大人の恋愛の始め方

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【第2部】20.恋敵

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 すっかり落ち着いたらしい聡子は、トモの胸に寄り添ったまま無言になった。
「あいつのことを気に入ってるやつがいたんだよ、そんな女に手出すかよ」
 とトモは苦笑した。
 本当に寝てなどない、と。
「嘘つき」
「なんでだよ」
「智幸さんは、女から誘ってきたら断らないんでしょう?」
「昔の俺ならな。それに、知らない男の女ならともかく、顔見知りの男のお気に入りだぞ。飲み屋に連れてっただけだ。信じねえならそれでもいいけどよ」
「ほんとにほんとですか?」
「ああ」
 リカという女に言い寄られていたような記憶はある。その当時の自分は特定の誰に縛られる気も、縛る気もなかった。寝るだけで適当に遇っていた。他の女同様、誰かいい男がいればすぐに気が変わるはずだと思っていた。
「最後に、ってことは、前に一度はしたことあるわけじゃないですか」
「…………ん」
「智幸さんの、どこを好きになったんでしょうね」
「……知らね」
「やっぱり身体ですかねえ」
 聡子はトモの胸をトントンと叩く。
「……かもな」
 否定しても聡子が不機嫌になるだけだとわかり、濁した。しかしどう答えても彼女がむくれるのは目に見えているのだが。
「広田が……同じ組にいた男が気に入ってる女だって知らない頃の話だ」
 広田という元舎弟仲間がのめり込んでいる女だと知ってからは、誘われても断ってきた。一度抱いて、優しくしてやってからは、自分を気に入ったらしく、アプローチがあった。付き合ってほしいとも言われたが、そんなつもりはないと断った。
 久しぶりに会って、いつものように断ると、それなら最後に抱いてくれと言われたが、聡子に惚れ込んでいるトモはできないとつっぱねたのだった。それでもしつこいため、ついてこい、と言って居酒屋に連れていったのだった。不満げな女だったが、本気で惚れた女がいるから無理だとこんこんと話して聞かせたのがその日の話だ。
「ごめんなさい……」
「謝ることでもねえよ、誤解させたのは俺だしな」
「痛かったですよね」
 聡子がひっぱたいた頬を手で撫でた。
「痛くねえって言ったら嘘になるけど、おまえのほうが傷ついたんだんだろ。聡子のほうがもっと痛かったよな」
 我ながら気障だったかな、とトモは思ったが、聡子は悲しそうだった。
「おまえは悪くねえよ」
「……ごめんなさい」
 そんな聡子の背中に腕を回し、抱きしめるトモ。
「謝るなって」
 な、とトモは聡子の頭を撫でる。
 おでことおでこをぶつけ、トモは笑う。
「おまえの本音、これからもちゃんと言え」
「…………」
「俺に遠慮する必要なんてねえんだから」
 わがままも言え、とトモ。
「わがまま言ったら嫌いになるでしょ……?」
「ならねえよ。嫌いになったことあると思うか?」
 トモは笑った。
「おまえにめちゃくちゃ惚れてんだ、わがままでもなんでも叶えてやる。なーんて、おまえのささやかな望みも叶えてやれねえクズだけどな」
「そんなことない」
「本音言い合って喧嘩もしようぜ」
 二人は仲直りをした。
「俺はおまえに本気で惚れてる。だから、いなくなると困る」
「本当に?」
「ああ。おまえはどうなんだよ」
「わたしだって……智幸さんが好きですよ……智幸さんが好きになる前から好きだったんだから……大好きですよ……たぶん、そのへんの女の人よりずっとずっと好き。大好き」
 もっとずっと一緒にいたいです、と蚊の泣くような声で伝える聡子。
「じゃあ俺のそばにいろよ」
「……うん」
 聡子は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。
 額を額をくっつけて、唇が触れそうな距離にまで近づく。
 ちゅ、っとトモが動いた。
 すぐに離れ、聡子の顔を見て、もう一度素早く触れる。
「可愛いよ」
 トモは彼女の唇を何度も啄んだ。
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