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第03話「盗難事件」
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「悪いけど、そういうのはお断りしているの」
ギルドの受付カウンターでエリナが冷静に答える。向かいにいるのはそれなりに名の知れたB級の冒険者だ。装備は高級品で固められている。腕っぷしも強いのだろう。多分俺より強い。だが、エリナの言葉を受けた途端、その表情がみるみる歪んだ。
「……そんなに警戒しなくてもいいだろ? 俺は本気で――」
「申し訳ありません。業務に支障が出ますので、他にご用件がないようでしたらお引き取りください」
冒険者の言葉を遮り、エリナはにこりともせずに告げる。その美しい顔には、ほんの少しの疲れが滲んでいた。
ギルドの受付嬢であるエリナ・ランフォードは、街でも評判の美女だった。整った顔立ちに、艶のある栗色の髪。品のある立ち居振る舞いと、誠実な人柄。そんな彼女に惹かれる者は多い。結果として、こうして求婚まがいの誘いを受けるのは日常茶飯事だった。
俺はそんな様子を、帳簿整理しながら横目で眺めていた。
(またか……エリナも大変だな)
男は少し粘ったものの、エリナが微塵も態度を崩さないのを悟ると、舌打ちして立ち去った。去り際に俺と目が合ったが、敵意がこもった視線を向けられる筋合いはない。俺はそもそも何もしていないのだから。
「またか?」
そう声をかけると、エリナは小さくため息をついた。
「ええ、もう何回目かしら。でも、リオンがいてくれて助かるわ」
「俺?」
「ええ。あなたが黙々と仕事をこなしてくれるから、私も自分の仕事に集中できるもの」
エリナはそう言って微笑んだ。その笑顔が、妙にまぶしく感じた。
それから、俺はふと考えた。今でこそこうしてギルド職員として働いているが――俺とエリナの関係は、決してここから始まったわけではない。
俺とエリナは幼馴染だ。
俺をパーティから追放したカイルとダリオとリナも入れて五人が同じ村の出身だ。
エリナは俺より一つ年上。俺が24歳でエリナが25歳だ。
寿退社でやめていくギルド受付嬢は多く、エリナが優秀なのもあるが、だんだんと古株になっていったので昇進しているという一面もある。
『お前はもう必要ない』
『……信じられない。あなたがどれだけみんなを支えていたか、誰よりも私が知っているわ』
『それなら、ギルドで働いてみない?リオンならきっとできる。ギルドには、あなたの力が必要だと思う』
カイルから追放されたあの日。
その言葉に、俺は――救われたのだった。
*
エリナに誘われてから数週間。俺はギルド職員としての仕事にも慣れ、次第に周囲からの信頼を得始めていた。
「リオンさん、今度の物資の入荷スケジュール、確認してもらえますか?」
「リオン、あの依頼の報告書、整理してくれ」
今日も次から次へと仕事が舞い込んでくる。少し前まで「新入り」として様子を見られていたが、今ではすっかり頼られる立場になっていた。
正直、裏方仕事は俺にとっては慣れたものだ。金の管理、武器や防具の補充、依頼の精査。今まで経験したことない業務も今までやっていたことに当てはめて考えるようにしてこなしていった。かつてA級パーティにいた時と同じように動くだけで、ギルド内の業務はスムーズに回せるようになった。
しかし、冒険者たちは、まだ俺の実力を完全には認めていなかった。
「リオンさんは元A級パーティのメンバーらしいけど……戦闘はできないんでしょう?」
「そうそう、元パーティから追放されたって話もあるしな」
「まあ、裏方としては優秀なんだろうけどな」
聞こえてくるのは、そんな言葉ばかりだった。俺がどれだけ仕事をこなしても、戦えないという事実が、評価の壁となっているらしい。
(まあ、仕方ないか)
俺は肩をすくめ、書類の整理を続ける。
そのときだった。
「ちょっと待ちなさい!」
突如、受付のほうからエリナの怒った声が響いた。
何事かと顔を上げると、エリナが険しい表情で数人の冒険者を睨んでいた。彼らはC級の冒険者たちで、どうやら何かの依頼を終えて戻ってきたようだ。
「だから言ったでしょう。この依頼は難易度が高いって。それなのに無理をして……ほら、見なさい!」
エリナの視線の先にいたのは、傷だらけの冒険者達だった。特にリーダー格の男は、腕を包帯でぐるぐる巻きにしていて、明らかに満身創痍だった。
「へ、平気だよ。これくらい」
「平気なわけないでしょう!」
俺は状況を察し、カウンターから立ち上がった。
「何があった?」
リーダーの男は、俺を見て一瞬ハッとなってからバツが悪そうに目を逸らしながら答えた。
「いや、その……報酬が良さそうな依頼があったから受けたんだけど、思ったより敵が強くて」
俺は溜息をついた。
「その依頼、俺が一度警告したやつだな?」
「……うっ」
こいつらは俺の忠告を無視して、高難易度の依頼に挑んだ。そして結果は――このザマだ。
「書類をちゃんと確認しろと言っただろう。お前たちが受けた依頼の地域は、最近魔物の活動が活発になっていて、通常の難易度より上がっているって情報があったんだ」
「でも、そんなの……たかが推測だろ?」
「いいや、確定情報だ。ギルドの観測員から報告が来ていた。俺はちゃんとデータを確認して、お前たちにも注意喚起したつもりだったが」
男たちは口をつぐんだ。
「お前たちがギルドの情報を軽視した結果、こうなったんだ。戦士としてのプライドもあるだろうが、命あっての冒険者だ。ギルドの情報を無視するようなら、いずれ取り返しのつかないことになるぞ」
静まり返るギルド内。冒険者たちが視線を交わす中、リーダーの男が悔しそうに唇を噛みしめた。
「……悪かった」
「謝る相手は俺じゃない。お前の仲間と、ギルドにだろう?」
「わかった」
男は仲間とともに静かに頭を下げた。
俺は再び書類を整理しながら、心の中で小さく息を吐いた。
結局、冒険者というのは戦うことばかりを優先して、戦いの前の準備や情報の重要性を軽視しがちだ。俺が元いたパーティも、そうだった。
でも、こうして少しずつでも理解してくれる人間が増えれば、俺のやるべき仕事にも意味が生まれる。
「リオン」
ふと、エリナが俺を見て微笑んでいた。
「あなたのおかげで、また一つのパーティを守ることができたわね」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないわ。あなたにああ言われなければ、きっとまた無茶な任務を受けてたわよ」
「そうだとしても、俺はただ、言うべきことを言っただけだよ」
俺はそう言いながら、手元の書類を整理し続けた。
エリナはくすっと笑い、そっと俺の隣に座った。
「でもね、そういうのが一番大事なのよ」
エリナの言葉が、やけに心に残った。
そして、この日を境に、俺の評価はギルド内で大きく変わっていくことになる。結果だけ振り返るとただ叫んだだけだったのだが。
ギルドの仕事に慣れ、周囲の評価も安定してきたころ。俺の前に、一つの厄介な問題が降りかかってきた。
「おい、聞いたか? 最近、ギルドの倉庫から物資が消えているらしいぜ」
「マジか? ただの管理ミスじゃなくて?」
「いや、それが何度も続いているらしいんだ。しかも高価なポーションや、貴重な魔法触媒ばかり……」
冒険者たちのひそひそ話が耳に入る。
物資の消失――つまり、盗難。
(まさか、内部の犯行か……?)
ギルドの倉庫は厳重に管理されている。俺も何度か確認したが、特に異常はなかったはずだ。それでも物資が消えているとなると、内部の誰かが関与している可能性が高い。
エリナとギルドマスターもすでに事態を把握していて、内部調査を進めているが、いまだ犯人の手がかりは掴めていない。
「リオン、あなたも手伝ってもらえるかしら?」
ある日、エリナが俺を呼び出し、深刻そうな顔で言った。
「もちろん。現状は?」
「最近消えたのは、高級回復ポーション五本と、炎の魔石二つ……あと、剣士用の強化薬もいくつか。すべて戦闘で役立つものよ」
「となると、犯人は冒険者の可能性が高いな」
「ええ。けど、決定的な証拠がないの」
エリナの顔には焦りが滲んでいた。
ギルドの信用問題に関わる以上、これ以上の被害は避けなければならない。
俺はさっそく倉庫の記録を洗い直し、消えた物資の数やタイミングを整理した。すると、一つの妙な点に気がついた。
(盗難が起こるのは、決まって依頼の報告が集中する時間帯だ)
つまり、ギルドが最も忙しく、職員の目が行き届かないときに盗みが行われている。
(となると、内部の職員じゃなくて、依頼帰りの冒険者が怪しいか……?)
俺はギルドの職員たちにもそれとなく聞き込みをした。すると、興味深い証言が得られた。
「そういえば、最近、よく倉庫の近くをウロウロしているやつがいるんだよな」
「誰だ?」
「C級冒険者のグレンって男だ。ベテランだからかギリギリC級のくせに、最近やけに羽振りが良いんだよな」
グレン。聞いたことがある。
最近やたらといい装備を揃えていると噂になっていた。
(決まりか?)
俺はグレンを調べる事にした。
*
その晩、倉庫の隅に身を潜めた俺は、犯人を待ち伏せることにした。
静寂の中、夜のギルドには、わずかな物音しか響かない。
カチャリ。
扉を開ける微かな音。
(来た)
暗闇に目を凝らすと、一つの影が倉庫の奥へと忍び込んでいた。
俺は息を殺しながら様子をうかがう。
影が棚の奥で何かを探るのを確認すると、俺はそっと立ち上がり、静かに言った。
「ずいぶんと手慣れてるな。グレン」
「ッ!? 誰だッ!?」
グレンは驚いて振り返るが、すでに逃げ道はない。
「俺だよ。ギルド職員のリオン・アルディスだ」
グレンの顔が一瞬強張る。
「クソッ」
次の瞬間、グレンは俺に向かって飛びかかってきた。
(やるしかないか……!)
俺は素早く身をかわし、グレンの腕を取ると、力を込めて捻り上げた。
「がっ……!?」
グレンの体勢が崩れた隙を突き、俺はすぐに床に押さえつける。
A級の実力がないとバカにされてきた俺だが、C級だったらなんとかなるな。
「グレン。お前が盗んだ物資、どこに隠している?」
「くっ……知らねぇよ!」
「じゃあ、ギルドに突き出すまでだな」
俺は冷静に言い放ち、すぐにエリナを呼んだ。
数分後、駆けつけたエリナとギルドの職員たちがグレンを取り押さえた。
「グレン……なぜこんなことを?」
ギルドマスターが厳しい表情で問い詰めると、グレンは歯を食いしばりながら言った。
「……クソッ、俺だって強くなりたかったんだよ!」
「だから盗みに手を染めたの?」
「……俺はC級止まりの雑魚だ。こんな俺じゃ、強い魔物なんて倒せねぇ。だから、強化薬を使ってでも強くなろうとしたんだよ!」
グレンの叫びには、悔しさと焦りが滲んでいた。
だが――それでも、許される行為ではない。
「お前がどんな理由を持っていても、ギルドの物資を盗んだ時点でアウトだ」
俺は静かに言い放った。
グレンはギルドの規則に従い、正式に処罰を受けることになった。
こうして、事件は解決した。
その時はそう思っていた。
ギルドの受付カウンターでエリナが冷静に答える。向かいにいるのはそれなりに名の知れたB級の冒険者だ。装備は高級品で固められている。腕っぷしも強いのだろう。多分俺より強い。だが、エリナの言葉を受けた途端、その表情がみるみる歪んだ。
「……そんなに警戒しなくてもいいだろ? 俺は本気で――」
「申し訳ありません。業務に支障が出ますので、他にご用件がないようでしたらお引き取りください」
冒険者の言葉を遮り、エリナはにこりともせずに告げる。その美しい顔には、ほんの少しの疲れが滲んでいた。
ギルドの受付嬢であるエリナ・ランフォードは、街でも評判の美女だった。整った顔立ちに、艶のある栗色の髪。品のある立ち居振る舞いと、誠実な人柄。そんな彼女に惹かれる者は多い。結果として、こうして求婚まがいの誘いを受けるのは日常茶飯事だった。
俺はそんな様子を、帳簿整理しながら横目で眺めていた。
(またか……エリナも大変だな)
男は少し粘ったものの、エリナが微塵も態度を崩さないのを悟ると、舌打ちして立ち去った。去り際に俺と目が合ったが、敵意がこもった視線を向けられる筋合いはない。俺はそもそも何もしていないのだから。
「またか?」
そう声をかけると、エリナは小さくため息をついた。
「ええ、もう何回目かしら。でも、リオンがいてくれて助かるわ」
「俺?」
「ええ。あなたが黙々と仕事をこなしてくれるから、私も自分の仕事に集中できるもの」
エリナはそう言って微笑んだ。その笑顔が、妙にまぶしく感じた。
それから、俺はふと考えた。今でこそこうしてギルド職員として働いているが――俺とエリナの関係は、決してここから始まったわけではない。
俺とエリナは幼馴染だ。
俺をパーティから追放したカイルとダリオとリナも入れて五人が同じ村の出身だ。
エリナは俺より一つ年上。俺が24歳でエリナが25歳だ。
寿退社でやめていくギルド受付嬢は多く、エリナが優秀なのもあるが、だんだんと古株になっていったので昇進しているという一面もある。
『お前はもう必要ない』
『……信じられない。あなたがどれだけみんなを支えていたか、誰よりも私が知っているわ』
『それなら、ギルドで働いてみない?リオンならきっとできる。ギルドには、あなたの力が必要だと思う』
カイルから追放されたあの日。
その言葉に、俺は――救われたのだった。
*
エリナに誘われてから数週間。俺はギルド職員としての仕事にも慣れ、次第に周囲からの信頼を得始めていた。
「リオンさん、今度の物資の入荷スケジュール、確認してもらえますか?」
「リオン、あの依頼の報告書、整理してくれ」
今日も次から次へと仕事が舞い込んでくる。少し前まで「新入り」として様子を見られていたが、今ではすっかり頼られる立場になっていた。
正直、裏方仕事は俺にとっては慣れたものだ。金の管理、武器や防具の補充、依頼の精査。今まで経験したことない業務も今までやっていたことに当てはめて考えるようにしてこなしていった。かつてA級パーティにいた時と同じように動くだけで、ギルド内の業務はスムーズに回せるようになった。
しかし、冒険者たちは、まだ俺の実力を完全には認めていなかった。
「リオンさんは元A級パーティのメンバーらしいけど……戦闘はできないんでしょう?」
「そうそう、元パーティから追放されたって話もあるしな」
「まあ、裏方としては優秀なんだろうけどな」
聞こえてくるのは、そんな言葉ばかりだった。俺がどれだけ仕事をこなしても、戦えないという事実が、評価の壁となっているらしい。
(まあ、仕方ないか)
俺は肩をすくめ、書類の整理を続ける。
そのときだった。
「ちょっと待ちなさい!」
突如、受付のほうからエリナの怒った声が響いた。
何事かと顔を上げると、エリナが険しい表情で数人の冒険者を睨んでいた。彼らはC級の冒険者たちで、どうやら何かの依頼を終えて戻ってきたようだ。
「だから言ったでしょう。この依頼は難易度が高いって。それなのに無理をして……ほら、見なさい!」
エリナの視線の先にいたのは、傷だらけの冒険者達だった。特にリーダー格の男は、腕を包帯でぐるぐる巻きにしていて、明らかに満身創痍だった。
「へ、平気だよ。これくらい」
「平気なわけないでしょう!」
俺は状況を察し、カウンターから立ち上がった。
「何があった?」
リーダーの男は、俺を見て一瞬ハッとなってからバツが悪そうに目を逸らしながら答えた。
「いや、その……報酬が良さそうな依頼があったから受けたんだけど、思ったより敵が強くて」
俺は溜息をついた。
「その依頼、俺が一度警告したやつだな?」
「……うっ」
こいつらは俺の忠告を無視して、高難易度の依頼に挑んだ。そして結果は――このザマだ。
「書類をちゃんと確認しろと言っただろう。お前たちが受けた依頼の地域は、最近魔物の活動が活発になっていて、通常の難易度より上がっているって情報があったんだ」
「でも、そんなの……たかが推測だろ?」
「いいや、確定情報だ。ギルドの観測員から報告が来ていた。俺はちゃんとデータを確認して、お前たちにも注意喚起したつもりだったが」
男たちは口をつぐんだ。
「お前たちがギルドの情報を軽視した結果、こうなったんだ。戦士としてのプライドもあるだろうが、命あっての冒険者だ。ギルドの情報を無視するようなら、いずれ取り返しのつかないことになるぞ」
静まり返るギルド内。冒険者たちが視線を交わす中、リーダーの男が悔しそうに唇を噛みしめた。
「……悪かった」
「謝る相手は俺じゃない。お前の仲間と、ギルドにだろう?」
「わかった」
男は仲間とともに静かに頭を下げた。
俺は再び書類を整理しながら、心の中で小さく息を吐いた。
結局、冒険者というのは戦うことばかりを優先して、戦いの前の準備や情報の重要性を軽視しがちだ。俺が元いたパーティも、そうだった。
でも、こうして少しずつでも理解してくれる人間が増えれば、俺のやるべき仕事にも意味が生まれる。
「リオン」
ふと、エリナが俺を見て微笑んでいた。
「あなたのおかげで、また一つのパーティを守ることができたわね」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないわ。あなたにああ言われなければ、きっとまた無茶な任務を受けてたわよ」
「そうだとしても、俺はただ、言うべきことを言っただけだよ」
俺はそう言いながら、手元の書類を整理し続けた。
エリナはくすっと笑い、そっと俺の隣に座った。
「でもね、そういうのが一番大事なのよ」
エリナの言葉が、やけに心に残った。
そして、この日を境に、俺の評価はギルド内で大きく変わっていくことになる。結果だけ振り返るとただ叫んだだけだったのだが。
ギルドの仕事に慣れ、周囲の評価も安定してきたころ。俺の前に、一つの厄介な問題が降りかかってきた。
「おい、聞いたか? 最近、ギルドの倉庫から物資が消えているらしいぜ」
「マジか? ただの管理ミスじゃなくて?」
「いや、それが何度も続いているらしいんだ。しかも高価なポーションや、貴重な魔法触媒ばかり……」
冒険者たちのひそひそ話が耳に入る。
物資の消失――つまり、盗難。
(まさか、内部の犯行か……?)
ギルドの倉庫は厳重に管理されている。俺も何度か確認したが、特に異常はなかったはずだ。それでも物資が消えているとなると、内部の誰かが関与している可能性が高い。
エリナとギルドマスターもすでに事態を把握していて、内部調査を進めているが、いまだ犯人の手がかりは掴めていない。
「リオン、あなたも手伝ってもらえるかしら?」
ある日、エリナが俺を呼び出し、深刻そうな顔で言った。
「もちろん。現状は?」
「最近消えたのは、高級回復ポーション五本と、炎の魔石二つ……あと、剣士用の強化薬もいくつか。すべて戦闘で役立つものよ」
「となると、犯人は冒険者の可能性が高いな」
「ええ。けど、決定的な証拠がないの」
エリナの顔には焦りが滲んでいた。
ギルドの信用問題に関わる以上、これ以上の被害は避けなければならない。
俺はさっそく倉庫の記録を洗い直し、消えた物資の数やタイミングを整理した。すると、一つの妙な点に気がついた。
(盗難が起こるのは、決まって依頼の報告が集中する時間帯だ)
つまり、ギルドが最も忙しく、職員の目が行き届かないときに盗みが行われている。
(となると、内部の職員じゃなくて、依頼帰りの冒険者が怪しいか……?)
俺はギルドの職員たちにもそれとなく聞き込みをした。すると、興味深い証言が得られた。
「そういえば、最近、よく倉庫の近くをウロウロしているやつがいるんだよな」
「誰だ?」
「C級冒険者のグレンって男だ。ベテランだからかギリギリC級のくせに、最近やけに羽振りが良いんだよな」
グレン。聞いたことがある。
最近やたらといい装備を揃えていると噂になっていた。
(決まりか?)
俺はグレンを調べる事にした。
*
その晩、倉庫の隅に身を潜めた俺は、犯人を待ち伏せることにした。
静寂の中、夜のギルドには、わずかな物音しか響かない。
カチャリ。
扉を開ける微かな音。
(来た)
暗闇に目を凝らすと、一つの影が倉庫の奥へと忍び込んでいた。
俺は息を殺しながら様子をうかがう。
影が棚の奥で何かを探るのを確認すると、俺はそっと立ち上がり、静かに言った。
「ずいぶんと手慣れてるな。グレン」
「ッ!? 誰だッ!?」
グレンは驚いて振り返るが、すでに逃げ道はない。
「俺だよ。ギルド職員のリオン・アルディスだ」
グレンの顔が一瞬強張る。
「クソッ」
次の瞬間、グレンは俺に向かって飛びかかってきた。
(やるしかないか……!)
俺は素早く身をかわし、グレンの腕を取ると、力を込めて捻り上げた。
「がっ……!?」
グレンの体勢が崩れた隙を突き、俺はすぐに床に押さえつける。
A級の実力がないとバカにされてきた俺だが、C級だったらなんとかなるな。
「グレン。お前が盗んだ物資、どこに隠している?」
「くっ……知らねぇよ!」
「じゃあ、ギルドに突き出すまでだな」
俺は冷静に言い放ち、すぐにエリナを呼んだ。
数分後、駆けつけたエリナとギルドの職員たちがグレンを取り押さえた。
「グレン……なぜこんなことを?」
ギルドマスターが厳しい表情で問い詰めると、グレンは歯を食いしばりながら言った。
「……クソッ、俺だって強くなりたかったんだよ!」
「だから盗みに手を染めたの?」
「……俺はC級止まりの雑魚だ。こんな俺じゃ、強い魔物なんて倒せねぇ。だから、強化薬を使ってでも強くなろうとしたんだよ!」
グレンの叫びには、悔しさと焦りが滲んでいた。
だが――それでも、許される行為ではない。
「お前がどんな理由を持っていても、ギルドの物資を盗んだ時点でアウトだ」
俺は静かに言い放った。
グレンはギルドの規則に従い、正式に処罰を受けることになった。
こうして、事件は解決した。
その時はそう思っていた。
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