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第二章
52話 亜神との出会い
しおりを挟む世界は真っ白に染め上がり、音もなく消え去った。
それでも、消えるまでのその一瞬は魂が引き裂かれるかのように強烈で、永遠と思われる激痛の中いつの間にか意識を失った。
感じる筈のない虚無感に支配された時、ふわっと微かに感じたのは古い本の香りだった。
その香りに導かれるように、徐々に意識が浮上する。
僕は生きているのか…?
意識をすると、確かな身体の感覚。ここはどこだろう。
目が開かない。瞼がくっついているようだ。
パリッと音を鳴らしながら瞼を開くと、そこは普段から良く見覚えのある場所だった。
机に立て掛けられた薬草図鑑に魔導書、花の模様のベットにお人形。ここは、慣れ親しんだナーシアの部屋だ。
その部屋の隅に掛けられたカバン、その肩掛け付近に小さな僕は逆さまになってぶら下がっていた。
その状態を認識した時、何故ここに僕が居たのかを思い出した。
そうだ…確か教会でミニオルシヴィオン(分身)をナーシアの鞄に付けた後、そのまま忘れていたんだ。
分身をここに残していたお陰で死ななかったのだ。助かった。
影裂界の黒魔力は随分と減っていたけど、ちゃんとアクセスできる。
…ナーシアは無事だろうか。呪いを解くことが出来たし、聖女と勇者がナーシアを守ろうとしていた。だから…きっと今度こそ大丈夫だと思いたい。
でも。僕はもうナーシアと住むことは出来ないだろう。僕のせいでナーシアを危険な目に合わせた…ナーシアに合わせる顔がなかった。それに、聖女達も僕とナーシアの関係を疑う筈だ。鑑定を使える聖女達の前で黒猫の姿になっても無駄だろう。もうここは、危険だ。
ミニオルシヴィオンの翼を動かす。随分と長い間放置していたせいで、全身がカチコチになっていた。黒魔力で変化し直せば元に戻るかな、とカラスに変化した。うん、動かせる。
黒竜の存在を何処かで嗅ぎ付けていた聖女達。小型黒竜であるミニオルシヴィオンの姿も、察知されてしまうかもしれない。だからこの姿にした。
ナーシアの部屋の窓を黒霧で透過して、そこから飛び立つ。カラスの姿なら気配も小さいし、きっと…大丈夫。
さよなら、クローゼル家のみんな。
それから僕は当て所もなく飛び続けた。
***
爪を振るえば簡単に抉れ、感情に荒れ狂う黒魔力の波は生物を黒く壊死させる死の波動と変化する。
散らばる肉片だったモノ。真っ赤に染まる世界。意外にも心地よいその衝動に身を預け牙を剥く。
『私の国の民を…絶対に許さないわッ!』
瞳に悲しみと怒りを湛え、圧倒的な力で立ち塞がる者。
強烈な閃光。
魂が引き裂かれる感覚。
(ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ)
聖女達からの攻撃を受けた記憶が唐突にフラッシュバックし、パニックになった僕は木に衝突しかけた。
ギリギリ躱し、漸く地面に降り立つ。
何時間、いや何日飛び続けたのだろう。ただ、ぼうっと飛び続けていたせいで、また何処か分からない森に迷い込んでしまったようだ。
少し一休みをしよう足を下ろしたけど、逆にどっと疲労が増した気がする。
ぐッ…痛い。
聖女にされた攻撃の痛みを忘れないせいか、時折こうして幻肢痛に襲われる。
身体の何処が痛いのか具体的に分からないのにとにかく痛む時があるから厄介だ。
大丈夫、痛く感じる筈がない。そう思い込むことによって、その痛みは徐々に治った。
ふぅ。思ったより疲れているのかも知れない。一度休もう。
黒猫に変化して、木の根に包まって休憩する。
そうしているだけで、日が一周回った。
***
カサ、カサ、カサ。
足音が近づく。生体感知では異常がないのに、何者かの気配を感じて身構える。
「よう。そんなに怯える事ないぜ、兄弟?」
目の前にいたのは、鮮やかな朱色の髪をした若い男だった。鑑定をしたが、何も表示されない。
ギラギラと獲物を見定めるかのような朱い瞳、ニッコリと弧を描く口元は何故か背筋がゾッとする嗜虐的な表情に思えた。
兄弟って僕の事か?何者だ?
不気味な人だけど、なんとなく彼の纏う雰囲気は心地良く感じる気がする。それが余計に不安を煽る。
「そっかぁ。お前俺のこと知らないのか!俺はお前のことをなんでも知っているぞー、お前は俺の弟という事とかさ!あぁ、因みに俺は亜神って呼ばれてるんだよね…本名じゃないけどなー!」
テンションばり高で…怖い。こんなお兄さん僕は知らない。
「ん?そそいやお前、まだ人間に変化出来ねぇのか、かあいそ~」
大袈裟に気の毒そうな表情をする亜神にちょっと思う事があるが、それ以上に彼の言葉が気になった。
無意識に猫の身体で亜神に飛び付く。
え、まだって…人間になる方法があるの…?どうやったら人間になれるの!?
「あはは~人間になりたいのか!こんなかぁいいのに!」
亜神は僕の胴体を両手で掴み、クルクルと回る。
ななな、なんだこの人!
「簡単さ!人間を喰っちまえ良いんだよ~。丸ごと吸収してもいーぞ、それか身体に直接入って乗っ取るといやり方もある」
そんな物騒な事出来ないよッ!
ゾッとして彼の手から離れようと身をもがく。この人、人間じゃない…魔物か?
「へ~やっぱ変な奴。んじゃひたすら殺しまくって強くりゃいずれなれるさー」
そうか、やっぱり人間になるためには魔物とかを倒してレベルを上げないといけないのか。けど、派手なことをして聖女達見つかりたくはない…。
「安心しろよ~。お前もある程度強くなったし、俺が聖女達から身を隠す方法を教えてやるよ」
そう言って亜神は右手から黒炎を出し、ひょいひょいとお手玉のように操る。それは黒魔力で出来た炎。
…僕と同じ黒神術が使える?まさか、…、僕と同じ!?
「あぁ、そうだよ兄弟!この世界ミウスでお前も俺も、コレ、黒魔力っていうヤツから生まれたんだ」
嬉しそうに頷く亜神を前に、亜神が僕を弟と呼ぶ理由が何となく分かった。同じ仲間なんだ。だから、彼に僕の声が通じるんだ。
そして、この世界の事はミウスって言うのか。
なんで僕はミウスに黒魔力として生まれた?というか帰れるの?
聞きたい事が山程あって、うまく思考が纏まらない。そんな僕を亜神は抱き上げる。
サイコパスみたいな表情をした彼だけど、触れる手は意外にも優しかった。
「あぁ、一つ答えを言うのであれば…」
亜神はそう言いながら顔を近づけて、ニッと笑った。
「お前がなーんも分かんねーのは、俺のせいだから!」
「ニャーー!?」
ーーーは、はぁ!?良い人そうと思った僕の気持ちを返せ!
驚いて猫の声が出てしまったじゃないか!
僕が何も分かんないのは全て君のせいだって?どういう事かをちゃんと説明してほしい。
「あはは、それ怒ってんの?マジ面白れぇなぁ」
ジタバタと動く黒猫を見てクックックと笑う亜神に、そろそろ猫パンチを打ち込みたいかもと思う。
「んあー、お前をミウスに呼んだのは、とあるじーちゃんなんだよ。一応なんか一番偉い神さんらしい」
黒魔力で僕を包み、玩具にしながらも亜神は説明を始めた。
一番偉い神様がなんのために?
「さぁ、そこは知らないなー。まぁ、なんとなく察しはつくが、それは教えられないな!」
きぃー!教えろー!
両手から猫パンチを繰り出すが、その攻撃は亜神に届かず虚しく宙に放たれる。
「あはははは!なんだそのクソしょぼいスキル、そんなの魔物の赤ん坊でも見た事ないわ」
亜神の言葉に、自分が魔物である事を思い出し、気持ちがふと暗くなった。
「あははっどうした、ネガティブネコ!おいおい俺だって魔物だぞ~?てか魔物同士仲良くすりゃ良いじゃーん」
亜神の言葉に首を振る。
魔物(モンスター)と仲良く出来ないよ。襲ってくるし。
「少なくとも俺は、魔物に襲われる事はない。襲われない方法さ、教えてやるよ。聖女達から察知されない方法と、ついでに力の使い方もな」
え、魔物から襲われない方法?知りたい!
だけど、この人は何のために僕に教えてくれようとしてくれるんだろう。何か企みがあるに違いないが、その笑顔はとても純粋なものに(見えてしまった。)
まぁ、どちらにしても、本当に教えてもらえるのなら物凄く助かる…。
「俺はお前の弟だからな」
その言葉に酷く心が込もっているように聞こえ、彼が僕の事を弟だと思っているのは本心からだと思えた。
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