突然恋に落ちたら

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【幸成編】

8.真実(前編)

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 桃子は高校三年生になった。
 いよいよ本格的に進路を決定しないといけない。
 本当はなりたい職業があった。進学もそのためにしたいと思っている。誰にも言えずにいる現実だった。
 龍太郎と結婚するということは、その仕事にも就けないどころか、そのための勉強もできない。一般社会から隔離された生活を送ることになってしまうと感じていた。

 龍太郎を呼び出し、そのことを伝えようと決めた。
 呼び出し、自分の胸の内を伝えたが、龍太郎にはあっさり拒絶された。
「認めてもらえるなら、ちゃんとあなたと結婚します」
 結婚は延期すると言ってくれたはずだ。
「どうしようかな、残念だけど僕には権限がないんだ。組長に従うことになってるし」
 あなたから言ってよ、と桃子は睨んだ。
「できない」
「わたしは学校に行って、資格を取って働きたいの」
 働いてからでも結婚するのは遅くない、と桃子は言った。
「けど組長と俺の親父がね……。早く結婚しろって言うんだよ。早く子供を作って、安心させろって」
 早すぎる、と龍太郎を睨むが彼は気にした様子もなく鼻で笑った。
「俺もね、あの人たちの考えがよくわかんないんだよね」
「何それ。じゃあ、訊くけど……あなたは、わたしと結婚したいの?」
 否と言う答えを期待した。
「うん」
「えっ」
「結婚はしたいよ。桃子となら」
 答えにも驚いたが、いきなりの呼び捨てにも驚き絶句した。
「よ……呼び捨てにしないで」
「なんで? 結婚するのに? じゃあ、桃子ちゃん?」
「まだそっちのほうがマシ……」
 じゃあそれで、と龍之介は笑う。
「俺は桃子ちゃんと結婚はしたいよ。子供も欲しいし」
「…………」
「あの人たちは望んでるのはそういうことだから。言われたとおり結婚して、ちゃんと俺らの子供を作って、跡継ぎにする。それ以外は浮気しようが不倫しようが、外に恋人作ってもいいんだよ。愛人でもさ」
「あなたはそういうつもりでいるってこと……」
「うん、そうだよ。君は正妻で、まあ、浮気も不倫もするつもりはないけど、もしかしたら愛人は作るかも」
「さいってー……」
 堂々と宣言する相手に桃子は辟易した。
「ちゃんと桃子ちゃんのことは大事にするよ? 子作り以外にもちゃんと愛のあるセックスはするつもりだし……って、こんな話、でも桃子ちゃん高校生だし、もうそういうの、わかるだろうからいいよね?」
 顔を赤くし、背けてしまった。
「あ、ごめん。もしかして未経験だった? 俺は十四で経験したから、そのノリて言っちゃったわ」
「……っ」
 ほんとこの人最低、と桃子は歯がみした。
「俺が嫌なら、誰か別の相手と先に経験しといてもらえるといいんだけど。最初の男になったら責任重いしさ」
「……ムカつく」
 こんな人と夫婦にならなきゃいけないなんて、と怒りと悔しさが入り交じる。
 なんとかして回避したかったが、難しいなら妥協しようと思って、今日話し合いに来たというのに。
「桃子ちゃんのお母さんだって、そうじゃない?」
「は?」
 唐突な言葉に、桃子は全身の動きが止まった。
「草村孝蔵に好意を寄せられて、拒んでいたけど、結局は受け入れた。孝蔵氏はね、自分が二番目でもいいから、って百合子さんという人に迫ったんだよ」
「百合子……」
 桃子は母親の名前を耳にし、まじまじと龍太郎の顔を見返した。
 得意げに話す龍太郎の顔が腹立たしい。
 百合子というのが桃子の母親だとわかっていて、そう名前を出したのだろう。
「最終的に、草村孝蔵という男はね、あなたの母親を強引に自分のものにしたんだよ。意味がわかる?」
 桃子は、一生懸命どういうことか考えた。
「百合子さんはね、最初は向井誠二という構成員と結婚した。孝蔵氏のショックは大きかっただろうねえ。しかし婚姻中、草村孝蔵はね、横恋慕していた百合子さんを、向井誠二の留守中に訪ねて自分のものにしたわけだ」
 桃子は、意識が飛びそうになった。
 この男は何を言っているのだろう、と。
「その手引きをしたのが、安藤という男。君の知っている男。……わかるよね、僕の父親だよ。その後、君を孕んだことがわかった百合子さんは、誰にも相談できず、困って僕の父親に相談したわけだ。向井誠二と離婚させ、手切れ金を持たせ消えるように言ったのも草村孝蔵と親父だ」
 向井誠二と結婚した時点で実家とは縁を切られて疎遠、その夫とは別れさせられ、母親はどんな気持ちだっただろうか。向井誠二は自分の子として育てたかった気持ちはあったようだが、よりによって自分の親玉である組長だ。
 百合子も、信頼していた男達に裏切られた形だ、と龍太郎は言った。
 桃子が生まれると、街から消えた……という。
 ただ、母親の残した一枚だけの写真には、百合子の元夫と桃子が写っていた。向井誠二は百合子に会いに来たことがあるのだろう、そしてそこで桃子にも会ったのだと思われた。
「その後は、君の知ってるとおりだよ。親父は、草村孝蔵に内緒で、百合子さんを探して、居場所を知られないように影ながら支援をしていたようだけど。たぶんだけど、俺の親父もね……百合子さんに惚れてたんだと思う。妻も子もいるのにね」
 桃子は絶句するしかなかった。
「……ま、こういう環境にある僕たちだけど、僕は君を大事にするよ? もしかしたら愛人を作る可能性はあるけど、君を一番に愛するし、夜の生活だって、君を優先にするし」
「そんなこと……」
 どうでもいい、と桃子は落ちた涙を拭いもせず叫んだ。
 こんな形で、しかもこんな小さなニュース程度の文字数で、自分の生い立ちを語られるなんて、語ることができるなんて思いもしなかった。
 向井誠二という男が自分の父親だと思っていた。だからなぜ草村孝蔵という人物が突然現れるのか全く理解できなかった。
「強姦されて生まれたの……」
「強姦、かどうかはわからないけど……まあ、そうかな、そういうことになるか」
「あんたたちなんか……あんたたちなんか……地獄に落ちればいい!」
「地獄には落ちるだろうけど」
 龍太郎は薄く笑った。
「あんたたちが落ちないなら、わたしが死ぬ!」
 桃子は駆け出すと、湖にかかる橋の真ん中あたりに行き、欄干に手を掛けた。
「えっ、桃子ちゃん!?」
 身を乗り出し、飛び込んだ。
 それを見て龍太郎も追いかけたが、それより先に駆けつける男の姿があった。
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