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【彩織×健輔編】
2.再会
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彩織は、結局は健輔と同じ大学の経済学部を受験した。
志望校は変更しなかったらしい。
健輔も合格した。
……と聞いたのは母親と孝太郎からだった。
健輔とは、あの日以来口をきいていなかった。
孝太郎に告白されたことを打ち明けたあの日だ。
卒業するまでも、してからも一切口を利いていない。
そのまま、大学に進学してしまった。
同じ大学に通っていながら、会うこともない。
(健ちゃん……どうしてるかな)
健輔に孝太郎とのことを相談しないほうがよかったのだろうか。
(あの時、本当は健ちゃんが好きって言ってたら、どうなってたかな……)
孝太郎と付き合わなかったら、それはそれで気まずくなっていただろう。
(でも、孝ちゃんと気まずくなるより、健ちゃんと気まずくなるほうがつらいかも……)
彩織は、一月から孝太郎と付き合い始めた。
孝太郎はサッカーの強い大学に進学し、遠距離……とまではいかないが、それなりに距離のある恋愛になってしまった。本当に忙しいようで、滅多に連絡がない。夜遅くにメールがたまに入るだけ。電話で話すなんて全くない。
手をつないだこともないし、それ以上のこともない。
それ以前に、ほとんど会ってもない。
それでも、孝太郎に対しての感情は幼なじみを超えていたし、ずっと好きだった人への恋情を吹っ切れるためにも、もっと好きになろうと努力していた。
《ごめん、今度の日曜日、試合について行くことになった。この埋め合わせは絶対するから》
と、孝太郎からメッセージが来た。
大学に入って初めて、孝太郎と会う約束をしていた明後日の日曜日。
孝太郎のアパートに電車に揺られて行こうと考えていたのに。
(残念……)
がっかりしてしまった。
こんなに悲しくて寂しいものなのか、と彩織は落ち込んだ。
世の中の遠距離の人たちって、みんなこんな気持ちなのかな……とセンチメンタルになってみたりもするのだった。
《いいよ。しょうがないよ、一年生だもんね。その代わり、今度会うときは、一緒に美味しいもの食べようよ》
メッセージを返すと、ハァッ、とため息をついた。
すると、どすんっ、と体当たりされた。
「いたっ」
「何よそのため息」
大学に入って仲良くなった友達、理沙だった。
地味な彩織とは違い、ちょっとギャルっぽさがあるが、誰とでも仲良くなれる可愛い女の子だ。
「何か寂しいことがあったな?」
「ま、まあね」
「彼氏か。じゃあさ、ちょっと今晩つきあってよ」
「えっ」
合コン数が足りなくてさぁ、とけらけらと笑う理沙だ。
「数合わせ数合わせ、ちょっと座ってご飯食べてくれるだけでいいからさ」
なにそれ、と彩織は苦笑する。
「もうすぐ夏が来るのよー。大学入って三ヶ月目。出会いくらいほしいじゃない」
「ん、ま、まあね……」
「彩織は彼氏いるからどうでもいいかもしれないけど」
理沙は強引だけど、不快ではない。
美人なのだから黙っていればいいのに、口を開くと可笑しい。
気取ってないというか、見た目と中身が合っていない。
大学に入って自分を変えようと努力している子なのかもしれない。
彩織は、物怖じしないこんな理沙が好きだった。
自分にはないものを持っている。
そんな理沙に頼まれたら仕方ないか、と諦めた。
今日は金曜日のせいか、飲食店にはサラリーマンや女性会社員の姿も多い。
その一角の部屋に、彩織たちはいた。
理沙、陽子、春華、そして彩織。
彩織は数合わせなのだが、ほかの三人は目をきらきらさせている。
「相手はどんな人たち?」
「同じ大学の人」
陽子が言う。
陽子が入ったテニスサークルの男子学生に頼まれて設けた席らしい。
「ふーん……。同じ大学かぁ」
「向こうも四人か五人でくるみたいよ」
わくわく、と三人は言っている。
彩織は、三人のきらきらした目に苦笑した。
でも羨ましいと思っていた。
どんな人と出会うかわからない新しい出会いにどきどきしているその姿を、自分は経験したこともないし、いまだ経験しようとしたことがない。
一人ばかりを当たり前のように追いかけていた自分……。
(だめだめ、捨てよ捨てよ)
と彩織は首を振った。
「お待たせー」
と襖が開いた。
「川本君、こんばんはー」
陽子が手を挙げた。
川本、と呼ばれた男子学生も手を挙げた。
その後ろから男子学生たちがついて入って来る。
男性側は五人だった。
「…………!」
その最後に入ってきた眼鏡をかけた男子学生に、彩織は驚愕した。
その男子学生と目が合う。
(あっ)
彩織を見た目が驚いていた。
「かんぱーい!」
男子五人女子四人、乾杯で始まった。
しかし彩織は浮かない顔をしていた。
「ちょっと彩織。嫌そうな顔しないでよ」
「してないよ」
理沙が小声で彩織の肘を小突いた。
「こっち一人人数が少ないからさ、適当にうまーく相手してよ、ねっねっ」
「わかってるよ」
彩織が浮かない顔になっているのは、五人目の男子学生のせいだった。
「今日の幹事の川本拓也です。工学部一年、テニスサークル所属です。よろしくぅ」
陽気な男子学生で、五人の中で一番爽やかなスポーツマンタイプだ。
「吉本圭介です。工学部一年です。よろしくです」
ごくごく普通だった。
「柴田透です。理学部一年で、川本と同じテニスサークル所属です」
髪が茶髪で、爽やかは爽やかだから、彩織は苦手なタイプにみえた。
「大田真治ですぅ、工学部一年ですぅ、よろしくー」
関西訛りがあり、ニコニコしている学生だった。
「高月健輔です、工学部一年です。よろしく」
彩織がよく知っている人だった。
(なんで健ちゃんがここにいるの……)
合コンに行くようになったのね、とチラッと健輔を盗み見る。
五人のなかで一番大人しかった。彩織がいるからなのか、ほかの四人が騒がしいからなのか……。
「宮崎陽子です。経済学部一年で、川本君と柴田君と同じテニスサークルです。よろしくお願いしまーす」
と陽子が自己紹介を始めると、理沙、春華も自己紹介を始めた。
「太田理沙です。わたしも経済学部一年で、今からでも何かサークル入ろうかなと思ってまーす」
「オオタ? 俺と同じやなあ」
と大田真治が相槌を入れる。
「小林春華です。経済一年です。よろしくです」
春華は緊張している様子だった。そんな春華につられて、彩織も緊張がうつってしまった。
「日高、彩織です。経済学部一年です」
四人の自己紹介が終わると、イエーイ、と男子の誰かが言い、いよいよ会が本題に入っていった。
しばらくはその場に座っていたが、食事や話が進むに連れて、座は入り乱れ始めた。
彩織はいちばん隅に座っていたのもあって、特に動く必要もないと感じていた。
健輔はと言えば、同じように彩織の向かいでちょこんと座っている。
「ほら、グラス」
彩織は健輔の前に手を出した。
「烏龍茶頼む?」
えっ、と彼は驚いた様子だった。
「あ、うん。飲む」
「すみませーん、烏龍茶二つお願いしまーす!」
彩織は大声で店員に注文をした。
二人の間には沈黙が流れた。
彩織と健輔が話をしたら、男子学生は一人余るはずなのに、なぜだか七人で盛り上がっていた。
「わたし、数合わせだから」
「俺も……数合わせ」
っていうか男子余ってるじゃない、と彩織。
「そうだよな……」
よく見てみれば、幹事の川本も面子というより単なる仕切り役のようだ。
なるほど、と彩織はうなずく。
実際は三人対三人ということか。
「久しぶりだな」
「そうだね。健ちゃん、元気みたいね」
「まぁ……ね」
ずっと一緒にいたのに、このぎこちなさは何なんだろう。
居心地が悪い、と彩織は思ったが、健輔のほうもどうやらそう思っているみたいだった。
そわそわしているし、烏龍茶のおかわりばかり飲んでいる。
「よーし、そろそろアレやるぞー」
しばらくすると、パンパン、と川本が手を叩いて注目を促した。
バッグから何やら取り出す。
「定番の『王様ゲーム』だな」
イエーイ、と拍手が湧く。
(えー……そういうの、合コンで本当にやるんだ)
川本が取り出したのは、番号がついた棒だったのだ。
キャッキャと言いながら、女子たちが棒を引く。続いて男子たちも棒を引いた。
「みんな取ったかー?」
ハーイ、と返事をする。
「じゃあ……王様だーれだ」
「ハイッ!」
返事をしたのは、関西訛りの大田真治だった。
「おっれでーす」
「わぁーっ、大田は何言い出すかわからんぞ」
「コワーイ」
女子が絶対に怖いと思っていないだろう悲鳴をあげた。
彩織は自分の棒の番号をチラッと見た。
(三番か……)
みんなの顔を見渡すと、全員が息をのんで大田の発言を待っている。
「三番が……」
(エッ)
「二番に……キスをする!」
エーッ、と彩織は心のなかで悲鳴をあげた。
(わたしだよ!)
「男同士、女同士でも二番が三番にだぞ。さあーだーれだ」
「三番だれぇ?」
と理沙。
「わたし」
彩織はぼそりと言った。
「わーお! じゃあ、彩織は誰にするのかしらっ」
「二番は誰だ?」
「俺……」
健輔だった。
一瞬沈黙が流れた。
数合わせ同士が当たってしまっている。
ということを暗に全員が確認したようだ。
このままでは盛り下がる、と察したかのように幹事の川本は切り出した。
「じゃあ、日高さんは高月にチューだぁ!」
チューウチューウ、というコールと手拍子があがる。
健輔は困った顔をしていた。
(いいわよ、やるわよ。どうせわたしは数合わせなんだからやってやるわよ)
彩織は立ち上がると、健輔の前に行き、立ち上がらせた。
頭ひとつ高い健輔の頬に手を添え、背伸びをして唇を重ねた。
効果音をつけるとしたら、ブチュッ、といった感じだ。
「あ、日高さん、別に、口やなくても、かまへんかったんやけどな……」
ぼそりと大田が言うのが聞こえた。
キス、といっても、ほっぺにチュウでもよかったということらしい。
「なっ……」
(早く言ってよ!)
ふんっ、と彩織は座り込んだ。
健輔は真っ赤な顔でその場に座り込んだ。
イエーイ、と拍手が沸き起こった。
とりあえずは盛り下がらなかったようだ。
そしてまた王様ゲームは続いた。
四番が二番の頬をぶつ、や、七番が一番気に入った相手をカミングアウトする、など無難なものになっていった。
だが。
全員が未成年であるはずなのに、いつの間にか、誰かに酒が入っていることに気づく。
「王様はー、あたしぃー」
理沙だった。
理沙にいつの間にかアルコールが入っている。
実は川本は同級生だが、年齢は一つ上で、二十歳らしい。彼だけこっそり酒を飲んでおり、理沙がそれを奪って飲んでしまったようだった。
川本はしまった、という顔をしていたが、時既に遅しの状況だった。
(うわー、酒癖悪そう……)
「五番が、二番をもみもみしちゃおうー」
「もみもみって……」
「何をもみもみだよー」
「何でもいいよぉ」
完全に酒に酔った悪乗りだった。
「五番は?」
「俺……」
暗い声で答える健輔だった。
「二番は?」
「わたし」
彩織は棒をテーブルに投げた。
「じゃあ高月くん、彩織の胸をもみもみしていいよぅ」
あはは、と理沙が笑う。
しかし理沙以外の全員は、彩織から溢れるただならぬ空気に何もいえなかった。
「ひ、日高さん、肩もみでもいいよ」
空気を察した川本が慌てて言った。
「なんで? 彩織のおっぱいおっきいの! 揉んでみてよ」
「ごめん、わたし……帰るわ。理沙、酔っ払いもいい加減にして」
すっくと立ち上がり、個室を出て行った。
「彩織ちゃんっ」
陽子と春華が心配そうに声をかけてきたが、無視を決め込んだ。
わたしがいなくなっても別に影響ないでしょ、と彩織は憤りを感じながら店を後にした。
数合わせとは言え参加するんじゃなかった、と自分を責めた。
「彩織! 彩織!」
後ろから健輔が追いかけてきた。
「ちょっと待って彩織」
息を切らせている。
待って待って、と止まって息を整えた。
「健ちゃん……」
彩織に追いつき、息を整える。
「近くまで送るよ。一人は危ないだろ」
「いいのに」
「俺も数合わせで居心地悪くて抜けたかったし」
行こう、と健輔は彩織を促した。
夜道を二人で歩く。
さっきも感じたことだが、健輔は自分よりも頭ひとつ背が高い。
いつの間にかこんなに背が高くなっている。
「彩織……」
「ん?」
「ごめん」
「何が?」
「いや、その……王様ゲームで……」
キスのことを言っているのだとわかった。
「別に健ちゃんが謝ることじゃないよ」
「孝太郎がきいたら、俺、ぶっ飛ばされるな」
「ゲームだよ」
「…………」
二人は黙って歩き続けた。
志望校は変更しなかったらしい。
健輔も合格した。
……と聞いたのは母親と孝太郎からだった。
健輔とは、あの日以来口をきいていなかった。
孝太郎に告白されたことを打ち明けたあの日だ。
卒業するまでも、してからも一切口を利いていない。
そのまま、大学に進学してしまった。
同じ大学に通っていながら、会うこともない。
(健ちゃん……どうしてるかな)
健輔に孝太郎とのことを相談しないほうがよかったのだろうか。
(あの時、本当は健ちゃんが好きって言ってたら、どうなってたかな……)
孝太郎と付き合わなかったら、それはそれで気まずくなっていただろう。
(でも、孝ちゃんと気まずくなるより、健ちゃんと気まずくなるほうがつらいかも……)
彩織は、一月から孝太郎と付き合い始めた。
孝太郎はサッカーの強い大学に進学し、遠距離……とまではいかないが、それなりに距離のある恋愛になってしまった。本当に忙しいようで、滅多に連絡がない。夜遅くにメールがたまに入るだけ。電話で話すなんて全くない。
手をつないだこともないし、それ以上のこともない。
それ以前に、ほとんど会ってもない。
それでも、孝太郎に対しての感情は幼なじみを超えていたし、ずっと好きだった人への恋情を吹っ切れるためにも、もっと好きになろうと努力していた。
《ごめん、今度の日曜日、試合について行くことになった。この埋め合わせは絶対するから》
と、孝太郎からメッセージが来た。
大学に入って初めて、孝太郎と会う約束をしていた明後日の日曜日。
孝太郎のアパートに電車に揺られて行こうと考えていたのに。
(残念……)
がっかりしてしまった。
こんなに悲しくて寂しいものなのか、と彩織は落ち込んだ。
世の中の遠距離の人たちって、みんなこんな気持ちなのかな……とセンチメンタルになってみたりもするのだった。
《いいよ。しょうがないよ、一年生だもんね。その代わり、今度会うときは、一緒に美味しいもの食べようよ》
メッセージを返すと、ハァッ、とため息をついた。
すると、どすんっ、と体当たりされた。
「いたっ」
「何よそのため息」
大学に入って仲良くなった友達、理沙だった。
地味な彩織とは違い、ちょっとギャルっぽさがあるが、誰とでも仲良くなれる可愛い女の子だ。
「何か寂しいことがあったな?」
「ま、まあね」
「彼氏か。じゃあさ、ちょっと今晩つきあってよ」
「えっ」
合コン数が足りなくてさぁ、とけらけらと笑う理沙だ。
「数合わせ数合わせ、ちょっと座ってご飯食べてくれるだけでいいからさ」
なにそれ、と彩織は苦笑する。
「もうすぐ夏が来るのよー。大学入って三ヶ月目。出会いくらいほしいじゃない」
「ん、ま、まあね……」
「彩織は彼氏いるからどうでもいいかもしれないけど」
理沙は強引だけど、不快ではない。
美人なのだから黙っていればいいのに、口を開くと可笑しい。
気取ってないというか、見た目と中身が合っていない。
大学に入って自分を変えようと努力している子なのかもしれない。
彩織は、物怖じしないこんな理沙が好きだった。
自分にはないものを持っている。
そんな理沙に頼まれたら仕方ないか、と諦めた。
今日は金曜日のせいか、飲食店にはサラリーマンや女性会社員の姿も多い。
その一角の部屋に、彩織たちはいた。
理沙、陽子、春華、そして彩織。
彩織は数合わせなのだが、ほかの三人は目をきらきらさせている。
「相手はどんな人たち?」
「同じ大学の人」
陽子が言う。
陽子が入ったテニスサークルの男子学生に頼まれて設けた席らしい。
「ふーん……。同じ大学かぁ」
「向こうも四人か五人でくるみたいよ」
わくわく、と三人は言っている。
彩織は、三人のきらきらした目に苦笑した。
でも羨ましいと思っていた。
どんな人と出会うかわからない新しい出会いにどきどきしているその姿を、自分は経験したこともないし、いまだ経験しようとしたことがない。
一人ばかりを当たり前のように追いかけていた自分……。
(だめだめ、捨てよ捨てよ)
と彩織は首を振った。
「お待たせー」
と襖が開いた。
「川本君、こんばんはー」
陽子が手を挙げた。
川本、と呼ばれた男子学生も手を挙げた。
その後ろから男子学生たちがついて入って来る。
男性側は五人だった。
「…………!」
その最後に入ってきた眼鏡をかけた男子学生に、彩織は驚愕した。
その男子学生と目が合う。
(あっ)
彩織を見た目が驚いていた。
「かんぱーい!」
男子五人女子四人、乾杯で始まった。
しかし彩織は浮かない顔をしていた。
「ちょっと彩織。嫌そうな顔しないでよ」
「してないよ」
理沙が小声で彩織の肘を小突いた。
「こっち一人人数が少ないからさ、適当にうまーく相手してよ、ねっねっ」
「わかってるよ」
彩織が浮かない顔になっているのは、五人目の男子学生のせいだった。
「今日の幹事の川本拓也です。工学部一年、テニスサークル所属です。よろしくぅ」
陽気な男子学生で、五人の中で一番爽やかなスポーツマンタイプだ。
「吉本圭介です。工学部一年です。よろしくです」
ごくごく普通だった。
「柴田透です。理学部一年で、川本と同じテニスサークル所属です」
髪が茶髪で、爽やかは爽やかだから、彩織は苦手なタイプにみえた。
「大田真治ですぅ、工学部一年ですぅ、よろしくー」
関西訛りがあり、ニコニコしている学生だった。
「高月健輔です、工学部一年です。よろしく」
彩織がよく知っている人だった。
(なんで健ちゃんがここにいるの……)
合コンに行くようになったのね、とチラッと健輔を盗み見る。
五人のなかで一番大人しかった。彩織がいるからなのか、ほかの四人が騒がしいからなのか……。
「宮崎陽子です。経済学部一年で、川本君と柴田君と同じテニスサークルです。よろしくお願いしまーす」
と陽子が自己紹介を始めると、理沙、春華も自己紹介を始めた。
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春華は緊張している様子だった。そんな春華につられて、彩織も緊張がうつってしまった。
「日高、彩織です。経済学部一年です」
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しばらくはその場に座っていたが、食事や話が進むに連れて、座は入り乱れ始めた。
彩織はいちばん隅に座っていたのもあって、特に動く必要もないと感じていた。
健輔はと言えば、同じように彩織の向かいでちょこんと座っている。
「ほら、グラス」
彩織は健輔の前に手を出した。
「烏龍茶頼む?」
えっ、と彼は驚いた様子だった。
「あ、うん。飲む」
「すみませーん、烏龍茶二つお願いしまーす!」
彩織は大声で店員に注文をした。
二人の間には沈黙が流れた。
彩織と健輔が話をしたら、男子学生は一人余るはずなのに、なぜだか七人で盛り上がっていた。
「わたし、数合わせだから」
「俺も……数合わせ」
っていうか男子余ってるじゃない、と彩織。
「そうだよな……」
よく見てみれば、幹事の川本も面子というより単なる仕切り役のようだ。
なるほど、と彩織はうなずく。
実際は三人対三人ということか。
「久しぶりだな」
「そうだね。健ちゃん、元気みたいね」
「まぁ……ね」
ずっと一緒にいたのに、このぎこちなさは何なんだろう。
居心地が悪い、と彩織は思ったが、健輔のほうもどうやらそう思っているみたいだった。
そわそわしているし、烏龍茶のおかわりばかり飲んでいる。
「よーし、そろそろアレやるぞー」
しばらくすると、パンパン、と川本が手を叩いて注目を促した。
バッグから何やら取り出す。
「定番の『王様ゲーム』だな」
イエーイ、と拍手が湧く。
(えー……そういうの、合コンで本当にやるんだ)
川本が取り出したのは、番号がついた棒だったのだ。
キャッキャと言いながら、女子たちが棒を引く。続いて男子たちも棒を引いた。
「みんな取ったかー?」
ハーイ、と返事をする。
「じゃあ……王様だーれだ」
「ハイッ!」
返事をしたのは、関西訛りの大田真治だった。
「おっれでーす」
「わぁーっ、大田は何言い出すかわからんぞ」
「コワーイ」
女子が絶対に怖いと思っていないだろう悲鳴をあげた。
彩織は自分の棒の番号をチラッと見た。
(三番か……)
みんなの顔を見渡すと、全員が息をのんで大田の発言を待っている。
「三番が……」
(エッ)
「二番に……キスをする!」
エーッ、と彩織は心のなかで悲鳴をあげた。
(わたしだよ!)
「男同士、女同士でも二番が三番にだぞ。さあーだーれだ」
「三番だれぇ?」
と理沙。
「わたし」
彩織はぼそりと言った。
「わーお! じゃあ、彩織は誰にするのかしらっ」
「二番は誰だ?」
「俺……」
健輔だった。
一瞬沈黙が流れた。
数合わせ同士が当たってしまっている。
ということを暗に全員が確認したようだ。
このままでは盛り下がる、と察したかのように幹事の川本は切り出した。
「じゃあ、日高さんは高月にチューだぁ!」
チューウチューウ、というコールと手拍子があがる。
健輔は困った顔をしていた。
(いいわよ、やるわよ。どうせわたしは数合わせなんだからやってやるわよ)
彩織は立ち上がると、健輔の前に行き、立ち上がらせた。
頭ひとつ高い健輔の頬に手を添え、背伸びをして唇を重ねた。
効果音をつけるとしたら、ブチュッ、といった感じだ。
「あ、日高さん、別に、口やなくても、かまへんかったんやけどな……」
ぼそりと大田が言うのが聞こえた。
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「なっ……」
(早く言ってよ!)
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健輔は真っ赤な顔でその場に座り込んだ。
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そしてまた王様ゲームは続いた。
四番が二番の頬をぶつ、や、七番が一番気に入った相手をカミングアウトする、など無難なものになっていった。
だが。
全員が未成年であるはずなのに、いつの間にか、誰かに酒が入っていることに気づく。
「王様はー、あたしぃー」
理沙だった。
理沙にいつの間にかアルコールが入っている。
実は川本は同級生だが、年齢は一つ上で、二十歳らしい。彼だけこっそり酒を飲んでおり、理沙がそれを奪って飲んでしまったようだった。
川本はしまった、という顔をしていたが、時既に遅しの状況だった。
(うわー、酒癖悪そう……)
「五番が、二番をもみもみしちゃおうー」
「もみもみって……」
「何をもみもみだよー」
「何でもいいよぉ」
完全に酒に酔った悪乗りだった。
「五番は?」
「俺……」
暗い声で答える健輔だった。
「二番は?」
「わたし」
彩織は棒をテーブルに投げた。
「じゃあ高月くん、彩織の胸をもみもみしていいよぅ」
あはは、と理沙が笑う。
しかし理沙以外の全員は、彩織から溢れるただならぬ空気に何もいえなかった。
「ひ、日高さん、肩もみでもいいよ」
空気を察した川本が慌てて言った。
「なんで? 彩織のおっぱいおっきいの! 揉んでみてよ」
「ごめん、わたし……帰るわ。理沙、酔っ払いもいい加減にして」
すっくと立ち上がり、個室を出て行った。
「彩織ちゃんっ」
陽子と春華が心配そうに声をかけてきたが、無視を決め込んだ。
わたしがいなくなっても別に影響ないでしょ、と彩織は憤りを感じながら店を後にした。
数合わせとは言え参加するんじゃなかった、と自分を責めた。
「彩織! 彩織!」
後ろから健輔が追いかけてきた。
「ちょっと待って彩織」
息を切らせている。
待って待って、と止まって息を整えた。
「健ちゃん……」
彩織に追いつき、息を整える。
「近くまで送るよ。一人は危ないだろ」
「いいのに」
「俺も数合わせで居心地悪くて抜けたかったし」
行こう、と健輔は彩織を促した。
夜道を二人で歩く。
さっきも感じたことだが、健輔は自分よりも頭ひとつ背が高い。
いつの間にかこんなに背が高くなっている。
「彩織……」
「ん?」
「ごめん」
「何が?」
「いや、その……王様ゲームで……」
キスのことを言っているのだとわかった。
「別に健ちゃんが謝ることじゃないよ」
「孝太郎がきいたら、俺、ぶっ飛ばされるな」
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「…………」
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