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第10話「歴史改編」

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 アーサーと交流が続くようになってから、俺はあることを考えていた。
 どうすればメリルが断罪されないで済むか。をである。
 まず大前提を言うならば。メリルの性格は直らない。
 メリルレージュ・ルグナスの性格は直らない。大事な事なので二回言った。
 性格は最悪のままだ。この前も熱による体調不良のメイドさんを「体調管理がなっていない」と言って容赦なく蹴り飛ばしていた。
 本当に性格の悪い女だ。
「人の顔を見てどうしたの。ディー」
 意識を戻すと目の前にはメリルの顔が映っている。
 メリルに膝枕されている体勢だ。
 何故こうなっていたかと言うと、膝枕して欲しいと素直にお願いした結果だ。
 何故膝枕して欲しいと言ったかと言うと、お願いしたらやってくれるかを試してみたかったからだ。
「ねえ。どうしたの。ディー」
 メリルが俺の頭を撫でながら尋ねて来る。
「ちょっと考えていたんだ」
「どんなことを?」
「こんな美少女に膝枕してもらえる。俺はなんて果報者だなって」
 考えていた内容とは少し違うが、これはこれで素直な気持ちだ。
 俺は前世含めて二度の人生の中でメリルよりも可愛い美少女に会った事は無い。
 唯一の欠点は性格の悪さだが、こんなに性格の悪い女なのに俺にだけはこうして優しいのだ。
「あら、可愛い事言うじゃない」
 メリルの機嫌がよくなったけど、さすがにメリルが性格悪いと考えていたって言ったら機嫌悪くなるだろうな。
「そうだ」
 一つ思いついた。
「どうしたの?」
 メリルが尋ねてくる。
「いいことを思いついた」
 天啓がひらめいた。
「どんなこと?」
「うまく言ったら説明する」
 俺はメリルにそう伝えた。
 こう言えばメリルはそれ以上追及して来ない。
「そう。頑張りなさい」
 メリルは再び俺の頭を撫でる。
 俺は気持ち良さのあまりそのまま眠ってしまった。

          *

「ごきげんよう。ディゼル様」
 ドーナツを頬張りながらミネルバが挨拶して来た。
「こんにちは。ミネルバ」
 ミネルバ・エクステル。
 メリルレージュ軍団の№2。通称「豚令嬢」
 今でも十分に太っている彼女はこの後どんどんどんどん肥えていき、いずれは痩せている娘を目の敵にして何の理由も無く無関係な少女を焼き払うような人物になる。
 そんなミネルバの見た目を変える。
 これでも現代日本で三十一年間生きてきた俺だ。
 低カロリーメニューを作るのだ。
 糸こんにゃくナポリタン。
 おから豆腐炒飯。
 キノコ鍋。
 しらす豆腐丼。
 前世の知識を総動員して浮かび上がったのがこのくらいだ。おまけにこの世界と前世では食文化が違う。
 だがそこは公爵家の力を頼った。
 ルグナス公爵家が本気になると普段は料理で使われない様なマイナーな食材でもしっかりと入手できる。
 それをいくつか用意してミネルバに食べさせたのだ。
「美味しいです」
 ミネルバからは絶賛だった。
 味見した身としては少し心配だったのだが、どうやら杞憂だった。大丈夫なようだ。
 今回の事でわかって事だが、むしろちょっと味気ないと思う味でもおいしいと言って食べていく。ミネルバは多分味より量なのだろう。ある程度おいしければどんどん食べていくのだ。
 この料理をミネルバが受け入れた事を確認できた俺はエクステル家の屋敷の執事長や料理長に料理の材料とその入手方法とレシピを伝えた。
 さすがにこのメニューだけにさせるわけにはいかないが、これを食事の中心にしてもらうようにメリルの名前を出しながらエクステル家に指示をした。
 これでうまく行けば豚のように成長して痩せた娘を目の敵にする事も無くなるだろう。ただし結果はすぐ出るものではない。定期的に見に来よう。
 ミネルバ対策は完了した。

          *

「こんにちは。アンリエッタ」
「……ごきげんよう。ディゼル様」
 ミネルバの次はこの子だ。
 呪令嬢アンリエッタ。
 長く伸ばした黒髪で顔全体を覆っている。
 その髪の下にはニキビがつぶれたようなブツブツが顔面を覆っている。
 一見顔を髪で隠して髪を上げれば中から美少女の顔が出て来るような雰囲気だが、いざイベントで髪を上げた時だけBGMがホラーゲームのそれになっていた。
 画面ドアップに映し出される目をそむけたくなるようなアンリエッタの素顔。
 あの一瞬だけホラーゲームだった。それもトラウマ級のイベントだった。
 そんなアンリエッタのメリルとの出会いは九歳の時。
 ちょうどその時に婚約者にも素顔を見られてしまい、泣きだされて失禁されたあげく婚約を破棄された翌日に十歳で呪いを発動させて元婚約者を半殺しにした。
 俺は意を決した。
「アンリエッタ。顔をよく見せてくれ」
「・・・やめたほうがいいと思います」
 アンリエッタは顔を背けた。
「いいんだ。見せてくれ」
「………はい」
 本当は嫌なのだろうに、メリルから「ディゼルの言う事は聞くように」とでも言われているのだろう。アンリエッタは嫌々頷いた。
「失礼する」
 アンリエッタの髪を上げる。
 顔を見て、改めて一瞬驚いたが、最初から覚悟していたので平然なふりをして見続ける。ここで驚いたのを知られてしまえばアンリエッタがさらに傷つく。
 素顔を見る。
「やっぱり呪いだな」
 これはゲーム知識ではない。
 ルグナス公爵家の書庫で見つけた文献。
 メリルがアンリエッタに渡したものとはまた別の物。
 そしてこれは先祖が受けた呪いの隔世遺伝なので治しようがない。
 治せるものがいない以上。不治のものと一緒だ。
 ここまでがゲーム内での知識。
 そしてここからはゲームの知識。
 氷の魔女メリルレージュは呪いという概念すら凍らせるのだ。

          *

「メリル。頼みがある」
「いいわよ」
 まだ内容を言っていないのに、メリルは俺のお願いに二つ返事で了承してくれた。

          *

 メリルと何回かある魔法の練習をしてからアンリエッタを呼んだ。
「本日はお誘いいただきありがとうございます。メリルレージュ様」
「よく来たわね。アンリエッタ。呪いを解いてあげるわ」
「……呪い?」
 アンリエッタが首をかしげる。
「待って。メリル。俺が説明する」
 メリルの言葉を遮ってアンリエッタの前に登場する。
「ディゼル様?」
「やあ。アンリエッタ」
 そして俺はアンリエッタにこれからやろうとしていることを説明した。
 呪いの事。そしてメリルなら呪いを凍らせる事ができるかもしれない事。
「私に任せないさい。アンリエッタ」
「はい。メリルレージュ様」
 不安そうだがアンリエッタはメリルに身をゆだねている。
 そして実はメリルも不安そうだ。
俺は見ていることしかできない。
「離れていなさい。ディー」
 万が一に備えてメリルは俺に遠くに行くよう言ってきた。
 ありがたい申し出ではあるが。
「いや、ここで見ているよ。止めたほうが良さそうな感じになったらと止めるから」
「わかったわ。でも危険だと感じたらすぐ離れるのよ」
 どこまでも俺に優しい姉だった。
 メリルが杖をかざす。
 辺りを冷気が覆った。
 アンリエッタを見る。
 目を閉じている。髪は後ろで束ねているので顔のブツブツは見えている。
 その顔からブツブツが一つ。また一つと消えて最後には一つ残らず消えていった。
 呪いは凍らせた。完全成功だ。
「これでお終いかしら?」
 メリルは俺にそう尋ねて来る。
「ああ。完璧だよ」
 俺は頷いた。
 さすがメリル。常人を遥かに超える魔女だ。
「アンリエッタ。終わったよ」
 俺はアンリエッタに声をかける。
「なにか変わったのでしょうか」
 気温が一気に下がっただけで自分の顔の変化に気付いていない様子だった。
「ああ、凄く変わったよ。おいで」
 眼を開いたアンリエッタを屋敷内に通して鏡の前に立たせる。
「見てごらん」
 俺がそう言うとアンリエッタは鏡を覗き込む。
「これが、私?」
 鏡を見てアンリエッタは震えていた。
「こんなに可愛かったんだな」
 俺はそう呟いた。
 ブツブツさえなければ顔立ちは可愛いのだろうとは思っていたが、想像以上だった。
「ありがとうございます。メリルレージュ様」
「お礼ならディーに言いなさい」
「ディゼル様に?」
「この術について調べたのも全てディーなのよ。だから最初に説明したのもディーだったでしょう。私には細かい事はわからないわ」
 こういう時、メリルは自分で発動させた魔法なのにそれよりもこの計画者だと言う理由で俺の手柄にするように発言する。本当に弟に優しい姉だ。
「そうでしたか。ディゼル様。ありがとうございました」
 それからアンリエッタは俺とメリルの前に立った。
「メリルレージュ様。ディゼル様。この恩は、生涯忘れられませぬ」
 アンリエッタが深々と頭を下げる。
「いいのよ。今日の出来事をずっと忘れていないでくれればいいわ。私達の仲でしょう」
 それ、この恩を生涯忘れるなって言っていると一緒だ。普通アンリエッタの「この恩は生涯忘れません」の意見に「そんな風に考えなくていいわよ」と声をかけてあげるべきところなのに、恩は恩としてしっかりと売っていた。さすがメリル。
「まあ、いいか」
 これでアンリエッタが呪いをまき散らす事も無くなる事だろう。
 とりあえず歴史改編と言うと大袈裟だが、ゲームと違う展開を目指してこういった行動を起こしていくのだった。
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