『闇属性黒猫の異世界救出物語』〜魔物転生!?いや人間になりたい!

藤村ゆんた

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第一章 

31話 グローファントムとの戦い①

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精神攻撃モードになり物理攻撃無効化状態のグローファントムを倒す作戦は3パターンある。

・1つ目は『精神魔法対策のアミュレットや付与魔法を持つ者、神聖属性の者を囮にする』事。(神聖属性の者は精神魔法に強い耐性を持ち、精神魔法を打ち消すスキルを所持している。《幻影の悪夢》だけはいずれ対策も効かない為、対策を練らねばならない)

・2つ目は、『弱い者を囮として鎖に捕まえさせ、攻撃力の強い者が鎖を破壊して強制的に精神攻撃モードを解除させて、ダメージを蓄積させる』という作戦。(鎖を早く破壊しないと、囮になる者が鎖締めによって死亡したり、正気に戻らなくなるなどの後遺症になるリスクが非常に高い。また精神破壊した囮から魔力を吸収する為、時間内に鎖を断ち切れなければ戦闘が絶望的になる)

・3つ目は非常に冷酷な作戦。『《精神干渉》が発動した瞬間、鎖に捕まっている囮を瞬時に殺す事。同様に、次々と鎖に捕まっていく囮を殺し続ける事で、グローファントムの魔力を消耗させる』という作戦。(デメリットは多くの囮が必要だという事だけ)

2つ目と3つ目の作戦は、価値の低い奴隷などが囮に使われる事から『生贄作戦』と呼ばれている。

グローファントムなどの魔物は非常に危険で、倒してもデメリットでしかない。避けるか、仲間が捕まって精神攻撃モードに入る前に鎖を断つ事が出来なかったら見捨てるのが一般的な作戦だ。


***


ファニラ・マッドルニカの土魔法《アースハンド》で圧縮されたかのように見えたグローファントムだが、潰される直前に《精神干渉》を発動したのか無傷で土塊から透過して現れた。あらゆる物質を透過するこの性質は、【精神干渉】を発動する兆候である。

「ッ精神攻撃に入りました!鎖に捕らわれないように注意して逃げて下さい!《許可無き物質を通す事なかれ【拒絶の障壁】》」

グローファントムは 《封縛の鎖》で捕まえた者を、鎖締めにして弱らせ、殺すか精神を壊すまでターゲットを替えないという性質がある。
だが弱らせる筈の鎖でも、魔法による抵抗をしなければ充分圧迫死させる程の力はあった。黒猫の身体には鎖が深く食い込み、強く締め上げられグッタリしている。

ナーシア様の大切な愛猫らしいが…もう生きているとは思えない、とファニラは僅かな間、憐憫の情を抱く。

ターゲットが変わる事による《封縛の鎖》による拘束に備え、ファニラは自分とナーシアを守る為に障壁を隔てる事に専念し始める。
しかし教え子であるナーシアは逃げる様子がない。

精神攻撃モードの今の状態では攻撃が通じないが、《封縛の鎖》さえ当たるのを防げば、運が良いと魔力切れで勝手に自滅する。
だが、今の状態の《封縛の鎖》で一度捕まれば、精神強化の魔法やアミュレットでも持っていない限り自力での脱出は非常に難しい。

物理攻撃無効化状態のグローファントムは、《マインドブレイク》で相手の感情を暴走させ、《マインドドレイン》によってその感情を魔力に変換する事が出来る。つまり精神攻撃で鎖をターゲットに繋げている間は、ターゲットが死ぬか精神崩壊するまで永久的に魔力が尽きない為、同時に精神攻撃も延々に続く。

なんとしても鎖に当たる訳にはいかない。

「ナーシア様、何しているのですか!早く逃げて下さい!」 

ファニラはナーシアに対して普通なら絶対抱かないであろう初めて苛立ちを募らせ声を上げる。

「しかしエヴィーがっ、…それに私が今ここで逃げたら先生を助ける人がいません!」

(エヴィー?あぁ、猫の事…心苦しいけど、ナーシア様に早く退避してもらう為にも、今は安心させる方が先ね)

「大丈夫です、ゼフィルス卿とビュラ様がお越しくださるまで耐え切ります!」

ファニラはそう言って、安心させるように笑う。

(だから私の為にも、どうか今すぐ逃げて下さい)

大切な教え子である前に尊敬するゼフィルス卿の一人娘であるナーシア様に対し、万が一の事があってはならならない。

この時ファニラは深く後悔をしていた。夜行性で人気の無い所を好むグローファントムが、何故クローゼル家の庭園に何の前触れもなく現れたのか。ファニラには当然、予測も出来なかった事だが、それでもあの黒猫が《封縛の鎖》によって捕らわれた時点でナーシアを一早く連れて逃げるべきだった。

(黒猫がせっかく囮になったから、チャンスだとばかり…知識だけあっても経験がなきゃ無理ね。私ながら呆れるわ)

今回囮になっている黒猫は、人間ではない。
防御の魔法道具や付与魔法も掛けられていないただの〈黒い〉だけの猫だ。普通の猫は鎖締めだけで簡単に死んでしまう事実を、ベテランの魔法高いであるファニラは有ろうことか考慮していなかった。
自分の判断のミスを悔やみながら、障壁に一層魔力を注ぎながらグローファントムを見上げる。

煤けて切り傷だらけのローブがはためき、不気味な色の炎のような魔力を纏いながら、緩慢な動きで近づく。鎖は、動かない黒猫と繋がったままだ。

いつ、死んだ黒猫から鎖が離れるのか、その瞬間を警戒するファニラだったが、グローファントムのローブの中から黒い闇が溢れるの様子を見て目を丸くした。

「…?おかしい、何故あの黒猫を離さないまま《マインドブレイク》を発動したの?…っまさか」

黒い闇、精神を破壊する憎悪の感情の奔流が、鎖に繋がれたままの黒猫の柔くて小さな身体に入っていく。

「生きてたの!?」

(あんなに強く締められてたからてっきり…、でも良かった、これで…)

驚き、一瞬希望を抱いだが、すぐに冷静に考える。

(いえ、長く保ってほしいけど、無理でしょうね。猫に精神攻撃なんて聞いたことがないけど、私が逃げ切るまでもう少し『囮』として頑張っていて頂戴)

ファニラは逃げる為に障壁を解いた時、後方から一本の氷の矢がファニラの頭上を通過し鎖に当たって砕けた。振り返ると、逃げた筈のナーシアが、【アイスアローズ(氷矢)】を複数浮かべて鎖に向かって放っていた。

「–––ナーシア様!お逃げになった筈ではッ」

今すぐ逃げなさい、とファニラが言いかけた時、

「ごめんなさい…でも、でもエヴィーは生きていると信じていました!エヴィーが私を庇って捕まったんです、…これ以上私のせいで家族を失いたくないの、一緒に戦わせて下さい!」

ファニラは、言葉を失う。ナーシアがエヴィーという黒猫に対する想いと普通の人が唯の飼い猫に対する想いとでは全く違っていた事にこの瞬間気付いたのだ。ナーシアは勉強熱心で、10歳にしては多識な子供だった。そんなナーシアが、危険度Aランクのグローファントムがどれだけ危険な魔物なのか分からない筈がない。

「ナーシア様…」
(大切な愛猫と聞き及んでいましたが、まさか『黒い』猫にそこまで執着されていたとは)

「お願い、エヴィーを離してッ」

ナーシアの悲痛な叫びと共に《ドロップショット》が発動し、圧縮された水の粒が弾丸となって鎖を撃ち抜く。

「…私達が精神干渉を受けないのは、猫が正気を保っている内だけです」

ファニラが諦めたように溜息を零す。

「猫が精神攻撃にどれだけ耐えられるのか私でも分かりませんが…このままだと猫を救出する上で攻撃が通じないので実体化させる必要があります。なるべく早く鎖を断ち切りましょう!」 

「っはい!」

**

涙を流しているが、ナーシアの顔は決して諦めた表情ではなかった。一度ファニラ先生の指示に従って離れたが、離れただけで逃げた訳ではない。エヴィーは生きていると確信していたからだ。…それは根拠のない確信というより、エヴィーを失うという恐怖から平静を保つ為にそう思い込む事が必要があったというだけであったが。

ナーシアはエヴィーを助ける為に、無我夢中でエヴィーを縛る鎖に向かって攻撃魔法を放つ。

グローファントムと戦う時は、憎しみや怒りという負の感情を増幅させてはならない。何故なら、グローファントムが《マインドドレイン》を発動すれば、周囲の負の感情を糧に魔力を増幅させてしまうからだ。ファニラもナーシアもその事を分かっていた為、なるべく感情を昂らせないよう心掛けながら攻撃を放つ。

グローファントムの黒い怨念とも言える闇が全て黒猫の中に入り終わる。だが、黒猫を縛る鎖が離れることはなかった。それはつまり、黒猫がまだ正気を保っているという事だ。

(エヴィー、頑張って耐えているのね…。お父様、ビュラ…)

呪いは、不幸に不幸が重なることが多い。二人が助けに来るのにここまで時間が掛かっているのは、ナーシアの呪いのせいで足止めされている事実に他ならない。

(私が、頑張らなくちゃ…エヴィー、ごめんなさい、絶対助けるからね)

ナーシアは自分の呪いが、全ての原因だと分かっていた。
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