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1.苦手な女(前編)
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四月。
会社の事務所に、新しい社員、真緒が入ってきた。新しいと言いつつ、中途採用の事務社員だ。
創平は彼女が苦手だった。
見た目は可愛いが、口をきかない消極的な子で、創平は次第に苛立ちはじめていた。この会社の事務員の回転率は高く、長年勤めたパート事務の女性も退職してしまったので、その補充という形だったと思われた。
建設会社ともなれば、古い時代のような、男性縦社会で、女性の地位は低い。気性の荒い男性社員も少なくないし、耐えきれず辞めていく。もちろん事務員だけでなく、男性作業員でも同じだ。
きっと真緒もすぐやめるだろうと思っていた。
しかしなかなか辞める気配はないし、これまでの事務員となんだか様子が違う。
「あの子、今までの人たちと違って、あんまり怒鳴られないな」
創平は、同僚で友人の山岡龍太に言った。
「怒鳴られるようなことがないからじゃない?」
山岡はきょとんとした顔で言う。
「可愛いだけじゃなくて、頼んだことはちゃんとしてくれるし、気も利くし、まあちょっとおっちょこちょいな所があるみたいだけど、許容範囲だし。前にいた子のなかに、仕事中なのにスマホばっか見て、パソコンでネットショッピングしてる子いたよな。小夜子さんもめちゃくちゃ困ってたし。仕事できるならともかく」
人が入れ替わりすぎていつの事務員かはわからないが、確かに、社長の妻の小夜子が嘆いていたことがあった。パソコンが出来ると言っていたので採用したのに、スマホの扱いが上手いだけで、パソコンはまともに使えないし、事務の経験も実はなかったと言っていたようだ。事務経験がないのは仕方ないとして、やる気がないのはお手上げだったと愚痴をこぼしていた。挙げ句の果てに、現場に遅れが出るようなミスをし、男性社員が注意をすると、謝るどころか言い返してそのまま出て行ってしまい、二度と姿を表すことはなかった。
「事務は楽だと思ったのに、って言ってたな」
「……そんなことを?」
「うん。事務が楽って思う人多いけど、そんなことないよなあ。倉橋さんは、パソコンも簿記も出来るし、字も綺麗で、何より計算もミスがないし、小夜子さん大喜びしてるね」
「ふうん……」
「前の職場で嫌がらせとかされたみたい。可愛くて仕事も出来れば妬む人もいるんだろうなあ」
仕事の評判はいいのか、と創平は知らないことを知って驚いた。
自分だけが彼女に苦手意識があるのかもしれない。
「なかなか勤め口に恵まれなかったみたいで、小夜子さんが連れてきたらしいよ」
「じゃあ、そんな簡単には辞められないわな」
あんまり接点ないからいいけど、と創平はさほど気にしなかった。
確かに、創平と真緒はあまり接点はなかったが。
たまに創平が質問をしても、困ったような顔をして、答えることをせず、態度で示してくる。創平はそれが非常に癪に障った。
一言「はい」や「いいえ」、それに「わかりません」と言えばいいものを、彼女は全く言わなかった。
(馬鹿にしてんのか)
自分以外の社員たちが好感を持っても、やはり自分には合わない、そう思った。
挨拶をしても会釈をするだけで答えないし、お高くとまっているようで、苛立ちは募るばかりだ。少ない接点だが、その少ない接点は、必要最低限の時のものだ。
創平は、彼女に対しての態度が意地悪くなるばかりだった。
ある日、創平が現場を抜けて事務所に戻ると、社長の妻の小夜子は銀行に行っているらしく、そこには真緒しかなかった。
(小夜子さん、留守か……)
困ったな、と創平は思い、真緒には言いたくなかったが仕方がない。
探し物があり、しばらくは複合機と、いろんな社員のデスク周りを漁っていたが、視線を感じ、仕方なく真緒に尋ねることにした。
「あのさ、白崎工務店からファックス来てなかった? 朝一で変更箇所の図面を送ってるはずだって言われたんだけど」
真緒は最初きょとんとしていたが、一瞬目を見開き、慌てた様子で、複合機に駆け寄り、ボタンを操作した。
どうやら送信元を確認したあと、届いたファックスを片っ端から確認している様子だ。そこまでは創平も確認はしなかったので、何かヒントがあるのかしれない。だが、探しても見つからない様子だ。
その様子に創平はイライラした。
そして真緒は社長の席でやっと見つけたようで、それを手にして創平に掲げて見せた。創平もそこへ行き、彼女の手元を見た。A3サイズで何枚かに別れて届いていたようだ。元の図面はさすがに大きいので、先方は分割してきたのだ。彼女は社長に渡すつもりで置いたが、社長は未確認だったらしい。
「やっぱ届いてたか……」
彼女は自分の席に行き、糊を手にした。そのファックスを貼り付けて元のサイズにしなければと思ったようだ。本来なら元のサイズの図面を届けてもらったり、メールで送ってもらって、大判サイズで刷るのだが、時間がない。朝一に届いている時なら、その余裕もあったはずなのだが。
彼女と目が合うと、近づき、ファックスを乱暴に奪い取る。
「もういい。……ったく、遅ぇんだよ、社長が確認できない状況なら、現場のもんにちゃんと伝えろよ! 管理すらできねえのかよ」
ギロリと睨むと、真緒は頭をすぐに下げた。
「……使えねえヤツ」
と創平はいい放った。
真緒は怯えたような目をしたが、すみませんも言わず、ただ何度も頭を下げた。
とにかく今は時間が惜しい。念のため複合機でスキャン保存をし、そのあとはクリアファイルに入れて持ち出すことにした。
事務所を出るときにちらっと真緒を見ると、またお辞儀をし、創平を見送った。最後にもう一度チラリと見ると、泣きそうなのを我慢しているのか、泣いているのか、唇をぎゅっと噛み締めながら、社長席の他のファックスを確認しているのが見えた。
会社の事務所に、新しい社員、真緒が入ってきた。新しいと言いつつ、中途採用の事務社員だ。
創平は彼女が苦手だった。
見た目は可愛いが、口をきかない消極的な子で、創平は次第に苛立ちはじめていた。この会社の事務員の回転率は高く、長年勤めたパート事務の女性も退職してしまったので、その補充という形だったと思われた。
建設会社ともなれば、古い時代のような、男性縦社会で、女性の地位は低い。気性の荒い男性社員も少なくないし、耐えきれず辞めていく。もちろん事務員だけでなく、男性作業員でも同じだ。
きっと真緒もすぐやめるだろうと思っていた。
しかしなかなか辞める気配はないし、これまでの事務員となんだか様子が違う。
「あの子、今までの人たちと違って、あんまり怒鳴られないな」
創平は、同僚で友人の山岡龍太に言った。
「怒鳴られるようなことがないからじゃない?」
山岡はきょとんとした顔で言う。
「可愛いだけじゃなくて、頼んだことはちゃんとしてくれるし、気も利くし、まあちょっとおっちょこちょいな所があるみたいだけど、許容範囲だし。前にいた子のなかに、仕事中なのにスマホばっか見て、パソコンでネットショッピングしてる子いたよな。小夜子さんもめちゃくちゃ困ってたし。仕事できるならともかく」
人が入れ替わりすぎていつの事務員かはわからないが、確かに、社長の妻の小夜子が嘆いていたことがあった。パソコンが出来ると言っていたので採用したのに、スマホの扱いが上手いだけで、パソコンはまともに使えないし、事務の経験も実はなかったと言っていたようだ。事務経験がないのは仕方ないとして、やる気がないのはお手上げだったと愚痴をこぼしていた。挙げ句の果てに、現場に遅れが出るようなミスをし、男性社員が注意をすると、謝るどころか言い返してそのまま出て行ってしまい、二度と姿を表すことはなかった。
「事務は楽だと思ったのに、って言ってたな」
「……そんなことを?」
「うん。事務が楽って思う人多いけど、そんなことないよなあ。倉橋さんは、パソコンも簿記も出来るし、字も綺麗で、何より計算もミスがないし、小夜子さん大喜びしてるね」
「ふうん……」
「前の職場で嫌がらせとかされたみたい。可愛くて仕事も出来れば妬む人もいるんだろうなあ」
仕事の評判はいいのか、と創平は知らないことを知って驚いた。
自分だけが彼女に苦手意識があるのかもしれない。
「なかなか勤め口に恵まれなかったみたいで、小夜子さんが連れてきたらしいよ」
「じゃあ、そんな簡単には辞められないわな」
あんまり接点ないからいいけど、と創平はさほど気にしなかった。
確かに、創平と真緒はあまり接点はなかったが。
たまに創平が質問をしても、困ったような顔をして、答えることをせず、態度で示してくる。創平はそれが非常に癪に障った。
一言「はい」や「いいえ」、それに「わかりません」と言えばいいものを、彼女は全く言わなかった。
(馬鹿にしてんのか)
自分以外の社員たちが好感を持っても、やはり自分には合わない、そう思った。
挨拶をしても会釈をするだけで答えないし、お高くとまっているようで、苛立ちは募るばかりだ。少ない接点だが、その少ない接点は、必要最低限の時のものだ。
創平は、彼女に対しての態度が意地悪くなるばかりだった。
ある日、創平が現場を抜けて事務所に戻ると、社長の妻の小夜子は銀行に行っているらしく、そこには真緒しかなかった。
(小夜子さん、留守か……)
困ったな、と創平は思い、真緒には言いたくなかったが仕方がない。
探し物があり、しばらくは複合機と、いろんな社員のデスク周りを漁っていたが、視線を感じ、仕方なく真緒に尋ねることにした。
「あのさ、白崎工務店からファックス来てなかった? 朝一で変更箇所の図面を送ってるはずだって言われたんだけど」
真緒は最初きょとんとしていたが、一瞬目を見開き、慌てた様子で、複合機に駆け寄り、ボタンを操作した。
どうやら送信元を確認したあと、届いたファックスを片っ端から確認している様子だ。そこまでは創平も確認はしなかったので、何かヒントがあるのかしれない。だが、探しても見つからない様子だ。
その様子に創平はイライラした。
そして真緒は社長の席でやっと見つけたようで、それを手にして創平に掲げて見せた。創平もそこへ行き、彼女の手元を見た。A3サイズで何枚かに別れて届いていたようだ。元の図面はさすがに大きいので、先方は分割してきたのだ。彼女は社長に渡すつもりで置いたが、社長は未確認だったらしい。
「やっぱ届いてたか……」
彼女は自分の席に行き、糊を手にした。そのファックスを貼り付けて元のサイズにしなければと思ったようだ。本来なら元のサイズの図面を届けてもらったり、メールで送ってもらって、大判サイズで刷るのだが、時間がない。朝一に届いている時なら、その余裕もあったはずなのだが。
彼女と目が合うと、近づき、ファックスを乱暴に奪い取る。
「もういい。……ったく、遅ぇんだよ、社長が確認できない状況なら、現場のもんにちゃんと伝えろよ! 管理すらできねえのかよ」
ギロリと睨むと、真緒は頭をすぐに下げた。
「……使えねえヤツ」
と創平はいい放った。
真緒は怯えたような目をしたが、すみませんも言わず、ただ何度も頭を下げた。
とにかく今は時間が惜しい。念のため複合機でスキャン保存をし、そのあとはクリアファイルに入れて持ち出すことにした。
事務所を出るときにちらっと真緒を見ると、またお辞儀をし、創平を見送った。最後にもう一度チラリと見ると、泣きそうなのを我慢しているのか、泣いているのか、唇をぎゅっと噛み締めながら、社長席の他のファックスを確認しているのが見えた。
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