歴戦の勇者

北きつね

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初級

存在意義

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 IT会社には悲しいすれ違いから産まれる喜劇があります。
 この話しも、そんな悲しいすれ違いから産まれた喜劇です。

 私の勤めた会社に、前園という某サッカー選手と同じ名字を持つ男性がいました。
 本人の自己申告なので、どこまで本当なのかわかりませんが・・・
 彼曰く
 ・小中高校と主席だった
 ・主席だった為に、友達が居なかった
 ・旧家なのでそこそこの資産がある
 ・兄が居て、兄が跡継ぎになる事が決まっている
 ・兄に疎まれて家から出て生活している
 ・バイクの腕には自信がありレースに出た事がある
 ・大学生の時にレースにはまって彼女を作らなかった

 前園氏という男は、自分を売り込むのが下手なのかもしれないと思った。
 酒の席で、素面の状態で言われても、酔っぱらいが正確に反応できるはずがない。

 真実がどこに有るのかわかりませんが、唯一わかる事があります。友達が居なかった事と、大学時代どころか30半ばになるまで女性とも男性とも付き合った事がないという事です。
 これは、酔っぱらいが直接聞いて確認しているので間違いないでしょう。

 対人スキルが低い前園氏なのですが、自分が童貞だという事を頑なに否定します。
 実際に経験があろうがなかろうが、別に仕事上は問題はありません。しかし、童貞である事は否定し続けます。これに関しては、後日わかった事なのですが、童貞であったのは間違い無いようです。ただし、会社に入ったばかりの頃に、客に”おっぱいパブ”に連れて行かれて、そこで経験したと言いはったのです。店の名前を聞くと、本番をしているような店ではなく、なおっぱいパブだったので、嘘である事がわかったのです。

 前園氏にも春が訪れようとしていました。
 会社が新しい部署を作って、その部署のリーダーに前園氏を指名したのです。まだ本格参入の前段階の実験的な部署ですが、優秀だと自分で思っていた前園氏にとっては千載一遇のチャンスだったのです。
 なんと言っても、部署のメンバーは3名を除いて、自由に決めていいと会社側から言われていたのです。
 立ち上げ当初は部署のメンバーは前園氏を入れて6名になる予定です。

 1名は前園氏
 もうひとりは、この部署の営業を務める人物。もうひとりは、この営業を務める人物が他の部署から引き抜いてきた私。
 この3名は決定していたのですが、他3名は未決状態だったのです。

 そこで前園氏は、元いた部署に話をして人を回してもらおうと考えたのですが、人手不足な部署なので回せる人が居るわけではありません。
 前園氏は何を思ったのか、元々の部署で部下だった者を強引に引き抜いたのです。

 その部署のトップは、営業と私と仲が良かったので、前園氏の行いを苦情という形で受理したのですが、私がその部署のヘルプを行う事で矛を収めてくれたのです。それを、自分の手柄だと言い始める前園氏。この辺りから、かなりウザくなってきたのです。

 部署の立ち上げから1ヶ月も経とうとしている時に、あと二人も決まったのです。
 しかし、両者ともその部署で戦力になるとは思えません。いろいろ前園氏は言い訳をしていたのですが、1人は新人の女の子。もう1人は、前園氏の違う部署に移動になった元部下だったのです。

 そして、残念な事に前園氏は、対人スキルも皆無なので、対女性への対応もできない状況なのです。

 まず、新人の女の子を贔屓し始めます。
 当然です。何もできない子を引っ張ってきた人に責任を取ってもらうのです。しかし、それが裏目に出てしまいました。新人の女の子は、自分が贔屓されている事を認識して、前園氏にやめてくださいというのですが、前園氏はそれが本心からなのか、私たちがプレッシャーをかけたからなのか判断できません。
 そして、私たちが新人の女の子にプレッシャーをかけていると判断して、私たちに辞めるように”皆の前”で説教を始めるのです。

 唯々諾々と営業と私は話を聞いています。何を言っても無駄なのはわかっています。
 最後には、自分が如何に新人の女の子をフォローしていたのかを語りだしたのです。逆効果だという事がわからないのでしょう。

 翌日、新人の女の子は、営業と私に詫を入れて、前園氏に辞表を提出したのです。

 前園氏は引き留めようと必死です。
 別の部署の部長が出てきて、辞表は撤回させて、新人の女の子を引き取る事になったのです。後で話を聞いたら、営業が裏で動いたようです。その時の貸しが高くついたのですが、それは別の話です。

 前園氏は、自分が悪いとは一切思っていません。
 自分の事は優秀な人間だと思っています。確かに優秀な人物だと思います。1人で行う仕事はそつなくこなします。ただ、何度も書いていますが、絶望的に対人スキルが無いのです。従って、私や部下に仕事を出す事がうまくできないのです。
 そして、先の新人の女の子に対する事でわかったのですが、人の気持ちを汲み取る能力が著しく欠落しています。残念な事に、これは前園氏だけの現象ではありません。IT業界で優秀だと言われる人ほど、この現象が現れます。
 そして、決定的なのは、優秀だと思われる人や優秀だと思っている人ほど、人との交流が少なくなっていきます。そして異性との出会いも極端に減っていきます。

 童貞で、年齢=彼女いない歴で、仕事は優秀で、人付き合いができなくて、対人スキルが欠落している前園氏ですが、好きな人ができたのです。
 そう、この部署には前園氏を除いて、妻子持ちの営業。彼女持ちの私。同じく彼女持ちの部下(私から見たら先輩筋)。そして、前園氏の元部下の女性です。

 前園氏は、前にも書いたとおり仕事に関しては優秀だと言える能力を持っていました。ですので、前園氏さんが選んだ道は女性に1人では難しい分量の仕事を割り当てることなのです。そうする事で、女性の手に負えない仕事を、前園氏が手伝って頼りになるところを見せると言う状態を作り上げようとしたのです。

 前園氏らしいアプローチです。この作戦は一見うまくいきそうだったのですが、大きな誤算が発生したのです。
 前園氏もかなりの分量の仕事を持っていたのですが、無理にできる男を演出しなくても、しっかり仕事をこなしていれば十分だったのですが、自分が考えた演出の為に、手伝ってあげる行為が必要になり、手伝ってあげる事で自分の価値を上げようと考えたのです。

 嬉しい誤算もありました。それは、二人だけの残業時間が増えたのです。他のメンツは、私を含めて、人の仕事を手伝って残業するなんて馬鹿らしいと考える人間でした。人の仕事を手伝うという発想は持ち合わせていません。私たちは、リーダーがそんな感じなので好き勝手始めます。出社時間もあやふやになって居て、夕方から出勤して、次の日の朝まで作業をする様な事を行い始めます。しかし、前園氏は女性と二人っきりに慣れる時間が増えると思って容認していたのです。

 前園氏は、女性と二人っきりになる、幸せ時間を手に入れたのです。

 しかし、この幸せは、別の幸せを呼び寄せていたのです。
 女性は、仕事が多くて、残業も多くなって来て、上司(前園氏)は手伝ってくれるのだが、上司が担当している仕事が多いのはわかっています。思い悩んだ女性は、別の部署に居る同期に相談したのです。相談した事は問題にならなかった。当然ながら相談された同期は仕事の内容に関しての助言はできません。やっている事が違うので当然です。しかし、前園氏や女性が担当している仕事の配分が傍目にも異常な事はわかります。それを、その同期は先輩筋にあたる営業に相談したのです。そして、営業が乗り出して問題ない分量の配分にしてしまったのです。

 そして、発生した悲しいすれ違い・・・。 

 前園氏は、自分の存在意義を求めて、女性の仕事を増やした。自分の存在をアピールしたかった。
 しかし、女性は、そんな前園氏さんを見て、自分の存在意義を考えてしまったのです。考え抜いた結果、別の部署に居る同期に相談してしまったのです。

 そして、その女性は、自分の存在意義を、前園氏の部下としてよりも、同期の恋人への存在意義にかけかえてしまったのです。あとでわかった事ですが、この女性は年齢=彼氏なし。本人申告の処女だったのです。そして、相談された同期も同じく年齢=彼女なしの童貞だったのです。

 女性は、前園氏の恋心には気がつかないまま、同期の恋人としての存在を確固たる物にしてしまったのです。

 その後は、可哀想笑いをこらえるのに必死で見ていられませんでした。

 仕事中に聞こえてくる二人の会話が痛々しくてたまらないのです。

 特に前園氏が痛々しくて・・・。仕事中には止めてほしかった。

 同僚は、笑いをかみ殺して、私に詳細に会話の内容を教えてくれました。

 この時点になって、前園氏は、アプローチ方法が間違っていたことに気がついたのです。でも、すでに手遅れだったのです。
 そして今まで(本人曰く)挫折を知らない人だったので、自分の恋心を隠そうとしなくなりました。自分がこんなに好きなのだから、相手も優秀な自分を好きになるはずと思っていたようです。
 しかし、女性は 同期への愛情が体中から溢れ出ています、前園氏の言葉には耳を傾けようとはしていませんでした。
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