるようになった。

 人間は眠くなると、思考が停止すると思います。
 しかし、眠くならない為に頭を動かし続けるのは無理なのです。無理なのですが、そうしないと寝てしまいます。
 寝ないために、思考を加速させます。しかし、考える事を続ける事ができなくなった瞬間に人は落ちて気絶したように寝られるのです。

 それを知ったのは、部屋を出てから1ヶ月半後の事でした。
 しかし、こんな状況になっても、この業界を辞めたいとは思わなかった。

 ただ、切実に”今は1時間の睡眠をください”とだけ考えていた。
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