図書室の君と、最後のページで恋をする

国光

文字の大きさ
3 / 3

第3話「小さな約束」

しおりを挟む
 夕食後、リビングに集まった家族。
 テーブルの上には、美羽が作った温かい料理が並んでいる。
 いつものように、家族全員が食卓を囲んで笑いながら食事を楽しんでいる時間。それが湊にとっては何よりも幸せな瞬間だった。
「ねぇ、パパ。ママとどうやって出会ったの?」
 突然、まだ小さな麗菜が興味津々に湊に質問してきた。
「ん?」
 湊は思わず顔を上げ、少し驚きながらも、麗菜の無邪気な目を見つめる。
 美羽はその様子を見て、にっこりと微笑んだ。
「それ、知りたいのか?」
「うん! だって、ママとパパは、どうして結婚したのか気になるもん」
 麗菜の言葉に、美羽がくすっと笑う。
「そうね、パパはよく『ママがいなければ、この本屋もなかった』って言うけど、実はそんなに簡単な話じゃないのよ」
 湊は、麗菜の期待に応えるように、ゆっくりと話を始める。
「じゃあ、少しだけ昔の話をしようか」
 湊は、ふと懐かしさが込み上げてきた。
 あの頃、図書室で美羽と出会った日々を思い出す。
「僕が高校生だった頃、毎日学校が終わると図書室に通っていたんだ」
「なんで図書室に?」
「本を読むのが好きだったからさ。でも、正直言うと、図書室に行く理由はそれだけじゃなかったんだ」
 湊が少し恥ずかしそうに言うと、麗菜はますます目を輝かせる。
「えー、どうして?」
「それはね、図書室には、ある女の子がいたんだ」
「女の子?」
「うん。その子は、有栖川美羽っていうんだけど、最初は何気ない一言がきっかけで、僕の心が少しずつ変わり始めたんだ」
「どんな一言?」
 麗菜がきくと、美羽が少し照れたように湊を見つめた。
「実は、最初はちょっとしたメモをもらったんだよ。図書室で借りた本に、彼女が『この本を読んでみて』ってメモを挟んでくれていて。それがきっかけで、僕たちは少しずつ話すようになったんだ」
「わぁ、それすごい! メモだけで仲良くなったんだね」
「うん、そうだね。最初は言葉少なだったけど、だんだんお互いに本を通じて、気持ちが通じ合うようになったんだ」
 美羽が静かに微笑みながら口を開く。
「その頃、湊はとても真面目で、自分の気持ちを表現するのが苦手だったの。でも、私と話していくうちに、少しずつ素直な自分を見せてくれるようになったわ」
「だから、ママがパパの背中を押したんだね」
 麗菜が嬉しそうに言うと、湊も美羽も顔を見合わせて、自然に笑顔になる。
「そうだね。お互いに背中を押し合って、少しずつ心が通じていったんだ。そして、ある日、パパはついに自分の気持ちを伝えたんだよね」
「うん、あの日、美羽に思いを伝えたことで、僕たちの関係が大きく変わったんだ」
 湊が少し照れながら話すと、麗菜がにっこりと笑って言う。
「それで、結婚したの?」
「そうだよ。お互いの気持ちを確認した後に、僕たちは結婚を決めたんだ」
 美羽が湊の手をそっと握り、言葉を加える。
「湊が言ってくれたあの日の言葉は、今でも私の宝物よ」
「ママ、パパが言った言葉ってなに?」
 麗菜がワクワクしながら尋ねると、美羽は少し恥ずかしそうに顔を赤くする。
「それはね…『君がいるから、僕はここにいる』って」
 その言葉に、麗菜はしばらく考え込んでから、うれしそうににっこりと微笑んだ。
「素敵だね、パパ!」
 湊はその言葉に、心の中で静かに感謝の気持ちを抱く。
 麗菜の無邪気な笑顔が、あの日々の思い出と重なり、今、この家族がいることの大切さを改めて実感する。
 美羽も、麗菜を優しく見守りながら、湊の手を握り返した。
「うん。私たちは、これからもずっと一緒だよ。これからも本を読んだり、話をしたりして、ずっと支え合っていくんだよ」
 そして、食卓を囲みながら、家族三人の幸せな時間が、静かに流れていった。

          *

私、有栖川麗菜は小学四年生。
父の名は桐島湊。母の名は桐島麗菜
 本当は桐島麗菜という名前だけど、初対面の人に名乗る時は有栖川麗菜と言っている。
 ママみたいにしっかりしてるかって聞かれると、うーん、ちょっと自信ないけど……でも、頑張るって決めている。
 今日は、学校の宿題で「家族について発表する」っていうのが出た。
 テーマは、家族の大切な思い出。
 友達は、みんな家族旅行とか、ペットの話をするらしい。
 でも私には、ある「特別な場所」がある。
 それは、パパとママが一緒にやっている小さな本屋さんとカフェの合体したお店。
 私は、あの場所が大好きだ。だって、本がたくさんあって、優しい匂いがして、いつ行ってもパパとママが笑って迎えてくれる。
 ――でも、宿題で発表するには、何か「エピソード」がほしい。
 ただ好きって言うだけじゃ、きっとダメだ。
「……うーん、どうしよう」
 ランドセルを床に置いて、ごろりと寝転がる。
 考えても考えても、うまく思いつかない。
 そのとき、ふと目に留まったのは、机の上に置かれた一冊の本だった。
 表紙は、パパとママが大事にしているあの「出会いのきっかけ」になった本だ。
 私はそっとその本を手に取った。
 ページをめくると、そこには、かすかに残る小さな文字。
「この本、きっと君に合うと思う」
 あの頃、ママがパパに送ったメモだって、前に教えてもらった。
「そうだ……これだ!」
 私は急いで立ち上がった。
 そして、パパとママがいる本屋さんへと走った。
 お店に着くと、パパはレジカウンターで帳簿をつけていて、ママは新しい本を棚に並べていた。
「パパ! ママ!」
 私が息を切らしながら呼ぶと、ふたりは同時に顔を上げた。
「どうした、麗菜?」
「ちょっと、聞きたいことがあって!」
 私は本をぎゅっと抱きしめながら言った。
「パパとママが最初に会ったときって、この本がきっかけだったんだよね?」
 パパは一瞬、驚いた顔をして、それから穏やかに笑った。
「ああ、そうだよ。図書室で、この本に挟まれていたメモから、すべてが始まったんだ。前に話してあげた通りだよ」
 ママも隣でうなずいた。
「最初は、たった一言。でも、その一言があったから、パパは私に話しかけてくれたの」
 私は胸がきゅうっとなった。
 たった一言のメモ。それが、今の私たちの家族を作ったんだ。
「ねぇ、私も、誰かに何かを届けられる人になれるかな?」
 ふと、そんなことを聞いてみた。
 パパは、少し考えてから言った。
「なれるさ。麗菜は、もうちゃんとそういう人になりかけてる」
 ママも、優しく微笑んで言った。
「大切なのは、気持ちを伝えようとすること。たった一言でも、ちゃんと心を込めれば、それはきっと誰かに届くわ」
 私は、ぐっと胸の奥が熱くなるのを感じた。
 うん、私も――大切な誰かに、ちゃんと伝えられる人になりたい。
 翌日、学校での発表。
 私はみんなの前に立って、少し緊張しながら話した。
「私の家族の思い出は、本です。パパとママは、一冊の本から始まりました。たった一枚のメモが、ふたりを結びつけて、今の私がいます」
 みんな、じっと聞いてくれている。
 私は大きく息を吸って、最後にこう言った。
「だから、私は信じています。どんなに小さな言葉でも、誰かに届けば、未来が変わるかもしれないって」
 教室に、あたたかい拍手が広がった。
 私はパパとママに負けないくらい、誰かの心に届く言葉を届けられる人になりたい。
 小さな本屋の娘として、そして、ふたりの娘として。

 ――これが、私の、小さな約束。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

処理中です...