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【幸成編】
1.世話係(前編)
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桃子が十五歳の時から、幸成がお守り役兼護衛についた。
彼女は高校入学と同時にこの草村の家にやってきた。
全く笑わないし、気を遣っても愛想はない。だからと言って周囲を見下すわけでもなく、冷ややかに見ているだけのようだった。
その当時は面倒を見ることの出来る構成員がおらず、一番下っ端だった幸成が言いつけられただけだ、そう思われていた。
当時二十一、二だった幸成は、単純に桃子に一番年が近い……決して近くはないと思うが、表向きはそんな理由で護衛兼お守り役と担うことになった。
恐らく桃子はいずれは婿を取らされて、その男が後を継ぎ、その妻としてこの草村組の後を継がされることは薄々感じていただろう。でなければ、この家に来なかったはずだ。
十五歳まではごくごく普通の生活であったのに、一変した。母親が亡くなり、一瞬途方に暮れてしまっていた彼女を引き取ったのが、生き別れた実の父・草村孝蔵だ。桃子は一人で生活していける、と抵抗したらしいが、母方に頼れる親戚もおらず、手を差し伸べたのが、まさかヤクザの親分だとは驚いたことだろう。ヤクザの男と結ばれたことで親戚からは縁を切られ、それが理由で頼る親戚もいなかったと組の誰かが教えてくれた。
「おう、お嬢の世話係になったんだって? お嬢に手ぇ出すなよ」
「出しませんよ」
「鶴丸が一番適任だってオヤジが決めたから仕方ないけど」
「仕方ないとか言わないでくださいよ」
「いいなあ、俺もお嬢の世話係になりてえ」
少し年上の、残念な顔だちの体格のごつい男が言った。もう一人、金髪の三白眼のひょろひょろした男がにやにや笑って聞いている。
風呂に入ろうとしたら、先客二人がいたのだ。
縦社会のこの組織なので、下っ端の幸成は引き下がるしか無い。
部屋に戻ろうと思ったところ、彼らが声をかけてきて、下世話なことを言い出したのだ。
「おまえの世話係ってのは、そっちの世話か。なあんだ」
金髪が強面に言う。
「よくわかってるじゃねえか。でもそれって、鶴丸の得意分野」
(クソかよ)
幸成は内心で吐き捨てた。
得意分野、というのは女の扱いのことを言っていると思われた。
「この前まで中学生だったケツの青いガキですよ。そういう対象にはなりませんし、そもそも手ぇ出したら捕まりますよ」
「いやいやお嬢は上玉だな。二、三年もすればいい女になるって。どうせ若頭の息子の誰かと結婚させられる未来がなってるんだから、一度くらいは……」
「……ほんっとに、オヤジに殺されますよ」
「おまえはいいよな、顔はいいし、何より若いから体力もある。それにおまえ、上手なんだって? そりゃ女が途切れないわな。俺らは寂しい男なわけよ。ここにいると女っけないしな」
そんなこと知らんわ、とまた内心で吐き捨てた。
だいたい年なんてさほど離れていない気もするし、それに「上手」だなんて誰からきいた話なのかと半目で見返した。
女にモテない、女とつながりが持てないからと、彼らはやっかんでいるだけだ。だからって女子高生、しかも自分の仕えるオヤジの娘に欲情するなんてない、と呆れた。
「いい加減に……」
「まあ、手ぇ出さなくても、おまえが羨ましいって思っただけ。はあ-、お嬢の可愛いお口で、俺の咥えてくんねえかなあ」
「……オイオイ、さすがに露骨じゃん」
金髪が残念顔を宥める。
「オヤジももしかしたら、初めてのお世話をと思ってのことか!?」
「なるほど、鶴丸が適任なのはやっぱそっちのお世話ね」
自分が下でなかったら殴りかかっているところだ。
「そんな甘くないですよ」
お嬢は誰にも心を開いてませんしね、と愚痴りかけて堪えた。
「お嬢の部屋に入るのも許されてるのはおまえだけだぞ?」
「そりゃまあ、時と場合によっては、ですけど」
彼女の部屋近くに、自分の部屋も移動している。
朝起こしたり、何かあったときには駆けつけられるようにはしていた。
「お嬢の着替えシーンとか」
「見ませんよ」
「えー、なんだよ」
「二人とも、下品なことばっか考えてないで、さっさと風呂入ってくださいよ。後がつかえるでしょ」
極めて冷静に言ったつもりだ。
彼らの低俗な考えには呆れてしまう。
「お嬢っておっぱい大きいかな。挟めるかなあ」
「そもそも、処女かな」
知りませんよ、と二人を睨んだ。
「おまえならお嬢をモノにできそうだけど」
「どうかな。さすがに鶴丸も理性はあるんじゃね?」
「じゃあ、お嬢をモノにする、に一万円掛ける。どうよ」
「それなら、しないに一万円。鶴丸は」
幸成は盛大に溜息をついた。
「俺は賭けませんよ、馬鹿馬鹿しい」
だいたい組長が世話係に自分を選んだ理由は、ここにはこんな男ばかりで幸成くらいしか任せられなかった、というのが現実だったのだ。
(あー胸くそ悪い)
またあとで来ますよ、と幸成は浴室から立ち去った。
「お嬢、ごはん出来たようですよ」
塞ぎがちな桃子の世話役になった幸成は、桃子の側で見守っている。
ここに来た日から、あまり家の者たちと話すことはない。みな好奇の目で見ているし、下品な色目見ている者もいる。これなら下手に話をしないほうがいい、と幸成は感じていた。
部屋をノックし、耳を澄ませると、
「わかった、行く」
彼女は応えてくれた。
桃子が食事をする場所は別になっている。桃子の居住空間は、皆とは別のエリアで、客人たちが過ごすエリアだ。特に来客もそうそうないし、と彼女の部屋として一室使用し、幸成の部屋を近くに与えた。炊事場も風呂場もある。
風呂場はほぼ桃子専用なので、幸成は他の者も使用する風呂場を使うのだった。ここは何人かが一度に入れる風呂場になっている。
「さあさあ、どうぞ」
ダイニングで、椅子を引いて、桃子を座らせた。
幸成が作るわけではなく、別の者が作って届けてくれるが、桃子からリクエストがあれば伺うし、駄目なものがあればそのリクエストも受け付ける。幸い、桃子は何でも食べてくれた。
「一緒に食べないの?」
「はい、俺は別の所にあるので」
「……そう」
桃子が食事をしている時に、部屋の隅で本を読みながら待っているとそう言われた。
翌日にも、
「今日も別のところ?」
そう訊かれた。
(一緒に食べたいのか?)
とりあえず、彼女の父親である組長の草村に相談をすると、
「食事くらいは一緒に摂ってやってくれ」
と頼まれることとなった。
それからは一緒に食事をするようになった。
会話はない。
幸成が質問をすると、ぽつりぽつりと答えてくれる程度ではあったが。
最低限の会話しかなかったが、ずっと近くにいて気づいたことがあった。
彼女は無愛想ではなかった。そして気丈な性格だと言うこともわかった。
三歩下がって買い物についていくと、桃子は本屋に良く立ち寄った。動物雑誌、それも特定の動物、種類のページに目を輝かせている。
(お嬢は……柴犬が好きなのか……)
おそらくは柴犬が好き、それは間違ってはいないだろう。柴犬に限定した雑誌を見て、口元を緩めている。
「買いましょうか」
ある時声をかけると、
「いい」
そう断られた。
何回も見るほど好きなのに買わないのか、とその時は思ったが、彼女が倹約家であることを後に気づくことになる。
桃子は、散歩をする柴犬を見て、これまた笑顔になるのだ。歩み寄ると飼い主の女性に、
「柴犬がお好きですか」
と尋ねられた。
「はい、大好きです」
「撫でてみますか?」
柴犬の飼い主の女性が桃子に声をかけると、撫でさせてもらえることにとても喜んでいた。柴犬も巻尾を高い位置でぶんぶん振って、桃子にすり寄ってきた。
「あら、この子もすごく喜んでるみたい」
「尻尾が高い位置で揺れてますね、喜んでくれてるってことでいいんでしょうか」
桃子が柴犬の顎を撫で、頭を撫でると、お尻ごと尻尾を振った。
「こんなに喜んで近づくのも珍しいですよ」
「嬉しいです」
暫く柴犬と戯れたあと、飼い主と柴犬と別れ、前を歩き出した。
(やっぱり柴犬が好きか)
草村の家には動物がいない。
死んでしまうと悲しい思いをするから、と組長は言っていた。
桃子は公園や河川敷に行き、そうやって人や犬を眺めて気を休めているようだった。
桃子がベンチに座って、周囲を眺めている。それを少し離れた場所で幸成は見守っているだけだった。
彼女は高校入学と同時にこの草村の家にやってきた。
全く笑わないし、気を遣っても愛想はない。だからと言って周囲を見下すわけでもなく、冷ややかに見ているだけのようだった。
その当時は面倒を見ることの出来る構成員がおらず、一番下っ端だった幸成が言いつけられただけだ、そう思われていた。
当時二十一、二だった幸成は、単純に桃子に一番年が近い……決して近くはないと思うが、表向きはそんな理由で護衛兼お守り役と担うことになった。
恐らく桃子はいずれは婿を取らされて、その男が後を継ぎ、その妻としてこの草村組の後を継がされることは薄々感じていただろう。でなければ、この家に来なかったはずだ。
十五歳まではごくごく普通の生活であったのに、一変した。母親が亡くなり、一瞬途方に暮れてしまっていた彼女を引き取ったのが、生き別れた実の父・草村孝蔵だ。桃子は一人で生活していける、と抵抗したらしいが、母方に頼れる親戚もおらず、手を差し伸べたのが、まさかヤクザの親分だとは驚いたことだろう。ヤクザの男と結ばれたことで親戚からは縁を切られ、それが理由で頼る親戚もいなかったと組の誰かが教えてくれた。
「おう、お嬢の世話係になったんだって? お嬢に手ぇ出すなよ」
「出しませんよ」
「鶴丸が一番適任だってオヤジが決めたから仕方ないけど」
「仕方ないとか言わないでくださいよ」
「いいなあ、俺もお嬢の世話係になりてえ」
少し年上の、残念な顔だちの体格のごつい男が言った。もう一人、金髪の三白眼のひょろひょろした男がにやにや笑って聞いている。
風呂に入ろうとしたら、先客二人がいたのだ。
縦社会のこの組織なので、下っ端の幸成は引き下がるしか無い。
部屋に戻ろうと思ったところ、彼らが声をかけてきて、下世話なことを言い出したのだ。
「おまえの世話係ってのは、そっちの世話か。なあんだ」
金髪が強面に言う。
「よくわかってるじゃねえか。でもそれって、鶴丸の得意分野」
(クソかよ)
幸成は内心で吐き捨てた。
得意分野、というのは女の扱いのことを言っていると思われた。
「この前まで中学生だったケツの青いガキですよ。そういう対象にはなりませんし、そもそも手ぇ出したら捕まりますよ」
「いやいやお嬢は上玉だな。二、三年もすればいい女になるって。どうせ若頭の息子の誰かと結婚させられる未来がなってるんだから、一度くらいは……」
「……ほんっとに、オヤジに殺されますよ」
「おまえはいいよな、顔はいいし、何より若いから体力もある。それにおまえ、上手なんだって? そりゃ女が途切れないわな。俺らは寂しい男なわけよ。ここにいると女っけないしな」
そんなこと知らんわ、とまた内心で吐き捨てた。
だいたい年なんてさほど離れていない気もするし、それに「上手」だなんて誰からきいた話なのかと半目で見返した。
女にモテない、女とつながりが持てないからと、彼らはやっかんでいるだけだ。だからって女子高生、しかも自分の仕えるオヤジの娘に欲情するなんてない、と呆れた。
「いい加減に……」
「まあ、手ぇ出さなくても、おまえが羨ましいって思っただけ。はあ-、お嬢の可愛いお口で、俺の咥えてくんねえかなあ」
「……オイオイ、さすがに露骨じゃん」
金髪が残念顔を宥める。
「オヤジももしかしたら、初めてのお世話をと思ってのことか!?」
「なるほど、鶴丸が適任なのはやっぱそっちのお世話ね」
自分が下でなかったら殴りかかっているところだ。
「そんな甘くないですよ」
お嬢は誰にも心を開いてませんしね、と愚痴りかけて堪えた。
「お嬢の部屋に入るのも許されてるのはおまえだけだぞ?」
「そりゃまあ、時と場合によっては、ですけど」
彼女の部屋近くに、自分の部屋も移動している。
朝起こしたり、何かあったときには駆けつけられるようにはしていた。
「お嬢の着替えシーンとか」
「見ませんよ」
「えー、なんだよ」
「二人とも、下品なことばっか考えてないで、さっさと風呂入ってくださいよ。後がつかえるでしょ」
極めて冷静に言ったつもりだ。
彼らの低俗な考えには呆れてしまう。
「お嬢っておっぱい大きいかな。挟めるかなあ」
「そもそも、処女かな」
知りませんよ、と二人を睨んだ。
「おまえならお嬢をモノにできそうだけど」
「どうかな。さすがに鶴丸も理性はあるんじゃね?」
「じゃあ、お嬢をモノにする、に一万円掛ける。どうよ」
「それなら、しないに一万円。鶴丸は」
幸成は盛大に溜息をついた。
「俺は賭けませんよ、馬鹿馬鹿しい」
だいたい組長が世話係に自分を選んだ理由は、ここにはこんな男ばかりで幸成くらいしか任せられなかった、というのが現実だったのだ。
(あー胸くそ悪い)
またあとで来ますよ、と幸成は浴室から立ち去った。
「お嬢、ごはん出来たようですよ」
塞ぎがちな桃子の世話役になった幸成は、桃子の側で見守っている。
ここに来た日から、あまり家の者たちと話すことはない。みな好奇の目で見ているし、下品な色目見ている者もいる。これなら下手に話をしないほうがいい、と幸成は感じていた。
部屋をノックし、耳を澄ませると、
「わかった、行く」
彼女は応えてくれた。
桃子が食事をする場所は別になっている。桃子の居住空間は、皆とは別のエリアで、客人たちが過ごすエリアだ。特に来客もそうそうないし、と彼女の部屋として一室使用し、幸成の部屋を近くに与えた。炊事場も風呂場もある。
風呂場はほぼ桃子専用なので、幸成は他の者も使用する風呂場を使うのだった。ここは何人かが一度に入れる風呂場になっている。
「さあさあ、どうぞ」
ダイニングで、椅子を引いて、桃子を座らせた。
幸成が作るわけではなく、別の者が作って届けてくれるが、桃子からリクエストがあれば伺うし、駄目なものがあればそのリクエストも受け付ける。幸い、桃子は何でも食べてくれた。
「一緒に食べないの?」
「はい、俺は別の所にあるので」
「……そう」
桃子が食事をしている時に、部屋の隅で本を読みながら待っているとそう言われた。
翌日にも、
「今日も別のところ?」
そう訊かれた。
(一緒に食べたいのか?)
とりあえず、彼女の父親である組長の草村に相談をすると、
「食事くらいは一緒に摂ってやってくれ」
と頼まれることとなった。
それからは一緒に食事をするようになった。
会話はない。
幸成が質問をすると、ぽつりぽつりと答えてくれる程度ではあったが。
最低限の会話しかなかったが、ずっと近くにいて気づいたことがあった。
彼女は無愛想ではなかった。そして気丈な性格だと言うこともわかった。
三歩下がって買い物についていくと、桃子は本屋に良く立ち寄った。動物雑誌、それも特定の動物、種類のページに目を輝かせている。
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おそらくは柴犬が好き、それは間違ってはいないだろう。柴犬に限定した雑誌を見て、口元を緩めている。
「買いましょうか」
ある時声をかけると、
「いい」
そう断られた。
何回も見るほど好きなのに買わないのか、とその時は思ったが、彼女が倹約家であることを後に気づくことになる。
桃子は、散歩をする柴犬を見て、これまた笑顔になるのだ。歩み寄ると飼い主の女性に、
「柴犬がお好きですか」
と尋ねられた。
「はい、大好きです」
「撫でてみますか?」
柴犬の飼い主の女性が桃子に声をかけると、撫でさせてもらえることにとても喜んでいた。柴犬も巻尾を高い位置でぶんぶん振って、桃子にすり寄ってきた。
「あら、この子もすごく喜んでるみたい」
「尻尾が高い位置で揺れてますね、喜んでくれてるってことでいいんでしょうか」
桃子が柴犬の顎を撫で、頭を撫でると、お尻ごと尻尾を振った。
「こんなに喜んで近づくのも珍しいですよ」
「嬉しいです」
暫く柴犬と戯れたあと、飼い主と柴犬と別れ、前を歩き出した。
(やっぱり柴犬が好きか)
草村の家には動物がいない。
死んでしまうと悲しい思いをするから、と組長は言っていた。
桃子は公園や河川敷に行き、そうやって人や犬を眺めて気を休めているようだった。
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