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【彩織×健輔編】
4.別離
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孝太郎とはなかなか会えない日々。
彩織は電話をしてみるが、なかなか時間を取ってもらえない。
彩織は……思い切ってメールで、別れを切り出した。
その夜、慌てた様子の孝太郎から電話が入った。
今度帰った時に詳しく話す、という彩織に、次の休みにそっちへ行く……と言われ、今まで一度も会わなかった孝太郎が彩織のアパートにやってきた。
「どういうことか話してくれるよな」
と悲しそうな顔をする孝太郎を目の前にし、立っていた。
「俺がいつもドタキャンするから?」
と孝太郎がいうと、彩織は首を振るしかない。
「会う時間取るから」
さらに彩織は首を振った。
「そうじゃない。孝ちゃんは全然悪くないよ。悪いところなんてない。悪いのはわたしなんだ」
彩織は言った。
「……好きな人がいるんだ」
と、言うと孝太郎はショックを受けたらしい、顔が歪んだ。
「俺の知ってるやつ?」
孝太郎が問うと、彩織は無言になってしまった。
どう言えばいいのか、わからなかったのだ。
「健輔なんだな」
とぼそりと孝太郎が言った。
頭上から降って来る言葉が突き刺さる。
(やっぱりばれてるんだ……)
「ごめんなさい」
「謝るなよ。俺がみじめだろ」
彩織はすぐに健輔に電話をかけ、その夜、彩織と孝太郎は健輔のアパートへ向かった。
***
健輔は、レポートをまとめているところだった。
健輔はとても真面目だ。ちゃんと勉強をしている。
彩織と孝太郎を部屋に上げ、座らせた。
「わたし、いないほうがいいかな」
という彩織だったが、いてくれ、と孝太郎は言った。
そして、孝太郎は、健輔にいきなり言い放った。
「俺が、相談したときにどうして言ってくれなかった」
と責めた。
「そんなの……俺が決めることじゃない。彩織が決めることだったからだ」
「どうして自分の気持ちを言わなかったんだ」
「言ったって……どうにもならなかっただろ」
とその時の感情を思い出して伝えた。
「屁理屈だ」
と声を荒げる孝太郎だ。
言われても仕方ない。
自分は、孝太郎も彩織も好きだし、自分が黙っていれば今までどおり幼馴染で付き合いができる、そう思っていた。
自分が黙っていれば、今までどおり、何も変わらない。
そう思ったのだと健輔は静かに告げた。
……実際はそうじゃなかったのに。
「わたしがあの時、孝ちゃんに返事しなかったらよかったのかな」
と彩織は間に入った。
「いや……してもしなくても、結局はこうなってたと思うし……」
と孝太郎は冷ややかに言った。
「俺も健輔も彩織が好きで、彩織がどちらかを好きになった時点で、そうなるのはわかってたんだよな」
乾いた笑いを洩らし、孝太郎は二人を見た。
「というより、二人の間に割り込んだのは俺だな」
と自嘲気味に笑っている。
孝太郎に、
「彩織は健輔を選ぶんだな」
と言われた彩織は、小さく頷いた。
「俺の出る幕はないってことか」
と今度は苦笑した。
「じゃあ健輔、おまえに訊く。彩織はおまえを選ぶって。おまえは……彩織のことはどうなんだ」
「ん……」
はっきり言えよ、と孝太郎は健輔につかみかかる。
「好きに決まってるだろ……おまえが現れる前からずっと。小さい頃から彩織が好きだったんだ」
彩織の瞳から涙がこぼれていた。
拭ってやりたかったが、自分の気持ちを言う方が先決だった。
「俺が自分の気持ちを言わないほうがいいのなら……彩織が悲しまないならそれでいいと思った」
「健ちゃん……」
自分は、健輔といることが当たり前だと思っていて、孝太郎と恋愛関係になるとは思ってもいなかった。
でもここで断ったら、孝太郎と健輔の間に亀裂がはいるし、自分に正直になったら孝太郎が傷つく。
健輔に相談しても好きなそぶりも見せる様子はなかった。
と彩織が、その当時悩んだことを打ち明けた。
「俺が、いちばん悪かったんだな。……ごめん、俺が素直に言ったらよかった」
「俺はなぁ! おまえなら別に構わなかったんだ。諦められたのに」
一発殴らせろ、と孝太郎は健輔の前に立った。
「ちょっと、孝ちゃん」
いいよ、と健輔が言おうとしたそれよりも前に、孝太郎は拳を振り上げた。
勉強のためにかけていた眼鏡が、健輔から離れて飛んでいった。
「健ちゃん!」
大丈夫なの、と心配げな彩織は健輔の顔を覗き込んでいた。
彩織は健輔を抱き起こした後、孝太郎の前に立ちはだかり、
「わたしを殴ってよ!」
と叫んだ。
「わたしがいなかったら……わたしが健ちゃんを好きじゃなかったら、こんなことにはならなかったんだから……」
歯を食いしばり、孝太郎の腕を取って、殴らせようとつかんだ。
「何言ってんだ、俺がそんなことするか!」
と孝太郎は腕を振り払った。
「女を殴るかっての。それも好きな女を……殴るわけないだろ。あとはおまえがなんとかしろよ」
孝太郎は上体を起こしている健輔の身体を突き倒した。
「あーあ、なんで彩織が好きなんだろうな。健輔より俺のほうがモテるのに。もったいないことしたって後で言っても知らないからな」
彼は、ヒラヒラと手を軽く振って消えていった。
取り残されたのは健輔と彩織だ。
健輔を再び起こした後、彩織はすぐに離れた。
気まずい空気が流れるのを感じた。
「……遅いから、わたしも帰るね」
と立ち上がったところ、健輔が手を引き、よろめいた彩織は健輔の胸の中へ倒れこんだ。
ぎゅうっと抱き寄せられる。
「好きだよ。ずっと好きだった。本当は孝太郎に『俺のほうが先に好きになってた』って言いたかった」
「え……」
「でも、もしかしたら彩織は孝太郎が好きかもしれないし、って思ったから」
「そんなこと……」
「今まで意気地なしでゴメン」
と健輔は彩織を抱きしめた。
合コンで再会して王様ゲームで当たった時は本当に困惑した、と苦笑した。
健輔は身体を離し、彩織を見つめる。
目が合うとぷっと笑った。
そして……自然と顔が近づいてゆく。
二人はそっと唇を重ねた。
「子供の頃からずっと一緒で、彩織がついてくるのが当たり前みたいになってた」
「わたしも、健ちゃんの後をついていってたもんね」
寄り添って座る二人。
「もし、わたしに好きな人が出来てたらどうしてた?」
彩織がふいに言う。
「んー……」
少し考え込む健輔。
「その時は……今みたいに、じっと耐えてたと思うよ。俺は自分の気持ちを人に伝えるなんて出来ないだろうから……。そのうち諦めてたかもしれない」
そうなんだ、と彩織は悲しそう。
「俺は、孝太郎が彩織と付き合うって言ったときに、俺も彩織が好きなんだなって気づいて……、けど孝太郎でも誰でも、彩織が嬉しいならそれで俺も幸せと思うことにしよう。って……孝太郎と付き合い始めたとき思ったからな」
「健ちゃん……」
そんなとこだ、と健輔は笑った。
ごめんね、と彩織。
「一緒にいるのが当たり前すぎて、気づけなかったし……ほんと、ごめん」
「わたしこそ、ごめんね」
なんで謝るんだ、という健輔は笑う。
「ちゃんと最初から孝ちゃんに言ってたらよかった」
そんなことないよ、と彩織の手を握った。
「孝太郎がいちばん傷ついたな……」
と二人はもう一人の幼馴染のことを案じた。
(あんなにモテるくせに、心のなかではずっと彩織を思っていたんだ。本当は俺に遠慮してあんなふうに聞いてきたんだ)
なのに、結局は傷つける結果になってしまって……、と健輔は居たたまれない気持ちになった。
「ところで……孝太郎とはどこまで」
という唐突な質問に、彩織は驚いた。
少し間を置いて、困った顔で、
「ナイショ」
と言った。
「なんだよそれ……」
と健輔は少しへこんだ。
「男性遍歴とか聞いたりする男ってちょっと嫌かも」
「エッ」
と、健輔は口を尖らせ、落ち込む姿勢を見せた。
短期間とは言え、彩織と孝太郎だって大人の関係になっていたかもしれない。
それは否めない。
彩織は笑い出し、
「何もしてないよ」
と言った。
「孝ちゃんとは、彼氏彼女らしいこと、何にもしてない。デートもしたことないし、手をつないだこともないよ」
「え……」
今までと何にも変わってなかった。
肩書きが、友達から彼氏彼女、になっただけだったのだ。
孝太郎は忙しすぎて、殆ど会わなかったという。
「そっか」
安堵する自分がそこにいた。
「じゃあ……初めてのキスって、こないだの合コン? ……悪いことしたな」
王様ゲームで、キスをしたことを思い出したのだ。
「こないだのじゃないよ」
「えっ……じゃ誰か別の……」
「えっと……」
そうなのか、と健輔は彩織の意外な答えに戸惑った。
誰とも付き合ったことはないはずなのだが。
「実はね……」
高校の頃、健ちゃんが寝てる時にしたことがある、とカミングアウトした。
「へっ?」
よくよく話を聞いてみると、
「健ちゃんが……風邪ひいて寝込んでいるときに……」
熱に浮かされながら彩織の名前を呼んだことがあったらしい。
本人は記憶がない。
そのときに、顔を覗き込むと、浮かされながら彩織彩織と呼ぶので、
「そのまま勢いでチュウしたの……ごめん」
その話は初耳だった。
みるみるうちに赤面する健輔だ。
「そ、そうなのか」
という健輔は動揺していた。
初めてのキスの相手は自分、しかも記憶がないのか。
「だって健ちゃんが……黙っておこうかと思ったけど、ごめん、今言っとく」
泣きそうな顔をする彩織だが、衝撃的なことを言い出した。
「でも、わたし知ってる。健ちゃんも、わたしにしたことあるでしょ」
「エッ……」
中学の頃、両親と喧嘩をして、家を飛び出した彩織を健輔が探したことがあった。
孝太郎も探していた。
小学生の頃の、健輔と彩織と孝太郎との秘密の隠れ家のことを思い出し、健輔は公園へ急いだ。
そこで座り込んでいた彩織を探し出し、彩織の愚痴を聞いてやった。
疲れた彩織は眠ってしまい、二人並んで寄り添っていたあの日。
先に目が覚めた健輔は、彩織を起こそうとしたが、眠った彩織が可愛くて……魔がさしてキスをしたのだった。
そのときにどうやら彩織は起きていたらしい。
自分のほうが背が伸びて、彩織はどんどん女性らしくなってきて、距離を感じるようになっていた。
孝太郎が彩織に優しく接するのを知っていたし、なんとなく彩織が遠くにいってしまうような気がしていた。
今までは一緒にいるのが当たり前だったのに……。
孝太郎よりも先に彩織を見つけたかった。
見つけることができてホッとしたと同時に、彩織も自分といると安心してくれているのだという安堵があった。
そして、魔がさしたのだ。
まさにその時のことを言っているのだった。
胸のうちにしまっていたのに……と健輔。
つまりファーストキスは、健輔がこっそりしたキスだということだった。
「ごめん……バレてたのか……」
「なんで謝るの? わたしは嬉しかったよ。だから、健ちゃんも、わたしと同じ気持ちでいてくれてるのかな、ってちょっと思ってたんだ……」
穴があったら入りたかった。
寝込みを襲った中学生時代の自分が恨めしい。
「健ちゃん」
「ん?」
「同じ大学来られてよかった」
「うん……そうだな」
だが、やはりもう一人の幼馴染の孝太郎への罪悪感は否めなかった。
彩織は電話をしてみるが、なかなか時間を取ってもらえない。
彩織は……思い切ってメールで、別れを切り出した。
その夜、慌てた様子の孝太郎から電話が入った。
今度帰った時に詳しく話す、という彩織に、次の休みにそっちへ行く……と言われ、今まで一度も会わなかった孝太郎が彩織のアパートにやってきた。
「どういうことか話してくれるよな」
と悲しそうな顔をする孝太郎を目の前にし、立っていた。
「俺がいつもドタキャンするから?」
と孝太郎がいうと、彩織は首を振るしかない。
「会う時間取るから」
さらに彩織は首を振った。
「そうじゃない。孝ちゃんは全然悪くないよ。悪いところなんてない。悪いのはわたしなんだ」
彩織は言った。
「……好きな人がいるんだ」
と、言うと孝太郎はショックを受けたらしい、顔が歪んだ。
「俺の知ってるやつ?」
孝太郎が問うと、彩織は無言になってしまった。
どう言えばいいのか、わからなかったのだ。
「健輔なんだな」
とぼそりと孝太郎が言った。
頭上から降って来る言葉が突き刺さる。
(やっぱりばれてるんだ……)
「ごめんなさい」
「謝るなよ。俺がみじめだろ」
彩織はすぐに健輔に電話をかけ、その夜、彩織と孝太郎は健輔のアパートへ向かった。
***
健輔は、レポートをまとめているところだった。
健輔はとても真面目だ。ちゃんと勉強をしている。
彩織と孝太郎を部屋に上げ、座らせた。
「わたし、いないほうがいいかな」
という彩織だったが、いてくれ、と孝太郎は言った。
そして、孝太郎は、健輔にいきなり言い放った。
「俺が、相談したときにどうして言ってくれなかった」
と責めた。
「そんなの……俺が決めることじゃない。彩織が決めることだったからだ」
「どうして自分の気持ちを言わなかったんだ」
「言ったって……どうにもならなかっただろ」
とその時の感情を思い出して伝えた。
「屁理屈だ」
と声を荒げる孝太郎だ。
言われても仕方ない。
自分は、孝太郎も彩織も好きだし、自分が黙っていれば今までどおり幼馴染で付き合いができる、そう思っていた。
自分が黙っていれば、今までどおり、何も変わらない。
そう思ったのだと健輔は静かに告げた。
……実際はそうじゃなかったのに。
「わたしがあの時、孝ちゃんに返事しなかったらよかったのかな」
と彩織は間に入った。
「いや……してもしなくても、結局はこうなってたと思うし……」
と孝太郎は冷ややかに言った。
「俺も健輔も彩織が好きで、彩織がどちらかを好きになった時点で、そうなるのはわかってたんだよな」
乾いた笑いを洩らし、孝太郎は二人を見た。
「というより、二人の間に割り込んだのは俺だな」
と自嘲気味に笑っている。
孝太郎に、
「彩織は健輔を選ぶんだな」
と言われた彩織は、小さく頷いた。
「俺の出る幕はないってことか」
と今度は苦笑した。
「じゃあ健輔、おまえに訊く。彩織はおまえを選ぶって。おまえは……彩織のことはどうなんだ」
「ん……」
はっきり言えよ、と孝太郎は健輔につかみかかる。
「好きに決まってるだろ……おまえが現れる前からずっと。小さい頃から彩織が好きだったんだ」
彩織の瞳から涙がこぼれていた。
拭ってやりたかったが、自分の気持ちを言う方が先決だった。
「俺が自分の気持ちを言わないほうがいいのなら……彩織が悲しまないならそれでいいと思った」
「健ちゃん……」
自分は、健輔といることが当たり前だと思っていて、孝太郎と恋愛関係になるとは思ってもいなかった。
でもここで断ったら、孝太郎と健輔の間に亀裂がはいるし、自分に正直になったら孝太郎が傷つく。
健輔に相談しても好きなそぶりも見せる様子はなかった。
と彩織が、その当時悩んだことを打ち明けた。
「俺が、いちばん悪かったんだな。……ごめん、俺が素直に言ったらよかった」
「俺はなぁ! おまえなら別に構わなかったんだ。諦められたのに」
一発殴らせろ、と孝太郎は健輔の前に立った。
「ちょっと、孝ちゃん」
いいよ、と健輔が言おうとしたそれよりも前に、孝太郎は拳を振り上げた。
勉強のためにかけていた眼鏡が、健輔から離れて飛んでいった。
「健ちゃん!」
大丈夫なの、と心配げな彩織は健輔の顔を覗き込んでいた。
彩織は健輔を抱き起こした後、孝太郎の前に立ちはだかり、
「わたしを殴ってよ!」
と叫んだ。
「わたしがいなかったら……わたしが健ちゃんを好きじゃなかったら、こんなことにはならなかったんだから……」
歯を食いしばり、孝太郎の腕を取って、殴らせようとつかんだ。
「何言ってんだ、俺がそんなことするか!」
と孝太郎は腕を振り払った。
「女を殴るかっての。それも好きな女を……殴るわけないだろ。あとはおまえがなんとかしろよ」
孝太郎は上体を起こしている健輔の身体を突き倒した。
「あーあ、なんで彩織が好きなんだろうな。健輔より俺のほうがモテるのに。もったいないことしたって後で言っても知らないからな」
彼は、ヒラヒラと手を軽く振って消えていった。
取り残されたのは健輔と彩織だ。
健輔を再び起こした後、彩織はすぐに離れた。
気まずい空気が流れるのを感じた。
「……遅いから、わたしも帰るね」
と立ち上がったところ、健輔が手を引き、よろめいた彩織は健輔の胸の中へ倒れこんだ。
ぎゅうっと抱き寄せられる。
「好きだよ。ずっと好きだった。本当は孝太郎に『俺のほうが先に好きになってた』って言いたかった」
「え……」
「でも、もしかしたら彩織は孝太郎が好きかもしれないし、って思ったから」
「そんなこと……」
「今まで意気地なしでゴメン」
と健輔は彩織を抱きしめた。
合コンで再会して王様ゲームで当たった時は本当に困惑した、と苦笑した。
健輔は身体を離し、彩織を見つめる。
目が合うとぷっと笑った。
そして……自然と顔が近づいてゆく。
二人はそっと唇を重ねた。
「子供の頃からずっと一緒で、彩織がついてくるのが当たり前みたいになってた」
「わたしも、健ちゃんの後をついていってたもんね」
寄り添って座る二人。
「もし、わたしに好きな人が出来てたらどうしてた?」
彩織がふいに言う。
「んー……」
少し考え込む健輔。
「その時は……今みたいに、じっと耐えてたと思うよ。俺は自分の気持ちを人に伝えるなんて出来ないだろうから……。そのうち諦めてたかもしれない」
そうなんだ、と彩織は悲しそう。
「俺は、孝太郎が彩織と付き合うって言ったときに、俺も彩織が好きなんだなって気づいて……、けど孝太郎でも誰でも、彩織が嬉しいならそれで俺も幸せと思うことにしよう。って……孝太郎と付き合い始めたとき思ったからな」
「健ちゃん……」
そんなとこだ、と健輔は笑った。
ごめんね、と彩織。
「一緒にいるのが当たり前すぎて、気づけなかったし……ほんと、ごめん」
「わたしこそ、ごめんね」
なんで謝るんだ、という健輔は笑う。
「ちゃんと最初から孝ちゃんに言ってたらよかった」
そんなことないよ、と彩織の手を握った。
「孝太郎がいちばん傷ついたな……」
と二人はもう一人の幼馴染のことを案じた。
(あんなにモテるくせに、心のなかではずっと彩織を思っていたんだ。本当は俺に遠慮してあんなふうに聞いてきたんだ)
なのに、結局は傷つける結果になってしまって……、と健輔は居たたまれない気持ちになった。
「ところで……孝太郎とはどこまで」
という唐突な質問に、彩織は驚いた。
少し間を置いて、困った顔で、
「ナイショ」
と言った。
「なんだよそれ……」
と健輔は少しへこんだ。
「男性遍歴とか聞いたりする男ってちょっと嫌かも」
「エッ」
と、健輔は口を尖らせ、落ち込む姿勢を見せた。
短期間とは言え、彩織と孝太郎だって大人の関係になっていたかもしれない。
それは否めない。
彩織は笑い出し、
「何もしてないよ」
と言った。
「孝ちゃんとは、彼氏彼女らしいこと、何にもしてない。デートもしたことないし、手をつないだこともないよ」
「え……」
今までと何にも変わってなかった。
肩書きが、友達から彼氏彼女、になっただけだったのだ。
孝太郎は忙しすぎて、殆ど会わなかったという。
「そっか」
安堵する自分がそこにいた。
「じゃあ……初めてのキスって、こないだの合コン? ……悪いことしたな」
王様ゲームで、キスをしたことを思い出したのだ。
「こないだのじゃないよ」
「えっ……じゃ誰か別の……」
「えっと……」
そうなのか、と健輔は彩織の意外な答えに戸惑った。
誰とも付き合ったことはないはずなのだが。
「実はね……」
高校の頃、健ちゃんが寝てる時にしたことがある、とカミングアウトした。
「へっ?」
よくよく話を聞いてみると、
「健ちゃんが……風邪ひいて寝込んでいるときに……」
熱に浮かされながら彩織の名前を呼んだことがあったらしい。
本人は記憶がない。
そのときに、顔を覗き込むと、浮かされながら彩織彩織と呼ぶので、
「そのまま勢いでチュウしたの……ごめん」
その話は初耳だった。
みるみるうちに赤面する健輔だ。
「そ、そうなのか」
という健輔は動揺していた。
初めてのキスの相手は自分、しかも記憶がないのか。
「だって健ちゃんが……黙っておこうかと思ったけど、ごめん、今言っとく」
泣きそうな顔をする彩織だが、衝撃的なことを言い出した。
「でも、わたし知ってる。健ちゃんも、わたしにしたことあるでしょ」
「エッ……」
中学の頃、両親と喧嘩をして、家を飛び出した彩織を健輔が探したことがあった。
孝太郎も探していた。
小学生の頃の、健輔と彩織と孝太郎との秘密の隠れ家のことを思い出し、健輔は公園へ急いだ。
そこで座り込んでいた彩織を探し出し、彩織の愚痴を聞いてやった。
疲れた彩織は眠ってしまい、二人並んで寄り添っていたあの日。
先に目が覚めた健輔は、彩織を起こそうとしたが、眠った彩織が可愛くて……魔がさしてキスをしたのだった。
そのときにどうやら彩織は起きていたらしい。
自分のほうが背が伸びて、彩織はどんどん女性らしくなってきて、距離を感じるようになっていた。
孝太郎が彩織に優しく接するのを知っていたし、なんとなく彩織が遠くにいってしまうような気がしていた。
今までは一緒にいるのが当たり前だったのに……。
孝太郎よりも先に彩織を見つけたかった。
見つけることができてホッとしたと同時に、彩織も自分といると安心してくれているのだという安堵があった。
そして、魔がさしたのだ。
まさにその時のことを言っているのだった。
胸のうちにしまっていたのに……と健輔。
つまりファーストキスは、健輔がこっそりしたキスだということだった。
「ごめん……バレてたのか……」
「なんで謝るの? わたしは嬉しかったよ。だから、健ちゃんも、わたしと同じ気持ちでいてくれてるのかな、ってちょっと思ってたんだ……」
穴があったら入りたかった。
寝込みを襲った中学生時代の自分が恨めしい。
「健ちゃん」
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