雑貨屋ヤマーダの日々

ぼん

文字の大きさ
22 / 25

「風の便りと静かな決意」

しおりを挟む
朝、いつものように店の前を掃いていたら、見慣れない旅人がふらりとやってきた。背負い袋に旅の埃、首からは小さな笛を提げている。

「すみません、ここが“噂の雑貨屋”ですか?」

いやいや、うちが噂になるって、どこ経由で回ってんだ? 思わず箒を持ったまま固まっていると、旅人はにこやかに店の看板を見上げた。

「最近、隣町でもこの店のことを耳にしまして。珍しい品が並んでいるって」

「まぁ、珍しい品もあるけど、……住民たちの思い出が並ぶ棚の事かなぁ」

旅人は面白そうに笑った。

「 “思い出が並ぶ棚”、なんて素敵な響きですね」

店内に案内すると、旅人は棚のひとつひとつを興味深そうに眺め始める。小麦袋の歴史、どんぐり殿堂、冒険地図、謎の夢の箱……普通の雑貨屋ならあり得ないラインナップだ。

「これはパン屋さんの……? ああ、やっぱり香りが残ってる」

パン屋の女主人が顔を出して、「それ、私の自慢の小麦袋よ!」と胸を張る。旅人は「素敵ですね」と微笑み、自然と店内の空気が和らいだ。

すると、奥からルファが飛び出してくる。

「わぁ、旅人さんだ!どこから来たの?」

「北の街道を越えてきました。この町の“ぬいぐるみ事件”が面白いって、商人の間で話題なんです」

「いやいや、うちの商品が勝手に広場で暴走しただけだから!」

「むしろその話題性が評判を呼ぶんですよ」と旅人は楽しげに笑う。

ルファはさらにグイグイ距離を詰める。

「他の町にも変な雑貨屋ってあるの?」

「うーん、似たような店はあっても、ここほど“人の顔”が見える店は少ないですね」

「人の顔……?」

「住民たちが関わる雑貨や棚、そのひとつひとつに物語が宿ってる。まるで町全体が店を作っているみたいです」

その言葉を聞きながら、山田はなんだか照れくさいような、でもちょっと誇らしいような気持ちになった。

旅人はさらに店内を歩き、夢の箱を興味津々で覗き込む。

「これが“未来の棚”ですか?」

「いや、ただの願い事ボックスです。ちなみに“労働時間減らしたい”が俺の願いです」

パン屋の女主人が笑いを堪えながら「それ、私も追加しとく!」と乗っかってくる。

旅人は楽しそうに、「願い事、いくつでも書いていいですか?」と尋ねる。

「好きなだけどうぞ。うち、願いは返品不可ですけど」

「じゃあ…… “旅が安全で楽しいものでありますように”」

旅人は小さな紙にさらさらと願いを書き、夢の箱へ入れた。

その仕草を見ていたルファがぽつりと呟く。

「山田、この店って、風を呼ぶ場所になったね」

「風?」

「うん。外の世界から、面白い人や噂や、いろんなものを呼び寄せてる。まるで町に新しい風が吹き込むみたい」

「いやいや、風どころか嵐を呼ぶ日もあるけどな……」

「それも楽しいでしょ?」とルファが笑う。

店のドアが開くたび、新しい“風”が町と店に入り込んでくる。山田はその流れの真ん中で、不思議な静けさと誇らしさを感じていた。

旅人は静かに棚の前に立ち止まり、どんぐりの入った小箱をじっと見つめていた。

「こういう小さな思い出を集めている店って、ほとんどないんですよね。大きな街だと“珍しさ”ばかりが注目されて、中身を覚えてる人は少ない」

パン屋の女主人が相槌を打つ。

「うちは、このどんぐりコレクションだけで子供が何回も通ってくるのよ」

旅人はにっこり笑い、何やらポケットから手紙を取り出した。

「実はこれ、北の町の商人組合長からの手紙なんです。もし良ければ、お店の棚にでも……」

差し出された手紙には、「町の素敵な雑貨屋の話を聞いています。もし旅人がそちらへ行ったら、よろしく伝えてください」と書かれていた。

「……いやいや、うちが正式な観光地扱いされてるの?ちょっと照れるんですけど」

「町の魅力は、ゆっくり風に乗って広がるものです。ここでの体験や出会いが、また誰かの話題になる。そうやって町も店も育っていくんですね」

山田はしばらく手紙を眺めてから、「じゃあ、特別コーナー作りますか。『風の便り棚』ってことで」と宣言した。

ルファがすかさず「いい名前!私、その棚のデザインする!」とノリノリでスケッチブックを広げる。

パン屋の女主人まで「だったら、うちのパンも一つ飾りに……」と、なぜか新作パンを差し出してきた。

「いや、それ食べ物コーナーじゃないんですけど……まあ、ありか」

住民たちが集まり始め、ちょっとした“新コーナー会議”が始まる。「外から来た人の手紙や記念品、町の風を感じるものを並べよう」「昔の旅人の置き土産も、どこかにあるはず」と話が広がる。

旅人はその様子を静かに見守りながら、ふと山田に声をかけた。

「あなたの店、ここに来る人たちの心をほどよく揺らすんですね。風って、目には見えないけど、たしかに形を残す」

「いや、俺はただ、みんなの好きなものや思い出を置かせてもらってるだけです」

「それができるのが、一番難しいんですよ」

静かな言葉に、山田はなぜか胸がじんわりと熱くなった。

閉店時間が近づき、旅人は「また来ます」と穏やかに店を後にした。ルファが手を振りながら、「風が連れてくるお客さん、これからも増えるかもね」とつぶやく。

「……うち、全国展開しちゃったりしてな」

「え、じゃあ支店長は私だよね!」

「俺の労働時間が減るなら考えるけど!」

みんなで大笑いしながら、山田は“風の便り棚”に今日も新しい手紙をそっと並べた。

閉店後の店中で、山田は静かに決意を新たにする。

「町の声も、旅の噂も、みんなの思い出も――俺の店でちゃんと受け止めていこう」

そう思いながら、風のような静けさに包まれた店内を見渡した。

「さて、明日はどんな便りが届くかな」

小さく呟き、山田は静かに店の灯りを落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...